医学界新聞

 

あなたの患者になりたい

安全は誰のために?

佐伯晴子(東京SP研究会)


 医療面接では最初に患者さんに出会うと医療者が簡単な自己紹介をして,患者さんの氏名を確認するようにと教えられます。数年前までは医療者が自己紹介する必要があるのか,と反発されたこともありますが,初対面の礼儀として,また信頼感につながるのならと,今では普通に行なわれるようになってきました。

名前確認は誰のため?

 また,患者さんの氏名確認がそれに続くのですが,実は,これについて戸惑いを感じることがあります。そもそも氏名確認は,何のために行なうのでしょう?もちろん患者さんの取り違えを防止するのが目的なのですが,それが誰のためなのか見えてこないような口調に出会うことがあるのです。部屋に呼び入れてから,いきなり「名前は?」あるいは,「名前を言ってください」という,いかにも事務的な言い方には,どうも違和感を覚えてしまいます。右折禁止をうっかり曲がって警官に職務質問された昔のことを連想してしまいました。
 戸惑いつつ名前を言うと,つなぎの言葉もなく「今日はどうなさいましたか?」と型通りに始まります。ただ,最初の尋問が喉の奥にひっかかった小骨のように面接の最後まで耳に残って離れません。
 患者の取り違え,手術の場所や薬剤の間違えという事故の報道が相次ぎ,医療機関が神経をとがらせるのも無理はありません。念には念を入れて確実に間違いを防ぐという姿勢は結構だと思います。しかし「○○○○さんですね」という質問に対して患者が間違って「はい」と答える可能性があるから,患者自身に「言わせる」ほうがいい,という指導はあまり感心しません。最初に知能を験されているようで,安全のためとはいえ,不躾で,やはり失礼に感じます。

相手を験すのは「信頼」を停止すること

 患者の安全を確保するのは,患者のためであるはずです。安全確保に努力している姿勢を伝えるというのが目的であれば,もう少し違う表現があるのではないでしょうか。相手を験すのは「信頼」を停止することだと,哲学者の鷲田清一氏は書いています。謙虚な口調で,自分(医療者側)が間違っていないかどうかと確認されると,患者としては本当に大事にされていると思い,ほっとします。
 また,目の前の患者さんに対して,これから自分が責任をもって対応することを伝えるのが,医療面接での自己紹介の目的です。何げないようでいて,実はそれだけの意味があります。目的を意識するなら,初めて面接する患者さんがしっかりと聞き取れるような配慮をしていただきたいですね。
 安全な医療を受けたい,という患者の期待に応えようとする医療者の姿勢や努力には,素直に信頼を覚えます。しかし信頼関係の基礎を作るという目的を意識して,それを表現するのでない限り,医療面接の手順は「ままごと」のように見えて,してもしなくてもよいものと思われ,リストラの対象にされかねません。
 せっかく始まった患者の安全確保のための努力が,そうなってしまわないことを私たちは祈るばかりです。