医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


循環器疾患と自律神経機能の最新テキスト

循環器疾患と自律神経機能 第2版
井上 博 編集

《書 評》早川弘一(日本医大名誉教授/久我山病院長)

 循環器疾患と自律神経の関係は昔からの大きなテーマであったが,最近の方法論の進歩と応用によって新しい概念が芽生え,診断治療に大きく寄与しはじめているのが現在の状況である。したがって,これらの新しい知識を身につけることが現代の医師にとって不可欠と言える。

現状の問題点と将来の研究の方向が随所にみえる

 本書は,このテーマに関し日本での第一人者のみならず世界的にも有名な井上博氏が,本人を含め8人の専門家の分担論文を編集した最新の教科書である。内容は3つの章から構成されており,初めの章は「循環器疾患と自律神経」の基礎的概念および自律神経といろいろの循環器疾患の関連が大変わかりやすく解説されている。15頁のこの初章を読了すると,本書のテーマの大要が理解できる。
 次の総論では,「自律神経系による循環調節」,「自律神経の電気生理学的作用」さらには臨床的診断法として位置づけが確定しつつある「心拍変動」および「MIBGイメージング」の方法論と応用がかなり詳しく紹介されている。
 最後の章は,「冠動脈疾患」,「心不全」,「徐脈性不整脈」,「上室性不整脈」,「心室性不整脈」,「不整脈と筋交感神経活動記録の関連」,「神経調節性失神」,「高血圧」といった具合に,われわれが日常しばしば遭遇する循環器疾患との関連が詳細に解説されている。
 いずれの章も,各分担執筆者の研究のみならず最新の文献情報も十分取り入れられ,読者を十分満足させるであろう。また現状の問題点や将来の研究の方向などに関する示唆も随所にみられ,このテーマを研究する者にとって得るところが多いと思われる。
 この最新かつ良質のテキストが,多くの医師や医学研究者に読まれ,これに触発されて,よりよい医療やさらなる研究がわが国において隆盛になることを心から望むものである。
B5・頁312 定価(本体8,200円+税)医学書院


著者の一徹さが汲み取れる名著の改訂

プラクティカル コロノスコピー 第2版
岡本平次 著

《書 評》多田正大(多田消化器クリニック院長)

 大腸内視鏡検査・治療に伴う合併症が増加している。4-5日に1回の割合で日本のどこかの病院で,腸管穿孔が発生している(宇野良治:医器学,67;289,1997)とのことであるが,穿孔まで至らないにせよ,女性患者が検査中の腹痛はお産よりも辛いと訴えることも稀ではない。

岡本名人の裏技を余すところなく記載

 このような苦痛の多い検査を安全で普遍的なものに変革したいという一念で,コロノスコピー名人として類稀な才能を有する岡本平次先生は,1995年に労作『プラクティカル コロノスコピー』を刊行した。この書籍は,挿入法についての系統的な記述書が少なかった時代にあって,初心者にとってはわかりやすい手引き書として,ベテランにはShinya氏の提唱する1人操作法を理解するための指標として,多くのコロノスコピストに愛読されてきた。名人は,自分の裏技を他人に伝授することを好まないものである。また,必ずしも教え上手であるとは限らない。しかし岡本名人は,本書の中に裏技を余すところなく記載し,しかも理解しやすい文章で,読者に大変好評であったと聞いている。
 岡本先生の提唱する挿入手技の基本そのものは,本書が刊行された6年前も今も変わるものではない。したがって,書籍が完売すれば,その都度増刷しておれば執筆者としての責任は果される。しかし最先端を走るパイオニアとしての意地からであろう。あえて自らの名著に加筆して改訂版を発行したのが本書である。新しい書籍にせずに,改訂版としたところに岡本先生の一徹さを汲み取ることができる。

コロノスコピーの真髄に一歩近づくことができる期待感

 第1版のどこが変わったのであろうか。同じような表紙の新旧の書籍を並べてみるとすぐに理解できる。第2版では,単にファイバースコープの写真が電子内視鏡像にリニューアルされただけではない。目次の項目は新旧でほぼ同じであるが,記述内容は大きく改変されており,その結果,書籍のボリュームも増加している。インフォームド・コンセント,検査前準備などの項は,昨今の医療紛争にも対応できる内容に改変されている。無床診療所で安全に日帰り検査・内視鏡治療を行なうには,どうすればよいのかなどなど,大腸内視鏡検査が大病院で行なう特殊検査ではなく,一般病院や診療所でも安全に行なえるルーチン検査であることを教えてくれる。挿入法の第一人者が,豊富な臨床経験に立脚して執筆した文章であるので説得力がある。随所に大腸内視鏡に関する伝導師として,筆者の篤い思想が語られており好感が持てる。
 したがって,第2版といえども内容は大幅に改稿されており,新しい書籍が完成したと言っても過言ではない。第1版を読んだ人が第2版を購読しても,決して損をしないだけの充実した内容になっている。序文には,筆者の18年前のライブのスナップ写真が掲載されており,型破りな序文に驚かされるが,それほど筆者の意思が前面に強く出ている本書を読めばコロノスコピーの真髄に一歩近づくことができるような期待を感じることができる。初心者にもベテランにも,読み甲斐のあるお勧めの1冊である。
B5・頁296 定価(本体19,000円+税)医学書院


オスラー以来の米国式臨床医学教育の見事な開花を紹介

ハーバードの医師づくり
最高の医療はこうして生まれる

田中まゆみ 著

《書 評》吉田一郎(久留米大教授・医学教育学)

米国における臨床医学教育の精髄を描写

 ピアノの練習は本物のピアノを弾かせてみる,テニスの練習はテニスコートに出ていくのが一番。こんなことは誰にもわかっていることなのに,明治以来,わが国の卒前臨床医学教育は医療現場での実地教育を軽視し,旧ドイツ式の観念的な大講堂での講義スタイルから脱却できていない。
 最近,発表された医学教育におけるモデルコアカリキュラムは画期的ではあるが,臨床実習の期間などでは欧米先進国のレベルに達していない。一方,臨床医学教育は大講堂ではなくて,医療の現場でしかできないというオスラー以来の米国式臨床医学教育の見事な開花を紹介するのが,この本である。
 著者の文才がすばらしいこともあって,「患者列伝その6」の患者記載など,モーパッサンの短編小説を彷佛とさせる。この見事な表現力が,本書の魅力を一層高めている。「馬の蹄の音を聴いたら,ウマではなく,シマウマと考えてしまう=医学生は鑑別診断においては,まず,めずらしい病気を考えてしまう」のは,ドイツや日本の医学生に特有なのではなく,米国でも同じであるという「シマウマの話」や,研修医が陥りやすい「タールベビー症候群」など,笑えないエピソードも満載されている。
 わが国の医学教育は欧米先進国に比較すると,15-20年は遅れているという意見が多い。特に教育に携わるマンパワー不足は深刻で,米国の1/5から1/10である。小児科を例にとると,ハーバード大学小児科(ボストン小児病院)の教授の数は33名であるが,わが国ではほとんどの大学小児科が1名であり,話にならない。このようなわが国の状況は,アジアの代表的な医学校よりもはるかに貧弱であることをシンガポールやパキスタンでの5回に及ぶ滞在で経験し,驚いたことがある。しかし,マンパワー以上に重要なのが,学生や研修医を伸ばしてやろうとする“teaching mind”であることは言うまでもない。医学生や研修医を教育しても,ほとんど報われないわが国の制度にも問題があろう。一方,今から15-20年後に,わが国の臨床医学教育が本書で語られたような現在の米国のレベルに達するかと言えば,かなり悲観的でないかと思う。

見事なチーム医療の中でのクリニカル・クラークシップ

 わが国と異なり,希望する病院で中味が変わらないクリニカル・クラークシップ,入院カルテの指示を書けるのは,医学生と研修医のみ。医学生は1対1で研修医にはりついて勉強する。徹底したカルテ記載の教育,医師同士のカルテのダブルチェック機構など,わが国が見習うべき点は多い。一方,図書館以上に充実したカルテ室,30年のカルテ保管義務などはわが国とは比較にならないほど医療費への支出が多く,医療訴訟大国である米国ならではのことかもしれない。
 ところで,米国では医学部卒業後に研修医になる時の推薦状は,クリニカル・クラークシップ中の評価に基づく。また出身大学よりも,どこで研修したかが経歴上,重要であるので,この評価は医学生にとり死活問題である。米国では母校に残る医学生は少なく,この推薦状で母校以外の病院へ研修医として,他流試合に出かけるシステムになっている。MGHの内科での研修希望者は定員の100倍というので,この推薦状は決定的に重要である。また,本書を読めば,米国におけるクリニカルクラークシップでは,医学生がいないと医療の歯車が回らないシステムになっており,徹底した「チーム医療型臨床実習」であることがよく理解できる。
 米国の医学教育の現場でも,以前は医学生や研修医に対して「そんなことも知らないのか」という教わる側を責めるスタイル であったという。これを一変させた要因の1つは,医学生や研修医による逆評価であり,医学生からのどんな質問に対しても「よい質問だ」とほめてみたり,医学生はていねいに扱われるようになったという。

患者さん中心の医療の推進

 さらに患者さんに対しても医師は自分の判断を加えるのではなく,あくまで患者さん中心に医療を進めていくさまは,感動的ですらある。したがって,インフォームド・コンセントは訴訟を防ぐためのものではなくて,医療サイドと患者サイドの双方が理解し合うためのプロセスと位置づけていることもよく理解できる。
 本書の中でも特に見事な記載は,著者のご主人の李啓充氏の影響もあってか,医療事故に関する部分である。治療にあたって,何もしないことの重要性はいくら強調してもしすぎることはないが,MGHではこのことが徹底されている。医師-患者関係において,決定権は患者サイドにあること,正直であることが決定的に重要であることは,英国の「明日の医師」でも強調されていることである。ホームレスの患者に対してもサーと呼びかけるなど医師の患者に対する礼儀正しさ,1人ひとりが違う人間であることを前提として,患者とどのようにつきあっていくかに視点を置くコミュニケーション教育,EBMが徹底的に教育される一方,高齢者や移民が多いというバックグラウンドのため,EBMが適用できないことも多いということは,米国ならではの現象であろう。

2002年USMLEにOSCE導入

 米国の医学部は,ハーバード大学も含めて4年制の場合が最も多い。最初の2年間はPBLと実習中心のカリキュラムであるが,医師-患者関係も入学当初から現場体験型で,徹底的に教育される。この2年の終わりにOSCEが組み込まれており,本書によればハーバード大学の医学生は,このOSCE経験を高く評価しており,「最初の2年間の医学教育の中で,最高の経験である」と言っている。ハーバード大学医学部と言えば,PBLチュートリアルを大胆に導入した,いわゆるニューパスウェイでよく知られている。事実,この本の中でPBLチュートリアルで鍛えられた医学生の実力についても言及されている。しかし,ハーバード大学では,OSCEだってなかなかのものであることが,本書で紹介されたステーションやその内容からうかがい知ることができる。
 米国では,2000年から来たるべきUSMLE(米国医師国家試験)でのOSCE導入の準備のために,全米各地で試験的な実地演習が行なわれていたが,いよいよ2002年からUSMLEにOSCEが導入されるという。国民に対して基本的な臨床技能を認証された者が医療を提供することは必須の事項であり,この導入により,米国における医学生への基本的臨床技能教育はさらに改良されるであろう。

絶えず自己改革を怠らないハーバード大医学部

 本書の最後を締めくくる「ニューパスウェイの将来」は,深刻である。医療経済の動向が医学教育の内容にまで強い影響を及ぼすことが,よく理解できる。よしにつけ,あしきにつけ,わが国の医療制度は米国の後追いをしているので,この16章は多くの示唆を与えるものである。また入院期間が短くなると,病棟で臨床医学教育が難しくなり,今後は外来が教育の現場として重要になってくることも言及されている。いずれにしてもハーバード大学医学部における医学教育のすごいところは,絶えず自己改革を怠らないことである。わが国であれば,「カリキュラムをコロコロと変えるのはやめてほしい」とか,「10年ぐらいはびくともしないカリキュラムにしてほしい」などとクレームがつくのが関の山であろう。最後に,S.フレッチャー教授が述べた医学教育で最も重要な点は,学生に「自分は重要な存在だと感じさせることである」という言葉には,強く共感するものである。
 わが国でも今後,医学生の臨床実習はモデルコアカリキュラムにより,クリニカル・クラークシップ方式で行なうことが要望されており,本書はそのための何よりの手引書になろう。医学生,研修医のみならず,医学教育に関わるすべての関係者に読んでいただきたい。
四六判・頁240 定価(本体1,800円+税)医学書院


後輩を持ったら必ず読む本-指導法のエッセンスを凝集

臨床指導医ガイド
今井裕一 編集/今井裕一,遠藤正之,大生定義,吉岡成人 著

《書 評》市村公一(東海大医学部卒),黒川 清(東海大総合研所長)

 卒前臨床教育において参加型のクリニカル・クラークシップを取り入れる大学が,年ごとに増え,さらに2004(平成16)年から卒後臨床研修の必修化も決まりました。その成否のカギを握るのが,病棟で実際に研修医や学生の指導にあたられる「臨床指導医」の先生方でしょう。この本は,その指導医となられる先生方に,「上手な指導法のポイントは何か」,さらに「病棟回診」,「外来診療」,「カンファランス」などさまざまな場で何に主眼をおいてどう指導するかの具体的なノウハウを,秋田大学の今井先生を中心に4人の経験豊富な先生方が,対談も交えてわかりやすく解説されたものです。

臨床指導のノウハウが一杯

 東海大学医学部が,全国に先駆けてクリニカル・クラークシップを導入して早5年になります。当初は,やはり先生方にいかにして指導法を会得してもらうかが大きな問題だったと聞きます。アメリカに何人もの先生を派遣して本場の指導を体験してもらい,これは現在も続いています。それでも,しかし,本書で「指導医が避けるべきこと」としている「こんなことも知らないの?」という質問をしたり,教えるべき「学生・研修医に自信を持たせること」が,逆に自信を失わせるような結果になっていることも稀れならずあります。これは,個々の先生の問題というより,そうした「指導」がある意味では日本の文化だったからだと思います。崖下に突き落として,這い上がってきた一部の者だけをエリートとして育てていた時代の文化。しかし今は,医師免許を持つすべての者が,相応の「戦力」にならなければ社会の要請に応えられないでしょう。では,全員を引き上げるには,どう指導したらよいのか。そのノウハウが一杯に詰まったのが本書であるように思います。
 本来この本の読者として想定されているのは,現在研修医・学生の指導にあたられている先生と,これから指導医になられる先生でしょう。しかし,本の“帯”に「後輩を持ったら必ず読む本」とあるとおり,研修医にしろ学生にしろ「後輩」を持つ先生方には,ぜひ読んで臨床指導の要諦を学んでいただきたいと思います。さらに研修医・学生もこの本を参考に先輩を評価し,ひるがえって将来自分が指導する立場になった時には,必ずやよきロールモデルとなれるよう,そのガイドとしたいものだと思います。
A5・頁224 定価(本体2,800円+税)医学書院