医学界新聞

 

連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第11回 研修前に知っておくべきこと(後編)

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


2470号よりつづく

チャート(カルテ)の書き方

 チャート(カルテ)は,書く内容,量ともに日本のものと性格を異にする。これは,医療裁判の多いアメリカでは医療者側の自己防衛の1つの手段であり,否が応でも事細かな記載を余儀なくされる。これもアメリカにおけるトレーニングの1つであり,現に優秀なレジデントの書くチャートは,ポイントが押さえてある。チャートを読むと,その医師がどれだけの知識を持っているか,どこまで考えているかが一目でわかるので,レジデントの評価に欠かせない要素の1つとなっている。最初は見本となる先輩のチャートを真似して書いてみるとよい。独特の言い回しなど,いろいろ勉強できるであろう。
 チャートは通常,SOAP(Subjective/ Objective/Assessment/Plan)形式で書かれる。

症状の「PQRST」
 現病歴を書く上で,気をつけなくてはいけないのが,それぞれの症状に対する「PQRST」を精細に聞くことである。
P(Provocative/Palliative):症状を悪化/軽快させる要因
Q(Quality/Quantity):症状の性質/量
R(Radiation):症状の放散の有無
S(Severity):症状の重篤度
T(Time of Day):症状が特定の時間に起こるか

ROS(Review of System)
 ICUに入院するような重症患者,基礎疾患の多い患者には,AssessmentとPlanをROS(Review of System)を用いて書く方法がある。これは,特に内科系の患者を各臓器ごとに問題がないかをチェックしていくもので,見落としを少なくし,チャートをまとめる上で非常にわかりやすい方法である。一方,他の専門科にコンサルテーションをする際にも有用で,コンサルテーションを受けた医師は,自分の専門分野の項目を中心に過去のチャートをさかのぼり,読み進めることができる。
Neuro.(Neurology):神経系
 患者の意識状態を記載する。問題がある場合は,診察所見,検査所見(CT,MRI,EEGなど),その治療について評価を行なう。
CV(Cardiovascular):心血管系
 血圧,脈拍数,診察所見などを評価する。問題がある場合は,診察所見,検査所見 (CXR,EKG,Echoなど),その治療について評価を行なう。
Resp.(Respiratory):呼吸器系
 呼吸数,酸素の必要の有無,診察所見などを評価する。患者が人工呼吸を受けている場合は,呼吸器の設定,経皮酸素濃度,血液ガス,胸部X線写真などの評価が必要である。
GI(Gastrointestinal):消化器系
 嘔吐,下痢などの有無,肝酵素などもこの項目に含まれる。
FEN(Fluid,Electrolytes,Nutrition):水分バランス,電解質,栄養
 点滴の組成,検査所見などから,適切な治療が行なわれているかを評価する。この項目は,患者が高カロリー輸液を受けていたり,電解質バランスが崩れているような場合に特に重要である。
Heme.(Hematology):血液
 CBC(血算)を評価する。白血球数,分画,貧血の有無,血小板数など,異常がある場合には,どのように鑑別を進めていくのか,輸血の必要はあるのか,いつ再検をするのかなどを記載する。
Endo.(Endocrinology):内分泌系
 基礎疾患(糖尿病など)がある場合は,それに関する検査値,その他の内分泌疾患を疑わせる所見があれば,何を疑い,どのような検査をするかを記載する。
Renal:腎臓系
 尿量,BUN,クレアチニン値などを記載する。異常があれば,患者をどうモニターしていくのか,いつ再検するのか,どのレベルまで達したら透析を導入するか,などを記載する。
ID(Infectious Disease):感染症
 発熱の有無,培養の結果,抗生物質などを記載する。

検査結果の書き方
 CBCとChemistry(生化学検査)は,以下のように省略して書くことがルーティンとなっている

患者のサインアウト

 アメリカでは,自分の勤務時間が終了すると,当直医に自分の患者を預け,翌朝までは完全なOff Duty(当直外)となる。従って,ポケットベル(英語ではBeeper)が勤務時間外に鳴ることはほとんどない。日本では,24時間自分の患者は自分の患者であり,夜間に急変した場合などは,病院から呼び出されることがある。次の日に新たな気分で仕事をするためにも,仕事と私的な時間に一線を引くことの大切さを改めて感じた。
 当直医に患者を申し送ることをSign Out(サインアウト)という。自分の患者の氏名,診断,行なわれている治療,夜間に行なわれるべき検査などを端的に,当直医に伝える。当直医は通常,多くの入院患者(私の病院では40-60名)を1人でカバーしているので,とても細かなことを覚えている余裕はない。自分の患者に夜中に起こり得ること,そしてそれが起こった場合にどう対応するか,端的に重要なことを伝えるべきである。翌朝のレポートでは,その当直医から夜間に起こったことの報告があり,その時点から,また自分の担当患者となるわけである。

1か月ごとのローテーション

 アメリカの研修システムは,1か月おきに異なる領域をローテーションする。研修が始まる前に自分がどの領域をいつ回るのか,1年間のスケジュールが渡される。当直のある月とない月があるので,それらが交互に組み合わさっていることが多い。こうすることによって,1か月おきにリフレッシュした気持ちでローテーションを行なうことができる。また,レジデントにも1年に1か月の有給休暇が約束されている。

回診でのディスカッション

 回診は,通常,指導医(Attending Physi-cian),上級レジデント(2-3年目),1年目のレジデント(通称インターン),そして医学生の計4-6名の少人数で行なわれる。担当の患者を学生,インターンが症例を提示して,それに対してレジデント,指導医が質問し,ディスカッションを行なう。そこで,学生,インターンは質問に答えると同時に,ディスカッションの中で,自分の知識を膨らます。そうすることによって得られた知識は,教科書を読んで覚えた知識よりも頭にはるかに残りやすい。
 学生,インターンは回診前に自分の担当患者を診察し,チャートを書き終える。もちろん,当日のPlanまで書かなくてはいけないので,その患者についてより深い情報収集と考察が必要である。自分で判断が難しい場合はPlanの欄に少し空白を空け,指導医とのディスカッションの後にそこを埋め,最終的に指導医からのCo-signをもらう。回診は,指導医の意見をただ聞くだけではなく,そこで自分がどれだけのことを吸収できるかが最も重要であり,最高の勉強の場である。レジデントはトレーニングの身であり,いわばわからないことはなんでも聞いてよい特権を持っている。恥ずかしがらずに多くのことをディスカッションして,多くのことを学んでもらいたい。

評価(Evaluation)

 どのローテーションを行なっても,レジデントはそこで一緒に働いた指導医,インターン,学生を評価しなくてはいけない。ローテーション終了後,それぞれに対しての評価を行なう用紙が配布される。指導医に対しては,指導が適切であったか,効率よく指導したか,フレンドリーであったかなど,インターン,学生に対しては,仕事を忠実に行なったか,責任感があったか,チームとして協力して働いたかなどを評価する。そして,これを病院内の第3者機関に提出し,その評価を分析し,大きな問題があると認められた場合は,そのローテーションをもう1度行なわなくてはいけないこともある。また逆に,レジデントも,上級医,インターンから常に評価されており,お互いを評価し合いながら,高め合う印象を受けた。
 次回は最終回として,これまでのまとめを述べてみたいと思う。

齋藤昭彦先生に会ってきました

相馬みちる(和歌山県立医科大学・4年)

 先生の人柄を一言で言うなら「気さくで,あたたかみのある人」。臨床留学について直接会って話を伺いたいという一医学生の私を,快く迎え入れてくださり,ご好意で先生が所属する小児病院のカンファレンスにも参加する機会をいただきました。先生のお知り合いの日本人医師の方も紹介していただき,ピザを食べながらのカジュアルな雰囲気のもと,日米の医療についての率直な意見を伺うことができました。あの夏の先生との出会いがあったからこそ,私の臨床医学留学に対する考えがより深まりました。

すべては通過点,即,次の目標に

 医学部4年生ともなると,国試・研修病院などの近い将来を考えることが多くなります。しかし,それらは通過点にすぎず,自分がどのような医師として活動したいのか,何をやりたいのかという視点から現在を見つめ直すことこそが大切なのだと気づかされました。臨床留学という夢を果たした今も,次の目標に向かいながら人生を「エンジョイ」している先生の生き方がとても印象的でした。
 また,自分の得たものを伝えていくという意義についても考えさせられました。先生は,自分の経験や知識を,医師という職業においてもそうですが,教育,論文や記事などを通して社会に伝える活動を熱心にしています。私自身,好奇心旺盛なほうですが,知識の吸収のみに終わらせるのではなく,それを消化し発信してはじめて自分の経験が生きてくると言えるのではないかと思いました。最後に,この貴重な機会を与えてくださった齋藤先生に心から感謝します。