医学界新聞

 

【座談会】

冠動脈外科の最前線

若手心臓外科医が語るCABGのスタンダード

大川育秀氏
豊橋ハートセンター副院長
南淵明宏氏
大和成和病院・
心臓病センター長〈司会〉
吉田成彦氏
新葛飾病院・心臓病センター
心臓血管外科部長


■CABGのスタンダード

第一線の心臓外科医はどんなCABGを行なっているか

南淵〈司会〉 本日は,「冠動脈外科手術の最前線」をテーマに,第一線で活躍する40歳前後の心臓外科医にお集まりいただきました。どうか忌憚ないご意見をいただきいと思います。
 心臓外科医の「マーケット」とは,内科医から患者さんをご紹介いただくところにあります。心臓外科医が自分で手術することは,例えば個人商店を経営しているようなものとも言えます。そこで,今日は自信をもって市場に出せる,心臓外科医の「商品」である冠状動脈バイパス手術(CABG)のあり方について考えてみたいと思います。このような言い方には語弊もあり,ご批判があるかもしれませんが,今日はこのような視点から話をしたいと思っています。
 1995年頃から,人工心肺を使わない心拍動下バイパス手術(off pump CABG;OPCABG)が導入され,全国統計でも全体の4割近くを占めるようになってきました。さらに心拍動下以外にも,小さな傷で可能なMIDCAB(Minimally Invasive Direct Coronary Artery Bypass)や,「胸骨部分切開」という方法も試みられ,一口にCABGと言ってもバリエーションがあります。
 そこで,「スタンダードなCABGとは何か」を考えてみたいと思います。
 具体的に,皆さんのCABGとはどのようなものか,教えてください。
大川 2000年8月から1年間でOPCABGは全バイパス手術170症例中47.6%でした。ただし,弁などの合併手術がありますから,単独だけに限れば58.3%です。つまり,約6割がOPCABGで,人工心肺を回すのが4割ですね。
 手術時間はどちらも変わりません。2枝で2-2時間半,3枝で2時間半-3時間半ほどです。入院期間は,おそらくOPCABGのほうが多少短くなると思いますが,現実的な入院期間には医学的要素よりも社会的な要素の影響が強く,どちらも10日から2週間ほどです。緊急手術にOPCABGが占める割合は約1割です。
南淵 吉田先生,同じ質問になりますが,1年間のバイパス手術の件数は。
吉田 当院は設立から1年3か月で全CABG203例のうち,単独CABGは193例で,OPCABGは105例と約54%を占めます。私は開胸をして最初に上行大動脈のエコーを行ない,それでソフトプラークや石灰化がなければ,人工心肺手術が安全に行ない得ると考えています。
 最初の頃の20-30例は安全に,という気持ちがあり,人工心肺が安全に使えて,かつ完全血行が再建できれば人工心肺を選択していました。OPCABGを施行するのは大動脈の石灰化が強い症例ですが,50-60例を行なうとOPCABGにも慣れてきて,最近では,上行大動脈に問題なく人工心肺が回せる症例でもOPCABGで行なうケースが増えています。それで完全血行再建できれば,OPCABGもよいのではないかと思っています。
 手術時間は,両側ITA(内胸動脈),GEA(胃大網動脈)を採取し,3-4か所吻合して4時間前後です。
南淵 ありがとうございます。
 私の場合は,去年1年間でCABGが199例,そのうちMIDCABとOPCABG,人工心肺を使う手術が3分の1ずつで,合計すると7割弱が心拍動下です。
 緊急手術は5%ほどですが,入院期間は10日前後と,皆さんとほぼ同じです。

人工心肺の使用をどう考えるか

南淵 大川先生は,手術の選択については「患者さんに最も安全で効果的な手術方法を選択すればよい」とよくおっしゃいます。それでは,人工心肺を使用するかどうかはどちらでもよく,それならなるべく使わない,と考えてよいでしょうか。
吉田 術後の回復はOPCABGのほうが速いです。OPCABG105例中58例(55%)が手術室で抜管します。術後管理も楽で,ICU滞在時間も数時間です。手術の回転を早くするために,OPCABGを選択することが多いですね。
南淵 これはOPCABGのほうが,バイパスグラフト数が少ない傾向にあると思います。それは,患者さんのスペクトラムが違うと言えばそこまでですが,いかがですか。
大川 例えば4か所以上バイパスが必要なケースで,冠動脈が細いなどのやりにくい症例は,CABGで行なわれていると思います。これは人工心肺を回して全部をきれいに繋いだほうが安全で,患者さんにメリットがあるからです。「100%OPCABGで」とこだわらなければ,バイパスの本数や縫合する血管径を比べた時,OPCABGではよりよい条件を選択していると思います。
南淵 1人の患者さんにOPCABGが可能な本数はいかがですか。私は4本以上であれば人工心肺を回したほうがよいと考えています。
大川 具体的に線を引いていませんが,現実的には4-5本の場合,OPCABGで手術することは少ないですね。
南淵 OPCABGで心臓に負担をかけたり,体温低下を起こさせるよりも,人工心肺で心臓を止めたほうがよいと思いますし,時間的にも速くなるなど,メリットがあると思います。吉田先生はいかがですか。
吉田 ステントの再狭窄のRCA(右冠動脈)とLAD(左前下行枝)の2本だけなら,人工心肺を使いません。このような症例を除いて,3枝病変でLMT(左冠状動脈主幹部)がそれほどきつくない症例では,最近は5枝でもOPCABGで繋いでいます。この場合,体温低下が議論になりますが,当院の麻酔管理では,ほとんど体温低下を認めません。
南淵 そこで問題になるのは,麻酔の技術と心機能,年齢だと思います。
吉田 回旋枝吻合中の血圧低下,心機能低下が最大の問題と思います。スワンガンツカテーテルにより連続アウトプットをモニターしていますが,心臓脱転時にもそれほど低下していないと思います。麻酔管理が優れているからでしょう。
南淵 3本以上と同時に回旋枝も繋がなければならず,心臓が拡大してEF(左室機能)も悪い,また大動脈閉鎖症もあるという場合には,全面攻撃で心臓を止める,という方法もあります。LADとRCAだけ,あるいはLADとOM(回旋枝)だけと,1本病変を残して妥協する方法もあります。この善し悪しは別にして,私自身OPCABGのほうが術後が楽なので,そういう妥協をする症例もあります。

僧帽弁閉鎖不全を伴うケース

大川 基本的に,心不全の既往のある人は,回旋枝領域へバイパスする必要のある人が多くありませんか? 虚血性心筋症で,いくら心臓が拡大して,左室機能(EF)が悪くても,僧帽弁閉鎖不全(MR)がなければバイパスだけでよいと思います。心不全時にはMRが増悪する症例では,平均的にMRが軽度-中等度であっても,左室機能が悪く,心臓が拡大して,EDVI(左室拡張末期容積指数)が大きくMRがある場合,僧帽弁を修復しなければ心不全を繰り返します。これは絶対に避けなければいけません。ただし,MRでも症状が軽い場合は,回旋枝領域の心筋が壊死していなければ,バイパスだけでよいと思います。
南淵 その時は,是が非でも回旋枝にバイパスしますか。
大川 しないと危険だと思います。
南淵 インターベンションではいけませんか。
大川 これは手段の違いだけですから,それでもよいと思います。LADなど,生きていくために本当に必要な血管だけをバイパスして,後はインターベンション,という方法でもよいと思います。
南淵 私の偏見かもしれませんが,冠動脈も心機能も悪い患者は,腎臓も悪かったり,タバコで肺も悪いなど,患者さん自身の生活様式が悪いことがあり,医学的な要因以外に問題点が多い気がします。多枝病変で心機能が悪く,MRがあっても,とにかく手術を簡単に終えたいと考えており,実施した例もあります。
大川 それで1年ほど経って,また心不全で入院してくるような症例はありませんか。
南淵 そうですね。やはりすべての血管にバイパスしてMRも治す必要があるかもしれません。
大川 それはありますね。バイパスだけで半年,1年と経ってMRや心不全が出るので,その後に僧帽弁を再手術したケースが3例あります。当センターは田舎にあるせいか,心不全,MRを伴った方のCABGが多く,今まで40-50例ほどあります。
 弁を修復してバイパスしますが,それでも心不全になる例があり,左室形成も追加しなければいけないケースもあります。それがバイパスのインディケーションを超えているかはわかりませんが,そこまでやると急性期によくないということで,妥協的にバイパスをする症例もあると思います。その判断は非常に難しいですね
南淵 多枝病変を全部繋ぐと,見違えるようによくなる方もいます。ただ,私が勉強不足なのかもしれませんが,術前の心筋シンチグラフィだけでは,はっきりわからない場合があると思います。
 吉田先生はこの問題をどう考えますか。
吉田 患者さんの全身状態によりますが,MRが II°以下の場合は,バイパスだけで終わりにします。全例に食道エコーを行ないますので,外科医のひいき目かもしれませんが,繋ぐと術前のMRは改善していることが大半です。
大川 それは術直後の過程ですね。慢性期ではいかがですか。
吉田 MRのetiologyが問題で,乳頭筋の虚血のみによる症例ではバイパスのみでよいと思いますが,弁輪拡大による症例などでは,バイパスのみでは慢性期に心不全のコントロールで内科医の手を煩わせることがあると思います。
南淵 患者さんの病歴の中で,心不全の既往(つまり可逆的なMRの存在)があるかどうかもポイントですよね。
大川 その通りだと思います。
南淵 このあたりが活字になると,内科の先生にどのように思われるか不安ですが(笑),CABGで見違えるようによくなる人もいます。しかし,術前の状況からは予見できないのです。

■インターベンションとCABG

南淵 最近では,冠動脈外科手術とインターベンションとのかかわりは,ますます重要になってきました。
 今日ご参加の先生方の施設には,とても活発にインターベンションを行なう循環器内科医がおられます。OPCABGが登場した後,インターベンション医の先生方の意識に何か変化はありましたか。あるいは登場から5年間のOPCABGの動向をみて,ご紹介いただく症例から何か感じるところがありますか。
大川 私の臨床経験では,内科の先生は脳梗塞を最も嫌い,「OPCABGでやるなら」と,外科医に任せてくれる感じがあります。
 最近は,内科医もますますアグレッシブになり,また技術も向上し,今までCABGで対応していたようなケース,例えばLMTをDCA(冠動脈内粥腫切除術)で削ってステントを挿入する形も増えていますね。昔以上に紹介が少なくなった気がします。
南淵 しかし,大川先生の手術数はむしろ増えていますね。これは重症な,あるいは何度もインターベンションを行なった患者さんが紹介されてくると考えてよいですか。
大川 症例が増加している理由は,緊急な場合だったり,弁膜症や動脈瘤などを合併した症例が増えているからです。PTCAでは冠動脈の部分は治療ができますが,そこだけではなくて,どうせ手術するなら全部を,という場合に紹介されてくるということですね。
吉田 紹介状に「OPCABGで」と書かれていた患者さんが,実はMRを合併されていたこともあります。しかし,内科医からのOPCABGの依頼があれば積極的に行ないます。内科からOPCABGを依頼される時は,透析,担癌患者さんが多いですね。
南淵 MRや,大動脈弁閉鎖不全症,大動脈弁狭窄症があるなど,冠動脈病変以外の疾患が合併して,インターベンションでは対応できないために外科手術に紹介されてくる比率が増えているということですか。
大川 そうですね。現実的には院内からの紹介例は毎年減ってきています。他施設からの紹介患者さんが81.3%で,院内は19%です。
南淵 私の場合は,院内からの紹介は12-13%です。

市民権を得た「MIDCAB」

南淵 導入当初のMIDCABに対する内科の先生たちの期待と,最近の傾向については,何か変化はありますか。
吉田 最近は「MIDCABで」という紹介が少なくなってきた気がします。内科の先生と話すと,「MIDCABは成績が悪い」と言います。それは,視野の狭いところでグラフトが採取され,LADに繋ぐにしても末梢には繋げず,それなら開胸してよい場所に繋ぐほうがよいのではないか,という偏見のようです。
 私の周囲だけかもしれませんが,MIDCABの概念に否定的な方が多く,紹介されるのは3枝病変などの重症例が多いですね。
南淵 最初からMIDCABを希望されることは少ないということですね。
 私の場合も,最初は「MIDCABならできるのではないかと思って紹介します」とか,「MIDCABだったら」という患者さんが多かったのですが,実は癌を併発していたり,すでに気管切開をしていたりと,MIDCABしかできないような患者さんが3分の2ぐらいでした。
 私の2000年のMIDCAB実施数は58例です。今では「MIDCABで」と紹介される患者さんは,ほとんどが1枝のLAD起始部病変など,MIDCABとして非常にやりやすい適切な方が多いです。「高齢だからMIDCABのほうがよいのでは」と紹介状に書いてくださるなど,内科の先生たちも,MIDCABのテクニック的な内容について,よい面も悪い面も理解してくれていると感じています。そういった意味で,MIDCABも5年たって市民権を得たのではないでしょうか。

適応を広げるインターベンション

南淵 少し話は戻りますが,カテーテル・インターベンションの動向について,同じ施設で積極的に行なわれていることから,外科医もある程度の耳学問的知識があります。ニューディバイスの適応も経験を積み重ね,冷静な判断がなされているのでは,という印象があり,私自身は内科の先生が,チャレンジ的にインターベンションを行なっているという印象はそれほどないのですが,いかがでしょうか。
大川 先日ある研究会で,PTCAの部位に放射線を当てたり,再狭窄予防の薬剤をデリバリーする試みが検討されている話を聞きました。これらは今後,日本でも行なわれるようになるでしょう。DCAも新しいディバイスが出たようですし,MIDCABの適応であったLAD起始部病変やLMTなどの症例は,DCAで対応する形です。
南淵 PTCAは,悪く言えば複雑化,よく言えばソフィスティケイトされていると言えます。内容は豊富に完備され,コスト的にも時間的な側面からも,大がかりな手術手技になっていると言えますね。
 吉田先生からみた最近のインターベンションの傾向はいかがですか。先生の施設にも非常に優秀なインターベンション医がおられますね。
吉田 当施設では,LMT,重症3枝病変にはPTCAは原則的に行なっていません。非常に安全なPTCAのクライテリアだと思うので,そういう面では常識的な線で心臓外科に紹介されていると思います。
 LMTに関しては,当院では全例手術の適応です。LMTの心筋梗塞で来院した場合,手術をスタンバイしながらPTCAを行なうことは許されると思いますが,そういうケースは少ないです。院内紹介に限れば,LMTの重症3枝病変は直接に心臓外科にくるので,PTCAを何度も行なった後に紹介される症例は少ないですね。

PTCAも危険な手技

大川 外科手術は時間によって患者さんに与える侵襲は違います。インターベンション治療は1-2時間と,患者さんに与える侵襲は生命的なところまであまり影響ありません。内科の先生方は,外科手術よりはるかに侵襲が少ないので,これで済むならと思っておられるのでしょう。
南淵 1-2時間ならよいですが,程度の問題もあり,また安全といっても術者によって異なります。不適切な方法では,生命の危険も当然起こってきますし,何度も行なうとバイパスが繋げなくなるなど,次の手が打てなくなる場合があります。
 また,慢性期にLMTに問題が起こることは,すなわち死を意味します。この点を患者さんがまず理解すべきです。インターベンション治療というのは,多くの医療行為と同様,予想外の出来事がしょっちゅう起こっています。経験のある術者は簡単にすいすいとベイル・アウトに切り抜けてしまいますが,経験の乏しい場合など,そうはいきません。そういった危険な側面も,内科医の先生方は患者さんに事前に説明しているのかな,と疑問に思う時があります。
大川 逆に内科医の方の中には,昔のバイパス手術の悪いイメージを抱いている先生が,いまでもおいでになると思います。これまでの心臓外科の歴史は,日本のインターベンション医に悪い印象を根強く与えているのでしょう。
南淵 その点について心臓外科医は反省しないといけませんね。過去の歴史はわれわれにとっても苦い経験です。今はそれなりの答えを探しているところと言えます。

■若い心臓外科医のトレーニング

南淵 日本インターベンション学会では,専門医制度や指導医を作ろうという動きがあります。心臓外科も,専門医や研修のあり方について,学会などでも検討されています。このような状況を踏まえて,また先生方のご経験から,今後若い医師のトレーニングは,どうあるべきかお話ください。
大川 大学病院や研究機関も,トレーニングに関して大事な働きを果たすはずですが,今はそこに偏りがあると思います。例えばある機関ではバイパス手術の比率が非常に高く,他の施設では動脈瘤手術の比率が高いということです。また,心臓外科医の研修を考えた時,バイパス手術,弁膜症,動脈瘤など幅広い研修が必要になってくると思います。
 教育機関として,例えば大学と3施設くらいの機関でグループを作り,そこでは心臓外科医を3年間で3人育てる,というような方法で進めていく必要が出てくるのではないかと思います。
南淵 大学病院には関連病院がたくさんあり,そのような機能を有しているはずですが,なかなかそれがうまく機能していないようです。
 私が経験したオーストラリアやアメリカなど海外諸国では,研修医が施設を渡り歩けるシステムになっています。
 また医療内容の標準化は,人の行き来によって生まれてくると思います。
大川 人の交流によって,客観的な評価もされるようになりますし,情報開示もされてくると思います。
南淵 今の状況では,情報開示も,また「『手術死亡』って?」「『術後の改善率』って何?」など言葉自体も一定していません。
 研修時にいろいろな施設を行き来することによって,トレーニングする側の病院も標準化されて,同じ用語を用いて,一定の手術の進め方も伝播されていくのです。

場所をかえて学ぶことの重要さ

吉田 自分が進んできた道から考えると,若い医師のトレーニングを複数の施設で行なうのは効果があると思います。
 私は国立循環器病センターをはじめ,さまざまな場所でトレーニングを受けてきました。その中で,ある施設では常識でも,別の場所ではそれは違うと教えられることがありますし,糸結び1つ取ってもまったく違っていたりします。また関西の常識が,関東では非常識ということもありました。
南淵 先生がおっしゃるように,日本という狭い社会で,大学の系統が違うだけで手技が異なり,使う言葉も違ってしまうのが現状です。
吉田 しかしこの場合は,各施設共通の一定の教育プログラムがないと,1年かけて積んできたことが次に活かせないことになってしまいます。その次の段階に移れるようなシステムがないと,これは難しいです。
南淵 そうですね。プログラムの問題もあると思います。また,施設も限定すべきですね。例えば全国で30か所と限定して,1-2年のトレーニングをする。例えば研修状況によってジュニアとミドルとシニアと分け,ジュニアを終了したら次はミドルで,という形にすると,うまくいきそうです。
 日本国内では,場所が違えば器具の呼び方もまったく違う状況です。医師同士の交流がない感じです。
 社会に対する姿勢も同じことで,情報開示と言っても,その解釈もバラバラです。「情報開示をしている」と言っても,大事なことは言わない。インフォームド・コンセントも同様で,数字や死亡率まで患者さんに伝える外科医もいれば,ただ漠然と話すだけの人もいます。それを改善するためにも,人は混ざったほうがよいのです。

患者に何を説明するか

大川 インフォームド・コンセントの話が出ましたが,現実的に,自分の数字で話ができない人が多いのではないですか。30例の経験で亡くなった方がいなければ死亡率は確かに0%ですが,それが300例になっても0%ということはないでしょう。本に書いてある数字,つまり他人のデータでしかインフォームド・コンセントができない人が多いと思います。また,日本では手術をする施設が増え,症例も増えていますが,1人ずつの経験はより少なくなる傾向があると思います。
南淵 先生のインフォームド・コンセントのポイントは何かありますか。例えば,最近1年間の手術数や亡くなられた患者さんの数ですとか?
大川 そうです。それは具体的に出します。
南淵 私は,AHA(アメリカ心臓学会)のガイドラインをコピーしています。
大川 僕もそれは患者さんにお見せします。手術後の脳梗塞と死亡率の表ですね。「太った方は縦隔炎の発生率が高い」などの記述もあり,非常に役立ちますね。
南淵 あれはとてもよいですね。年齢から,すでに脳梗塞がある方,末梢血管病変がある方への対応とか。また「脳梗塞」「縦隔炎」「腎不全」を,3大合併症のようにしています。
 日本では,手術前にネガティブなことを言うと,患者さんが不安になる,精神的に傷めつけることになるので隠しておく風潮がありましたが,いかがお考えですか。
大川 他の病院でインフォームド・コンセントを受けて,セカンド・オピニオンを求めに来られる方から聞くと,現実の数字よりも厳しく言われたり,脅されて不安になって来る人もいます。おそらく,後で訴訟になることを恐れてより厳しいムンテラをする人と,逆に楽観的により甘いムンテラをする人がいるようです。
 しかしそれなら,現実的な数字を示すのが最もよいと思います。私自身は「現実的にこうです」と言える部分は伝えています。
吉田 私も手術前には自分の成績をお伝えしています。普通のCABGは1%未満の危険率だと話しています。
 最も頻度が高い合併症は脳梗塞で,2-3%に起こっています。術前の頚動脈エコーを行なって,それでカテゴリー3というシビアなタイプはとても危険性が高いのですが,「頸部エコーに問題がない場合は1%未満」と説明します。

説明=アカウンタビリティ

南淵 また,自分が初めて行なうケースの方へはいかがですか。例えば,先日,腎移植をされた方には,「(腎移植をされた方のCABGは)初めてです」とお伝えしました。私自身は,そのようなことも正直に言うべきだと思うのですが。
大川 そうですね。先生のところに来る患者さんは,「南淵先生に手術を」という方が多いと思いますが,例えば「実際の手術は私ではなく,同僚の先生にやってもらいます」ともお話されますか。
南淵 それは必ず言います。手術を執刀する本人が患者さんと話します。
 例えば,手術後に元気になられ,バイパスが全部通っていても,2本のうち1本が詰まっているという場合もあると思います。そのような場面ではいかがでしょう。
大川 その点は正直に話をして,まず謝ります。そこで,「今後どうしましょう」とお話しします。例えば,バイパスが2本詰まっていても,放っておいてよい閉塞と,よくない閉塞があります。再手術が必要なのか,インターベンション治療で対処できるのか,あるいは放っておいてもよいのか,など,正直な自分の考えを言うしかないと思っています。
吉田 最近,GEAを4PDに繋いだ症例で,GEAの「やせ現象」を認めた症例があり,右冠動脈にPTCAを行なってもらいました。原則として術後のカテーテル検査の結果は,正直に患者さんに見ていただいています。
南淵 例えば,紹介してきた内科医には報告書を送りますね。私はそれと同じものを患者さんに渡すことをしています。患者さんは,ずっとそれを持っていてくれます。
 5年,10年と経ったら,自分の病気のことをその病院に訊いても,そんな後ではカルテもないので,病院ではわかりません。その意味で,本人にカルテを持っていただくのはよいことですし,患者さんに信頼に足る病院だと思ってもらえます。人にみせびらかしてくれると,病院のよい宣伝になるかもしれませんね(笑)。
大川 私自身はしていませんが,手術記録と報告書とカルテをすべて患者さんに渡すのは,非常によいですね。
吉田 私は紹介医には渡しますが,患者さん本人には退院の説明をするだけですね。糖尿病の方が多いので,生活態度や食事の話をするだけで,パイパスをどこに繋いだかという話と,術後造影をお見せしますが,写真は渡していません。しかし,それらを渡すのは,今後は重要なことかもしれませんね。
南淵 私はそれを,「事後説明責任=アカウンタビリティ」として,非常に大事だと思っています。例えば今の糖尿病の患者が術後,白内障の手術の時に見せればわかります。「もう1度心臓の手術をした病院で訊いてきなさい」と言われずに済みます。
 本日は,現実の場面でCABGを行なっておられ,非常にアクティブなインターベンションの方々から患者さんを依頼されて手術をされている,やはりアクティブな若手の心臓外科医に集まっていただき,それぞれの立場からしかできない,CABGについての現状を語っていただけたと思います。本日はありがとうございました。
(終了)



大川育秀氏
1982年岐阜大卒,同年第1外科入局,翌年国立療養所豊橋東病院心臓外科,89年同医長,99年現職。MIDCABは96年から開始

南淵明宏氏
1983年奈良医大卒,85年国立循環器病センターレジデント,89年からシドニー・ビンセント病院,国立シンガポール大学で研修後,92年帰国。新東京病院などを経て96年に現職

吉田成彦氏
1984年和歌山医大卒,国立循環器病センターレジデント,岸和田徳洲会病院,新東京病院で研修後,約1年前に新葛飾病院心臓外科を開設。去年200例以上の開心術を病院死亡0%で達成