医学界新聞

 

【投稿】「激動する解剖学教育の現状と展望」

――――篤志解剖全国連合会 第19回献体実務担当者研修会より

中島裕司(大阪市立大学大学院医学研究科・器官構築形態学)


 さる平成13(2001)年11月16日,東京・文京区の順天堂大学医学部有山記念講堂にて,篤志解剖全国連合会(伊藤 宏会長)主催による第19回献体実務担当者研修会(世話人=坂井建雄順大教授)が開催され,全国68医・歯学部(医・歯科大学)より150名を超える教員,技術職員,事務職員が参加した。この会は昭和59(1984)年に仙台で開催された「献体実務担当者懇談会」を前身としている。
 今回の主題は,「激動する解剖学教育の現状と展望」であり,全国の医・歯学部においてコア・カリキュラムを見据えた統合カリキュラムの編成と教育改革が行なわれている状況に即して,(1)熊本大医学部の児玉公道教授から「解剖実習の現況と展望,肉眼解剖研究者の立場から」,(2)杏林大医学部の松村譲兒教授から「解剖実習の現状と展望:肉眼解剖の専門家でない立場から」,(3)東京医歯大学の佐藤達夫教授から「コア・カリキュラム構想について」の計3題が企画されたので,以下に紹介したい。

問題基盤型学習形式による解剖学実習

 児玉教授からは,熊本大解剖学第一講座の講義(人体発生学,系統解剖学,局所解剖学)は90分×38回,骨学実習は180分×8回,マクロ実習は46回であり,医学教育の目的は,医学および関連領域における社会的な使命を追究,達成し得る人材を育成することであり,解剖学教育では人体構造の探訪を通して,ヒトの体の成り立ちを科学的に理解することを方策としていることを示された。この目的を達成するために,教員のチームとしてのファカルティ・デベロップメントを実践し,集団的チュートリアルを実践していることが紹介された。すなわちマクロ実習では,学生自ら問題点を発見し,それを解決する過程を重視し,教員は適切な解答が導かれるよう指導するという,いわば問題基盤型学習形式を実践していることが報告された。また実習終了後には,学生に,自分はどのように成長し,どのような医学生になったか,実習講義に関する評価,改善点を提出してもらい次年度に反映させているとのことであった。さらに教員の人体解剖学に対する実力向上を図るために実習前後のミーティング,実習終了後の遺体データの収集と研究課題の検討を行なっているという,肉眼解剖学を研究領域とした教室の特徴を生かした教育実習内容であることを示された。
 会場からは,教育と研究の両立に関する質問がなされたが,それに対して,肉眼解剖学を研究領域にしているため症例報告を含めた論文が定期的に発表されているとの説明がなされた。

解剖学実習を通して医学の道における武器を身につける

 一方,松村教授は,杏林大では系統解剖学の講義はなく,骨学実習5回,マクロ実習41回,脳実習が7回行なわれており,マクロ実習の形態は大学の実習に対する認識によって必然的に決まり,今後,杏林大ではコア・カリキュラムを活用し,実習方針を決定していくと説明された。解剖学実習の目的は,対象とする遺体から直接情報を得ること,実習で得た知識は医学の道における武器の1つとして身につけることとし,医師として必要な解剖学的知識のminimum re-quirementはマクロ実習をとおして修得できるようカリキュラムを構成していることを示された。
 また,実習は解剖学を含めた医学の勉強法,すなわち「必要な情報を判断して取得する方法」や「臨床現場での的確な診療情報の収集と判断」のトレーニングの場であることも強調された。具体的には,実習当日に学生が確認すべき事項のリストの配付,解剖学用語の修得と医学英語を兼ねた英文のマルチプルチョイス問題の実施,コンピュータを利用した自己学習問題の作成等,具体的な教育戦略が示された。また学習に対するモチベーションを高める教育的配慮を行なっていることを「外科結びの練習」等の具体例をあげて示された。
 精神面の教育として,学生による納棺を行ない,人の終焉に臨むことによって全人的医学教育の一環としてのマクロ実習の姿勢も実践しているとのことであった。会場からは,マクロ実習のみでコア・カリキュラムに要求されている「系統解剖のminimum requirement」を修得できるかどうかの質問があった。

「医学教育モデル・コア・カリキュラム」と解剖学実習

 引き続き,佐藤教授のコア・カリキュラムの構想に関する講演があった。膨大化,細分化した医学生物学すべてを学生が履修,修得するのは困難であるため,患者中心のよい医療を行なうために必要な医学知識,技能,態度を設定したものがコア・カリキュラムであることを説明。その上で,医学生が臨床研修に入る前に修得すべき共通の到達目標であり,これがすべての学習内容ではないことを強調された。そして,各大学独自の教育理念に沿った教育も行ない,一定のレベルに到達した,特色ある卒業生を育成すべきであり,講義時間の短縮や単なるゆとり教育を目的としたものでないことを強調された。また,医学教育は,今後の教育改革によって,学部教育,大学院,臨床研修というように明確な目標を設定して行なわれるとのことであった。
 さて解剖学教育従事者の懸念は,「解剖学実習」という言葉が「医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン」に明記されていないことである。モデル・コア・カリキュラムをみると,「B医学一般」の「1.個体の構成と機能」に総論的事項が配置され,各論は「C人体各器官の正常構造と機能,病態,診断,治療」の項目で臓器別に扱われている。例えば「(5)循環器系」では,一般目標は「循環器系の構造と機能を理解し,主な循環器疾患の病態生理,原因,症候,診断と治療を学ぶ」となっており,到達目標には「1)心臓の構造と分布する血管・神経を説明できる」と記載されている。この到達目標は講義だけでも達成可能であると仮定すると,マクロ解剖実習は不要なのかという疑問が生ずる。これに対し佐藤教授は,「A基本事項,1.医の原則(1)医の倫理と生命倫理」,「2.医療における安全性への配慮と危機管理」,「3.コミュニケーションとチーム医療」,「4.課題探求解決と論理的思考(1)課題探求・解決能力,(2)論理的思考と表現能力」の育成は,解剖学実習が従来から持つ目的と一致しており,解剖学実習の必要性を述べた。これらの実習が持つ意義は,児玉,松村教授の講演でも強調されていた。
 解剖学実習は従来から解剖学的知識の習得や確認の場であるとともに安全に対する配慮,生命倫理,チームワーク,問題点の探求と解決の修練の場であったが,モデル・コア・カリキュラムは臓器別統合カリキュラムの形態をとっているため解剖実習の教育目標が分散して記載されているものと理解され,これが解剖実習はやらなくてよいという誤解を招いている理由であるように見受けられた。
 最後に平成14(2003)年から試験的に行なわれる「共用試験」に向けて,各大学において試験問題が作成されていると説明があった。

おわりに
――解剖学実習の意義と重要性

 医・歯学部で解剖学実習,講義時間が削減されている現状において,児玉教授からは,解剖学実習の重要性とそのさらなる充実をめざした取り組み,また松村教授からは,系統講義を行なわずに解剖実習のみでいかに教育効果をあげるかの試みが具体例とともに示された。専門領域が異なる両教授からの教育戦略が,いずれも実習を核として行なわれていたことが印象的であり,解剖学実習の持つ,意義と重要性は普遍的であることを認識させられた。このことはFitzharris博士の論文「Survey of gross anatomy courses in the United States and Canada」でも同様である。
 最後に坂井世話人より,有意義な講演と討論が行なわれたことは関係者の関心の高さを反映している旨の挨拶があった。