医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


糖尿病心機能を学ぶための必読書

糖尿病と心機能障害
坂田利家 監修/犀川哲典 編集

《書 評》豊田隆謙(東北労災病院長)

 このたび,坂田利家先生が監修,犀川哲典先生が編集された『糖尿病と心機能障害』が,医学書院から出版された。本書は,「基礎編」と「臨床編」に分けられ,それぞれ糖尿病学および循環器病学の立場から記述されている点がおもしろい。
 現在でも循環器病専門家が,1970年に報告されたUGDPの結果を忘れていないことに驚かされる。これはスルフォニル尿素薬(tolbutamide)が心筋障害を起こすという,当時としては驚くべき成績が報告された。UGDPそのものは臨床試験の不確かさから,今は忘れ去られているが,スルフォニル尿素薬を含めて糖尿病治療薬が心筋障害を起こすのではないか,という議論が現在でも続いている。本書を読んでみると,この問題について多くの情報が含まれていることがわかる。

糖尿病の心機能を糖尿病学と循環器病学からアプローチ

 本書は,糖尿病の心筋および血管に対して,糖尿病治療法が適当なのかどうかを考えるよい材料を提供している。糖尿病学からみて利益があると思われる実験結果が,循環器病学からみると危険であることを示唆するものがある。糖尿病の心機能を両者の立場からみると,どうなるか大変興味深い。glyburideやglipizideがプレコンディショニング現象を抑え,心筋防護を低下させるとすれば,これらのスルフォニル尿素薬を服用している糖尿病患者はどうなるか。PTCAを施行した糖尿病患者を追跡すると,早期死亡率が高いと報告されている。glyburideやglipizideは,心筋細胞のATP依存性カリウムチャネルに作用するのに対して,新しく市販されたglimiprideは,心筋細胞のチャネルに作用しない。チアゾリジン系薬物であるtroglitazoneは,心筋細胞のカルシウムチャネルとATP依存性カリウムチャネルに作用するのに対して,pioglitazoneは作用しない。同種の薬物も心筋に対して微妙な差がある。糖尿病治療に欠かせないインスリンは心機能に影響せず,生命予後改善に役立つ。糖尿病自律神経障害によるdenervationは,大きな問題である。dead in bed syndromeと呼ばれる突然死は,自律神経障害が関与する。本書を読むと,動脈硬化による心疾患の他に,糖尿病特有な糖尿病性心筋症が存在する。
 本書の構成の特徴の1つは,随所にサイド・メモを挿入してあり,重要な事項が簡潔にまとめられている。これから糖尿病心機能を学ぼうとする糖尿病専門医にも,ぜひ一読を勧めたい。
B5・頁200 定価(本体4,700円+税)医学書院


「表情」分析の出発点に存在する歴史的出版物の翻訳

〈神経心理学コレクション〉
チャールズ・ベル 表情を解剖する

山鳥 重,他 シリーズ編集/Charles Bell 著/岡本 保 訳

《書 評》長野 敬(自治医大名誉教授)

 コンラード・ロレンツ(Konrad Lorenz)の系譜に連なる行動学者アイブル=アイベスフェルト(Ireneus Eible-Eibesfeld)は,最近翻訳の出た『ヒューマン・エソロジー』(日高敏隆,他 監訳,ミネルヴァ書房,原著は1984年)に,日本人にとりわけ興味深い写真を載せている。歌舞伎役者が笑い,怒り,悲しみなどの典型的な表情をしているのを撮った一連のポートレートである。彼はこれらの写真を世界各地の人々に示して,表情が何を意味しているかを推定させたのだ。
 日本人による正答が高いことは当然予期されるが,喜びの表情については,歌舞伎に特有の誇張された隈取りと様式化された表出にもかかわらず,外国の被検者も相当の率で正しい答を出している。ところがそれ以外の場合には,例えば,驚きを恐れと解釈するというような相互乗り入れ的な食い違いが,かなり多く見られる。ただしこの結果も,ある見方から整理すれば割合にすっきり要約できそうだ。すなわち心と表情の関係を,期待と状況の合致を意味する喜びの顔(ポジティブ)と,不一致に基づくその他の表情(ネガティブ)にふるい分ければ,正答率は格段に高くなるだろう(この著者自身は,そうした整理を行なっていないが)。
 ここからまず2つのことが言えるだろう。第1に表情は,大まかな心情を相手に伝える世界共通の「無言の言語」として作用するということ。そして第2に,上にネガティブと区分けした各種の表情については,伝達が必ずしも精密でないことだ。後者に関しては議論がさらに2筋に分かれる。否定的な心情を言うのに悲しみ,恐れ,失望,驚愕などいろいろの単語があるけれども,それらは単語の違いほど明快には区別されない重なり合った気分なので,混同が起こりやすいのだろうか。あるいはまた,否定的な心情の表出には文化や民族による拘束がより強く作用して,例えば,日本人なら大部分の人が「悲しみ」ととらえる表情は,アメリカとかアフリカの文化の中では,「怒り」や「失望」と解釈されたりしやすいのか。

表情の研究の開拓的古典

 「表情」をこのように多少とも理詰めで論ずる時,チャールズ・ベルの『表情を解剖する』は,欠かすことのできない出発点だ。ベルは,文字どおり「表情を解剖」した。顔面と頚部の神経走行の見事な見取り図や,また眼と眉が「表情を作る主役」であることを,この部位の筋力学的な動きから考察している筆捌きとメス捌きは鋭利,精密そのものだ。だがその一方で,こうして「隣接部位との関連から千種に及ぶニュアンス」が作り出された結果が,その表情を示している当人の「社会的な隣接部位」,つまり表情を見る相手方との間で果たすコミュニケーションの役割は,解剖学者の守備範囲外にあった。『The Anatomy and Philosophy of Expression as connected with the fine arts』(John Murray, London, 1847年)という原題の末尾部分から,表情の外部への効果,「美術的」な効果がベルにとっても関心事だったことはわかるが,この効果の判定者は,人間社会のエソロジー的な網目の中でつながる隣りの誰かさんでなく,あえて言えば神,あるいはその公正な代理人としてのconnoisseurなのだ。
 ダーウィンは,四半世紀後に『人間および動物の表情』(1872年)を書いた時,その序論でベルを高く評価した。それ以前に読んだ多くの古い論説は,「ほとんどあるいは全く役に立たなかった」のに対して,『表情を解剖する』は「表情の問題を科学の一分科として基礎づけたばかりでなく,一つの立派な体系を築き上げたと言ってもいい」(訳文は村上啓夫訳,白揚社,1938年)。しかし,体系をまとめるための基本的な枠組みは違っていた。端的にはベルが,「人間と下等動物との間に,出来るだけ大きな差別」を設けようとしたのとは反対の立場を,ダーウィンは選んだ。
 表情をも進化の一環として,社会的な機能と関連づけてみるという立場が,結局は生き残ってきたことを,1世紀後の『ヒューマン・エソロジー』は示している。しかしこれは,ベルの古典が意義を失ったことを 意味しない。表情の研究を「科学の一分科として基礎づけた」というダーウィンの賞賛は,常にそのとおりのものとして今後も続いていくだろう。この開拓的な古典が叢書の1冊として今回訳出されたことの意義は,大きいものがある。
A5・頁304 定価(本体4,000円+税)医学書院


親しく世界で愛読されている斜視・弱視学成書

Binocular Vision and Ocular Motility
Theory and Management of Strabismus 第6版

G. K. von Noorden, E. C. Campos 著

《書 評》粟屋 忍(刈谷総合病院長)

 本書は,1974年の初版以来,広く欧米諸国はもちろん,わが国においても親しく愛読されている斜視・弱視学のもっとも優れた成書であることは,異論のないところである。以来5-6年ごとに改版を重ね,このたび第6版が出版されるに到った。初版は,G. K. von Noordenと師匠のH. Burianとの共著によるものであったが,この第6版には,同じくBurianに師事したB. Bagoliniの高弟で,現在ヨーロッパ斜視学の分野で活躍中のE. C. Campos(ボローニャ大学眼科主任教授)が共著者として加わっている。
 進歩を続ける斜視学の諸分野で,定説として確立された新知見も随所に加えられている。例えば,前版の第13章で斜視・弱視の病態,症候,検査などがまとめて扱われていたが,新版では3つの章に分けられ,特に弱視については,独立した1章にまとめられ,心理物理学的アプローチにも濃度の増した記載がされている。また,Botulinus Toxinなども,従来は,斜視治療の中の1項目として述べられていたが,第6版では,「Chemodenervation」として独立章で詳述されている。

斜視・弱視学の知識の宝庫

 手術手技についても,上斜筋や下斜筋の術式の挿絵,図譜など追加,更新されたものも多い。さらに,斜視手術の目的を明確にし,両眼視機能の獲得や眼性傾頚の改善が一義的であるが,この目的が達せられなくても患者の社会的,精神的復帰のための重要性を指摘し,単なる「整容的」なものでは決してないことが強調されている。
 本書は初版より,引用文献の多いことも特徴であったが,上述のような多くの改訂内容に関連してさらに多く,2001年の前半に至る最新の文献まで収録された著者らの思い入れと苦労がうかがえる。また,わが国の文献が,随所に引用されていることも喜ばしい限りである。
 本書は,斜視,弱視,視能矯正学を学び,研究する者にとって,知識の宝庫であり,また,辞書として,文献集として,新しいアイデアを生み出す源として座右に置きたい書である。このような第6版を発行された2人の著者に,心から感謝と敬意を表するものである。
B5変・頁653 23,540円(税別)Mosby刊
医学書院販売洋書扱い


実際に役立つユニークな脳外科医のための手帳

脳外科医アダムスのルール
A Neurosurgeon's Notebook

クリス アダムス 著/佐藤周三 訳

《書 評》小林茂昭(信州大教授・脳神経外科学)

 このユニークな脳外科医の手帳は,私の友人である佐藤周三博士によってわかりやすく訳されている。
 佐藤博士は慶應義塾大学脳神経外科の出身で,大学病院そして関連病院である美原記念病院などで長い間,実際の脳外科診療に携わってきており,脳外科の指導医としても経験の豊かな方である。

脳外科指導医による毎日の貴重なノート

 医学生は医科大学を卒業しただけでは,実際にはほとんど役立たない医師免許証保持者に過ぎない。患者に危害を加えることなく,病気を治し,病人を癒すには,さらに数年の修練が必要とされる。もちろん,医師にとっては一生が修練といえるが,通常,修練の長さは専門科によって異なり,脳神経外科は特に長い修練期間を要する科の1つである。この専門医の研修を有効かつ的確に行なうためには,熟達したしっかりした指導医を必要とするのである。
 私自身,脳外科のレジデント研修を米国のメイヨークリニックで行ない,専門医資格取得後帰国して,爾来30数年,大学病院で逆の立場で指導医として過ごしてきた。毎日レジデントと接する中で,指導し,しかも毎日患者を治療する中で,自分自身を切磋琢磨していくことが大切であることを,痛切に感じてきた。

実際に即した工夫と独特な手法の内容

 本書では,アダムス博士が,指導医として毎日診療において丹念にノートをとる中で,自分の考え方,実際の手技,適応に対する考え方,判断の仕方,哲学,患者とその家族に対する接し方などを整理した,実際に役立つ非常に大切なことが書かれている。おそらくノートをとり続ける中で,自分自身の考え方を整理し,また改善し,時には変更してきたことであろう。指導者の誰もが,したらよいと思っていてもできないことである貴重なノートである。
 内容は佐藤教授が述べているように,単に教科書的なものでなく,実際に即した工夫などがあり,また独特な手法も含んでいる。側頭骨などの頭蓋底の解剖図の折り紙には工夫がみられおもしろく,ユニークなアイデアである。中には,必ずしもコンセンサスが得られないであろう手法もあるが,決して間違いではなく,独特な考え方として興味がある。
 研修中の脳外科医のみでなく,熟達した脳外科医にも興味が湧き,加えてこの著作が,著者の弟子たちに奨められて企画したというのが特徴で,それだけに有用な本である。
 さらに,著者が述べているように,カナダの著名な脳外科医故Charles Drake教授を尊敬して書かれたことが,特に印象的である。私も,Drake先生ご自身の失敗例,合併症の講演を聞いて非常に感銘を受けたことを思い出すからである。
 できるだけ多くの脳外科医諸兄が本書を読まれることをお勧めする。
B5・頁188 定価(本体4,500円+税)医学書院


待望の訳書,まさに必読の視野計測の教科書

緑内障診療のための
自動静的視野計測
データの読み方から評価まで

Douglas R. Anderson, Vincent Michael Patella 著
北澤克明,山本哲也 監訳/岐阜大学医学部眼科学教室 訳

《書 評》白土城照(東医大八王子医療センター教授・眼科学)

眼科診療に不可欠な自動静的視野計測

 「待望の訳書が出た」。本書を手にしての最初の感想である。
 自動静的視野計が,1970年代半ばに登場して以来急速に普及し,わが国では現在までに,推定でのべ6000台以上が発売され,まさに眼科診療に不可欠な検査装置の1つとなっている。しかし,自動静的視野計測結果に対する理解は,必ずしも十分とは言えず,多くの検査員,眼科医がグレースケール表示を眺めて診断し,経過判定を行なっているのが現状であろう。
 自動視野計普及の要因が,従来のゴールドマン視野測定には不可欠であった熟達した検査員を要しないという利点にあったことは事実であるが,自動静的視野計の価値は,検査の自動化以上に網膜感度の定量的測定を可能にしたことで,従来にない統計に基づいた客観的な正常,異常の判定,経過の評価を可能としたことである。しかし,わが国ではその意義と有用性を理解せしめるのに教科書と呼べる書籍はなく,その知識は定期刊行物の特集や各所の講演会で得るしかなかったと言える。しかもそれは自動視野計登場の当初に多く,自動視野計による計測が普及した現在では,測定結果の解釈は自明のこととして,教育が不十分なままの眼科医や検査員が増加している。そのような不満,あるいは不安が増していたところに本書の登場である。まさに「待望の訳書」が出たと感じた。
 本書は,D. R. Anderson,V. M. Patella両氏による名著『Automated Static Perimetry』(2nd edition, 1999, Mosby)の訳書であるが,原著の抄訳書ではなく,360頁余の原著から自動静的視野計測の理解に必要な章が巧みに選択・翻訳され,集合されて1冊の教科書として完成している。
 原著は,永く視野学の教科書であった『Perimetry』(1982, 1987, Anderson D. R. 著,Mosby)をAnderson博士自身が自動視野計の普及に伴い新たに上梓した『Automated Static Perimetry』(1992, Mosby)の第2版であるが,自動視野計の権威であるPatella博士を共著者に迎えたことによってGaze Track,SITA,SWAP,そして視野障害進行判定の考え方など,最新の自動静的視野計測の情報が盛り込まれ,まさに現代の視野計測の教科書として必読の書として知られている。しかし,何分にも大部であるため通読することも困難であったが,本訳書では,原著にある類似した内容の視野図を一部削除するなどして全体の軽量化が計られ,手軽に通読できる配慮がなされている。完成された原著の全容を損ねることなく,章を選択して書籍として完成させることは,単なる原著の全訳以上に労力のいることであり,監訳者の苦労が察せられる。

一読でなく,再読,再々読すべき訳書

 監訳者である北澤克明岐阜大学名誉教授,山本哲也岐阜大学教授は,言うまでもなくわが国を代表する緑内障の泰斗であり,本書のタイトルも原著の『自動静的視野計測』ではなく『緑内障診療のための自動静的視野計測』と前書きがつけられている。むろん,量的視野計測の基本的考え方や検査結果の解釈など,視野計測に必要な章はもれなく採用されている。原著を全訳とせず,章を絞ったことによってむしろ原著以上に充実した,わかりやすい内容の教科書となっている。眼科医のみならず,視機能検査に携わる者にとって必読で,一読ではなく再読,再々読すべき訳書であるが,多くの読者にとっては掲載された多数の視野図とその説明を読むだけでも,自動視野計に対する理解が深まり,それまでの考え方が変わることは間違いない。
B5・頁192 定価(本体8,000円+税)医学書院


これは便利,泌尿器科疾患薬物治療情報

泌尿器科外来処方マニュアル
秋元成太,堀内和孝 編集

《書 評》宮川征男(鳥取大教授・泌尿器科学)

知っておきたい薬物治療情報が満載

 大変ありがたい本です。実際に遭遇する泌尿器科的疾患について,薬物治療時に知っておきたい情報が,ほとんど全部記載されています。
 例えば,尿の排出障害をみてみましょう。まず,病態は膀胱機能の低下か尿道機能の亢進であることと,それぞれの原因について簡単に説明した後,実際の処方例が示されます。排尿筋収縮不全には,(1)べサコリン,(2)ウブレチド。排尿筋内尿道括約筋協調不全には,エブランチル,排尿筋外尿道括約筋協調不全には,ギャバロン。そして,各薬剤について説明され,例えばウブレチドなら,製造・販売は鳥居薬品,種類は抗コリンエステラーゼ剤,適応は低緊張性膀胱。副作用は下痢……,コリン作動性クリーク。禁忌は消化管閉塞……,脱分極性筋弛緩薬投与中,といった具合です。
 次いで,処方についての解説があり,ウブレチドによる急性中毒(コリン作動性クリーク)の初期症状として,腹痛,下痢……,血清コリンエステラーゼの低下が出現したら,ただちに中止して硫酸アトロピン(0.5-1.0mg)を静注するよう示しています。最後にワンポイント・アドバイスとして,ウブレチドは,尿道抵抗の上昇をきたすことがあるので,α-1遮断薬を併用するよう勧めています。これだけの内容が,きわめて簡潔に,2頁にまとめてあります。
 その他,本の最初には,処方箋の書き方が紹介してありますし,最後の付録には併用禁忌薬,小児薬用量,主な薬剤のサイズ,外形,カラー写真が示されています。ウブレチドについては白色・円形,9×3mmの錠剤であり,脱分極性筋弛緩薬のサクシン,レラキシンが併用禁忌薬であることがわかります。なお,疾患や病態の処方についてだけではなく,アイソトープ,X線造影剤,麻酔薬,潅流液,消毒薬についても解説があります。

ポケットにしのばせておきたい1冊

 このマニュアルを参照すれば,薬物治療の際,薬の選択を間違えることや,患者への薬剤の説明が不足することはないでしょうし,投与中の患者への副作用の確認を忘れることもなくなるでしょう。われわれを守ってくれるマニュアルです。ぜひ,ポケットにしのばせておきたい1冊です(本書は,ポケットサイズになっています)。
B6変・頁160 定価(本体3,800円+税)医学書院