医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2486号よりつづく

〔第29回〕クラスターする子どもの白血病(4)

時間的要素をどのように考えるか?

 例えば,頭痛薬を投与して翌日よくなっているかどうかを検討する臨床試験であれば,たいして難しくはありません。しかし,環境疫学調査では,観察期間が長期に及び,暴露量も正確に把握することが難しいことも多いのです。ウーバンで生まれても途中から他の町へ引っ越してしまった場合,逆に他の町から引っ越してきた場合などは,どのように評価するべきでしょうか。生年月日が違うわけですから,汚染水を飲んだ期間も異なります。そして,汚染水を飲みはじめて4年以内であれば,白血病になるリスクは変わらないかもしれませんが,5年目に白血病になるリスクが上昇するかもしれません。しかし7年以上飲んで白血病にならない子どもはそれ以降白血病になるリスクは変わらないかもしれません。
 このような状況をどのように評価しますか。今回は若干話題から逸れますが,「時間的要素をどのように考えるか?」について臨床研究で用いられる方法を紹介します。

Person-timeの考え方

 疫学ではしばしばperson-timeの方法を用います(図1)。
 それぞれの子どもでは観察期間は異なりますが,10人の中から3人が白血病になったとします。単純には,汚染が軽い地域,あるいは国全体の小児白血病発症率と比較しますが,それではそれぞれの子どもの暴露量の差が反映されません。そこで,それぞれの観察期間の合計を分母に持ってきます。図1では,incidence rate=3/62=48/1000person-yearsになります(分子が1-100の間に来るよう分母を10,100・・・10,000などで示すのが慣例)。

生存機能の考え方

 生存機能はS(t)で表わされ,ある個人が時間tを超えて生存する確率を示しています。例えばウーバンで生まれた子どもたちが白血病になるまでの期間を,それ以外の地区と比較するとしましょう。観察期間を10年間でとりあえず結果を出します。しかし,1年間しか経過を追っていない子どももいれば,11年目で白血病になってしまう子どももいるかもしれませんし,途中で引っ越してしまって追跡できない子どももいるかもしれません。これらのデータは捨ててしまいますか?
 例えば治療後7人の患者さんをフォローしていたとします(図2)。5人は残念ながら途中で亡くなりました。98年1月で経過観察を理由があって打ち切ったとします。そうすると2人はセンサーとして数えられます。

図2を整理すると図3のようになります。


 これを死亡が発生するごとに生存率を計算し,階段状に示すと図4のようなカプラン・マイヤー(KM)生存曲線となります。いつでも1からはじまり,0に近づきます。センサーとなった時点で曲線上小さな縦線の印をつけるのが慣例です。そして,大概は2つの生存曲線をlog-rank testなどを用いて比較することになります。

ハザード・モデルの考え方

 上のKM生存曲線(図4)では,「ウーバンに住む子どものうち××%は3年以内に白血病となった」あるいは「3年を超えて白血病にならない確率は××%である」といった形でリスクを表現します。このKM生存曲線でも時間経過によるリスク変化をある程度知り得ますが,リスクの変化を中心に捉える方法が「ハザード・モデル」です。
 生物統計の教科書で「ハザード・モデル」をひも解くと難解な公式がならんでいて,うんざりしてしまうことはありませんか。もっと簡単に考えてみましょう。あなたの頭の中で自由に連想してください。例えば炭素菌に暴露された患者さんがいるとします。死亡のリスクは症状を呈してから1週間以内が高く,この時期を乗り越えると徐々に低下します。あるいは,危険な手術を終わって,その晩を乗り切れば大丈夫かもしれません。逆に癌であれば,死亡の危険は数か月間は心配ないが,そのリスクは徐々に高くなるでしょう。一方,青年の死亡リスクはこの先20年くらいは低いまま変わらないかもしれません。
 ハザード曲線では白血病発症のリスクの時間変化を含めて比較することができます。さらに,KM曲線のように1つの因子だけではなく,多くの因子を同時に解析することができます(図5)。

 今回,時間という要素を,クリニカル・エビデンスを作る際,どのように盛り込むかについて概説しました。
 ウーバンの例では,小児白血病に関しては時間的要素を重視しハザード・モデルで,先天奇形などの小児疾患に関してはロジスティック・レグレッション・モデルで解析しています。
 後者のように一定期間の後結果がはっきりする場合はロジスティック・レグレッション・モデルが便利ですが,リスクが時間経過とともに変化する場合にはハザード・モデルが有効です。1日とか1週間といった短期間で結果が白黒はっきりする場合は問題がないのですが,実際の臨床研究ではしばしば長期間の観察を必要とします。むしろ,臨床の現場にいると時間的要素を無視できることのほうが少ないのではないでしょうか。