医学界新聞

 

第39回日本臨床分子医学会開催される

「ゲノム,プロテオーム,そして疾病制御」をテーマに


 第39回日本臨床分子医学会が,さる3月1-2日,松澤佑次会長(阪大教授)のもと,大阪・千里市の千里ライフサイエンスセンターで開催された。
 日本臨床代謝学会を前身とする同学会は,近年急速な進歩を遂げた分子医学を基盤に,疾病の解明,治療法の開発などを目的とした先端的研究を行なう学会として発展してきたが,今回は「ゲノム,プロテオーム,そして疾患制御」をテーマに据えた開催となった。
 本学会では,Patient-oriented,Disease-oriented researchから得られた基礎研究の成果を,速やかに臨床応用することを目的にしており,その観点から高井義美氏(阪大)による特別講演「細胞接着の制御機構」や,黒川清氏(東海大)による「Translational Researchの展望」と題した講演の他,シンポジウムI「血管新生と疾患」,II「ゲノム新時代における分子標的療法」2題などが企画された。
 さらに「Translational Research Forum」では,(1)血液・免疫領域(座長=阪大 金倉譲氏,以下カッコ内は座長),(2)循環器・動脈硬化領域(京大 北徹氏),(3)肥満・糖尿病肥満・糖尿病領域(京大 中尾一和氏),(4)消化器領域(札医大 今井浩三氏)の4領域をめぐって,活発な議論が展開された。
 また,同学会の学会賞が宮田敏男氏(東海大)に,学術奨励賞が土居健太郎氏(国立循環器病センター),万木貴美氏(京大),山懸和也氏(阪大)にそれぞれ授与され,受賞者を代表して宮田氏による記念講演が行なわれた


■血管新生の分子機構と疾患との関連

 初日のシンポI「血管新生と疾患」(座長=熊大発生医学研究センター 須田年生氏,東大医科研 渋谷正史氏)が行なわれ,6人の演者によって討議された。

見えてきた心血管再生治療の可能性

 最初に,山下潤氏(京大)が,未分化のES細胞からVEGF(Vascular Endotherial Growth Factor,血管内皮増殖因子)の受容体の1つであるFlk1(Fetal Liver Kinase1)を発現する細胞(Flk1陽性細胞)を分化誘導し,同細胞から血管内皮細胞,壁細胞の分化誘導に成功したことを報告。さらにFlk1陽性細胞のニワトリ胎仔への細胞移植で,in vivoにおいても血管内皮細胞と平滑筋細胞に分化し,新生血管へ寄与することを明らかにしたと述べ,ES細胞由来Flk1陽性細胞は,血管構成細胞の両方に分化が可能な血管前駆細胞であると結論し,新しい観点からの心血管再生治療の可能性を示唆した。
 続いて,高倉伸幸氏(金沢大がん研)は,造血幹細胞と血管新生の関連を,最新の知見を盛り込んで概説。また高橋知子氏(産業技術総合研)は,血管の老化を細胞レベルで解明するモデルの1つであるヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を用いて,テロメア伸長およびp53不活化に関連する遺伝子(hTERT,SV40)などを導入し,不死化ヒト血管内皮細胞株の樹立に成功したことを報告。この細胞により,新規の生理活性分子の精製・同定,血管モデル系の確立,同細胞を用いた細胞移植,細胞の不死化,老化関連遺伝子の探索などの研究が促進されると述べた。
 高木均氏(京大)は,VEGFを中心に,血管制御因子と糖尿病網膜症との関連を考察。網膜症は,VEGFに加えてアンジオポエチン2(Ang2)の両因子が血管増殖を促進することが推測され,さらにVEGFR2の共受容体Neuropilin1(NP1)がその作用を増強することから,NP1阻害抗体によりVEGFや虚血による血管新生が顕著に抑制されることを明らかにし,網膜血管新生におけるNP1の重要性を示唆した。最後に氏は,網膜症における抗VEGF療法の可能性を示すと同時に,現在米国で治験が開始されたPKC-β阻害薬を紹介し,今後の方向性を述べた。
 細胞移植による血管新生療法については,室原豊明氏(久留米大循環器病研)が報告。成人末梢血中の「内皮前駆細胞」が,成人における血管新生に寄与し,同細胞が骨髄由来であることが確認されたことから,内皮前駆細胞を含むとされる自己骨髄単核球細胞移植による血管再生治療を施行した。結果,重症度の高い例にはさほど効果が認められなかったものの,その他では自覚症状の改善など効果が見られたことを述べ,「本療法は,今後,再生医療の1つとして発展する」と期待を寄せた。
 最後に浅原孝之氏(タフツ大)は,米国における血管新生に関する研究の最新情報をレビューし,追加発言を行なった。

■ゲノム新時代における分子標的療法

 学会の最後を締めくくったシンポII「ゲノム新時代における分子標的療法」(司会=武田薬品 藤澤幸夫氏,京大 米原伸氏)では,乳がんにおけるハーセプチンなど,臨床における効果が期待される分子標的療法の最新情報が,大学・企業の枠を越えて熱心に議論された。

進化するゲノム創薬の方法論

 最初に,中西淳氏(武田薬品工業)は,「ゲノム創薬における創薬ターゲットの発掘には,候補遺伝子の機能解明と疾患との関わりを明らかにすることが重要」と強調した上で,同方法に則って,マウスを用いて呼吸器疾患の病態に関連する遺伝子gob-5/CLCA1を発見したことを報告。さらに氏は,gob-5遺伝子に相当するヒト遺伝子はhCLCA1と考えられ,本細胞の発現を阻害・抑制する化合物は,気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などへの新しい治療薬となる可能性を示唆した。
 続いて,佐野頼方氏(山之内製薬)は,イオンチャネルに着目したゲノム創薬へのルートを「新規・機能未知イオンチャネル遺伝子→イオンチャネル活性検出・解析→チャネル活性を指標に化合物検索→創薬研究」と教示。これに則って,細胞のカルシウム流入を担うイオンチャンネルを同定すべくLTRP(long transient receptor potential)チャネルファミリーに着目し,機能解析した結果,LTRPC2遺伝子の発現を確認した。この遺伝子にヌクレオチド代謝に関与するモチーフ(蛋白質の機能の最小単位)が見出され,さらなる研究から,この遺伝子が免疫系細胞内へのカルシウム流入に関与することを報告し,この機能を応用した創薬研究のモデルケースを示した。

期待の高まる抗体療法

 続いて米原氏は,抗マウスFasモノクローナル抗体Jo2を応用し,肝毒性が低く免疫担当細胞への細胞死誘導能がJo2より高い抗体RK8を作製。さらに,ヒトFasだけでなくマウスFasにも交叉活性を持つ抗Fasモノクローナル抗体「HFE-7E」の調製に成功したこをと明らかにした。本抗体は,免疫担当細胞や炎症性に増殖した関節の滑膜細胞にアポトーシスを誘導するが,肝毒性は一切示さず,マウスではJo2投与による劇症肝炎を阻害したことを報告した。この結果から本抗体は米国では治験が開始されているが,氏は,「本抗体は新しい自己免疫疾患やがん治療法に発展するのではないか」と期待を寄せた。
 「がん分子標的チロシンキナーゼに対する阻害薬STI571の開発」と題して,中島元夫氏(ノバルティスファーマ筑波研究所)が登壇。慢性骨髄性白血病(CML)の病態からBcr-Ablチロシンキナーゼを分子標的とした治療薬開発が進み,その結果,経口投与が可能な化合物CGP57148B(STI571)が合成された経緯を紹介(市販名:Glivec)。本薬はCMLの他に,小細胞性肺がん,GIST(Gastrointestinal Stromal Tumor)やグリオーマなどへの治療応用が検討されている点なども明らかにした。
 最後に,伊藤和幸氏(大阪府立成人病センター研)は,低分子量GTP結合蛋白質Rhoとその標的蛋白質の1つRho kinase(ROCK)が,種々の細胞機能を調整している事実が明らかとなる中で,氏らはこのRho-ROCK系の新たな生物機能として骨代謝(骨形成増加作用)への関与を明らかにした。この事実から,がん治療などへの期待が高まるRock阻害薬に,新たな価値が見出されことを報告した。