〔連載〕How to make <看護版>
クリニカル・エビデンス
浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)(前回,2484号)
〔第13回〕リスク・コミュニケーション(1)
リスク・コミュニケーション
従来の臨床研究は,リスクとベネフィットを定量的にアセスメント(評価)することに重点を置いてきました。しかし,これらのエビデンスが患者さんの診療に効率的に活かされなければ意味がありません。つまり,リスク・アセスメントだけではなく,診療行為に伴なうリスクを正しく患者さんに理解してもらう,すなわちリスク・コミュニケーションを重要視する必要があると思うのです。そのために,私たちは診療を受ける側の心理を洞察し,その行動を予測する術(art)を身につけなければなりません。EBMは,適切な論文を用いることを勧めていますが,果たして,そのような数字だけで人間の感情は動かせるものでしょうか。
「喫煙は健康によくない」といくら説明しても喫煙をやめられない場合もあれば,「異常プリオン摂取により,変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発病する可能性は万が一よりもはるかに低い」と説明しても,大騒ぎとなる場合だってあります。ヘビー・スモーカーが肺がんになってもニュースにはなりませんが,あの立てない牛の映像は印象的であり,メディアが伝える変異型クロイツフェルト・ヤコブ病のほうが人々の行動変容を導くほど強烈だったと言わざるを得ません。この2つの例は,数字とは対照的に実話や活気ある表現のほうが感情を伝える好例と言えます。
そこで,今回から合計3回,エビデンスを患者さん側にどのように伝えるかについて話を進めていきたいと思います。
数字の魔術
同じリスクでも,伝え方によって受け手の解釈は異なります。例えば,あなたの親がある癌になったとします。そして,あなたがその癌になるリスクは他の人々と比べて3倍高いとします。医療者側が伝える表現で,受け手はどれくらいそのリスクを感じるものなのでしょうか。表1は,22人に対するアンケート調査の結果です。
表1の(1)と(2)の質問を比較すると,数値が大きくなるほうが,受け手の危機意識をかりたてていることが理解できます。相対比だけではく,絶対数もわかるようにすると,より現実的です。(3)と(4)は同じ相対比ですが,数値の大小によって中等度リスクを感じる人が2人増えています。誤差範囲かもしれませんが,分母が大きいほうが直感的にデータの確実性を感じるのでしょう。同じ相対比でも病気の発生頻度が減ると,それに比例して危険の感じ方も大きく変わります。
また,これと違ったおもしろい報告があります(Am J Med 1992;92:121-4)。医師にある治療の説明をする時に,下記のA・Bのうち,どちらの説明をするか聞いてみました。 A:この薬を10年間飲むと,心筋梗塞になるリスクが2.0%から1.6%にまで減少します。 B:この薬を飲むと心筋梗塞になるリスクが24%減少します。
その結果,医師の回答によると,Aを選択=4%,Bを選択=49%,両方を選択=47%となりました。
医師側にその治療を選択させようという意識が働く時に,相対比を選択する傾向にあります。医師は無意識のうちにも,数字の魔術を使って,患者さんの行動をコントロールしようとしているのです。
もう1例。「生涯でアメリカ人女性の乳癌になるリスクは9人に1人です」(NEJM 1999;340:141-4,表2)。
しかし,表2ではどこにも1/9という数値が出てきません。どうしてでしょうか?それは,9人に1人という結果を導いた式の分母は85歳まで生きた女性だったからです。しかも,一般の人は乳癌のリスクが9人に1人と聞いても,周囲でそんなに乳癌になる人が見当たらなければ,その数値は信用に値しないと感じるかもしれません。
「説明と同意」は,今や医療の世界において定着した行為です。しかしながら,このような数字によるマジックをみてしまいますと,医師と患者さんの間の意思疎通に関して,どの程度理解し合っているのかを再確認する必要があるのではないかと,改めて考えさせられてしまいます。
表1 伝達表現の違いによるリスクのとらえ方(数字は人数) | ||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
(未発表データ) |
表2 アメリカ人女性の乳癌の発生頻度 | ||||||||||
|
(この項つづく)