医学界新聞

 

日本の医学教育,改革成功の鍵は?

アメリカ人医学教育者から見た日本の医学教育
――ゴードン・ノエル氏に聞く

インタビュアー:松村真司氏
(東京大学医学教育国際協力研究センター,松村医院)


 2001年10月からの半年間,東大医学教育国際協力研究センターでは,外国人客員教授としてゴードン・ノエル氏(オレゴン大学医学部・教授)を招聘し,医学教育に関するさまざまな活動を展開した。東大では本年4月から,プロブレム・ベースド・ラーニング(PBL,問題基盤型学習法)やクリニカル・クラークシップなどを取り入れた新しい医学教育カリキュラムを始動させているが,この新カリキュラム計画作成において,ノエル氏はアドバイザーとして大きな役割を果たしてきた。
 本紙では,松村真司氏をインタビュアーに,ノエル氏に日本の医学教育についての考えを語っていただいた。また松村氏にはノエル氏の最終講義をレポートしていただいた。


●日本の医療はどう見えるか

松村 本日は,ノエル先生が来日されてからの6か月間のご経験を通して,日本の医学教育の改革に向けた提言をお伺いしたいと存じます。
 先生は滞在中合計6回の連続講義を行ないました(下表)。さらに,東大における臨床実習やPBLなどの新しい医学教育プログラムの開発に加えて,医学教育の研究にも携わりました。同時に国内の医科大学や臨床教育病院を積極的に訪問され,各地の医学教育の現状を視察されました。
 2年後の卒後臨床研修必修化など,日本の医学教育は,今,劇的に変化しています。ほとんどの大学が医学教育の改革に着手し,またクリニカル・クラークシップやテュートリアル教育などの新しい教育方略を多くの大学が導入しています。東大でも,これまでとは異なった新しい教育カリキュラムをこの4月から開始しています。こうした日本の医学教育の変化について,どのような印象をお持ちですか。
ノエル 現在,東大をはじめ,日本の各地で計画されている医学教育改革の内容は,とてもよい方向だと思います。ただし,実施や導入には,非常に時間がかかるでしょう。実施したことのないマネジメント方法を導入するには,多くのステップが必要です。おそらく,大学の教官が改革の重要性を認識するまで,また実施に際して抵抗感がなくなるまでに,やはり数年はかかるでしょう。
松村 それは東大にも当てはまることでしょうか。
ノエル これは日本だけでなく,あらゆる組織において,改革を行なう場合に必ず見られる現象です。改革をめざして方法を模索している場合にはスムーズにいき,現状に問題があると認識していない場合は,スムーズにはいきません。東大の場合は,どちらかというとまだ後者のような印象です。改革に積極的な教官がいて,彼らの活動でさまざまな試みが行なわれているのですが,それが医学部全体には及んでいないようです。私は日本で5つの医療機関を見学しましたが,今行なわれようとしていることは,日本全体に及ぶ改革です。一大学だけの問題ではありません。

表 ノエル氏の講義の内容
(1)アメリカにおける医学教育の歴史
(2)クリニカル・クラークシップ-アメリカの臨床トレーニングの柱
(3)アメリカ・カナダ,イギリスのPBTとPBL
(4)教官は医学生・研修医の臨床技能を正確に把握しているか?-教官は誰がよい臨床医かを知っているか?
(5)医学生と研修医に対する臨床教育計画の青写真-「臨床診断学実習」「PBL」「クリニカル・クラークシップ」を超えて
(6)〔最終講義〕要約すると-米国医学教育者が日本の医学教育に抱いた印象-優れた点と改善できる点

日本の医学教育システムの優れた点と弱点

松村 先生は最終講義で,「日本と比べてアメリカの医学教育のほうが優れているのはどんな点か」という,ある医大生からの質問を紹介されましたね。先生はそれに対して,「確かに日本とアメリカでは,システムが違っている」と答えた,とお話されました。そして,「しかし,システムの違いは文化や社会環境を反映しているので,どちらのシステムが優れているか,ということにこだわるのは意味がない。むしろ,今考えるべきことは,現在の医学教育が日本の社会のニーズにあっているのかどうかである」ともお話されました。
 これには私も同感です。日米どちらのシステムにも優れた点と弱点があると思います。日本の医学教育の現場をご覧になり,さらにアメリカにおける多くの現場での経験から,日本の医学教育システムの優れた点と弱点はどこにあるとお考えですか。
ノエル 優れている点ですが,現在,日本では,すべての市民が誰でも一定レベルの医療が受けられることが第一にあげられます。また,国公立大学の場合に限られますが,卒業するまでに支払う学費は,世界的に見ても安く,医学生が学費のために卒業時に大きな借金を抱えることはあまりないと聞いています。また,医学部への進学は大変な難関で,きわめて優秀な人が医師を職業として選択しています。患者をサポートする社会のネットワークも,アメリカと比較して優れています。例えば,アメリカでは祖父母は孫に対して責任を負いませんが,日本では責任を負っています。そうした多くのすばらしい点があります。

●日本の医学教育はどうすれば変わるか

日本の医学生と医学教育

ノエル 現時点では,日本の医学生と,アメリカのように23-24歳からスタートする医学生を同レベルで扱うことはできません。しかし,日本では欧米と比較して,教育方法が受動的だったり,すでに欧米では時代遅れとなった教育方法を用いていたり,講義に教授が自分の専門など興味のある分野を熱心に話しても,それが医学における重要なポイントではない場合が多いなどの傾向もあります。
 また,日本の医学生は他国と比べて,入学してから最初の2-3年は熱心に勉強しないようですね。現在のシステムでは,卒業後の将来が保証されていると感じているからでしょう。欧米の医学生は,よい研修プログラムに入るための競争を学生時代から強いられます。日本では多くの場合,出身大学に残って研修を行なうため,成績を競い合う必要もなく,勉強する強い動機にならないのだと思います。
 対策として,学生が勉強しようというモティベーションが高まるような学習プログラムを低学年のうちに導入し,学生自身に問題を提起させ,解決策を考え出させるようにすることです。こうすれば,学んだ内容がスムーズに吸収され,臨床実習が始まるまでの学習期間が有効になり,学生が能動的に学ぶ姿勢を助けることができます。

医学教育のゴール設定

ノエル 東大の場合,まずは「東大における医学教育のゴール」を明確にし,卒業後に東大の卒業生にどのような研修をさせたいのかを決定することが重要です。
 日本の医学部は,世界的に見ても優れた教育機関ですが,理想を実現するためには事前の計画が必要です。そのためには医学部自身がまず学習モデルを描く必要があり,他国の一流の教育機関のプログラムを調べて,これまでの自分たちのやり方とどこがどう違うかを見るべきなのです。国際レベルで考えて,医学部も医学教育で競争しなければなりません。
 これは,アメリカ企業の経営者たちが日本企業から日々受け続けている挑戦です。トヨタ,ソニー,ホンダなどの日本企業は次々と優れた商品を生み出して,アメリカで,そして世界各国で成功しています。これを見てもわかるように,日本企業は消費者が好む商品をきちんと作り出しています。逆にそれを見たアメリカ企業が,日本企業のやりかたや製品を徹底的に研究し,優れた製品を作ろうと努力しています。国際レベルでの競争という意味で,このような現象は日本の医学部にも当てはまります。日本企業にできるのだから,日本の医学部にも同じことが必ずできるはずです。
 それから,もっと多くの医師が海外で臨床を勉強すべきではないかと思います。また,医学教育という点を考えれば,医学教育の教官としての訓練を受けるのもよいですね。クリニカル・クラークシップを構築するなら,クリニカル・クラークシップが発達した国で,教官として実際に2-3年働いてきた臨床医を召還するとうまくいくでしょう。日本にいて,本だけで理解しようとするよりずっといいと思います。
 さらには,研究者と臨床医の立場を明確に分ける必要があります。今の日本の医学教育に必要なものは,優秀な臨床医の人材の投入,継続的な採用,そして継続的なサポートです。もちろん,優秀な研究者に対しても同様にサポートを行なった上でのことですが。臨床・研究・教育とに分けて,各々で昇進のチャンスを与えること,さらに教育に携わる人をサポートし,特に教師が教育のために費やした時間をきちんと給料に反映させることが必要でしょう。

プロとしての自信が持てる基準

ノエル 医学部は,より臨床実習を充実させ,それによって卒業後はすぐにプロの医師として働く自信を持たせるという明確な基準を設けるべきです。それには,誰が医師になるのかを決定するプロセスから見直さなければなりません。医師としてふさわしいかどうかは,人間性も考えて決定する必要があります。さらに,何をどのように訓練するかも熟慮する必要があります。
 例えば,臨床のトレーニング内容には統一の基準を設けます。ある科の教授だけが「私の科の医師になるために必要」と独自に考えているような基準は排除します。卒前の実習期間を終了した人間は,プロの医師としての最低限の知識をクリアしていることを,社会に保証しなければなりません。実習期間を終了することが,その基準をクリアしている証明であるとすべきです。
松村 私たちが努力すべき点は多いですね。今指摘された点のいくつかは,各地ですでに改革に着手されはじめています。また,医学部側でも,さまざまなタイプの生徒を受け入れ始めています。

中堅のリーダーが改革の鍵をにぎる

ノエル 一方で医学生の多くが,「自分の所属する教育機関の医学教育の現状では,日本国内あるいは外国の一流の教育機関では通用しない」と言っています。
 確かに従来通りの方法を実践していれば,一見,問題が起きないように見えますが,別の方法をすでに実践している人間からみれば,「改善策を考えたことはないのか」「その方法が正しいという根拠は何か」「何と比べてよいというのか」「誰と比べて自分は成功していると言えるのか」と批判するはずです。しかし,改革を行おうとすると多くの教授は否定的な反応を示します。また,往々にして,改革の対象である研修医や医学生もまた,混乱を恐れて現状を変えたくない,と答えるようです。
 ここで重要なのは,その大学の中堅リーダー,すなわち助教授や講師レベルの,実際に教育に携わっている人たちが必要性を感じて起こす改革です。従来の方法を改善するには,自分よりも上の立場に圧力をかけ続けることが必要です。生徒や教授陣がその変化を求めているかどうかは別なのです。自ら変革を求め,何を選択するのが一番かを決定するなら,あるいは社会に対して貢献できることは何かを考えて仕事をすれば,自分が駆け出しの頃に考えていたことより,はるかに有益なことができますし,国内の誰よりも優れた計画を立てることができるでしょう。
 自分の人生に改革をもたらすには,必ず混乱は生じます。改革のプロセスとはそういうものなのです。社会全体は,ほとんどの人が従来の方法に則ることが正しいと思っていますから,新しい方法を採用することに不快を感じます。ですから,改革を起こすには,強いリーダーシップと明確なビジョンが必要です。
松村 重要なポイントですね。

●問われる日本の医学教育

医学部の「看板」を持て

ノエル すべての医学部は,もっと明確で,他を圧倒するような「看板」を持つべきです。そして3-5年ほど継続したら,再びその「看板」を見直します。世界のニーズは常に変化しています。ビジネスの世界では,世界の動向を確認しながら商品を開発します。私たちの場合は,患者の希望にそうような医師の養成が目標です。患者の希望は何かを把握するプロセスに全力投球しなければなりません。患者のすべての意見に注意を払わなければなりません。「患者の意見はこの程度だろう」のような,仮定の話は通用しないのです。
 そして,選出されたリーダーには改革を遂行する権限を与えなければなりません。そうしなければ,求めている改革は起こりません。
 ある目的の商品(=医学部卒業生)を生み出すためには,適任者に責任能力を与えるべきです。個人の目標は千差万別ですから,教育がすべてをサポートすることは不可能かもしれません。しかし,アカウンタビリティ(説明責任)なしに,専門職を確立することはできません。大学の場合は,社会の反応を最も重視しなければなりません。社会からの要求に応えるためには,医学部は可能な限り最高の教育を用意することを約束する必要があります。出資者が国,すなわち国民の税金であれば,これは当然のことでしょう。
松村 先生からみた日本の医学教育について,アドバイスをお聞かせください。また,日本の医療で感じた,長期的な改革の必要性についてお聞かせください。
ノエル 現時点で言えることは,日本には国際的な基準への対応が必要です。この解決策は最終講義の中で,起源が同じ植物や動物が世界中の異なる環境の中でどのように成長するかを例にお話しました。
 この1世紀に日本で発展してきた医学教育は,日本の文化を反映したものであり,1895年以降にアメリカで培われてきたものとは異なっています。アメリカの医療は,住民の大半が外国からの移民で,各国の現状をアメリカという国に取りこむ努力をしてきました。実際,アメリカの医療の発展が,このような各国の方式を取り入れる際には,さまざまな軋轢を伴いました。しかし一方,諸外国の医療を受け入れることによってアメリカの医療は目覚しい発展を遂げたのです。ですから日本が,こうした経験をすることも大切なのではないかと思います。逆に,日本の医学教育で実践されて成功したことについては,世界が受け入れる体制は整っています。今の日本の医学教育は,世界から寄せられているこのようなコミュニケーションの要望を絶っているように感じました。

早急に対応すべき課題

松村 ノエル先生がもっとも近くで見てきた東大を例にとって考えてみたいと思います。ここ1-2年で早急に対応しなければならないことは何だと思われますか?
ノエル もし私が東大にもう少し在籍していたら,総合的な医学教育の機能と役割について検討するでしょう。特にリーダーの選出,つまり,医学部の教授陣の選出方法を考え直します。その上で,選出された教授陣全体に猶予を与えて,世界的に著名な医学部の医学教育プログラムおよびその運営方針を調査させます。そして,自分が所属する医学部の将来的なイメージを描けたら,それを導入するために必要な事柄を分析します。これには1年ほど必要でしょうか。一部の教授の申し出は反映されないかもしれませんが,変革を起こす上で必要ならば,それも仕方がありません。
 具体的には,自分たちが求めている明確なビジョンとミッション,ベンチマーク(価値判断の基準)の詳細と,東大がそれに到達するために必要な理由と戦略を記した書類を作成する必要性を感じています。
 特に日本では,戦略として最も望ましいプランをたてる場合,自分たちが現在採用しているシステムの評価が必要ですし,それには1-2年は必要です。日本の方は「そのような評価はすでに実践している」と言うかもしれませんが,私から見ると,まだまだ形になってはいないようです。

ポイントは目標と必須条件の設定

ノエル 日本の学生は,優れた教授陣や専門医に恵まれています。ただ,医学生の意見を聞くと,教授陣や専門医には若干失望を感じていると印象を持っています。教授陣は自分たちの将来を任せるのに十分な力を持ち合わせているのだろうか,あるいは自分たちがこのままの教育を受けるとすれば,将来,本当に医師としてきちんと仕事ができるようになれるのか,という不安を感じているようです。また,医学生が懸命に努力をしても,誰も注意を払ってくれない,教育機関の教官は評価が厳しい,という意見も聞きました。
 私は反対だと思います。医学生は,自分を向上させるための努力がまだまだ不足しているようにも思います。
松村 日本では,教育者は「もっとがんばれ」としかることが多く,ほめることは少ないですからね。また,医学生に限らず,日本の大学生は目的意識にやや欠ける面も確かにありますね。
ノエル 欧米に比べても,ある面で日本の医療システムは優れていると言えます。しかし臨床については,諸外国と比べて研修が十分ではないと思いました。
 日本の医師は,職業として批判されるチャンスが少ないようですし,専門職としてのスタンダードと比較されることも少ないようですね。こうした基準は,政府から要請されているのではないですか。
 臨床医に短期間にある基準に対して適応させるように求めれば,効果は短期間で現れます。しかし,日本にはこうした評価基準がありません。おそらく自分の臨床を評価されることに対して,多くの医師は反対するからでしょう。外部からの評価を受けることについてですが,もし,自分が適応できていなければ適応するように,自発的に勉強するでしょう。
 そして,他国ですでに導入されて成功している教育システムと,日本の医療システムをうまく組み合わせることができれば,世界的にもすばらしいことができると思います。
松村 目標の設定と最低必須基準の設定のお話にまた戻りますが,こういう基準を設定すれば自己評価の基準ができて,自分の技量を照らし合わせて,自発的に成長するというわけですね。同時にこれが社会的なアカウンタビリティにもなると。
 先生からうかがったお話を,社会の発展に役立てていきたいと思います。きっとよい結果が生まれることでしょう。
 本日はありがとうございました。


ゴードン・ノエル氏
ハーバード大卒。コロンビア大学医学部卒業後,シカゴ大学で内科インターン,コロンビア大で内科レジデント修了。ユニフォームド・サービス大,ダートマス医大,ポートランドVAメディカルセンターを経て,1992年より現職。一貫して米国の医学教育に従事


松村真司氏
1991年北大医学部卒。国立東京第2病院(現国立病院東京医療センター)総合診療科,UCLA総合内科プライマリ・ケア・フェロー,同大公衆衛生大学院ヘルス・サービス学科修士課程を経て,2000年から東大医学教育国際協力研究センターへ。2001年より現職





ノエル教授の医学教育連続講義-最終講義

――日本の医学教育の優れた点と改善できる点        松村真司


医師を教育する上での5原則

 東大医学教育国際協力研究センターの主催により,ノエル先生による北米型医学教育の最前線に関する連続講義を行なった。全6回の講義のうち,最終講義が3月20日,東大内にて教官,医学生を対象に行なわれた。なおこの講義は,国立大学衛星医療情報ネットワーク(MINCS)を通じて全国30大学にも同時中継された。
 最終講義では,これまでの講義の総括として,さらには東大における医学教育改革活動にアドバイザーとして関わる間に学内外の教官との議論の中から得られた考えを土台にして,「米国人医学教育者が日本の医学教育に抱いた印象-優れた点と改善できる点」と題して行なわれた。
 これまでの講義の中で,ノエル先生は「医師を教育する上での5つの原則」として,以下の5つの点を強調されてきた。
(1)医学生は医学部に入る前,あるいは在学中に人文科学,社会科学,自然科学などの広範な教養を身につけるべきである
(2)医学部では,将来の医師・医学者をめざす者として,学習意欲があり,倫理的で,思いやりがあり,他者に奉仕することに真剣に取り組むような人を育てるべきである
(3)「クリニシャンシップ」(臨床医の腕)を支える基本的な技術や,豊かな人間性を基盤とした「アートとしての医学」は,大学病院のような高度かつ専門的な環境でも学習することが可能である。しかし,最も効果的な学習方法は,幅広い領域にわたるトレーニングを受け,医師の教育に専心してきたジェネラリストの教官に教わることである,
(4)医学教育が最も効果的で効率的になるのは,カリキュラムが統合的に構築され,明確なカリキュラムのゴールが示され,さらに継続的に学生と教師によるカリキュラムの評価とフィードバックが行なわれる時である
(5)医学生は同級生,研修医,指導医,そしてあらゆる職種の医療スタッフから学習すべき。またすべての医療スタッフには医学生を教えることが奨励され,そして教えることが期待されるべきである。

 ノエル先生は,最終講義の冒頭で,ある学生からの「アメリカの医学教育と比較して,日本の教育はどうなのか。どちらが優れているのか」という質問を紹介。それに対して,「異なったシステムを比較することはいいことである。しかし,日米を比較してどちらがよいか悪いかと結論することはあまり有意義なこととは思えない,と答えた」とコメントした。さらに,「日本の医学教育は日本の社会や文化を反映している。日米を単なる比較ではなく,むしろ日本の医学教育が日本の人々や社会のニーズに合っているのか,さらには傑出した医師になりたいと希望している日本の学生や研修医のニーズに合っているのかをよく考えるべきだと思う」と続け,その国の文化・環境に応じた教育改革を進めるべきという,教育改革における基本姿勢を述べた。
 ノエル先生は,日本の医療には,誰でも安価に医療を受けられる,在院日数短縮に向けての財政的締め付けが米国に比べ少ないなどの欧米では見られない医学教育を行なう環境面での「優れた点」がたくさんあり,それを損なわない形での医学教育改革を進めることが大切と述べられた。同時に,日本の医学教育の弱点についても,予算配置の少ない外来,医学部の教官は研究者志向が強く臨床医としてのキャリアを追求するものが稀有,純血主義(出身大学の卒業生がそのまま研修医,教官になる),早過ぎる医学部入学,受身型の学習が多いなど数々の問題点を指摘した。

日本の変革の戦略

 最後に,日本の医学教育変革のための戦略,とりわけ東大医学部への提言として,
(1)「最高の臨床医学教育プログラムを作る」-この目標をサポートできる教官を養成すること
(2)世界有数の臨床医学教育プログラムになるような予算配置をすること
(3)大学の理念および目標を明確に設定し,それに最も適する医学生を選抜すること
(4)医師に必要な専門職意識(プロフェッショナリズム)を育成するようにカリキュラムを利用すること
(5)医学生・研修医に幅広い一般教養教育を行なうこと
(6)最高の臨床トレーニングを受けたい人が競い合って応募してくるように,卒後研修プログラムを再編成すること
(7)カリキュラムの質を保つために,常にカリキュラムを評価しマネージすること
(8)社会環境の変化や,時代の要請にカリキュラムが持続的に対応できるように,変革そのものをマネージすること,と述べた。
 先生は最後に,参加者の多くを占める医学教育変革に臨む医学部教官に向けて,「The job of leadership is to manage uncertainty」(指導者の仕事は,不確実な要素を管理することである)との言葉を贈り,講演を結んだ。