医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


きわめて基本的かつ明確な臨床決断解説書

臨床決断のエッセンス
不確実な臨床現場で最善の選択をするために

今井裕一 訳/秋田大学医学部EBM研究会 協力

《書 評》小林哲郎(山梨医大教授・内科学)

臨床の場に登場するようになったEBM

 Evidencc-based Medicine(EBM)という言葉が,臨床の場で頻回に使用されるようになってから,われわれ臨床家は,診断や治療の根拠と出現する確率を意識しないわけにはいかなくなった。
 本書は,臨床の現場における決断(臨床決断)をどのような根拠にもとづいて行なうかを,わかりやすい実例を持って示してあるきわめて基本的かつ明解な解説書である。

期待される本書による柔軟かつ強靱な臨床活動の展開

 医療の現場で用いられる決断のプロセスをデシジョン・ツリーとして表現し,それぞれの起こりやすさ(likelihood)とは,どのようなものであるかを多面的に表現している。残念なことに,日常診療の場においては,このような考え方を100%臨床決断に活かすことはできないかもしれない。これは,いまだバックアップを行なう医学的なデータが欠如している,という現状があるからである。しかし,多くの臨床的な文献を読み解く際に,文献の記載が縦糸だとすれば,本書の考え方は横糸であり,本書で紹介されている手法を思考に導入することにより,より柔軟かつ強靱な臨床活動ができるものと期待される。
 本書を読み終えた後には,EBMという無媒介的な言葉を,より身近な媒介とするためのヒントが得られたという爽快感を味わうことができるであろう。また随所に,翻訳者今井裕一博士の「ガイドラインすなわちEBM」という風潮への醒めた目を感じる。さらに巻末には,臨床決断の際に有用なlikelihood ratio,oddsなど基本的な用語の説明,さらにそれを利用したポケットガイドやコンピュータプログラムに関する解説もつけられており,臨床現場でのきわめて有用な情報源となり得るものと確信する。
A5・頁152 定価(本体2,200円+税)医学書院


今後の日本の精神科医療への心強い提言

精神科医療のストラテジー
伊藤弘人 著

《書 評》樋口輝彦(国立精神・神経センター国府台病院長)

求められるわが国の精神医療システムの改革

 日本の精神医療は,これまで緩やかに変化してきた。いや,緩やかにしか変化し得なかったのかもしれない。その間に急速に高齢化社会が到来し,少子化が進み,産業構造は変化し,ストレス社会と呼ばれる時代になった。このことと精神医療の中身がどう関係するかは別にして,これまでの緩やかな精神医療の変化の速度では,対処しきれなくなっているのは確かである。伊藤弘人氏は,この事実をもっとも敏感に感じとった者の1人である。彼は,国立保健医療科学院室長すなわち,行政と深い関係にある研究者の立場で,これから大きな変化をとげなければならないわが国の精神医療のシステムのあるべき姿を描くための材料を,われわれに提供してくれた。
 本書は,4部で構成されている。「第1部 現状と課題」は,そのタイトルのとおり,わが国の精神科医療の現状分析と課題の整理である。彼の基本的視点は,「はじめに」の中で述べられている。すなわち,「日本の精神科医療の優れている点を維持・推進しながら,改善すべき点の現状と原因を把握し,よりよい医療を提供できる方法を提示することである。そのために,日本の精神科医療の利点と問題を公平に評価し,問題点をいかに改善するのかについて考える」という視点である。

日本の精神科医療の現状・課題・方向性を詳述

 著者は,日本の精神科医療の現状を次の3点に要約している。(1)入院患者層の二極化,すなわち,長期在院と短期入院の二極化,(2)高齢化,(3)診療報酬上や看護基準による機能分化,このような現状認識に立って,著者はやはり3つの課題を設定している。
 第1の課題は,精神科医療の機能分化をどのように行なうかであり,第2は,長期在院者対策,第3は,精神科医療の内容や成果を説明するツールをいかに見つけるか(作るか),であるとする。著者は,これらの課題を克服するために3つの方向性を提示している。それは,(1)機能分化の方法,(2)チーム医療の確立,(3)説明責任をいかなる方法を用いて果たすか,である。この3つの方向性を第2部以下で詳述している。
 本書の特徴は,まず,第1に大変わかりやすく書かれている点である。難解なところは,まったくといってよいくらいにない。精神科医療に携わる人にとどまらず,多くの医療,福祉の関係者が読んで役立つ内容である。
 第2に,用いたデータが最新であり,またさすがに厚生労働省のお膝元の研究機関に所属されているだけあって,厚生労働省の専門委員会の資料が用いられているので説得力がある点である。
 第3に,具体的提言が盛り込まれている点である。クリニカルパスの有用性,診療録のあり方,リスク・マネジメントの取り組み方など,すぐに医療現場にフィードバックできる内容ばかりである。著者は,精神科医ではないが,精神科の医療現場はかなりよく知っておられる。したがって,著者の提言は机上のものに終わらない。このような若手の研究者に積極的に日本の精神科医療のあり方を提言してもらえるのは,大変心強いことである。
B5・頁168 定価(本体3,300円+税)医学書院


必修化される卒後小児科研修にズバリの内容

小児科診療マニュアル
すべての研修医のために

森川昭廣,内山 聖 編集

《書 評》河野陽一(千葉大大学院教授・小児病態学)

 2004(平成16)年から2年間の卒後臨床研修が必修化されるが,この制度は昔のインターン制度とは異なるものであり,最近の医療現場からの必要性と,臨床医学教育の流れを踏まえてスタートする新たな臨床医学研修システムである。この新たな研修システムの開始にあたり,指導する側も研修を受ける側も,どのような研修を行なうのか,手探りの部分がある。小児科は卒後研修において必須診療科にあげられており,この時期に本書が登場したことは,まさに時宜を得たものと言える。

明確に把握できる小児科診療の要点

 私が医学部の学生であった頃,小児科の教科書は限られており,読みもしないのに分厚いNelson『Textbook of Pediatrics』(W B Saunders)を購入したことを思い出す。これらのテキストは,持ち歩くに適した大きさではなく,ベッドサイドの実習においては,疑問にその場ですばやく解答を与えてくれるテキストを誰もが欲しがっていた。当時も小児の臨床医学の基本的な情報を図表を多用して解説した小冊子があったが,資料集といった内容であり,小児科診療そのものを解説するものではなかった。それでも学生の時に購入した小児科の小冊子は,ベッドサイドの実習で活躍した後に,小児科に入局してからも随分と世話になった。本マニュアルは,当時の小冊子に比べると,編集の視点がまったく異なっており,小児科診療の要点を伝えようとする姿勢が明確で,教える方法もわかりやすい。
 本書の構成をみると,小児科診察の全体像から始まり,各部の診察そして症状から診断へのアプローチを手際よくまとめている。さらに治療手技や検査手技,その他に成長・発達の評価,予防接種,学校保健・予防医学,薬剤の使い方まで,大変幅広い情報が満載されている。また,本書の特徴とも言えるが,各項ごとに重要なポイントをまとめて記述し,内容はすべて箇条書きにされている。エレガントな体裁に加えて,情報の伝え方にも工夫がなされ気配りを隅々に感じる。

身につけてほしい習慣-問題の解決を後回しにしない

 序文に,「小児科の研修中に困った時や知識を得たい時は,すぐにその場で本書を開いてほしい。必ず解決策が見出せるはずである」とあるが,これは過言ではない。具体的な記述を随所に見出すであろう。『すべての研修医のために』と副題があるが,研修医のみならず臨床実習の学生,そして指導医にそれぞれの求めに応じて十分な役割を本書は果たすと思われる。
 新しい意図を持った診療マニュアルであり,研修医諸君には本書を活用することで問題の解決を後回しにしない習慣を身につけてほしいと願っている。小児科に将来進む研修医はもちろん,小児科に進まない研修医にとっても,長く診療の現場に置かれる1冊であろう。
A5・頁256 定価(本体3,500円+税)医学書院


子どものこころへの対応を児童精神科医が見事に解説

臨床家が知っておきたい
「子どもの精神科」こころの問題と精神症状の理解のために

佐藤泰三,市川宏伸 編集

《書 評》小島卓也(日大教授・精神神経科学)

緊急対応が求められる子どものこころの問題解決にピッタリ

 子どものこころの問題は,多動,不登校,いじめ,校内暴力,学級崩壊,ひきこもり,自殺,非行,社会的逸脱行動などとして増加しており,教育,福祉,医療,司法の分野で緊要な問題となっている。しかし日本では児童精神医学の専門家は少なく,この領域からの対応が不十分なのが現状である。
 本書は,日本において数少ない児童専門精神病院でのチーム医療を中心にした成果のエッセンスを,関連の診療科や関連領域の方々に役立つようにとわかりやすくまとめたものである。発達を基盤にした子供に対する関わり方の基本と,症例や状況に応じた具体的な対応の仕方がすぐにわかるようにまとめられている。分担執筆者が自らの経験に基づいて,ていねいに記載しており,しかも読者がわかりやすいように,さまざまな工夫がなされている。一読した後も診療室において利用したくなる本である。

要領よく利用しやすい内容

 内容について触れると,「診断にあたって」,「治療的対応について」,「子どもによくみられる精神症状のみかた」,「子どもにみられる精神疾患とそれらへの対応」,「「子どもの精神科」におけるいくつかの問題」に分かれている。「診断にあたって」についてみると,診察場面の設定では待合い室および,診察室の工夫,診察のきわめて困難な子どもに対する工夫から,診察場面では円滑な問診を妨げるファクターとその対処方法として,受診にいたるまでの子ども・親の心理,受診時の子ども・親の過剰な期待,問診時の子ども・親の心理,問診時の情報の客観性までが説明されている。
 また実際の問診の進め方では,一般的な面接の仕方,小学校入学以前,小学校低学年,小学校高学年以降,特殊な場合の問診の進め方というように,発達に応じた対応の仕方が記されている。そして「子どもによくみられる精神症状のみかた」では,家庭医学書のようにその項目を見ると発達の面からの解説,考えられる疾患,鑑別診断,治療,対応の問題点などが書かれていて利用しやすい。
 詳しすぎず,簡単すぎず,要領よくポイントが記されている。本書の編集方針がいきわたっているように思う。成人の精神科で治療する方々,小児科で児童青年期の精神障害に対応している方々,児童青年精神科医療の関連領域で働く方々にぜひ一読していただき,日常の活動に役立てていただきたいと思う。
A5・頁288 定価(本体3,200円+税)医学書院


人格障害について学ぶのに好適の書

SCID-II DSM-IV II軸人格障害のための構造化面接
Michael B. First,他 著/高橋三郎 監訳/大曽根 彰 訳

《書 評》前田久雄(久留米大教授・精神神経科学)

人格障害を診断するための閾値とは

 本著は,M. B. Firstらが執筆した『Structured Clinical Interview for DSM-IV Axis II Personality Disorders(SCID-II)』(American Psychiatric Publishing, Inc., 1997)の邦訳である。原著は,『SCID-II使用の手引き』,『SCID-II人格質問票』,『SCID-II』の3冊に分けて出版されているが,本著はこの順序で1冊にまとめられたものである。先行の『SCID-II for DSM-III-R』が大幅に改訂され,被験者の内的体験がよりよく反映される臨床面接に近い形にされた半構造化面接である。すなわち,前者に採用されていた自己記入方式の人格質問票に加えて,自由回答式の質問が数多く取り入れられ,さらには追加質問も準備され,自由な付加的質問も随時行なえるように構成されている。一方では,情報源として本人の自己評価だけでなく,面接時の言動や態度,家族,前医からの情報などを重視することも求められている。これらは,本来,正常からの連続的な偏倚である人格障害を診断するための閾値を,できるだけ確実な根拠にもとづいて定めようとするための工夫である。
 対象となる人格障害は,DSM-IV II軸の10のカテゴリーに,DSM-IVの付録Bに記載されている抑うつ性人格障害と受動攻撃性人格障害を加えた12である。質問の順序は,被検者への心理的影響を考慮してクラスターCの回避性人格障害から始まり,AからBへと配列されている。質問票およびSCID-IIとも119の質問が用意されており,94の項目について4段階評価を下すようになっている。それぞれの人格障害に関連した項目のうち,閾値を満たした項目数が一定の数(カテゴリー閾値)に達するか否かでカテゴリー診断がなされるが,それらの項目数により次元的診断も可能である。
 本面接の他の特徴としては,約20分で終了する質問票で「はい」と回答された質問についてのみSCID-II面接をすればよく,要する時間を節約できるようになっている。しかし,質問票では「はい」と回答される閾値がSCID-IIよりもかなり低く設定されており,意図的に偽陽性率を高くすることでスクリーニング機能の担保が図られている。したがって,質問票だけで診断を下すことはできない。ちなみに,翻訳者の調査では偽陽性率は40-82%であったという。さらには,予めSCID-Iあるいは臨床面接でI軸の前評価をすませておくことが前提となっている。この構造化面接は,症例の人格障害プロフィールを明らかにしたり,特定の人格障害に関する疫学調査を行なうなどの研究面だけでなく,臨床場面でも,問診の後の鑑別診断に用いることなどが推奨されている。

高まる人格障害への社会的関心

 先にも触れたように,訳者自身がすでに多数の症例に本面接を試みているが,必ずしも冷たい感じのする面接でなく,むしろ精神療法にもなったと述べている。これは,原著に込められている被検者への配慮によるだけでなく,よくこなれた日本語訳に負うところも大きいのであろう。近年わが国でも人格障害に関する社会的関心の高まりもあり,疫学や生物学的研究などの臨床研究が盛んになってきている。本訳著の出版は,まことに時宜を得たものであり,多くの臨床家や研究者に歓迎され重宝されるであろうことは確実である。卒後教育にも有用である。
B5・頁160 定価(本体3,800円+税)医学書院


要領よく理解できる発展続ける精神薬理学の全貌

精神薬理学エセンシャル 第2版
神経科学的基礎と応用

Stephen M. Stahl 著/仙波純一 訳

《書 評》松浦雅人(日大助教授・精神神経科学)

美しい絵柄による明確な解説

 本書の初版が翻訳出版された時に,その美しい絵柄による明解な解説にある種の衝撃を受けた。精神薬理学に関心を持つ広い読者層の支持を得たことからも,多くの人が同様の印象を受けたものと思われる。本書はその改訂版で,すべての章が加筆されて重厚になっているが,読みやすさと絵の見事さは相変わらずである。
 最近,わが国でも導入されたいわゆるSSRI(選択的セロトニン再取り混み阻害薬)やSNRI(選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)などと略称される新しい抗うつ薬や,新しい非定型抗精神病薬に関する記載がさらに充実したことはもちろんである。さらに分子神経生物学に関する記載が大幅に増え,向精神薬による遺伝子発現の連鎖反応がダイナミックに描かれている。神経伝達物質による受容体の占拠に始まり,2次メッセンジャーが生成され,つづいて酵素が活性化され,さらに転写因子が形成される。これが遺伝子の調節領域に結合し,遺伝子の翻訳領域が自身を転写してmRNAが首尾よくできあがり,RNAは自身を翻訳してさまざまな機能を持つ遺伝子産物である蛋白質が生成されるさまが,時間経過とともにいきいきと表現されている。
 「気分障害」の章では,抗うつ薬の治療効果の遅れや,抗うつ薬に反応しない患者の存在が,古典的なモノアミン仮説や受容体仮説に矛盾することから,分子レベルの情報伝達の欠陥の可能性を指摘している。その候補として,ストレス状況下で発現が低下する神経栄養因子の遺伝子をあげている。さらに,情動機能障害のペプチド系神経伝達物質仮説について触れ,まだ研究の初期段階であるとしながら,ニューロキニンアンタゴニストが新たな抗うつ薬となる可能性を述べている。また,治療抵抗性の気分障害患者に対して,合理的な多剤併用投与の原則を述べ,さまざまな薬物組み合わせのラインナップを提示している部分は,難治例の対応に苦慮している臨床家にとって参考になろう。
 「精神分裂病」の章では,寛解に至るまでの時間が長いほど続発する精神病の再燃が増大し,続発するエピソードでは抗精神病薬への反応性が悪くなることから,治療抵抗性の形成に興奮毒性として知られるグルタミン酸の過剰な作用を述べている。比喩の巧みさは著者の得意とするところであるが,グルタミン酸による興奮性神経伝達は脳内の「庭師」としての役割を果たし,元気で新しい枝を伸ばすために,古くなった樹状突起の枝を刈り込むが,それが過剰になると神経細胞に叫び声をあげさせ,樹状突起ののどを絞め,さらには神経細胞を暗殺するに至ると述べている。そして,精神分裂病の神経変性仮説を解説し,従来の神経発達障害仮説と統合した記述には説得力がある。

一貫した教育的配慮

 その他に,今回の改訂では遺伝薬理学と薬物動態学について加筆され,小児や青年期の障害や注意欠陥性障害,PTSDなどについても新たに追加された。本書を通読することで,めざましい発展を続ける精神薬理学の広汎な領域を要領よく理解することができる。初版に引き続いて教育的な配慮は一貫しており,後に図だけを見直すことで簡単に復習できる。精神医学や精神薬理学の専門家だけでなく,向精神薬を処方することのある多くの臨床家に勧めたい好著である。
B5・頁512 定価(本体11,000円+税)MEDSi