医学界新聞

 

〔印象記〕第34回国際生理学会

坪田裕司(和歌山県立医科大学・第2生理学)


はじめに

 さる8月26-31日の6日間にわたり,ニュージーランドのクライストチャーチで開催された国際生理学会(International Union of Physiological Sciences,IUPS)の第34回総会(XXXIV International Congress of Physiological Sciences)に参加した。この学会は,全世界のアクティブな生理学者が,4年に一度集って開かれる国際学会で,筆者にとっては前々回のスコットランド・グラスゴー以来,2回目の参加となる。
 今大会のサブタイトルは,「from MOLECULE to MALADY(分子から疾患へ)」と銘打たれ,プログラムは,ポスター発表による一般演題2676題に加え,数人の演者からなる2時間のSynthesiaが78セッション,60分間のCounting Medical Education Breakfastsが15題,45分間のDistinguished Lecturesが17セッションであった。ポスター掲示は連日早朝6時半からという充実した内容で,その他にウエルカムセレモニーなど,お祭りの雰囲気も演出されいた。ニュージーランドは,欧米やアジアからも南極方向へかなりの距離を移動する位置のせいか,参加者の多くは長旅に合わせて割にラフな姿が目立ったが,セレモニーの合間に用意された軽食やビールを片手に,旅の疲れも見せず早速熱心に情報交換を始めていた。
 もともと守備範囲の広い生理学でもあり,その歴史も古く,Poster Focus Groupsのリストを見ても,Ion ChannelsからNutrition,Exercise,Apoptosis,Hypertention,Learning,Oxidative StressやSpinal Networks in Movement Controlなど,100近い分野に分かれていた。これらすべての話題についてレビューすることは困難であり,筆者の興味に偏った範囲での印象記となることをお許し願いたい。

マオリ族のウエルカムセレモニー

 開催会場は,閑静な町クライストチャーチのコンベンションセンターと,道路を挟んで渡り廊下でセンターと接続されている市民ホールが使われた。会期前日には,そのホールのメインステージを用いてウエルカムセレモニーが催された。The formal Maori ceremonyとアナウンスされた通り,ステージ左側にマオリ族の代表者たちが民族衣装で,右側に学会長をはじめとする今回参加代表者が赤と黒を基調とする司教風,あるいはアカデミック風ガウン姿で並び,マオリ族の民による迫力ある雄叫びと踊りの歓迎を受けた。最後に両者がマオリ伝統の挨拶である鼻と鼻によるキス(?)を行なうというまさにセレモニーであり,原住民の存在とその文化を非常に大切にしている現在のニュージーランドの様子が窺えた。

会長講演

 初日の午前は,会長であるDiamond,JM教授(米・UCLA Medical Center)による基調講演“Growth Areas for Physiology”であった(写真下)。本来生理学は機能と適応の学問であり,この分野で次にどこを適応したらよいか,遺伝子配列がつぎつぎと決定される今日,その機能について語るのは本来生理学の役目であるとして,各種代謝経路を例に,costs and benefitsの視点から進化生物学における新しい量的なアプローチの例等を示された。世界中からの参加者を鼓舞し,さらなる発展を願う会長講演であった。

Excitation Contraction(EC)Coupling

 まずこのセッションのオーガナイザーであるSchneider教授(米・University of Maryland School of Medicine)によるExcitation Contraction(EC)Couplingの概説と演者紹介に始まり,Dulhunty教授ら(豪・John Curtin School of Medical Research)からは,骨格筋興奮収縮連関においてryanodine receptor(RyR)がdihydropyridine(DHPR)と結合するために必須な配列(1635-2635残基など)の確定と,RyRを活性化する各フラグメントの検出について詳細な報告があった。
 Flucher教授(オーストリア・Innsbruck大)からは,骨格筋小胞体(SR)におけるカルシウム放出ユニットとして重要なRyR1分子にDHPRが結合したTetrad(4つ組)構造が,筋発生時にどのようにできあがり膜に固定されるのかをほぼ明らかにした報告があった。彼らのグループは,従来の生理学的手法に加えて,遺伝子操作によるGFP融合蛋白の利用や特定サブユニット遺伝子のノックアウトマウスの利用といった幅広い手段を駆使して,関連分子種の分布動態やその機能を明らかにしていた。同様のアプローチは多くの発表に見られ,すでに生理学分野でも分子生物学的手法やノックアウトマウス等の利用は相当に浸透している模様であった。
 4人目は,MacLennan教授(カナダ・Tront大)による,骨格筋T-tubularとSRからなるTriad(3つ組)構造に関する各種蛋白の異常と,それに対応して生ずる筋疾患についての講演であった。Malignant HyperthermiaやCentral Core Diseaseと,それらの原因遺伝子であるRyR1遺伝子上の各種突然変異や,DHPRα-1 subunitの変異をはじめとして,Brody DiseaseとATP2A1,SERCA1aなどの原因遺伝子,さらに関連するsarcolipinについて,またCardiomyopathyとphospholambanの関係についてなど,疾患筋における,あるいは合成された異常分子を用いて,その生理的機能を解明する膨大な仕事の紹介があった。余談であるが,筆者が筋疾患マウスの発症機序を探る仕事を始め,そのごく初期にこのマウスの筋小胞体分画における蛋白異常を発見して以来,この領域で重要な文献を検索すると,筆者がかつて引用した論文でも1971年のものから,その大半に彼の名があった。今回初めてお目にかかりこのシンポジウムで長年にわたる仕事(の一部であるが)をじっくりと聞くことができたのは予想外の収穫であった。
 2時間以上にわたり骨格筋Triad構造周辺のCa2+輸送に関する新知見を集中して聞けたこのセッションは,筆者には専門書1冊分以上に有意義であった。

筆者の発表

 今回筆者はEC Couplingのポスターセッションに演題登録した。発表内容は,筆者のいる研究室で発見し系統化された自然発症筋疾患マウスB6CBA/J-cro系統を材料に,その発症機序の解明を目的とした仕事で,このマウスの骨格筋小胞体分画で特異的な蛋白欠損を発見し,その蛋白が筋型creatine kinase(CK-M)であること,croマウスのCK-M遺伝子は正常配列を示すこと,CK-M蛋白の欠損は筋小胞体特異的な現象であること,そして筋小胞体におけるCK-Mの欠損は運動時にATP/ADPエネルギー平衡の傾きをもたらしCa2+濃度調節の異常が示唆されることなどを発表した。筋疾患モデル動物のデータと筋の興奮収縮連関に関する仮説が功を奏したのか,来聴者が多く90分間の示説時間が足りないほどであった。上記Synthesiaで講演されていたMacLennan教授も熱心にメモを取りながら話を聞いてくださり,「おもしろいから午後のグループ・ディスカッションで話さないか」と推薦していただいた。今回は,Focus Groupに関連したSynthesiaの演者4名がポスター発表の中から2題ずつ選抜して,公開ディスカッションをするとのことであった。しかしながら,非常に残念なことに,今回はスライドを作成持参していなかったため,せっかくの機会を準備のよい他の発表者に譲ることとなってしまった。学会としては以前にはなかった試みであるが,中にはノートパソコンにプレゼンデータを一式入れて持参していた参加者もいたのである。特に若手にとっては,この場で選ばれたという名誉と,会場の拍手だけでも十分に仕事の励みになるおもしろい企画であった。
 個人的には,筆者は日本の生理学会ではモデル動物など非常にマイナーなセッションでしか演題発表していなかったので,今回若手から高名な教授まで多数の参加者が自分のポスターに質問に訪れ,各方面から討論してくださったことは大変勉強になり刺激になった。仮説を提唱できるところまで仕事が進んだこともあるが,今後もアクティブな領域に登録してこの雰囲気を楽しみたいと思う。これらの他に,Counting Medical Education Breakfastsでは,最新の臨床系研究トピックスをレクチャーしてくれる教育講演が毎朝6時45分から行なわれ,生理学に閉じこもりがちな私たちにとって,最新の動向を俯瞰する有益な企画であった。
 また,以前は,広辞苑ほどにもなる抄録集が帰国時の悩みの種であったが,今回は小型のパンフレット様プログラムとpdf登録された各演題要旨収録のCD-ROMだけとなり,非常にすっきりとし,また検索等の活用にも対応した様式となって非常に便利であった。数十台用意されたパソコン端末を含めて,全体的に非常に快適な運営であり,準備方の周到さに頭が下がる思いであった。特に,動物の権利主張団体による連日のデモに対しても,名札による徹底した警備だけでなく,会場外ではすぐに名札を外すとよいなどの細かな指示も臨機応変に流されていたのが印象的であった。
 次回は米国での開催と決定(都市は未定)され,次々回には日本生理学会が立候補し運営することが確定した。今回の運営に負けぬよう十分な準備を願うものである。
 最後に,今回の本学会参加にあたり,金原一郎記念医学医療振興財団より助成をいただいた。このような機会を与えてくださった財団の皆さまに感謝する次第である。