医学界新聞

 

第66回日本循環器学会が開催される

ポストゲノム時代の循環器学の展望と社会貢献


 第66回日本循環器学会総会・学術集会が,北畠顕会長(北大教授)のもと,4月24-26日の3日間,北海道厚生年金会館をはじめとする札幌市中央区にある5会場をおいて行なわれた。今回のメインテーマは,「ポストゲノムの循環器学の展望と社会への貢献」。昨年に引き続き,日本の研究成果を国際的に発信することを目的に,公用語に日本語と英語を採用した。
 プログラムには,会長講演,特別講演,恒例の美甘レクチャーと真下記念講演,プレナリーセッション6題,シンポジウム7題,AHA/ISCP,ESCとのジョイント・シンポジウム,高血圧,心不全など5領域に関するコントラバーシなど企画され,多くの参加者を集めた。
 北畠氏は,「統合循環器学-心不全における心室機能と情報伝達系の変化」と題した会長講演の中で,前半では自身が開発に携わった非観血的な拡張機能計測法について,後半では不全心筋における細胞膜情報伝達系の変化について述べた。(関連記事


難治性心不全に対する新たな治療戦略

 プレナリーセッション6「難治性心不全への新たなる治療戦略」(司会=阪大 堀正二氏,インディアナ大 ローレン・J・フィールド氏)では,従来の治療法では功を奏さない難治性心不全に対して,これまでとは異なった,新しいアプローチによる治療戦略の数々が議論された。
 フィールド氏による基調講演に続いて,高島成二氏(阪大)は,心筋細胞のADAM12が活性化すると,上皮増殖因子(HB-EGF)が活発に働き始め,EGF受容体リン酸化により心筋が肥大する心肥大モデルを明らかにした。また,心肥大マウスモデルに対して,メタロプロテアーゼ阻害薬(KB-R7785)投与したところ心肥大が抑制され,心肥大マウスの心臓におけるHB-EGFの蛋白質発現レベルは膜結合型が大半であったことを明らかにした。
 続いて,岡本洋氏(北大)は,T細胞活性化機構が心不全の各基礎病態にどのような治療的意義をもたらすかを検討。氏らはT細胞活性に必要なCD28などを介したシグナルを遮断する目的で,CTLA4Igをアデノウイルスベクターに組み込んだ「AdexCTLA4Ig」を開発。これをラットの自己免疫性心筋炎モデルに投与したところ,心筋炎発症後の炎症性細胞浸潤と心筋障害の抑制に成功したことから,T細胞活性化の遮断が心疾患の新しい治療となる可能性を示した。

カルシウムのオーバーロード抑制

 心不全では,リアノジン受容体(RyR)とその修飾蛋白であるFK506結合蛋白(FKBP)12.6の連関障害を来たし,その結果,拡張期に異常なCa2の「Leak(漏れ)」が生じて,細胞内Ca2overloadを起こす。矢野雅文氏(山口大)は,この事象を背景に,ビーグル犬の心不全モデルを作成して,propranololまたはJTV-519を投与したところ,両剤ともに症状が改善。この時,RyRの構造変化を是正し,心筋筋小胞体からの異常なCa2leakをほぼ完全に抑制することを明らかにし,新しい治療戦略を提示した。
 さらに冨田伸司氏(国立循環器病センター)は,8週間100%追跡可能なGFP遺伝子組換えマウス由来骨髄細胞(GFP-BM)を用いて,骨髄間葉系幹細胞の心筋分化と環境との関連を検討。GFP-BMと新生児ラット心筋細胞(CM)との共培養システムを考案し,心筋細胞との直接接着が骨髄細胞の心筋分化に重要であることを明らかにした。さらにM.Komajda氏(仏・サルペトリエール病院)が登壇し,自身が関連する各種臨床試験について概説し,ヨーロッパにおける本領域の動向を紹介した。
 すべての演題終了後,司会の堀氏より「今日の発表から,重症心不全治療については多様な可能性が示された。これらの研究が将来,新しい領域を拓くことになるだろう」と,本セッションを結んだ。
 なお,次回第67回学会は,竹下彰会長(九大)のもと,明年3月28-30日の3日間,福岡市の福岡国際会議場,他で開催される。


第66回日本循環器学会の話題から

ポストゲノム時代の心疾患診療を問う


ポストゲノム時代の心血管病へのアプローチ

 プレナリーセッション4「ポストゲノムにおける心血管病への遺伝的アプローチ」(座長=東大 永井良三氏,米国・Lawrence Berkeley National Laboratory エドワード・M・ルビン氏,写真)では,ゲノム研究の飛躍的な発展が循環器研究にもたらした新領域について,6人の演者が登壇。
 ルビン氏による基調講演「Comparative Analysis to Identify Functional Mouse Sequences」に引き続き,児玉龍彦氏(システム生物学ラボラトリー)は,「ゲノム解読から膜および核内の受容体の系統的解析と循環器疾患の新規治療薬」と題して講演。RNA発現の定量的解析から,人間の細胞には数百から数千のフィードバックループが形成され,その解析には細胞膜と核内センサー蛋白が重要と考えられている。このことから氏は,膜受容体の同時解析を効率的に行なうことが可能な,発芽型バキュロウイルス上に発現するBVシステムをを紹介。また,核内の転写因子のキーとなるZincフィンガー蛋白に関しては,GATA蛋白6個への新規接着因子誘導阻害剤の開発に成功し,さらに48個の核内受容体すべてにモノクローナル抗体を作成し,核内複合体解析を蛋白レベルで行なっていることを報告した。

SNPプロジェクト

 2年前にミレニアム・プロジェクトの一環として立ちあがった日本におけるSNPプロジェクトについては,田中敏博氏(理化研遺伝子多型研究センター)が概説。この2年間で約20万のSNPを解析し,すべてHP上で公開している(URL=http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)。氏はこの原動力となった新しい解析法「マルチプルPCR・インベーダー・アッセイ」を紹介。最後に,今後はSNP解析により,個人のゲノム多様性や,疾患関連遺伝子が明らかにされ,エビデンスに基づいた個々人に適した医療の提供が可能になるのではないか,と結んだ。

感受性遺伝子解析による新知見

 「高血圧感受性遺伝子解析における遺伝・環境相互作用」と題し,勝谷友宏氏(阪大)が講演。日本で行なわれた2つのコホート研究「大迫研究」(1987年から岩手県大迫村で開始)と「吹田研究」(大阪府吹田市で1989年から開始)から遺伝子解析を実施し,アンジオテンシノーゲン遺伝子多型は食塩感受性に,アンジオテンシン II -2型受容体遺伝子多型は閉経前女性の高血圧抑止効果に,またエンドセリン1遺伝子多型は肥満者高血圧にと,それぞれ相関することを明らかにした。氏はこのような遺伝子多型が,テーラーメイド医療の推進だけでなく,生活環境改善や投与薬剤の選択に役立つこと可能性を示した。
 北風政史氏(国立循環器病センター)は,DNAアレイを用いた心血管疾患関連遺伝子の探索と大規模臨床試験における遺伝子多型解析に関して概説。前半では重症心不全の患者およびイヌとマウス心不全モデルを用いて作成中の不全心筋遺伝子発現プロファイルについて解説。後半には,現在進行中の全国共同大規模試験「J-WIND」(nicorandilまたはhANPがのいずれかが急性心筋梗塞の再潅流補助療法,リモデリング抑制療法となりうるかを検討)と,慢性心不全における「ROAD」(アデノシン再取り込み阻害剤であるジピリダモールが慢性心不全患者の症状および心機能改善効果を検討)を紹介し,「DNAアレイやSNPを使用した遺伝子解析から,まったく新しい循環器病学が見えてくる」と述べた。

ゲノム解析と臨床データ

 「臨床研究およびゲノム解析の根幹となる臨床データベースの構築」と題して今井靖氏(東大)が,ゲノム情報を考慮した循環器疾患の背景因子解明を目的に,臨床データベースを構築したと報告。対象症例は,同大病院に入院して心臓カテーテル検査を施行した患者1236例で,院内LANを接続したパソコンでリアルタイムに臨床データをを集め,同時にSNPなどの遺伝子解析を施行。その中で,「MMP(マトリックス・メタロプロテインアーゼ)-1,MMP-3などのSNPが冠動脈疾患と相関することが確認されるなど,新たな知見が抽出されたことを鑑み,「今後の臨床研究,ゲノム研究の発展には,遺伝子解析技術と臨床データが車の両輪をなすだろう」と結んだ。