医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


医療事故に看護職としてどう向き合うべきかを明示

看護と医療事故
分析・対応・防止

石井トク 著

《書 評》江守陽子(筑波大社会医学系)

 近年の医療事故増加の背景には,患者の権利意識や社会の医療に対する期待の高まりと同時に医療の高度化,複雑化が幾層にも絡み合い,単に1人ひとりが注意しあえばよいというのではなくなってきている。
 しかしながら,「患者取り違え」,「誤注・誤薬」,「医療機器の誤操作」など,看護職が関与する医療事故は,それが生命にかかわる重大性とともに同職者として,とても他人事としてはすまされない。
 石井トク著『看護と医療事故-対応・分析・防止』は,「医療事故に関する基礎知識」から始まり,「事故の実態」,「看護職の役割と責任範囲」,「医療事故発生時および後の対応」,「被害者,加害者の心理状況」,「事故分析と問題点」,「防止対策」の6章から構成され,「明日はわが身か」と,不安と緊張にさいなまれながら職場で働く多くの看護職に,医療事故にどう向き合うべきかを明確に示してくれている。

医療裁判分析からの看護の責任,専門性の追究

 著者は,早くから看護専門職としての倫理観や法的責任に着目し,それらをいち早く看護教育と研究にも取り入れてきた。現在は,岩手県立大学看護学部教授として学科長を務めるかたわら,厚生科学審議会専門委員や科学技術・学術審議会専門委員を歴任するなど,幅広い活動を行なっている。中でも長年医療事故訴訟と取り組み,多くの医療裁判を分析し,看護の責任,看護の専門性を追究する姿勢には,患者に対する強い責任感とヒューマニティが貫かれている。
 著者の論理は,明瞭である。すなわち,誤りがあったら償い正すべきだと。かつて医療訴訟で取りあげられた看護師は,当初はすべて医師の指示のままに働き,医師の単なる手足であるからとして罪を問われることはなく,一切の責任は医師にあると判断された。著者は,これを「看護無責任期」と呼ぶ。
 また,担当看護師が注意義務を怠ったとして,業務上過失致死罪に問われた静脈注射誤薬事件の後は,看護の臨床現場では注射行為だけでなく,診療の補助業務そのものを否定する,いきすぎとも言える「看護ケアの暗黒時代」があったことを指摘する。さらに,千葉大採血ミス事件,北大電気メス事件に代表される医師・看護師の「信頼と相互の責任」を問われた時代,褥そう裁判などの「看護ケアの質」が争われた時代へと,看護師の責任範囲はその時々の社会の状況,国民が望む看護の水準や質によって変化し,拡大するのだと説明する。
 だからこそ,看護職が自らを専門職と主張するのであれば,そして1人前に扱ってもらいたいのであれば,それなりの責任を取る覚悟をもって仕事に臨みなさい。それが専門職の当然の責務であり,また,患者の安全と生命を守ることになり,患者に優しくすることと同じことなのです。
 さらに著者は,看護職が専門職として時代の要求に即した知識,技術,知性,モラルを常に身につけるべく努力するとともに,患者にとって何が必要かを常に考え,患者擁護を阻害する体制や人間関係を打破しなくてはならないのだ,と訴える。
 本書は,臨床の最前線で医療事故防止に取り組む看護師,看護管理者はもちろんのこと,医師,法曹界に向けても積極的に発信する内容となっている。また,専門職としてどうあらねばならないかを勉強中の看護学生,医学生にも必読の1冊である。
A5・頁212 定価(本体2,500円+税)医学書院


「当事者性の不在」を超える能動的な援助

DVと虐待 「家族の暴力」に援助者ができること
信田さよ子 著

《書 評》西山 明(共同通信社記者)

 20数年前,東京都内の隅田川沿い一帯にある下町担当のサツ回り記者をしていて,今も忘れられない光景がある。深夜,警察署に詰めていると赤ランプが点滅,パトカーが街に飛び出していく。後を追うと4階建て団地の一室。警察官がノックする。ドアが開き「何ですか」という男の不機嫌そうな声。「お宅から繰り返し悲鳴が聞こえてきて,人が殺される恐れがあるんではないか,という通報がありました」と警察官。「いい加減な近所の話でくるんじゃないよ。何もない」と強気の男の背後から,髪を振り乱した女性が訴えるような口調で「帰ってください。何でもないんですから」と。すごすごと警察官は引き下がりドアが閉まった。こうしたケースは週に1,2回あったが事件化しなかった。

「なぜ逃げないのか」から始めた実践書

 後に男による女への暴力がドメスティック・バイオレンス(DV)と名づけられ,配偶者からの暴力の防止と被害者の保護を目的としたDV防止法も施行された。米国流の解説書にしたがって被害者には,「逃げろ」と何度も警告されるけれど,現実は援助が手遅れになることが多い。自らのカウンセリングの現場を見つめて「なぜそうなるのか」を探り,「受動的」な傍観者の姿勢で被害者を見殺しにせず,「能動的」な介入で被害者を援助する方策を提起した実践書が本書である。
 被害者は,殴られているのに被害者と思っていない。加害者も,殴っているのに加害者と思っていない。殴られた妻は,すぐに夫のところに戻っていく。そのからくりを「当事者性の不在」の言葉で説明する。殴られている妻がDV被害の当事者として自覚していなければ,そもそも外部に援助を求めることは不可能である。その不在こそ米国と違って日本の困難な現状を言い当てている,という。「何でもないです」と警官を追い返した女性は,当事者性が不在であったと言える。当事者性が不在だからこそ,援助者は座視をせず介入することが必要になる。

「家族の壁」を乗り越える手だてを提起

 その前提には家族は支配・被支配の構造を持ち,被害者の女性は,「家族愛」の神話から解き放たれず,暴力を暴力として自覚していないという。そうした家族内部の暴力に介入していく時の正当さは,どこにあるのか。そこで,実にシンプルな視点に気づく。暴力を容認してはいけないという点である。「暴力は,他者から自己に対する侵入であり越権であること,それを許容し続けることは自己を破壊させ,プライドを壊し,腐敗させ,さらには弱い他者への支配者として転化していくということを植えつけなければならない」と提起する。夫に殴られる妻は,被害者であると同時に子どもには加害者になる。
 援助者が被害者の「発見」,加害者と被害者の「分離」,暴力はいけないと洗脳する「教育」という能動的なプロセスを通して,「当事者性の不在」が潜む家族内暴力の壁を越境していける。そのように著者が提起する手だては,実に刺激的である。

あなたはどこに立っているのか

 最近,農水省のBSE(牛海綿状脳症,狂牛病)への対応を,「重大な失政」と断じた政府の調査検討委員会報告書がまとまった。そこでは,見て見ぬふりをした「行政の不作為」や相手の所管事項に口を差し挟まない「内政不干渉」を指摘している。行政が消費者のポジションに立つかどうかで,被害が起こり得る事態を未然に防ぐ「能動的」な取り組みができる。
 あらゆる場面で私たちは,「あなたはどこに立っているか」と自らの立場が問われる時代を迎えているのかもしれない。中立性や客観性を盾にすることは,加害者の立場に立つことであり,援助者は「被害者の味方」になろうという。その著者の力強いメッセージは,今日本の社会が陥っているシステム混乱を解きほぐす方向性も示唆しているように思える。
A5・頁192 定価(本体1,800円+税)医学書院


死が目前の患者とその家族への望ましい医療の手引き書

〈総合診療ブックス〉
死をみとる1週間

柏木哲夫,今中孝信 監修/林 章敏,池永昌之 編集

《書 評》武田文和(埼玉医大客員教授・包括地域医療部・前埼玉県立がんセンター総長)

 医学書院の《総合診療ブックス》に,『死をみとる1週間』というかつてない題名の新刊書が加わった。先輩のやり方を見よう見まねで学ぶしかななかった第一線の医師や看護師にとっても,また若い学徒にとっても有用な手引き書である。

死をいかに迎え,医療者としてどう対応するか具体的に解説

 本書の基盤には,「患者の死を医療の敗北と考えるならば,死をみとることは,医師にとり最も避けたい診療行為の1つかも知れない。しかし,人の一生の締めくくりを担う責任の重さを忘れてはならない(本書91頁)」との考え方が流れている。
 「人生最後の日々のマネジメントの原則」,「死を医療者にどう教えるか」との2つを主題にした序章,「みとりの基本」を示す章と続く本書には,地域の病院,ホスピス(緩和ケア病棟),救急外来,介護老人保健施設,そして自宅など「さまざまな環境における死」の直前の患者ケアと医療者のあり方が実際的に述べられている。その上で「死の確認」,「患者の死の直後の対応法」,「死後の処置」,「ドナーカードの取り扱い方」も述べ,さらに「子どもの死」,「高齢者の死」,「死にゆく患者を支えるスタッフのケア」,「遺族が病棟を訪問してきた時の対応」,「スピリチュアルケア」を実地的に示している。
 「付録」の章では,「リビングウィルの取り扱い方」,「死亡診断書の書き方」を解説している。各章の最初に「知っていますか?」と言う設問がある。設問に漠然としてしか答えられないとしたら,的確な答えが本書から提供される。各章にケースの提示とケースからの教訓が手短かに示され,臨床実践の助けとなる。人間は誰でも例外なく死が間近な日々を迎えることになる。その時誰もが医療者に良質なケアの継続を望み,死の瞬間まで心を向けていてほしいと願う。この普遍的な希望に応えるため,『死をみとる1週間』を身近に置いて活用されるようお勧めしたい。
A5・頁180 定価(本体3,700円+税)医学書院