医学界新聞

 

連載(27)  南米ボリビアにて……(2)

いまアジアでは-看護職がみたアジア

近藤麻理(兵庫県立看護大・国際地域看護)

E-mail:mari-k@dg7.so-net.ne.jp    


2479号よりつづく

【第27回】ボリビアでの救急救命研修(2)

 南米ボリビアの第2の首都サンタ・クルスには,日本の無償資金援助で建設された公立の「日本病院」があります。この病院は救急救命などの高度医療設備を整えていますが,このような施設は,都市部の私立病院などに偏っていますし,医療を受けられる人もまた限られているのです。この地には,インディヘナ(ケチュア族やマイマラ族)と呼ばれている人たちと,メスティソと呼ばれるインディヘナと白人の混血の人たちが住んでいます。彼らは市場で商売をしていますが,その周りには掘っ立て小屋が立ち並んでおり,貧しい生活をしていることがわかります。

初回は講師の養成に

 今回のPHTLS(病院搬送前救急救命)コースを受講したのは,サンタ・クルスと第3の都市コチャバンバなどの病院に勤務する医師48名でした。そして,参加者の中には日本人によく似た顔立ちの人も多く見られました。PHTLSコースの意義は,救急の現場に真っ先に駆けつける救急隊員や住民に救急救命の技術を広げていくものだと,前回お伝えしました。しかし,このような活動を広げるためには,まずコースの講師を養成することが必要となるため,初回は医師を対象としたようです。
 このPHTLSコースは,サンタ・クルス医師会館を借りて2日間行なわれ,早朝7時半に開始,終了したのは両日ともに夕方の6時を回っていました。講義と実技演習の内容は,アメリカのATLS協会が作成した細かなマニュアルに従って実施されていきます。

気管内挿管も実践

 第1日目の朝から,この研修の成果が2日目の最後にわかるよう,プレテストを実施します。最終日にまったく同じ筆記試験と実技試験を行ない,最初の結果と比較すれば,この研修の成果が明らかになるわけです。試験の内容は,救急医療に関する基礎知識,そして事故を起こした自動車からケガ人を救出する実技試験です。これは,4人1組のチームで制限時間内で受講者が行ないます。研修を受ける前の実技試験ですから,いきなり教習所で「自動車を運転してみろ」と言われているようなものです。チームワークも成立していないままにタイムアウトとなり,その場に呆然と立ちつくす姿が目立ちました。もし,これが本当の交通事故の現場だったら……。
 助けたいと強く思う気持ちはあっても,そこに知識や技術が伴わなければ,助かる命も助からないことに,受講者たちは一様にショックを受けるのです。このような強い研修への動機づけが初日にあるために,2日間の苦しい研修にも全員が耐えられるのでしょう。
 具体的な実技演習では,グループごとに事故車からの救出,気管内挿管,頸椎の固定法,乳幼児の固定法などデモンストレーションを講師から受けます。
 例えば,会場の裏庭では交通事故の外傷者救出を想定した準備がされています。自動車の中には,頭部から(血を流したケガ人役が,運転席にうつ伏せになって倒れています。受講者4名は,車のドアをいかにしてこじ開けるかから始まり,正確な判断によるチームワークの動きが車からの搬出時間を短縮していきます。ケガ人役は,体に触れられると迫真の演技で苦しそうな悲鳴をあげています。これは,実技演習であり,演技だとわかっていても,実際の現場以上の緊張感が漂っていました(写真)。
 そして,今回の研修にも組み込まれていた気管内挿管ですが,これについては日本でも議論の多いところです。国によっては法律の違いなどもあるのでしょうが,病院や医療従事者の人数が圧倒的に不足している地域では,とても有用な手段だと言えます。

 

救急救命研修を地域住民にも広げて

 このような救急救命の考え方は,発展途上国や高度医療の恩恵を受けられない地域だけで有用なわけではありません。命を落とす人が1人でも減少するよう,さらに救急救命研修を地域住民にまで広げる意味でも,状況の異なる国々で,形や目的を変えて実践可能だと思うのです。しかしながら,日本では,このような研修は医療従事者にもほとんど知られていないのが現実のようです。
 阪神淡路大震災時に,自らも被災し診療にあたった医師は,「救急医療の原点は市民同士が,生き埋めになっている人を助け出し,心マッサージなどお互いに救助し合う機能を持つことである」(河野博臣:震災診療日誌,岩波書店)と述べ,救急医療の限界とその原点を,私たちに教えてくれています。
 地域で暮らす住民に近づいた医療や看護を考えるうえで,高度医療や救急救命の原点を日本でもしっかり見つめ直さなくてはと,いまさらのように思うのです。
(この項終わり。次回からは,再度アジア編となります)