医学界新聞

 

発達における「TIME」と「TIMING」の概念

発達神経学国際シンポジウム・国際セミナーから

今川忠男(旭川児童院・理学療法士)


 子どもの発達の研究においては,「TIME」と「TIMING」,つまり発達に要する「時間」と,ある現象が発達する「時期」が重要な因子となる。発達の変化やその機構の「時間」と「時期」に関する知識を統合することで,脳の正常発達を理解できるだけでなく,障害を持った子どもたちの療育やリハビリテーションをはじめとするさまざまな分野についても貢献できるのではないだろうか。
 このような理念のもと,2001年10月に,オーストリアのグラーツにおいて第3回「発達神経学国際シンポジウム」が開催された。グラーツはウイーンに次ぐオーストリア第2の都市で,3つの大学を持ち,若い学究者が多く活気にあふれているが,同時に中世の古都のたたずまいも残す,落ち着きのある要素も併せ持っている。俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーの生まれ故郷としても当地では有名である。

新しい医科学分野の「発達神経学」

 発達神経学は,30年以上前に当時オランダ・グローニンゲン大学の小児神経科医であったハインツ・プレヒトル教授が創設した新しい医科学分野であるが,日本にはまだ該当する領域はない。筆者はプレヒトル教授および今回のシンポジウムの主催者であるクリスタ・アインシュピーラー教授と1995年来の友人ということで,今回の招聘を含めて5回目の訪問となった。
 グラーツ市長やグラーツ市を州都に持つスティリア州知事による懇親パーティや開会式のグラーツ少年少女聖歌隊による歓迎といった温かいもてなしにも感激したが,シンポジウムの内容の高さに最も感銘を受けた。

発達における「TIME」の重要性

 まず,プレヒトル教授の基調講演で発達における「TIME」の定義と重要性についてのまとめと提言がなされた。発達神経学の最大の課題が発達障害児に対する診断,評価,治療,教育といったすべての領域で「age-adequate」,または「age-appropriate」,つまり「年齢に適したまたは相応した」対応がなされるべきであるという基本概念の確認の後,発達のさまざまな現象を3つの範疇に整理することが薦められた。それらは「age-specific」,「age-dependent」,「age-related」というもので,「年齢特定」,「年齢依存」,「年齢関連」と訳せると思われる。
 これらは,ある発達現象が年齢,つまりその時期とどれぐらい密接に関係しているかという程度を表すものと考えられる。「年齢特定」が最も限定された期間に起こる発達の変化であり,その狭い時期を逸すると発生や再現は不可能となってしまう。「年齢依存」はある程度の期間の幅があり,「何歳頃に見られる発達」というたとえが可能で,「年齢関連」の場合,乳児期,幼児期,小児期といった時期に見られる特徴ということになる。
 シンポジウムは,この命題のもとに,数多くの招待講演に加え30を超える一般演題とポスター発表から構成されていた。招待講演の内容を抜粋してみることにする。

胎児や新生児は自発的行動を起こす

 最初に,「進化における時期」,つまり人類の発生に関する講演からシンポジウムが始まった。そして,「神経系の発生時期」,「胎児運動の出現時期」,「新生児に見られる特異な行動様式出現の時期」といった講演が相次いで行なわれ,進化と発達を時系列に並べて整理していく内容になっていた。この中では,プレヒトル教授とアインシュピーラー教授の共同研究となる有名な「General Movements(胎生8週頃から環境の影響とは関係なく,自己内在因子によって生じる代表的な自発運動)」の発生機構とその臨床意義,つまり胎児や新生児は,従来から言われているような反射性動物ではなく,自発的な行動を起こす生物として捉え直す必要があり,療育においてもボバースやボイタなどが述べている考え方やその技法が誤りであるという認識が定着してきていることがうかがえ,日本の現状との格差を強く感じた。
 続いて「乳幼児期の年齢特定行動」,「小児期の痙攣発作の年齢特性」,「学童期から青年期に至る神経運動発達の時間的経過とその多様性」の講演が行なわれた。年齢相応の研究活動が世界各地で実施され,それらを結びつける機関として,このグラーツを拠点とする「発達神経学研究財団」が,実に見事にその役割を果たしていると感心したのは私1人ではなかったであろう。

発達障害児の治療に関する議論

 さて,最終講演は今回のシンポジウムを総括し,今年イタリアのピサで開催される「発達障害児の治療」国際学会につなげていく内容で,「発達障害児の評価とリハビリテーションに及ぼすTIMEとTIMINGの概念」を基調に講演が行なわれた。筆者の専門分野である理学療法に直接関係した,活発な意見交換が行なわれ,次回までの課題とする提案がなされた。
 発達障害児の治療は「いつ始めるのか」,「どれくらいの頻度で行なうのか」,「何を目的として実施するのか」,「どのように行なうのか」,そして「いつまで行なうのか」といった,非常に単純であるが,まだ何ら指針が確立されていない重要な領域である。ここでの議論は,新世紀のあるべき姿を模索していこうという確認が,国際的に行なわれた瞬間であった。同時に,この8年間,日本で1人で悪戦苦闘してきた発達障害児の療育が国際基準であったと感じ,勇気をもらった「TIME」でもあった。
 世界30か国以上からの参加者は,小児神経科医,小児科医,臨床心理士,教育学者,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士など,乳幼児の発達研究家や療育専門家200名余であった。日本人の理学療法士は私1人であった。欧米の理学療法士や作業療法士は数多く参加しており,距離の問題ではなく,さまざまな分野の医師をはじめとする専門家との相互信頼や協力体制が確立されているからこそ,このようなシンポジウムが開催されているのだと実感した。

変革が求められる療育の実際

 このシンポジウムを補完する目的で,「発達神経学国際セミナー」が,今年2月に同じくグラーツで開催された。セミナーでは,(1)発達とは何か?,(2)発達神経学の原則,(3)個体適応のパラダイムとその結果,(4)神経系の構造の発達,(5)出産前段階時期の運動レパートリーの発達,(6)神経系における自発活動の神経生物学,(7)出産後に継続する胎児運動,(8)行動覚醒状態と個体発生学,(9)出産後3か月時期に見られる神経系の変換とその臨床症状,(10)姿勢機構の発達,(11)筋緊張の概念,(12)最適性の概念,(13)神経学検査の必須条件,(14)年齢特定の標準化された神経学検査:新生児期,幼児期,学齢時期,思春期,(15)神経系の可塑性:真実と作り話,(16)診断学の革命:プレヒトルによるGeneral Movementsの質的評価,(17)脳性まひ各類型の信頼のおける予測はいつ頃可能か? をテーマに,プレヒトル・アインシュピーラー両教授の講演が行なわれた。

パラダイムの変換

 前述したように,発達神経学はプレヒトル教授が開設した新しい医科学領域だが,従来の成人神経学や動物実験の結果を応用してきた乳幼児の発達科学とは異なり,「神経発達学は個体適応の概念のもとで行なわれる正常発達と障害の発達に関する神経科学である」という認識によって,次々と「パラダイムの変換」が必要になってきた。このことは,それらを理論的基盤として築いてきた理学療法,作業療法を含む療育の実際も,欧米では変革を迫られてきているということになる。
 さて,非常に盛りだくさんの,なおかつ最新情報を要約するのは困難なことなので,最も強調したい点を紹介する。
 まず,「未熟な神経系」という考え方から,「各発達段階における個体適応」への変換が起こり,「原始反射」が随意運動の基礎と信じられていたのに,「自発的神経活動と運動」は胎児期前半から起こっていることがわかった。そのため,「行動覚醒状態の連続性」が存在せず,「各状態は明確に識別され,各状態固有の症状と特定の神経機構が働いている」と書き換えなければならなくなっている。

療育文化創造への課題

 これは,日本の療育の世界にいる大多数の人間にとっては「晴天の霹靂」とも呼べる理論である。特に日本で行なっているボバース法やボイタ法などの各種訓練法は,まさに「神経神話または神経迷信」に基づいて行なっているようなもので,効果がないだけなく,根拠もないということになる。
 著者は技術そのものだけを批判しているのではなく,○○法崇拝手技,徒弟制度的な伝達方法と人間関係,科学理論の強引かつ過大解釈的引用,他の方法への排他的な考えなどへの忠告を,従来から科学的な立場で検証して見せてきた。また,問題点のみを取り上げる前述の他動的訓練法ではなく,1人ひとりの個性を丁寧に伸ばすべく,本人と家族の要望を満たすような機能的理学療法を提唱し,実践してきた。
 今後は,日本においても療育の各分野が協同で活動し,当事者と家族も参加できる学術集会を開き,基礎研究と臨床活動が連携した,もっと優しい療育文化を創造したいと,心に強く誓って帰路についた。