医学界新聞

 

21世紀のよりよき老人医療の確立

第44回日本老年医学会が開催される


 第44回日本老年医学会が,さる6月12-14日の3日間,高崎優会長(東医大)のもと,「21世紀のよりよき老人医療の確立」をテーマに,東京・新宿の京王プラザホテルを会場に開催された。
 今学会では,会長講演「老化とビタミンE」をはじめ,招聘講演「この半世紀における加齢に伴う脳神経疾患の変遷」(モンテフィオレ・メディカル・センター 平野朝雄氏)や特別講演1「加齢とQOL」(聖路加国際病院理事長 日野原重明氏),同2「高齢者の薬物動態-最近の進歩」(慶大 谷川原祐介氏)が行なわれた。また,3題のシンポジウムの他,教育講演(12題),若手企画シンポジウム(2題),イブニングシンポジウム(4題),日韓合同シンポジウム,在宅介護フォーラム(詳報を本紙2496号に掲載予定)に加え,Aging Science Forum「アルツハイマー病研究の進歩」や,市民公開講座「介護保険と高齢者医療」が企画された。
 本号では,これらの中からワークショップ「老年者疾患別ガイドラインの現状と改正点-呼吸器」の話題を中心に報告する。


老人医療を取り巻く,さまざまな専門職が一堂に会す

 308題に及ぶ一般演題発表(口演175題,ポスター133題)が行なわれた今学会のシンポジウム(1)「老人医療におけるEBM-動脈硬化性疾患の1次予防,2次予防」(司会=阪大 荻原俊男氏,東大 大内尉義氏)では,5人の演者から,「動脈硬化の成り立ち」や「高齢者高血圧治療ガイドライン」が紹介された。また,「高齢者高脂血症の予防」とともに,「虚血性心疾患」および「脳血管障害」の再発予防に関する発表も行なわれた。
 なお,シンポジウム(2),(3)では「老年病の予防と管理」をテーマに,前者が「脳卒中,痴呆,うつ,嚥下障害,栄養障害」(司会=浴風会病院 大友英一氏,東北大 佐々木英忠氏)について,後者は「骨粗鬆症,転倒,骨折,廃用症候群,褥瘡」(司会=浜松医大名誉教授 井上哲郎氏,東大江藤文夫氏)を話題に,各疾患ごとにそれぞれの分野の演者が登壇し,自らの研究成果を報告した。
 若手企画シンポジウムのテーマとなったのは,(1)「脳血管障害-予防と急性期治療up-to-date」(司会=杏林大 秋下雅弘氏,東医大 木内章裕氏)と,(2)「老化とホルモン」(司会=東大 井上聡氏,神戸大 櫻井孝氏)。前者では,「脳血管障害におけるフリーラジカルの産生とその治療」(東海大 滝沢俊也氏)や,「脳卒中急性期からのリハビリテーション」(藤沢市民病院加藤弥生氏)などが演じられた。
 また,日韓合同シンポジウムでは,「How can we develop Geriatrics as one of the major medical specialty?」(司会=Medical College of Ulsan Univ.Young-Soo Lee氏,東大 大内氏)をテーマに,両国からそれぞれ2名が登壇した。さらに,イブニングシンポジウムでは,(1)「介護保険における老年科医の役割」(司会=名大 井口昭久氏,杏林大 鳥羽研二氏),(2)「高齢者悪性疾患-どこまで治療できるか」(司会=癌研病院武藤徹一郎氏,国立東京医療センター 土器屋卓志氏),(3)「増加する老年者の生活習慣病」,(4)「アルツハイマー病の基礎と臨床」をテーマに議論が展開された。
 この他にも,ランチョンセミナーなどが企画され,老年(加齢)医学に限定されない,老人医療を取り巻くさまざまな専門職が一堂に会し,学会テーマである「21世紀のよりよき老人医療の確立」をめざして議論される,充実した3日間となった。

肺炎診療ガイドラインの必要性

 ワークショップ「老年者疾患別ガイドラインの現状と改正点-呼吸器」(司会=順大 福地義之助氏)は,「高齢患者は,複数の疾患に病むことが多く,高齢患者を診る医師は,各臓器別診療科の標準的な診断と治療について十分な知識の取得が必要である」との趣旨のもと,高齢者の呼吸器疾患に焦点を合わせた企画とした。なお,「肺炎」に関して松島敏春氏(川崎医大)が,「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」については永井厚志氏(東女医大)が,それぞれに治療ガイドラインの解説を行なうとともに,改正すべき点にも触れた。
 松島氏は,「肺炎診療ガイドライン」の必要性について,(1)肺炎はきわめてありふれた疾患であり,重症化や死亡例も多く,多大な費用が使用されている,(2)肺炎の原因菌,治療の場,治療する医師,抗菌薬の種類が多岐にわたり,さまざまな治療が行なわれている,(3)そのために,もし,適当な治療法にまとめあげることができれば,効果的で理想的なガイドラインになる,と指摘。その上で,日本呼吸器学会が「呼吸器感染症に関するガイドライン」として1998年以来発表している,(1)成人市中肺炎診療の基本的な考え方,(2)成人院内肺炎診療の基本的な考え方,(3)慢性気道感染症診療の基本的な考え方を中心にその考えを示すとともに,高齢者の市中および院内肺炎の実態を報告した。
 また氏は,1993年に作成され,2001年に改正されたアメリカ胸部学会(ATS)の市中肺炎診療ガイドラインのフローチャートを提示し,それを基に日本の文化や習慣を取り入れた独自の同学会のガイドラインをチャート化して解説。高齢者における抗菌薬の投与方法は,「成人に比し,高齢者は抗菌薬の体内動態において血中半減期の延長があり,尿中排泄率の低下もあることから,成人よりも1回投与量を減らし,間隔を延ばす必要がある」とした。
 さらに,「肺炎は,高齢になるほど罹患率,死亡率ともに急激に増加する疾患である」と述べ,高齢者肺炎患者の管理として,(1)抗菌薬投与の注意,(2)呼吸・循環状態の改善,(3)代謝異常の改善,(4)栄養・水分の補給,(5)保温,(6)去痰,などをあげた。また,高齢者肺炎の予防には,「インフルエンザワクチン接種は重要」とし,さらに肺炎球菌ワクチン接種,嚥下・誤嚥対策,口腔ケアやガーリングなどの局所対策,栄養対策,QOLの維持・向上などが必要と指摘した。

「肺炎は老人の友」なのか

 このワークショップに関連し,「老人の介護-感染対策をめぐって」をテーマに行なわれたランチョンセミナーでは,福地氏の司会のもと,佐々木英忠氏が登壇。
 氏は冒頭に,「古くから,『肺炎は老人の友』と言われたきた」と述べ,抗菌薬が発達した現在でも,高齢者の肺炎による死亡率は100年前とほとんど変わっていない現況を指摘した。また,氏は,老人の肺炎の発生機序に注目。「高齢者の肺炎は脳の深部皮質(大脳基底核)の脳血管障害も出発点になり得る」とした上で,「脳血管障害によるドパミンの減少が嚥下反射や咳反射の低下を促し,雑菌の混じった唾液が気管に入りやすくなることが肺炎の起因と考えられる」と述べ,その実証に「慢性気管支炎」と診断されていた80歳男性は,「脳血管障害」によるものであった例を紹介した。
 なお,肺炎予防としては,「高齢者は,咳が出ないで困っているので,誤嚥を防ぐ意味でも咳を出すようにすればよい。それにはカプサイシンが効果的」と述べた。さらに,口腔ケアが抗生物質よりも有効とするとともに,食後2時間の座位確保が誤嚥を防ぎ,肺炎が半減した実例を示し,高齢者への介護の有効性を示唆した。