医学界新聞

 

特集 海外医療事情報告

米国における老年医療の現況

道場信孝((財)ライフ・プランニング・センター顧問)


はじめに:
 訪問施設の選択と訪問の実施
老年の終末医療:HRCAにて
慢性期の老年医療(1):MAHにて
慢性期の老年医療(2):Youville Hospital and Rehabilitation Centerにて
痴呆の老年医療:BACにて
老年病の外来医療:BIDMCにて
急性期の老年医療:BIDMCにて
慢性期の老年医療(3):Burke Rehabilitation Hospitalにて
補論:ケースマネジメントとは
まとめ

はじめに:訪問施設の選択と訪問の実施

 今日わが国における老人問題は単に医療行政上の課題にとどまらず,より広く,より深く,「いかによく生きるか」という「人の生き方」の原点に立ち返って考える哲学的思考と,それに基づく心身の健康,社会的交流の維持,そして生活へのたくましい意欲を背景にしたサクセスフル・エイジング(成功加齢)の考え方が次第に強い社会的支持を得てきている。今回,私は米国の老年医療の実情を視察する機会を得たので,ここに報告したいと思う。
 訪問先は,日野原重明ライフ・プランニング・センター理事長の助言により,ボストン市とニューヨーク市に限定し,前者はHarvard大学関連施設,後者はCornell大学関連施設とした。ボストンでのスケジュールはHarvard Medical SchoolのDr. Mitchell T. Rabkinに計画を立てていただき,ニューヨークのスケジュールはCornell Medical CollegeのDr. Tong H. Joh教授にBurke Rehabilitation Hospitalの訪問を依頼した。
 訪問時は当初2001年9月中旬を予定していたが,米国における同時多発テロ事件発生のため延期し,同年12月9日から19日に実施した。

老年の終末期医療:HRCAにて
【12月10日】

 HRCA(Hebrew Rehabilitation Center for Aged)にDr. Lewis Lipsitzを訪問した。
 Dr. LipsitzはHarvard Medical Schoolの内科学教授であり,Harvard Division of Gerontologyの統括責任者でもある。
 この施設のDivision on AgingはResearch and Training Instituteでもあり,Harvard Medical Schoolのみでなく,HSPH(Harvard School of Public Health),VAMC(The Veterans Affiars Medial Center),BWH(Brigham and Women's Hospitals),SRH(Spauling Rehabilitation Hospitals),MGH(Masachusett General Hospitals),MAH(Mount Auburn Hospital),BIDMC(Beth Israel Deaconess Medical Center),HRCAなど多数の周辺医療機関との連携において「老年医学」の中心的役割を果たしている。HRCAでは老人の終末期医療について視察した。
 この施設はいわゆるナーシングホームであるが,医学生を含めた医療者の教育と訓練,そして研究なども行なわれている点では大きく異なっている。725床を有し,入居者はすべてJewish Peopleである。うち20床は術後や急性疾患のために用いられているので,急性期のリハビリテーションが行なわれているが,ほとんどが社会復帰を目的とするリハビリテーションの概念とは異なり,この施設で人生の終末を迎えることになる。89%にMedicareが適用されており,費用は平均200ドル/日である。男女比は1:3で,種々の理由から家庭ではケアができなくなった老人が入居しており,個室と2人部屋に分かれている。
 Physician-In-ChiefのDr. Muriel Gillickは,自身も40床を受け持っており,非常に多忙に見えた。入居者の実例について説明を受けたが,実にさまざまな病態を抱えた老人の集団で,例えば虚血性心疾患,高血圧,糖尿病で悪性リンパ腫を合併しているアルツハイマー病といったような,まさに老人の終末期治療が行なわれている。
 Dr. Ann Fabinyは老年病の専門医で,Harvard Geriatric Fellowship Programのディレクターでもあるが,彼女の説明によればこのような終末期医療ではケアの目標がproductiveでなく,若い医師にとって魅力に欠ける分野であるという。Early exposureで医学生がこの施設に配属された時,始めは興味を示しても,その後,臨床実習が始まるとすぐ興味をなくしてしまうことを嘆いていた。このような終末期でも身体訓練は有効であり,現状の維持か,もしくは進行を遅らせる目的で訓練室ではトレーニングが行なわれていた。この施設での平均寿命は4年とのことだった。
 HRCAでは老年医学に関する多くの研究が精力的に進められている。Dr. Kielは脳循環と転倒,脳循環と自律神経機能,転倒の機序と防止など,またSuzanne LeveilleはFrail Older Adultsの疾病予防と慢性疾患の管理の疫学的研究などに数多くの業績を上げている。
 最老年の終末期医療は医学的には実りの少ない分野であるかもしれないが,それでも人生の終末における,より適切なケアを心理・社会的な面も含めて合理的に実施することは医療に課せられた責務であり,その意味でも患者の評価をMinimum Data Set(MDS)など一定の基準に従って行なうことの重要性を実感させられた。
 また,家族との関わりはきわめて大切であり,経管栄養や心肺蘇生などを含めたケアにおいて,どのような選択をするかを教育的に支援していく役割にも大きな意義があると思われた。

慢性期の老年医療(1):MAHにて
【12月11日】

 Mount Auburn Hospital(MAH)を訪問。
 「慢性期のComprehensive geriatric service」に含まれるのは,(1)プライマリ・ケアとしての健康評価,(2)慢性疾患(腹痛,痴呆,関節炎,腰背痛,気管支炎,慢性閉塞性肺疾患,糖尿病,歩行障害,心疾患,高血圧,高コレステロール血症,記憶障害,骨粗鬆症,肺炎,排尿障害など),(3)プライマリ・ケア医からの紹介に対する対応,(4)往診によるホーム・ケア,などである。
 これらのサービスはすべてチーム医療として包括的に統合されて行なわれており(Multidisciplinary Team),プログラムディレクターはいわゆるコーディネータであって,ナーススペシャリストがその役割を果たしている。
 MAHには「老人のためのMental Health Service」があり,Geriatric Psychiatristのディレクターとナースのプログラムディレクター,老年科内科医,Psychiatric Social WorkerからなるMultidisciplinary Teamで行なわれている。数多くあるサービスの中で,今回は「house calls」と「Mental Health Service」を中心に視察した。
 8時15分に同院の老年病科の医局を訪れると,Dr. John AndersonとDr. Cherie Noeを中心にして2人のスタッフとレジデント2人を含めた朝のカンファレンスが行なわれた。まず,レジデントの1人が事前に準備してきたテーマについて30分ほどプレゼンテーションしたが,老人の転倒に直接関わる視力障害について要領よくまとめられていた。内容は,初めに加齢による視力の変化,そして視力障害を来たすmacular degeneration,glaucoma,cataract,diabetic retinopathyの順に定義,疫学,危険因子,病因,症状・徴候,経過観察の要点,治療について最新の知見を交えながら述べられた。スタッフは適宜質問したり,コメントしたりしながら進められたが,一般内科とは明らかに異なった特殊な分野であることが実感された。その後,午前中に実施されるhouse callsに対する情報交換が約15分で終わり,それぞれ受け持ちの患者宅へ向かったが,私はDr. Noeについて2人の患者宅を訪問することになった。
 車で20分ほど雪の道のりの郊外で,最初に訪問したのは老人用の公的な居住地域内の2階建てアパートの一画に住む83歳のアルメニア人の女性だった。胆石症から胆嚢炎となり,在宅でドレーンが入れられており,極期は過ぎて安定はしていたが,常に悪化のリスクを伴う状態であった。その他,高血圧,糖尿病,慢性関節炎,軽度の痴呆があり,種々の職業的な社会的資源としてのケアは受けているが,娘が定期的に通って身の回りの世話をしていた。身体的には内科医が中心となっていたが,その他にも外科医が適宜コンサルトしており,ケアの中心はケースマネジャーとしてのコミュニティナースであって,相互の連絡は所定のチャートに基づいて行なわれていた。40分ほどでhouse callsが終わり,再び雪道を駆って次の訪問宅へ向かった。
 次の患者は79歳の女性で,痴呆がかなり進み,Dr. Noeをかろうじて識別できる程度であった。Lewy's body cerebropathyが背景にあり,そのための痴呆とパーキンソン様症状が生活上の問題であり,特に後者には多くの制約があるため自費で行なわれているとのことであった。たまたまPTが居合わせたが,家人は不在であった。この患者の場合には皮膚疾患や下腿の顕著な浮腫などの他に栄養上の問題や,polypharmacyによる服薬コンプライアンスの問題など多くのケア上の困難があるように見えた。2名のhouse callsを終了して,11時30分にMAHに帰院し,老人科医のDr. John R. Andersonと精神科医のDr. Halbert Millerから,院内にあるThe Wyman Centerの「老人のためのMental Health Service」について説明を受けた。
 彼らの説明によると,サービスは統合されたチームケアでケースマネジメントの方式が取られており(後に詳述),その理念はコミュニティ,ならびに家族との協力において,可能な限り速やかに高齢患者の機能を適切なレベルに回復させることを目標に,最新のintensive psychiatric evaluationと治療を供給することにある。従って,入院と同時にすべてのプロセスは直線的に平行して進行し,患者の同意の上で家族,医師,その他の医療者が互いに連絡を取り合い,この最初の介入によって,患者の身体的,心理的に有用な情報が得られるので,迅速かつ効果的な治療が開始できることになる。
 治療効果を高めるためには,家族はもちろん,日常のケアに関わっている人の支援を得ることが必須であるが,入院の際に患者は身体的,精神的評価の他に,生活上の社会的背景を含め心理・社会的,理学・作業療法的な評価がなされ,統合されたケースマネジメントによって問題の解決が図られている。退院計画は患者自身を含めて家族や直接ケアに関わるすべてが加わり,患者の需要に応じて綿密に立てられる。
 サービスの主なものは,精神的評価,老人医学的評価,向精神薬評価,心理・社会的評価,家族評価と支援計画,作業療法・理学療法評価,栄養評価,社会的支援,退院後の支援,などである。

慢性期の老年医療(2):
Youville Hospital and Rehabilitation Centerにて
【12月12日】

 午前8時15分に,Youville Hospital and Rehabilitation Centerを訪問し,Dr. Joel Baumanに会う。
 MAHと同規模の総合病院だが,MAHが精神科を主体としたケアシステムであるのに対して,この病院は老人のあらゆる慢性疾患のケアが中心で,ベッド数は52床(20private rooms,16semi-private rooms),平均在院日数は23日ということであった。これは1984年に定められたDRGの基準によるものであり,平均25日までの入院が認められ,適応となるのはChronic Hospital,Pediatrics,Rehabilitation,Long-term Care Facilityなどである。
 あらゆる疾患はこの基準となる時間内でケアされ,その後は自宅なり老人の施設に戻り,わが国で見られるような社会的適応による長期入院は存在しない。この病院ではうっ血性心不全,皮膚疾患,栄養障害,術後の多くの併存病を有する高齢者が対象となり,男女比は1:2,そしてすべての患者は何がしかの認知障害を有している。内科専門医でかつ老人病専門医が5名,ナースプラクティショナーが2名,ナーススペシャリストはケースマネジャーとしてチームをコーディネートしている。病院死亡率は4%とのことであった。99%がMedicareでまかなわれるが,このような病院はボストン周辺50マイル四方で5施設あるとのことであった。
 この病院では退院時に社会的な生活が支障なく送れるよう,入院中に種々の生活訓練が行なわれる。例えば,通常の歩行や筋力・持久力トレーニングはもとより,生活援助のための設備として室内歩行における段差や路上歩行の障害を想定したスペース,車の乗り降りのための自動車,キッチン,銀行,そしてミニ・ショッピングセンターまであり,買い物やそれに伴うお金の支払い,銀行での金銭出納まで訓練できるようになっている(写真1)。
 午前9時30分よりチャート回診が始まったが,老年病のナーススペシャリストがコーディネータとして司会しながら進められた。やはり型どおりのチーム医療であり,基本的には医師,ナース,OT,PTが基本単位であり,栄養士,薬剤師,MSW,チャプレンは必要に応じてすべての患者に関わっている。医師が疾患に関するプレゼンテーションを行ない,ナースが全体としてのケアの状態を説明し,OT・PTは身体機能評価と社会復帰へ向けての訓練状況を述べるといった中で,心理・社会的な問題が提起されれば,それぞれの立場からの提案がなされ,ケースマネジャーが最終的に判断して行動目標が決定される。
 もちろんレジデントにとっては研修の場であることから,指導医から知識,技術的な面での教育もなされる。慢性期のケアにおいてはOT・PTの役割がきわめて大きく,どの症例についても診断や治療方針,そして経過の状況が詳しく語られていることは印象的であった。

痴呆の老年医療:BACにて
【12月12日】

 午後からBAC(Boston Alzheimer Center)でのDr. Catherine Dubeauの診療を視察した。痴呆は高齢化社会において主要な健康障害の1つであり,今後増加していくことは避け難い社会的事情である。
 痴呆は認知と情緒機能における進行性の低下を特徴とし,それによって日常生活の自立性とQOLが損なわれる。従来,痴呆には多くの併存病があるとされてきたが,今日では痴呆者の併存病率はむしろ低く,かつ薬物使用も少ないことが示されており,それにもかかわらず延命率が低いことから,痴呆は独立したリスク予測因子と見なされている。
 BACはボストン市の中心からやや離れてはいるが周辺には多くの教育病院があり,約12000 m2(3エーカー)の敷地に建てられた64室を有する痴呆者のための瀟洒なALR(assisted living residence)である。もちろん,community day programもあり,かつ痴呆に関する情報センターとしても機能している。
 痴呆は痴呆と診断された時点で適切な対応が必要であり,そのタイミングと対応の仕方が問題への取り組みの核心(コア)である。痴呆は進行性であり,大きな治療効果を望むことはできないが,適切な対応によってその進行を遅らせ,患者の自立と尊厳性を可能な限り維持させることは意味のある取り組みと思われる。
 痴呆のケアは家庭から始まるが,さらに進行してくれば適切な施設においてケアすることが必要になる。
 そのタイミングは,(1)患者が着替え,入浴,トイレ,摂食など身の回りのことを自立して行なえなくなる。(2)患者が規則的に食事をとることが困難になる。(3)服用している薬物の管理が困難になる。(4)家庭での生活の安全性が保証できない。(5)社会的な交流が途絶えて刺激がなくなる。(6)興奮,不眠,徘徊などの異常行動によってケアが困難となった場合。(7)患者が多くの制約のために混乱したり,怒ったり,うつ状態になったりする場合。(8)規則的な運動が有用と思われる場合。(9)ケアをしている人たち自身の情緒や身体の健康に問題が生じた場合などであり,これらの基準を満たせばALRでのケアの適応となる。
 アルツハイマー病に対するALRは日常生活の中でリハビリテーションのプログラムを提供するものであり,わが国においてもそのような施設は数多く存在するので,特に新しいものでないとしても,このような施設における医療のあり方には学ぶべき点が多い。
 家庭と同様な雰囲気の中で,多くの人たちとの関わりを共有しながら生活することは,この疾患の初期,あるいは中等症の状態にとって有用とされている。日常生活の基本的要因である入浴,排泄,更衣,整髪,摂食を援助するが,最も重要なことはそれぞれの患者の能力に応じて行なわれるべきであり,参加者がそれによって最高の機能が発揮されることが期待される。
 このようなケアはアルツハイマー病の進行を遅らせるとともに,譫妄や不安に対しても有効であると考えられており,また身体的,知的に疾病が進行性であったとしても情緒的なwell-beingが改善され,患者も前向きに対応するようになる。これらの対象者にその他の併存病があったり,あるいは入所中に他の疾患を発症することが多いので,一般の健康管理も常時行なわなければならない。
 Dr. Dubeauは内科専門医であり,同時に老人病の専門医でもあるが,このBACの住人の健康管理を行なっている。この施設ではナースプラクティショナーが医師とまったく同じ医療行為を行なっており,検査や薬物の処方は医師のサインなしでも必要に応じて実施される。従って,患者や家族との医療内容の契約においては,医師のカウンター・サインは必要であるが,それは事後の処理として行なわれている。
 ただし,心肺停止に際して蘇生術を施行するか否かについては,事前に医師のサインが求められている。この施設においてはナースプラクティショナーがきわめて重要な役割を果たしており,医師が常時いるわけではないので,すべての患者の情報はナースプラクティショナーによって把握されている。
 ナースプラクティショナーの病歴と身体所見の採り方は医師以上に綿密であり,また医師の診察には必ず陪席して意見を述べるとともに,情報の共有に努めている。アルツハイマー病では特に家族とのコミュニケーションが重要であり,その意味からも家族教育を含めて,ナースプラクティショナーがケースマネジャーの役割を果たしている。数人の患者の診察に立ち会ったが,86歳の女性の譫妄状態が高じ,また感染症を伴っていたためpsychiatric careを専門とする高次医療機関へ転院となった。このようなケースでは医師が不在であればナースプラティショナーが医師に連絡をとり,医師が出先から転院の手続きをとることになる。
 BIDMCにはこのような患者が多く入院しており,ほとんど5日以内にもとの施設へ戻っているが,ナースプラクティショナーは入院先へ出向いて病状について情報を得ることができるので,医療の継続性が保たれる。このような場面においてもケースマネジメントの有用性が実感された。

老年病の外来医療:BIDMCにて
【12月13日】

 午後2時よりBIDMCの老年病外来を見学した。Dr. Lews Lipsitzが責任者で,当日はDr. Lipsitzを含め4人の医師が外来担当であった。ほとんどが紹介患者で,診断や治療に関するコンサルテーションであるが,中にはセカンドオピニオンを求めて受診するものも見られた。
 老年病の医療では,老人に特有の生物学的加齢,多くの併存病,そしてfrailでありvulnerableであるといった状況を背景に,身体,心理,精神,社会的問題を抱えた患者を対象にすることから,特殊な知識や技術が必要であり,内科医が片手間に老人の診療をすることは,小児科医が成人の診療をする以上に不都合である。特に米国においては,言語上の問題,貧困,低い教育レベルといったわが国とは別の診療を阻害する要因があって,老人医療を複雑に困難化している面があるように思われた。
 わが国での外来診療とは異なって,1患者に30分以上はかけて診察するので,診療の質は格段に高いが,Dr. Lipsitzを中心に4人の医師が相談しながら診察を進めており,教育的にも魅力のある外来診療であった。
 若い医師が英語を話せない83歳の老女の新患を診るのに陪席させてもらった。英語が話せる娘と孫が取り次ぎながら問診,診察を進め,そして検査のプランを立て,インフルエンザのワクチンの注射をするまでつき合ったが,診察に看護職が付くということはなく,注射の準備から注射をするまで,すべて医師が1人で行なっていた。
 主訴は労作性呼吸困難,夜間のせき,下肢の浮腫で,高血圧,糖尿病,慢性気管支炎などのcomorbidityはあるが,身の回りのことは自身で行なえ,ADLには問題がない。しかしIADLの評価は中程度障害と思われた。今回の受診は患者が高齢化したため,これまでのバハマでの独居の生活からボストンに住む娘の元に引き取られてきたため,今後の医療をどのようにするかということであった。診断について意見を求められたので,心不全の鑑別に内頚静脈の怒張とギャロップリズムの記載がないことを指摘すると素直に受け入れ,それらがないことを確認して後で伝えてくれた。
 また,Dr. Lipsitzがもう1人の医師と対診していた78歳の男性について,脊椎管狭窄と閉塞性動脈硬化症の鑑別のため上肢/下肢の血圧比を診ることになったが,実際の測定法には両医とも経験がないらしく,私が実施の仕方を教え,カットオフ値が0.9であることを告げると率直に感謝され,大変すがすがしい思いをした。
 複数の医師で複数の患者を診ることはいろいろな意味で有用であり,わが国の外来診療もこのような余裕のあるものであれば,医師への負担も軽くなるばかりでなく,よい経験を積むという意味でも教育的に好ましいと思われた。

急性期の老年医療:BIDMCにて
【12月14日】

 米国の医療はセルフ・ケアやホーム・ケアが基本にあり,多くの健康上の問題は外来診療や在宅ケアで扱われているので,急性期のケアはその目的や目標が明らかであり,従ってその結果として在院日数がきわめて短いが,従来言われているように,医療費が高いために滞在期間が短縮されるという見方は必ずしも正しくない。
 今日,わが国の病院経営において在院日数を短縮するためさまざまな努力が試みられているが,周辺の医療事情が整備されない限り,病院内での効率化のみを図っても問題の解決にはならない。今回視察したBIDMCにおける急性期医療はその意味できわめて有意義であった。
 午前8時にDr. Ronald Garryに会い,ACOVE(Acute Care of Vulnerable Elderly)Programの説明を受けた。老人の医療は,単一の疾患で病態も明らかな若年患者のそれとは大きく異なっており,病態が不明確な上,きわめて複雑な症候群を呈して迫ってくる。一人ひとりの病態が挑戦的であって苦労が多いが,逆に得るところも大きい。このような脆弱な老人のケアの質は,多くの経験から作り出されるガイドラインに基づいて高められなければならないが,それらをどのように行なうかについての手順が「ACOVE」に示されている(Annals of Internal Medicine 2001;135:641)
 急性期の入院期間は通常5日以内で,手際よく問題が処理されていく。毎朝のラウンドはいわゆるチャート回診の形で行なわれ,主治医,主治ナース,そしてOT, PT, MSW,栄養士,薬剤師などが関連する患者のプレゼンテーションに合わせて順次入れ替わりながら討議が進められていく。統合されたチーム医療が行なわれているので,司会はケースマネジャー(ほとんどがナーススペシャリスト。この場合はgeriatrics)としてのコーディネータで,これは前述した慢性期ケアの場合も同様である。
 新患であれば,主治医(老年病のレジデント)が病状について診断や治療方針について説明し,次いで主治ナースがケアの状況,そしてPT,OTはそれぞれの立場から評価と治療の方針を述べ,相互に意見交換を行なった後,見解の一致を見た上で全体としてのケアが決められる。その際に,患者の心理・社会的な問題がそれぞれの立場から提起され,それらに対してMSWが問題を整理して対応の方針が提示される。
 老人は身体的な面で複雑な問題を抱えている上に,社会的交流の面でも問題が多く,さらにうつ病や痴呆といった精神・心理的な障害も併存しているので,わが国の医療現場ではお手上げとなる事態でも,豊富で科学的な経験を踏まえた米国の急性期医療の現場では整然と問題が処理されていく。そして,ケースマネジャーはすべての患者に対して包括的,全人的に問題を把握し,患者は高い尊厳性を維持しながら医療が受けられる。
 老人の患者は多くの場合では独居しているので,急性疾患で入院している時には遠方に住んでいる親族に連絡をとって了解を得るなどの重要な雑務があり,これらは友人や隣人が代わって行なうことが多い。すでに入院している場合は,ケアの進行状況がそれぞれの職種に報告され,その後の方針が決定される。もちろん,これらの討議の中で最新の医療情報が紹介されたり,臨床研究のテーマが話題にされるが,いずれにしても医師が主導権を取るのではなく,コーディネータがスムーズにカンファレンスを進めて行く。
 BIDMCはDr. Rabkinらが中心になって合併された病院なので,お互いの建物がやや離れている。老年病の患者が1か所にまとまって入院しているわけではないので,実際の回診では階段を上ったり,道路を横切ったり結構な運動を強いられる。
 当日,Dr. Garryが担当する新患の回診に他の女性のレジデントと参加したが,患者は独居の92歳の男性で,前夜に自宅階段から転落。入院直後から前胸部圧迫感が生じ,広範囲ではない前壁の心筋梗塞と診断。循環動態は比較的安定しており,患者の認知能も良好だったが,糖尿病と軽度の腎不全があり,急性心筋梗塞の治療に対する決断に迫られていた。幸い家族への連絡はついており,状況の説明はすでに済まされていた。心臓の状態が安定していなければ骨折に対する手術はできず,手術をしなければ寝たきりになることから,患者自身も家族も冠動脈造影検査を希望していた。
 主治医は冠動脈造影検査を行なう医師と連絡を試みたが,術者は検査中で接触できず,レジデントがその後の連絡を取ることでその場を引き揚げたので,この結末がどのようであったかはわからない。
 急性期の対応には迅速な決断が必須であり,決断に際して判断に必要な情報がすべて揃っているかどうかがキーポイントである。このようなfrailでvulnerableな患者への適切な対応には,優れた教育システムの中でよい臨床経験を積むことが絶対に必要であり,わが国において,老年医療の急性期ケアには医療者の教育も含めた抜本的なシステムの構築が急務であると思われた。

慢性期の老年医療(3):
Burke Rehabilitation Hospitalにて
【12月17日】

 Cornell University Medical College, Department of NeurobiologyのProfessor Tong H. Johの紹介により,Burke Rehabilitation Hospitalを訪問した(写真2)。
 この病院は1915年にJohn Mastersson Burkeによって身体障害を有する患者のリハビリテーションを行なう目的で開設された。地域におけるリハビリテーションの需要を満たす施設として古い伝統を有しており,ギリシャ風建築の古い建物の内部には車椅子用の室内200mトラックを含め,新しい設備と統合されたリハビリテーション医療が行なわれている。屋外には広大な敷地を利用して車椅子用の400mトラックやテニスコートがあり,2000年には全米のparalympianを集めて競技会が開かれたとのことであった。
 リハビリテーションは入院,外来,そしてホーム・ケアとして行なわれ,診療録はすべて電子化されていてコミュニティナースも含めたすべての医療者のaccessが可能であり,院内,院外のケアが効率よく遂行される。もちろん,多くの関連病院とも密接なネットワークが形成されている。院外のサービスには理学療法,作業療法,言語訓練,関節炎センター,骨粗鬆症サービス,認知療法,その他さまざまな診断検査や教育プログラムが供給されている。
 Burke Instituteは痴呆の研究でも先進的な業績を上げており,さらに脳血管障害に対するrobot治療に関しては世界的に注目されている。
 今回の訪問では,特に高齢者の身体障害に対する院内リハビリテーションの実情を見学した。高齢者では日常の生活において転倒が多く見られ,その予防や治療,特にリハビリテーションの需要がきわめて高くなってきている。
 予防の見地からは,
 (1)日頃から規則的な運動プログラムを実施する
 (2)居住環境を安全なものに改良したり,工夫する
 (3)転倒につながるような薬物の使用についてチェックする
 (4)視力や視野を傷害する癌疾患について定期的に診察を受ける
 などの患者教育が行なわれる。大腿骨転子の骨折では2-3週のプログラムで回復が図られる。写真3は所定のプログラムを終了し,退院前日にPTより機能評価を受けているところであるが,この患者の場合にはすべての評価において合格であり,訓練室で修了証書が手渡され,他の患者の祝福を受けていた。

補論:ケースマネジメントとは

 Case Managementとは米国看護協会によれば,「包括的でQOLを向上させる質の高い健康管理(Quality Health Care:QHC)を,費用を勘案しながら供給することを目的とし,効果的に効率よく,かつ費用効果比に基づいて供給される論理的な医療供給のプロセスであって,入院から退院までの患者のすべての問題に焦点を当て,タイミングよく適切に医療を遂行する方法を促進するものである」と定義されている(1988)。しかし,現在では単に入院中だけでなく,退院後も引き続いてコミュニティナースがプライマリ・ナーシングとして行なわれるケアも含めて述べられるのが普通である。ケアのスタンダードやプロトコルはこれまでに得られている結果(アウトカム)から決められ,患者のアウトカムとプロトコルはクリティカルパスやタイムライン・プロトコルに集約されており,そこでは適切な入院期間を達成するために設定された時間内に生じ得る主要な予測可能な緊急事態が明示されている。クリティカルパスでは必要となる治療,薬物,標準のケア,そして患者のあるべき状態が各ケアごとに示されている。
 そして,ケースマネジメントのゴールは,(1)予想され,標準化されたアウトカムの達成,(2)医療を共同化し,調整し,そして継続を促進し,(3)医療資源を適切で無駄なく利用し,(4)適切な入院期間内での可能な限り早い退院をめざし,(5)医療者の職業的進歩と職業的な満足度を高めることにある。
 ケースマネジメントのモデルは図1に示すごとく,統合されたケアは縦のヒエラルキーではなく,平面上の関連にあって中心にケースマネジャーとしてのナースと患者が位置し,周辺より供給される医療資源を効果的に適時選択していく。
 このようなケースマネジメントは入院患者で行なわれることは当然であり,これを地域医療へ拡大する試みが報告されており,地域医療→入院→退院→地域医療のサイクルの中で統合した医療が可能となる。老人医療におけるキーワードをまとめると,包括的医療,チーム医療,ケースマネジメント,急性期ケア,慢性期ケア,病院,老人施設,ホーム・ケアとなるが,脆弱老人(frail elderly)にとって医療システムを効果的に利用するには支援が必要であるとするコンセプトに基づいてケースマネジメントが行なわれ,これが生涯を通じて効果的に継続管理されるには,ナースによって果たされるケースマネジャーとしてのコーディネータの役割が重要である。
 ナースは患者や家族を評価し,他の医療者によるケアを計画して実施させ,また直接,ナーシングケアも行ないながら,チーム医療を調整し,経過観察するとともにアウトカムをモニターする。このように,ナースは患者のそばにいて患者とともに機能するが,同時に入院の際には,急性治療チームの一員としても重要な役割を果たす。
 従って,ケースマネジャーとしてのナースの役割をまとめると,直接には健康教育,カウンセリング,健康モニター,外傷(転倒)の予防,自立の支援,患者の弁護,静注,服薬,更衣などの医療行為,そして間接には,他の医療者や生活支援者への紹介,他の社会的関わりへの援助(予約や輸送の手配)など多くの対社会的なサポートも行なう。つまり,ナースのケースマネジャーとしてチーム医療への関わりをまとめると,(1)主治ナースとしての役割。(2)患者の健康に関するすべての基本情報を有している。(3)主治医や他の医療者チーム,サービス供給者と常にコミュニケーションを保っている。(4)退院計画の促進に重要な役割を果たす。(5)退院後の経過観察プランを作成し実施する,といった機能を有する。
 このようなことからコミュニティにおけるケースマネジメントの有用性をまとめると,以下のようになる。
 (1)患者の健康や社会的状態を事前に認知している
 (2)非常事態の際に,安定時に築かれた信頼関係が役立つ
 (3)病院との垣根がなくなる
 (4)継続した医療を可能にする
 (5)診療録へのアクセスがよく,患者情報をケアに生かすことができる
 わが国の医療において最も欠けている部分の1つである医療の継続性が,このようなケースマネジメントの方式を取り入れ,かつ医療に対する医療者の基本的な意識の改革を通じて,1日も早く改善されることを望んでやまない。

まとめ

 わが国でも老年医学の専門医は存在するが,老年医療を専門診療科として標榜する医療施設は少ない。また,老年医療を専門とする訓練機関や施設もほとんどない実情からみて,高齢化したわが国における老年医療は著しく後れをとっていることは否めない。今回のボストン,およびニューヨークにおける老年医療を専門とする施設の見学を通じて,わが国においては高齢化した社会における,より適切な医療のあり方が早急に検討されなければならないが,まずは問題の所在を明らかにし,その解決策が立てられ,そして実践を通じてより質の高いレベルに発展させる戦略を展開する必要があると思われた。
 2050年には全人口の35%が65歳以上の高年者で占められることから,身体的,心理的,社会的に活動性の高い,より生産的な高年者の数が増えることは確実であるし,そのような人たちがより積極的に社会的役割を果たせるような社会の仕組みに変えなければならない。さらにfrailでvulnerableな高年者群には適切な全人的な機能評価のもとに身体的,心理的・精神的機能を高めながら,より活動的で生産的な社会的役割が維持できるように統括されたケアやサポートを供給し,そして幸いにして終末期に至った最老年者には,適切な全人的機能評価のもとに必要となるケアを効率よく提供できる社会的資源利用の基準を定め,尊厳性が高く評価される終末医療を実現することが必須であると考える。
 そのような見地から見れば,今日行なわれている老人健診は一般成人の延長上にあるもので,老人のリスク層別化に何ら役立つものではない。真に社会的に必要な老人の評価を行なうことによって,よく生きるための生活の選択における指針を示し,ともに考え,支援しながら人生の終末に到達できるような医療の実現が切に望まれる。
 なお,今回の医療事情調査訪問においては,『Living Well』を著したDr. Jeanne Weiや,『Living to 100』の著者で,長寿遺伝子の研究で知られるDr. Thomas Perlsとも意見を交わし,またBIDMCのChief of General MedicineであるDr. Thomas Delbalnco,Dr. Russell Philipsからプライマリ・ケアにおける教育システムと研究成果について多くの情報を得たことを付記する。