医学界新聞

 

医師国試-今年の傾向と今後の対策

市村公一(東海大卒,「より良い医療を目指す医学生と医師のメーリングリスト」管理者)


変わりつつある国試の出題傾向

 医師国家試験合格の要件が,仮に「医師として研修するに必要な,相応の知識を有すること」であれば,試験の内容は10年前も今も大した変わりはないでしょう。そして今回の試験も,実際,既出問題を集めた問題集を繰り返し解くという勉強法でも,合格点は確保できる試験であったと思います。ただ,既出問題を,臓器別ではなく,年度別に解いてみると,この2-3年で明らかに変わってきている点があることに,誰しも気づくだろうと思います。重箱の隅をつつくような,試験のためだけの知識を問う問題が姿を消し,代わって実践的な,医師免許をもらったらすぐに役立つ知識や考え方を問う問題が大幅に増加しているのです。「相応の知識を有すること」の中身が,単に量としての知識を頭に詰め込むことではなく,基本的な知識を有してそれを有機的に活用できることに,変化してきているように感じます。

国民が医療に求めているものを問う

 こうした変化の背景には,第一に国民の医療に求めるものが変わってきたこと,そして,それとも関係しますが「卒後研修必修化」があるように思います。公衆衛生の副読本としても有用な日本医師会の『医療の基本ABC』(診断と治療社)の中に「国民の求める医療」という論文が収められています。衛生状態の向上と医療の進歩の結果,死に直結する疾患が減って生活習慣病などの慢性疾患中心の疾病構造となり,今や「病気で死ぬ」ことへの不安はほとんどなくなってしまった。高齢になって人々が一番恐れるのは,自分が誰かに面倒をみてもらうようになることであり,介護が必要となった時だれが看てくれるのかという不安だと,ここには書かれています。そして,皆保険に安心しきっている国民が今医療に求めているものは,「救急対応の完全性」と「看取りへの配慮」であると結論しているのです。
 疾病構造の変化は,医師-患者関係をも変えました。医療の主役は医師から患者本人になり,「問診」から「医療面接」へ,またQOLの向上が治療方針決定の上で最も重視されるようになりました。インフォームド・コンセントやQOLが,単に用語の問題としてでなく,臨床実地問題として問われることなど,10年前には想像もできなかったでしょう。患者の意向を尊重し,心理面や経済社会的な側面にも配慮しながら「かかりつけ医」として慢性疾患や風邪・腹痛など日常ありふれた病気に悩む患者のケアをし,看取りの時まで視野に入れて末長く付き合う。そんな国民から求められる医療を担う医師たる資質がありますか? 今年も,そんな視点を直接・間接感じる問題が,いくつもあったように思います。
 また「病気で死なない時代」だからこそ,万一の救急の対応には完璧が求められます。必修の臨床実地問題を中心に,代表的な救急の場を想定して,「まずどうするか」が問われていました。

言葉だけ知っていてもだめ

 一方,卒後研修必修化に関してですが,最近出版された『研修指導医ガイドブック』(インターメディカ)によれば,従来,非常に多くの研修医が最初から狭い臓器別専門領域に偏った研修を行なってきたため,複数の臓器を巻き込んだ疾病や心理社会的な問題,予防医学などに適切に対応できない医師がしばしば見られるようになったという反省があったようです。そこで,将来の専門を問わず,患者を全人的に診ることのできる基本的な臨床能力を身につけさせることを目標に,必修化されるということです。実はまだ財源が確保されていないという話も聞きますが,研修に専念させるため相応の給与を支給し,アルバイトを禁止するという話があるのもご存じの通りです。
 もし予定通り給与が支払われるとすれば,給与に見合うだけの「仕事」ができなければ支払う側(国民?)の理解を得られません。「知っている」だけではなく,実地に使える知識が求められている背景には,こんなことも関係しているのではないかと想像します。
 そして「患者を全人的に診ることのできる基本的な臨床能力」というのは,正に国民の求める医療を実践し得る,プライマリ・ケア医に必須の能力でしょう。いわゆるマイナー科目の出題が増えたと言われますが,専門医しかわからないような稀な疾患が出題されているわけではありません。誰でも知っている,教科書でも大きく取り上げられている疾患がほとんどだと思います。それが,多くは画像を伴って出題されているのがポイントでしょう。「言葉だけ知っていてもだめだよ。診てわからなきゃ」そう言われているような感じです。
 無論,マイナーだけではありません。脾腫の鑑別診断なら挙げられるけれど,脾臓の触診の仕方を知らない。あるいはうっ血乳頭が頭蓋内圧亢進の所見だということは知っているけれど,実際に眼底を診てうっ血乳頭がどう見えるのか知らない。机上の勉強だけしている人の陥りやすい点ですが,最近の国家試験はこうした基本的なことを生きた,使える知識として身につけていることを求めていると思います。

研修医になって困らないことを目標に,実習に真剣に取り組む

 以上の傾向を踏まえて,では具体的な対策として何をするかと言えば,月並みですが実習に真剣に取り組むことでしょう。できれば病棟実習でなく,外来や救急の場で実際に患者さんの話を聞き,診察させていただく。あるいは先生が診察するのを見聞きしながら自分で鑑別診断やオーダーすべき検査,治療方針を考えてみる。何をどう考えるかについては『Clinical Problem-Solving Collection』(南江堂)をぜひ参考にしてください。救急に関しては『研修医当直御法度』というマニュアルに最近『症例帖』という副読本が出ました(三輪書店)。おもしろいと言っては語弊があるかも知れませんが,読み始めたらやめられない本です。
 最初に述べた通り,今年の試験も既出問題を一通り解いていけば合格点は確保できる内容だったと思います。しかし,既出問題も,古い,重箱の隅をつつくようなものは無視して差し支えないと思います。医師国家試験が試験のための試験だった時代は確実に終わったのだと思います。研修医になって困らないことを目標に勉強すれば,自ずと合格できる,そんな試験になったと思います。みなさんのご健闘を祈ります。