医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2474号よりつづく

〔第24回〕ストップ・ザ・狂牛病(8)

世界的狂牛病パニック

 1986年に狂牛病第一例が報告されて以来,その報告数は増え続け,1992年には年間3万6682頭を数えるに至ります。肉骨粉廃止が功を奏し1992年から狂牛病の年間報告数は減少に転じます。そして2000年には1537頭程度の発症となっています。しかし,安価で高栄養価の肉骨粉は,イギリスで廃止された後でもヨーロッパに出荷され,フランス(161頭),アイルランド(145頭),ドイツ(7頭)で増え続けています。カナダではブラジル産の牛肉輸入が禁止され,韓国,中国,タイ,シンガポールも日本産牛肉製品の輸入を止めました。倫理は医療現場でしばしば引用されますが,経済インセンティブと政治倫理も大切な問題でしょう。農水省のとった“目こぼし”は現在大きな問題となっています。
 1997年11月,イギリスで1人の患者さんがvCJD(変異型クロイツフェルトヤコブ病)で亡くなりました。これが現在世界で大きな波紋を呼んでいます。1996年6月,この患者さんの血清が他の4万9000人のドナー血液と混合され8174本のアルブミン製剤が作られたのです。このうちの1本がアマシャムに送られ肺梗塞を診断するための1万4000のテクネシウムに作り変えられ出荷されました。
 これが出荷されたスペインにある20の病院に至急この製品を回収するよう通達が成されました。しかし,“時すでに遅し”で,少なくとも757人がこのテクネシウムを使って肺シンチの検査を受けていたのです。政府はリスクのある患者にこのことを伝え,情報を伝えた地域ではすでに35の訴訟が起こっています。
 このような事態も考慮してスペインの別の地区では危険製剤を受けた181名の患者には情報が開示されませんでした。血液製剤によりvCJDが伝播するというクリニカル・エビデンスが存在しないこと,そして情報開示が不必要な不安をあおることを理由としてあげています。今のところ,これらの患者からはvCJDは発生していません。デンマークで400人以上がこの製剤を使用し,病院により全員が告知されました。一方,オーストラリアでも同様のことがあり,告知することに決めています。しかし,イギリスではvCJD発症の可能性が低くリスクのある血液製剤を受けた患者に告知するべきではないと主張しています。日本でもこの問題に関して十分な議論がなされなくてはなりません。
 輸血に関しても,アメリカ食品医薬品局が1980年以降ヨーロッパに在住した者,あるいは3か月以上イギリスにいた者からの輸血を除外するべきではないかと提案しています。このことにより輸血ドナーを3-5%減らすことになるが,vCJDのリスクを87%下げることができるというのです。これに対して,ヨーロッパ側の主張は,「それではヨーロッパで輸血を受けることは危険なのか?」という理屈になってしまいます。
 vCJDパニックはリスク不確実性と発症率は低いが発症すれば100%死に至る高いリスクの間で大きく揺れています。稀な病気だから無視できる問題ではないのです。

狂牛病発症におけるヒト側の要因

 食物から消化管に入った異常プリオンは一旦リンパ組織で増殖しやがて脳脊髄に達すると考えられています。通常蛋白は消化液により分解され,アミノ酸レベルになるはずなのですが,病原体であるプリオンは蛋白分解酵素の攻撃を逃れこの第一関門をくぐりぬけます。そして,リンパ組織にトラップされます。補体を持たないマウスに異常プリオンを摂取させた場合,病気発症が相当遅れる事実が発表されました(Nature Med 2001; 7: 488-92)。このことから,リンパ組織に入った異常プリオンは補体による免疫反応を受け,樹状細胞に取り込まれ,この細胞の一部が内臓神経を経て,脳脊髄に移動する際一緒に運搬されると推論されます。このように消化管や免疫の問題もvCJD発生に関与するかもしれません。
 クールーや動物由来成長ホルモン,硬膜や角膜移植,不適切な消毒による脳神経外科手術機材などによる後天的なものがあります。しかし,多くのCJDは原因もわからないまま散発的に発症します。ただ,若年発症するvCJDでは共通してCJDにおけるプリオン蛋白を規定する129番目の遺伝子が両方ともメチオニンになっていました。すなわち,プリオン遺伝子の型と何らかの条件が揃った時にvCJDが発症すると考えられます。疫学で決定的な原因を突き止めた時,そのリスクは10倍以上となることが常です。

新たな治療薬開発に対する期待

 マラリア治療薬であるキナクリンと精神病治療薬であるクロルプロマジンがCJDおよびvCJDに対する薬として注目を集めています(PNAS 2001; 98: 9836-41)。試験管レベルで正常プリオンの異常プリオンへの転換が阻害されたこと,すでに古くから臨床の場で使用されている薬であること,脳への移行がよいことなどより,臨床試験が間もなく開始されます。また,正常プリオンに付くことにより異常プリオンの付着を防ぐ抗体が開発されましたが(Nature 2001; 412: 739-43),この抗体の体内半減期が28時間でしかない点と,脳血管バリアを通過しなくてはならないというハードルを越えなくてはなりません。