医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2482号よりつづく

〔第27回〕クラスターする子どもの白血病(2)

 作家マーク・トウェインは,世の中には3種類のウソがあると述べています。1つは単なるウソ,もう1つは本当のことを黙っているウソ,そして統計学を使ったウソ。つまり,統計学を中途半端に用いると,もっともらしくウソをついてしまうことになりかねません。特に陥りやすい過ちは,相関関係をもってして因果関係とすりかえてしまうことです。

ウーバンで集積する癌-住民の訴え

 ウーバンはボストンから17キロの距離にある人口3万7000人の町です。130年以上も前から工業地帯として栄え,大きな化学工場や革加工センター,駆虫剤用の砒素工場,織物,紙,にかわ工場などがありました。ウーバンの水は8つの市営の井戸より供給されていましたが,そのうち2つはウーバン東部に位置し,同一の水源でした。この2つの井戸水より,ダイオキシンなどを含む有害物質が見つかり,問題となりました。この地区では,以前から水が濁っていたり臭ったりで,住民から「何とかしてほしい」と訴えが続いていたため,騒ぎとなりました。そして,有機化合物の発見された井戸の付近に穴が掘ってあり,化学廃棄物が放棄されているのが発見され,さらに1979年10月に地区の牧師が,「最近15年間で町のある地区の子どもに10人もの白血病患者が発生している」と報告したことにより,大問題に発展しました。そこで,マサチューセッツ州の公衆衛生局はCDC(米国疾病管理・予防センター)と協力してウーバン住人の健康に何が起こっているのかを調査することにしました。

確かに癌発生率が高い

 それぞれの疾患に対する期待値は国の行なったデータ(年齢と性を含む)から得ました。本調査において1969-1979年の間,ウーバンにおける小児白血病の頻度は明らかに高くなっていました。5.3人の期待値に対して12人が実際観察されたのです。その傾向は男児に強く,3.1人の期待値に対して9人の白血病が観察されました。特に小児白血病はウーバン東地区に多発しており,その頻度は少なくとも期待値の7倍であり,男児に限ってみれば12倍と非常に高くなっていました。腎癌でも同様で,19.4例が期待値であるのに対して30例が観察されました。やはり男性でその傾向が強く認められました。腎癌患者さんの20年前の居住地を調査したところ,ウーバンのある地区に多発していることが確認されたのです。

井戸水汚染と因果関係があるのか?

 それではこれらの癌が増えた原因は井戸水の汚染にあったのでしょうか? 癌症例は1969-1979年の間に癌の診断を受けたウーバン住民で,病院カルテにて死亡の確認を行なっています。CDCから派遣されたよく訓練された調査員が,癌患者に対しては質問用紙に沿って病気の進行,既往歴,喫煙,住んでいた場所,職業,環境からの影響を示唆するもの等についてインタビューを行ないました。1人のケースに対して,2人の年齢と性をマッチさせたコントロールを選定しました。1人は比較するケースの家のそばに住んでいる,もう1人はウーバン内ですが遠くに住んでいる人を抽出して比較しました。しかし,井戸水の化学汚染との相関関係を見出すことはできませんでした。
 この調査にはデザイン上の問題があります。今までこの連載を読んできた皆さんは気づかれたと思いますが,コントロールを選ぶ際,暴露因子とは無関係でなくてはなりません。すなわち,コントロールの住所はランダムに選ばなくてはなりません。井戸水の影響を調べようとしているのに,患者周辺の住民を選んでもコントラストをつけることはできません。

ハーバードが住民支援を受け調査に乗り出す

 そこでハーバード・スクール・オブ・パブリック・ヘルス(HSPH)の生物統計のチームは住民の依頼を受け,これらのデータをもとに2つの手段をとりました。1つは汚染された時期に井戸水の水を飲んだことと小児白血病の関連を調べてみました。もう1つ,さらに妊娠中の問題と小児疾患についてもサーベイの形で調査することにしました。なぜなら白血病や成人癌などより短い潜伏期間かつ高い頻度で発生すると考えられるため,感受性の高いインディケーターとなり得ると考えたからです。彼らは井戸の影響を,汚染場所からの距離にしたがって5つの地区に分け,またウーバン住民として生活した年数を考慮に入れ,化学物質への暴露を定量化しています。つまり時間的,空間的要素を加味し,かつ水質汚染によって影響されやすい,しかも発生頻度の高い疾患を並行して解析するという手法を用いたのです。

ケースの同定

 ハーバードのチームは汚染された井戸水が使用されはじめた1964-1983年まで調査し,20人の19歳以下の白血病が発生していることを突き止めました。20例すべては州および専門病院で診断されており,年齢中央値は7歳,15人が男児,17人が急性リンパ性白血病,15人はウーバンで生まれています。さらにウーバン住民を対象に1960-1982年までの妊娠中の問題や小児疾患の発生について電話によるサーベイを行ないました。235人がボランティアとしてインタビューの仕事に応じ,およそ半数がウーバンからであり,残りは近郊の町の住民でした。インタビュー係には本サーベイに関する講習会に参加してもらい,インタビューの方法を統一しました。また2人一組になってもらい,1人はインタビュー役,1人はうなずき役となってもらいました。そして1982年の町の電話帳よりランダムにコントロールとなるべき人を抽出しました。インタビュー係は担当する住民の名前や住所を知りません。また電話番号自体でウーバンのどこに住所があるかは判りません。
 全部で8190家庭を電話調査対象とし,7134家庭(88%)から回答を得ることができました。残りの975の電話は平均3.9回かけたのですが通じませんでした。1149人(18%)は質問を拒絶し,32人は英語が話せないために除外,28人は十分質問できておらず除外しました。最終的に電話張に載っている町の住民の57%にあたる5010家庭から情報を得ることができました。これはプライバシーにも関わるインタビューながら相当高い反応率であったと言えましょう。住民の熱意が伝わってきます。
 しかし,ここで注意しなくてはならない点は,インタビュー者も回答者も,工場の不法投棄が白血病を含む病気の発生につながったのではないかと疑っていたことです。しかも,ボランティアの中には白血病の子どもを持つ親も含まれていました。インタビュー者は回答者がどこに住んでいるかわからない状態で電話をかけている点はよいのですが,言葉の端々で回答者がどこに住んでいるかがわかってしまったかもしれません。また回答者も,自分が汚染された地区に住んでいれば,ことさらアレルギー症状を強く訴えていたかもしれません。当然,これらはバイアスと結びつき得ます。