医学界新聞

 

第76回日本感染症学会が開催される

基礎研究と臨床の架け橋を基調に


 第76回日本感染症学会が,さる4月11-12日,木村哲会長(東大教授)のもと,東京・文京区の東京ドームホテルで開催された。
 今学会では,基礎医学と臨床との架け橋となること,耐性菌対策と適正使用の普及,グローバルな視点に立った感染症状況の把握を基調にプログラムが企画され,米国の感染症学の第一人者であるジョン・バートレット氏(ジョンズ・ホプキンス大)による招請講演,教育講演7題,シンポジウム「感染と炎症のメカニズム」(司会=長崎大 河野茂氏,琉球大 川上和義氏,以下カッコ内は司会),「起炎菌検出法の進歩と応用」(司会=京大 一山智氏,千葉大病院 菅野治重氏),「各科領域におけるクラミジア感染症-その病態,診断・治療の今後の課題」(帝京大溝口病院 川名 尚氏,国立感染症研岸本寿男氏)の3題に加えて,1999年にスタートしたInfection Control Doctor(ICD)の質向上に向けたICD講習会が,「病院感染対策の経済効果」,「日本の手術部位感染の現状分析」(この2題は学会ワークショップを兼ねている),「針刺し事故防止に向けて」の3題,またインタラクティブ・カンファレンス(東大医科研 岩本愛吉氏,北里大柳下徳雄氏)などが行なわれた。


病院感染防止をコスト面から検討

 ワークショップI(ICD講習会A)「病院感染対策の経済効率」(司会=順大 猪狩淳氏,日大 熊坂一成氏)では,病院管理の中でも重要な因子である一方で,増大するコストの問題が指摘されている病院感染対策について,6人の演者が話題を提供した。
 最初に,大久保憲氏(NTT西日本東海病院)は,「EBMに基づいた対策-必要な対策,不必要な対策」と題して,日本の医療現場で日常的に行なわれている種々の感染対策を,有用性および経済効率の視点から再検討した。氏は,(1)ゾーニングごとのスリッパ交換,(2)粘着マットの使用,(3)室内への消毒薬の噴霧,(4)使用器具の特物な洗浄と消毒,(5)名札や扉に感染証明の識別,(6)感染症手術時の手術台周囲にシーツ,(7)薬液マットの使用,(8)グルタラールによる環境清拭,(9)隔離病室での常時ガウンテクニックなどは,きちんとしたエビデンスがなく見直す必要のある感染予防策として指摘。「無駄,過剰,非科学的,感染症の有無にこだわった感染対策を廃止して,コスト削減を図るべき」,と結んだ。
 続いて,看護職の立場からは矢野久子氏(名大)は,東大におけるS状結腸癌,胃癌,直腸癌手術後のMRSA術後病院感染症による損失を試算。MRSA患者群では,コントロール群に比べて,入院日数が12-17日延長し,40-60万円医療費の損失が見られたことを報告した。また,どの疾患も術後感染症を生じると,医療費の中でも特に,患者にとっても負担となる検査費が増加することを示し,「病院感染が起こった際における患者および病院がこうむる損失は大きく,これを防ぐことは看護の主要な役割」と強調した。

病院感染対策における臨床医の役割

 菅谷憲夫氏(日本鋼管病院)は,インフルエンザの院内感染対策の基本に,(1)流行前にリスクのある入院患者全員にワクチン接種,(2)医師,看護師などの患者に接する病院勤務者全員のワクチン接種,(3)ワクチン接種は1回,(4)11月末までにワクチン接種の4点をあげ,臨床医の役割を示すとともに,「通院する患者さんにワクチン摂取を行なうことは主治医の義務」と強調。また,麻疹(ムンプス,はしかなど)の院内感染対策の重要性についても触れた。
 また,今後ますます対応が迫られる医療産業廃棄物については,矢内充氏(日大)が「医療産業廃棄物対策の経済効率」と題して講演。廃棄物業者のダンピング競争の構造などを紹介するとともに,医療産業廃棄物の処理の過程に起こる事故の中でも,廃棄物収集作業中および清掃工場で作業中でのゴミの中の注射針などでの負傷が占める割合は大きく,早急に解決が必要な問題と指摘した。これらの問題への具体的な対策として,実際に氏が日大板橋病院で導入している(1)スタッフの教育(病院職員,委託清掃業者),(2)患者さんへの誘導(分別ゴミ箱の設置,ゴミ容器設置場所の削減)などの結果,同病院では3.5%の経費削減に成功したことを報告した。

臨床感染症学の重要性

 「感染症コンサルタント」として活動を開始した青木眞氏(サクラ精機練馬センター)は,「日本の医療の常識と非常識」という刺激的なテーマで登壇し,感染症対策の基本的な考え方を述べた。「感染管理の基本はアウトカムを評価することであり,評価対象は院内感染症数の減少である」と述べ,この当たり前のことがなされていない日本の現状を指摘した。また最近の感染症の傾向として,臨床像が典型的でない症例の増加や,新しいタイプの感染症が非典型的な形で現れることなどを示した上で,「これからの感染症対策には,臨床内科学の基礎をしっかり持った臨床感染症学を習得した医師の存在が重要」と強調した。
 最後に,2000年6月に3例のセラチア感染による敗血症を経験した大田豊隆氏(耳原総合病院)は,「セラチア病院感染問題の収支決算」と題して,病院感染が与える影響に関する追加発言を行なった。医療事故が公開された後は地域の信頼感が失墜し,月間新入院数は半減,またのべ入院患者は3割減少となった事態や,また感染対策に要する年間維持コストなどに言及。氏は,今後の対策として,事故の原因究明と再発防止を主眼する第3者機関による調査システムが必要とコメントした。
 すべての演題終了後,感染性廃棄物の定義(血液が付着したものか,体液を付着したものまで含めるか),小児と成人の感染症を区別する必要性などをめぐって,フロアを交えて議論がなされた。

スピーディ・コンパクトな起炎菌検出法を模索

 シンポジウム2「起炎菌検出法の進歩と応用」では,臨床における有用性が高く,迅速化や器械の小型が進む感染症の起炎菌検出法については,6人の演者が登壇。(1)三田村敬子氏(日本鋼管病院)は,急速に普及したインフルエンザ迅速診断キットの有用性を,(2)吉田敦氏(東大)はサイトメガロウイルス(CMV)感染症の迅速診断法として,real-time PCR法(RT-PCR)について言及。続いて(3)一山氏は結核症,(4)宮崎義継氏(長崎大)は深在性真菌症について,また(5)舘田一博氏(東邦大)が,最近,Binaxなどの簡便な検査が登場した尿中可溶抗原による肺炎の診断を,最後に(6)川上小夜子氏(帝京大病院)が,起炎病原体が多岐にわたる腸管感染症の現状を述べ,各感染症検査法の最新情報を提供した。