医学界新聞

 

あなたの患者になりたい

きれい,きたない,きがつく,きになる

佐伯晴子(東京SP研究会/模擬患者コーディネーター)


 あるところにきれいなおうちがありました。そこを訪れるお客はソファに座ると気持ちよくて,つい目をつぶって深呼吸してしまうのでした。どんなに疲れていても,困ったことがあった時でも,その客間に通された瞬間に,身も心も洗われるような気がするのでした。その様子を見るのが楽しみで,家の人は毎朝部屋をきれいにして風を通し,絵を掛けて花を飾っていました……。
 お客を迎えるという語源からホテルとホスピタルが派生しているのはご存じだと思います。医療事故や不祥事が取り沙汰されたり,医療費の患者負担増や診療報酬の改定で点数が下がったりと,今の医療にまつわる話題はせちがらくて窮屈ですが,本来はもっと暖かな「もてなし」のこころが貫かれたものだろうと思います。
 先日ある病院で,私と一緒に歩いていた廊下で,副院長がさっと身をかがめてゴミを拾い上げました。すると,その場を通りかかったナースが,にこやかに「私がいただきます」と副院長の手からゴミを取りあげてしまいました。2人のほほえましいやりとりも機敏な動きも,私という外部の人間を意識したのではなく,自然に身についた清々しいものでした。病気になるのはいやですが,こんな病院ならお世話になってもいいですね。

これでいいの? 医学部の教室

 ところが,医療面接の実習やOSCEなどで医学部や歯学部をお訪ねして驚くのが,教室や実習室や廊下の汚なさ。階段教室の床に年代物の埃,教室の机の中に丸めた鼻紙とパンの空き袋まではすさんだ高校と同じ風景です。実習用の診療台に濃灰色の雑巾。ロビーに忘れ物の正体不明粉薬。実習室に練習後の注射針と汚れたガーゼ。これでいいのかな? と素人目にも危ないと思ってしまいます。何と言ったらいいのでしょうか。診療台には誰を座らせその口元を何でぬぐうのか,想像しての実習なのか,と考えてしまいます。粉薬の中身が何であろうと,置き忘れた薬がどのように使われるか,気を回すことはなかったでしょうか。放置注射針に及んでは,寒々とさえしてきました。
 どこの学校でもよくある光景と言われるでしょうが,何のウイルスがついているかも知れない鼻紙を,次の人が使う机の中に置いてくるというのは,医療の専門家がする行為ではないと思うのですが。医療の仕事につく人には,普通の人以上に衛生に気をつかってもらいたいと思うのは,時代遅れの発想なのでしょうか。掃除は自分の分担ではないから,みんなやっているから,誰も片づけろと言わなかったから,これらの言い分にはきっとどうして自分がそんな面倒なことを,という不満がありそうです。
 しかし,そのくらいを面倒に感じる人に,患者という他人の人生に関わる面倒をお願いして大丈夫でしょうか。そのくらいなんでもありませんよ,と笑顔で動いてくださる方には,面倒をおかけする肩身の狭い客として,心からありがとうと申し上げたいと思っています。