医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2491号よりつづく

〔第15回〕リスク・コミュニケーション(3)

言葉が含むリスク度

 医師は,しばしば数値でなく言葉でリスクを説明します。そこで,医師にはその言葉の示すリスク程度を具体的数値で,一方患者さんにはその言葉を聞いた時に,どれくらいのリスクとして受け取ったかを,具体的数値で回答してもらいました。
 表1を見てください。ここにその結果を示していますが,医師では平均が90-3%まで広く分布しているのに対して,患者さんでは86-6%と狭くなっています。さらに,気づかされる点は,医師に比べて患者さんは,患者さん側の標準偏差がとても大きいのですが,これは,「同じ表現でも個人よって感じ方が大きく違う」という事実がよく表わされています。
 さらに,人は「よい表現も悪い表現も曖昧な感覚に近づけて感じる」ものなのかもしれません。それにしても,医師は2%くらいの確率のつもりで,「ほとんどないでしょう」と説明しても,患者側は15%のリスクを感じています。また,人によっては40%近いリスクを感じているわけですから,医療職者は,言葉の曖昧さを念頭に置いて,十分に患者さんに配慮しながら話をしなくてはなりません。

表1 医師・患者が説明の仕方で感じるリスク度
表現医師患者
ほぼ間違いないでしょう90±886±20
その可能性が高い85±1677±23
その可能性が低い14±1131±29
まずないでしょう13±831±31
ほとんどないでしょう2±115±23
決してないでしょう3±16±17
(NEJM 1986;315:740-4)。

感覚にギャップがあることも

 また,仮にリスクが十分伝わったとしても,それに対する反応は医療者と患者さん側では大きく異なります。もう1つの数値見てみましょう(BMJ.1990;300:1458-60,表2)。
 もちろん,文化や国が違うと,その反応も大きく異なることでしょう。しかし,医療者側と患者さん側の感覚にギャップがあることには変わりはありません。それはこの表2によく表われています。
 医師は,「治癒」,「3か月生存期間」,「症状改善」という,一見似たフレーズの意味を自分の知識や経験に照らし合わせて,コントラストをつけて判断しているように見えます。抗癌剤治療のリスクとベネフィット,そして日常生活が制約されることをよく知っているからでしょう。しかし,患者さん側は,あまり3つのフレーズの違いを意識していないように思えます。そして,抗癌剤に対する期待感からか,医師と患者さんでは,抗癌剤治療を受け入れる頻度が大きく違っています。
 同じ患者さん側でも,癌を持つ当事者と癌を持たない親戚では感じ方が異なります。すなわち,夫の癌治療を妻に相談する時や,子どもの癌治療を親に相談する時には,その点も考慮に入れて話す必要があるということです。
 小児科の場合,意思決定は保護者が行なうことが多い点,医療職者はさらに注意が必要です。最終的には親のためではなく,子どもにベストな治療を施さなくてはなりません。また妻は,夫に「これ以上化学療法を受けさせたくない」と思い,医師に中止を要請するかもしれません。しかし,夫である当人は,3か月の生存期間延長に大きな意義を見出して,「もっとがんばろう」と思っているのかもしれないのです。

表2 知識,経験の違いが意思決定に影響を与える
   抗癌剤治療を受け入れる  
 医師患者
治癒する見込みが1%20%53%
3か月生存期間を延ばせる10%42%
症状改善の余地が1%しかない7%43%

患者を思いやる気持ちに優るものなし

 医師が乳癌の患者さんに,手術+放射線療法後,化学療法を行なった場合と行なわなかった場合の再発率について具体的数値なしで説明しました。
 その後,医師に化学療法を行なった場合と行なわなかった場合における再発率を具体的数値で示してもらい,同時に患者さんにも,その医師から具体的数値なしの説明から,自分の感じ取った再発率を具体的数値で書いてもらいました。その一致度を調べたのが表3です。
 表3に見られるギャップは,患者さん側の化学療法に対する期待が示されていると言えるでしょう。またこの調査からは,60%の患者さんが自分の治癒率を過大評価していること,一方で,医師のそれは20%だったことがわかりました。
 医師と患者さんの間での相違は,説明が患者さん側に十分伝わっていないことに他なりません。それにもかかわらず,82%の患者さんが医師による1回の説明で同意し,治療承諾に対する意思決定をしていました。患者さんの治療に対する意思決定は,医師あるいは医療者に対するイメージ,主治医に対する信頼感,そして何よりも医師のその治療への前向きさに影響されていると言っても過言ではないでしょう(JCO 1989;7:1192-200)。
 患者さんは,医師の些細な感情を,態度や説明の細かな言葉尻から感じ取っているのかもしれません。結局,「説明と同意」とは言っても,大切なのは医師と患者さんの信頼関係であり,医療者の患者さんを思いやる気持ちに優るものはないように思います。

表3 医師・患者の説明(インフォーム
ドコンセント)後の再発率一致度
化学療法の有無一致度
化学療法なしの再発率0.75
化学療法ありの再発率0.33