医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


高齢者のケアに何が大切かを示唆

論より生活 老いの世界とケア
頼富淳子 著

《書 評》小笠原 望(大野内科)

 『論より生活』,まず本の題に共感。著者は福祉公社で,高齢者や障害者を持つ人の生活を支える仕事をしている。「老いの世界とケア」には理屈はいらない,「人」と「生活」を視野において,老いの暮らしを素直な感性で感じることこそ大切であるという著者の視点が,淡々と語られている。「お年寄りの体とこころが診られるようになったら一人前」と,私はいつも後輩の医師に言ってきた。お年寄りを診ることは,医師にとって本当に難しい。体もだが,こころがわかるまでに,それこそ理屈ではなく年季がいる。102,99,98,96,……,現在私が在宅医療を担当する患者さんの年齢である。四万十川のほとりで在宅医療をする私は,この本を読みながら,「そうそう,こんなことはあるある」,「こんなお年寄りの気持ち,わかるなあ」,「ケアをする人はとにかく大変」と,改めて確認することが多かった。

ドキッとする柔軟な発想

 本書は,「第1部 生活のなかのケア」,「第2部 老いの周辺」,「第3部 ケアに映る家族の想い」に分かれる。
 第2部に次の文章がある。/私より先を歩かないでください。/私が遅れたら立ち止まって私が追いつくまで待ってください。/私をさりげなく支えて一緒に歩いてください。「歩く」という一節なのだが,この気持ちは,老いと接する医療者,いや医療者だけでなくすべての人が大切にしたい。「転ぶな」の一文は,絶品である。記憶力の落ちた妻を介護してきた夫が膵臓癌になり,妻への最後のメモが,「眠ることが一番だよ」。その後が,「転ぶな」だったという話はじーんとくる。夫婦の風景,それを支える人,そしてその人をまた支える人の出会いを,決して劇的でなく押さえて書いているのがいい。
 「やわらかな発想」もおもしろい。犬好きの人が痴呆となり,退屈しのぎに家族が犬を飼うようにしたら,まったく興味を示さずうっとうしがる。一方で,1日10回も餌を与える痴呆のお年寄りがいて,犬が太りすぎて後ろ足を脱臼。栄養の少ない餌を家族が工夫をする話。獣医さんの,1人のいのちを支える犬の一生があってもいいのではの話は,発想の柔軟さにドキッとする。
 高齢者の暮らしの中でのこころの動きやケアの風景が,本のなかにエピソードとしてさりげなく触れられる。声高の理論でなく,ハウツウものでもなく,現場での経験の積み重ねが伝わってくる。著者の飾らない,肩に力を入れず,そして少し控えめな姿勢が,高齢者のケアに何が大切かを示唆している。高齢者に接する人に,この本を強くお勧めする。
B6・頁192 定価(本体1,800円+税)医学書院


糖尿病患者の心理・感情面からアプローチしたケア指針

糖尿病のケアリング 語られた生活体験と感情
ジェリー・エーデルウィッチ,アーチー・ブロドスキー 著
黒江ゆり子,市橋恵子,寳田 穂 訳

《書 評》津田謹輔(京大教授・人間・環境学)

 訳者の代表である黒江ゆり子さんは,京都大学人間・環境学研究科に在学中,同大学病院病態栄養部の糖尿病外来や病棟で臨床研究を行ない,「慢性疾患におけるアドヒアランスに関する研究」という論文で学位をとられた看護師さんである。この間,糖尿病患者の心理学では,日本の第一人者である天理よろづ相談所病院の石井均先生のところでも研鑽を積んだ。人間・環境学研究科は,理系,文系の教官が所属するところで,黒江さんは医学と同時に,心理学,哲学,社会学なども学ばれた。このようなバックグラウンドがあるので,ジェリー・エーデルウィッチらによる『Diabetes; Caring for Your Emotions as well as Your Health』(Perseus Books)を訳したいと,考えるに至ったのはごく自然のことと思える。訳書を『糖尿病のケアリング-語られた生活体験と感情』とされた。訳者らは,すでに数冊の翻訳書を出版されているためか,読み終えて翻訳ということを意識しない本であった。一部,コーピングなど患者さんが読むには,専門用語が含まれているが,日本語に適当な言葉がなくやむを得ないと思う。

特出する糖尿病患者の生の声

 「そう,糖尿病があなたの人生を変えようとしているのです」で始まるこの本は,患者さんに向かって書かれている。患者さんが読んでももちろんよいが,糖尿病医療スタッフが読むと,もっとおもしろいのではないだろうか。患者さんが,いろいろな思いを語っている。これほど患者さんの生の声をまとめた本を,他に知らない。初めて糖尿病と告げられた時,患者さんなら誰もが経験する糖尿病をもって生きていく人生への不安ととまどい,糖尿病を自分の中で受け入れるまでの過程,つい食べ過ぎてしまった時など,日常臨床で出くわすごく普通の場面での患者さんの思いが語られている。さらに,医師やナースなど医療スタッフとの間で起こる不平・不満や医療スタッフへの期待,糖尿病のために生じてくる親子や家族関係などについて,患者さんは素直に気持ちを表現している。これらが,場面場面で1つずつ章としてまとめられている。日本の書物では,正面から取り上げられることが少ない「性,セクシュアリティ」の章や保険や医療費の問題も取り上げられている。
 各章で,患者さんの思いと同時に,著者がそれらの思いに対するコメントを述べている。読みながら「ああこういう患者さんいるいる」と思ったり,著者のコメントに「そこは同感だが,ここは少し私の考えとは違う」といった調子で読んだ。

求められる患者と医療スタッフの全人間的信頼関係

 糖尿病は,自己管理の病気であり,動機づけが大切であると言われる。糖尿病の治療は,エビデンスに基づいた科学であるが,実際に治療を行なうのは複雑な感情を持つ1人の人間である。患者さんが,どのような思いで治療に取り組んでいるのかに思いをはせることは大切なことである。これは,結局のところ患者と医療スタッフが,全人間的な信頼関係を築き上げることを意味しているのではないだろうか。これが,読み終えた感想である。
 立花隆氏によると,本の評価はその本に何を期待するのかによって読む人により違い過ぎるほど違って当たり前である。書評子にできることは,「店頭で本を手に取ってみるきっかけ」作りをすることだと言う。糖尿病医療チームの方には,一度手に取ってみてほしい。また医学書院から出版されているが,せっかくの本であるから患者さんの目にもとまるよう,そして手に取ってみられるよう一般の書店でも扱えることが望まれる。
A5・頁328 定価(本体3,200円+税)医学書院


《書籍紹介》

作家吉村昭氏推薦! 日本人の病気との闘いのあとをたどる

病が語る日本史
酒井シヅ 著

 人間の一生は病気と切り離せない。胎内にいる時から生命の危機にさらされ,生まれたあともさまざまな危険が待ち受けていて,健やかに生きることは容易ではない。
 文字で記録されるようになってからの日本の歴史は,人々の営みとともに病気との闘いの歴史に他ならない。日本の歴史を病気という視点でとらえ直すと,今まで気づかなかった様相が浮かび上がってくる。
 異常なほどの健康意識を持ち,病気を気にする現代人は,過去の日本人と病気の関わりに無関心でいられるはずはない。それは過去の出来事でありながら,現在の自分の身に引き比べて考えることができるから。そこにこのテーマの現代性がある。
 本書からは,個々の病気と歴史的事件の関わりや歴史上の人物の死因を知ることができ,全体を通してみると病気と文化の関係,病気そのものの変貌が見えてくるのも興味深い。さらに,エイズ,MRSAによる院内感染やC型肝炎などの医原病など,新しく現れた病気にも触れている。
 著者は順天堂大学医学部教授を経て,現在同大客員教授。日本の医史学の第一人者である。作家の吉村昭氏は「人間が決して避けられぬ病を通して日本史を見つめるという着眼が素晴らしい」と,本書の新しい試みを賞賛している。
 本書の内容は,以下の通りである。
[第一部 病の記録]骨や遺物が語る病/古代人の病/疫病と天皇/光明皇后と施療/糖尿病と藤原一族/怨霊と物の怪/マラリアの蔓延/寄生虫との長いつき合い
[第二部 時代を映す病]ガンと天下統一/江戸時代に多い眼病/万病のもと風邪/不当に差別された,らい・ハンセン病/脚気論争/コレラの恐怖/天然痘と種痘/梅毒の経路は?/最初の職業病/長い歴史をもつ赤痢/かつては「命定め」の麻疹
[第三部 変わる病気像]明治時代のガン患者/死病として恐れられた結核/ネズミ買い上げ-ペスト流行/事件簿エピソード/消えた病気/新しく現れた病気/平均寿命と死生観
四六判・頁270 定価(本体1,800円+税)講談社