【インタビュー】向井陽美氏(筑波大学講師・臨床医学系血液内科)に聞く
「母であり,妻,そして医師
どれが欠けても自分じゃない」
第一線で活躍する女医からのメッセージ
聞き手: | 小林美和子さん(筑波大学医学専門学群・5年) 寺澤富久恵さん(筑波大学医学専門学群・4年) |
前回(2470号)の本欄では,覆面座談会を行ない,「仕事と生活」について女性研修医たちの生の声をお伝えしました。
「医師としての仕事をまっとうしながら,出産・育児を行なうのは,容易ではなさそうだ」
そんな不安が出席者たちの発言からも伝わってきました。
そこで今回は,実際に,家庭を持ち,育児を行ないながら,大学講師として,臨床・研究・教育で活躍している向井陽美氏にご登場いただき,ご自身の経験から「仕事と生活」について話をうかがいました。
なお,聞き手は本欄のテーマに関心を持つ2人の医学生,小林美和子さんと寺澤富久恵さんにお願いしました。
実際の生活
――とある1日のスケジュール
―――家庭を持ちながら仕事をバリバリとこなしている,まるでスーパーウーマンのような生活は,実際にはどのような感じなのでしょうか?
向井 5:30頃:起床……子どもと夫は寝ていますが,朝食を作って,洗濯をして室内に干します。
7:00:出勤……2人の子どもは夫が保育園に送ってくれます。
半年のうち2か月ある病棟担当の期間は回診など病棟中心の生活になります。病棟担当でない時は,さまざまな用事の合間を縫って,研究を行なっています。特に朝は,他の用事が入りにくいので,集中して実験を行なうことができます。あれこれとしているうちにあっという間に夜になってしまいます。
20:00-21:00:保育園へ……気持ちは20:00ですが,どうしても21:00頃になってしまいます。保育園では夕食も出してくれます。夕食は19:30からなのですが,子どもが遊んでしまってなかなか食べなかったりで,迎えに行ってもすぐには帰れないことが多いです。お茶をいただいたり,子どものご飯の残りをいただいたりしているうちに,30分くらい経ってしまいます。
21:00-21:30:帰宅……子どもとお風呂に入り,夫婦2人分の夕食を作ります。それから,翌日の保育園の準備をしたり,保育園から持ち帰った子どもの洗濯をしたりします。干すのは夫が手伝ってくれることが多いです。
23:00-24:00:就眠……6時間くらいは寝ることにしています。
忙しい血液内科を選択した理由
―――筑波大学の血液内科は非常に忙しい科として有名ですが,レジデント時代になぜ血液内科を選択されたのでしょう? 結婚・出産というようなことも考慮されましたか?向井 選択の際には,結婚や出産のことは将来どうなるかわからないので,あまり考慮しませんでした。ただ,学生時代に病気で長期入院したことがあったので,外科は体力的に厳しいかなと思って避けました。人間全体を見たいという希望があったので,内科のレジデント(筑波大の内科レジデント制度では,初めの2年間は各内科をローテートし,3年目は特定の科に固定する)となり,各科をローテーションすることを選んだわけですが,特に,血液内科は,外科の力を借りずに患者さんを治せるという点が魅力的でした。誰にも真似ができないことがしたい,という気持ちとも合いました。
レジデントとしてローテーションしている間にも,血液内科は他科と比べて体は忙しかったけれど,心は楽しかったです。苦痛ではなかったですね。また,血液内科は白血病や悪性リンパ腫など,命に関わる疾患が多く,患者さんとの間に,「病気を治したい」という目的意識の一致があります。病気と一緒に闘いながら,患者さんの人生を受けとめなくてはならないという重い任務はあるのですが,長い入院を通して,患者さんがよくなった時の喜びはひとしおなのです。
学生時代,同じ勉強会で勉強していた友人たちを見ていると,科の選択について,結婚・出産を考慮していた人はあまりいませんでした。産婦人科に行った友だちは多かったですが,他に,内科・外科以外を選んだ人はわずかでした。みなさん,今では2-3人の子どもを抱えながらバリバリやっていますよ。
結婚する時,仕事への思いを相手に伝えた
向井 結婚したのは,卒後4年目です。3歳年上の夫はレジデントが終わるまで結婚する気がなかったようですし,私もある程度自分の生活の先が読めようになるまでは無理だろうと思っていました。夫は初めからすべてを理解していたとは思いませんが,結婚する時は,私の仕事にかける思いや,「家のことをきちんとやってくれる人がよかったら,専業主婦になってくれる人と結婚したほうがいいよ」ということをはっきり伝えました。結婚する時はある程度お互いの考えをきちんとすり合わせないといけないと思います。
法律で産前6週,産後8週休める。
迷惑をかけるのは「仕方がない」
向井 上の子が生まれたのは,卒後6年目でした。ちょうど大学院の4年生の時でした。学位審査を終えた直後くらいに出産し,9週間休みレジデントに復帰しました。2人目は卒後9年目でした。チーフレジデント1年目の時でしたが,早い時期に切迫早産になり,産科の主治医から「まだ仕事しているの!」と怒られてしまいました。2か月入院しました。この時は産前には迷惑をかけてしまいました。産後は8週間休んで復帰しました。
―――大学では産休などはどんな感じなのでしょうか?
向井 心配しなくても大丈夫ですよ。みなさん,シニアレジデント(3-4年目)の頃に産休を取っています。産前6週,産後8週で休んでいます。法律で決められたことですしね。
―――周囲はどんな感じでしたか?
向井 妊娠したことは早めに言っておけば,予定が立ちますから,人の配置など工夫ができます。みんなに迷惑はかけてしまいますが,仕方がないですよね。今日明日,急に! ということではありませんから大丈夫ですよ。ただし,女性が多い科では産休の時期が重なると大変なようです。
子育てと仕事とのバランス
―――子育てで一番大変だったことは何でしょうか?向井 やはり,子どもが病気になった時です。2人とも一度ずつ入院したのですが,まずは,どの病院に入院させるかが問題なのです。付き添いが必要な病院はまず無理ですから。上の子の時は大学病院に入院させて,仕事の合間に面倒を見に行きました。下の子の時は,21-翌7時まで付き添いながらの生活が2週間続いてきつかったですね。でも,子どもも3歳ごろになると抵抗力がついてきますから,だんだん病気もしなくなってきます。
また,洗濯も大変でしたね。子どもが1-2歳の頃は,1日に10組くらいの泥だらけの服とともに帰って来ました。泥で煮詰めたような服ばかりで,ただ洗濯機で洗うだけではきれいにならず苦労しました。朝保育園に行ったのと同じ格好で帰ってくるようになった時には感動しました。
夫の職業
―――ご主人の職業について教えてください。向井 夫は3歳年上の整形外科医です。今は,スポーツドクターとして体育専門学群で教員をする傍ら,陸上とスピードスケートの日本チームのチームドクターをしています。ですから,遠征などがあると,長期間いなくなってしまいます。そのような時には,到底私1人では子どもたちの面倒は見れないので,兵庫県にある私の実家へ預けています。年2回くらいはそういうことがあるので,子どもも向こうになじみがあり,友だちと仲よくやっているようです。母にこちらに来てもらうという手もありますが,そうすると,母の生活が壊れてしまいますからね。今回はお正月に帰った時に預けてきました。
経済的には大きな負担でも私立の保育園なしに生活は成り立たない
―――周囲の理解とサポートはどうでしょうか。向井 わが家では私立の保育園を活用しています。この保育園なしでは,私の生活は成り立ちません(笑)。経済的な負担は決して小さいとは言えませんが(2人の費用1か月分でノートパソコンが買えるくらいに!),子どもにもあまり負担はかけられませんから。
基本的には何時まででも預かってくれます。どうしても帰ることができず,夜の10時を過ぎてしまったこともあります。さすがにお泊りにしてしまったことはありませんけれど……。保育園のよいところは,いろいろな職業の人に会えることです。それぞれ,専門性の高い仕事をしている人が多く,また,誰もが忙しいのに助け合えることもすばらしいと思っています。家族同士のつながりも強く,困った時は助け合っています。
ただし夜間の突然の呼び出しには困りますね。何度子どもをベビーカーごとナースステーションに預けて,患者さんのもとへ走ったことか知れません。大学の中に保育園を作ろうという動きは,10年来ありますが,場所や責任の問題などがあり,なかなかうまくいきませんね。
夫の協力,職場の理解
向井 家族は,私が子育てをしながら仕事をこなしていることについては,比較的肯定的です。もちろん,子どもがかわいそうだと思っている面もあるでしょうが,結婚した時からそれが前提でしたから,面と向かって批判されたことはありません。先ほど話したように,実家の母に世話になりつつ,あとは,短期に急にどうにもならない時など,夫の兄が大学時代に下宿していた家のおばさんにもお世話になっています。大学のほうは,幸運なことに,血液内科のスタッフがみなさん共働きなので,大変さについてはご理解いただいています。やはりどうにもならずに「ごめんなさい」とお願いすることもありますし,逆に私のほうが代われる時は代わっています。一生懸命に,「できる時はやる!」ということで,認めてもらえます。
また早く帰らざるを得ないという点については,朝を有効利用することで,補っています。夫が臨床をしていないので,朝は夫にある程度任せられるという状況はありがたいです。
仕事をしているからこそ,自分のアイデンティティを保てる
―――医師であり家庭を持ったことの喜びとご苦労をお聞かせください。向井 確かに子どもがいると,時間的拘束は大きく大変なのですが,一方で,日々子どもの成長を見ているのはとても楽しいですね。お金では買えない楽しみだと思います。大変なことも相殺されてしまう何かが子育てをしているとあります。また,仕事をしているからこそ,自分のアイデンティティを保てるのだと思うし,離れている時間があるからこそ,子どもと過ごす時間を大切にできるのかな,と思います。
女医は損? それとも得?
―――女医であることを意識することはありますか?向井 前回の覆面座談会で出ていたように,確かに看護婦さんと間違われることはよくありますよ。
初めは,患者さんもスタッフも年上ですから,自分の実力のなさを感じさせてしまうことはあると思いますし,頼りないと思われることもあると思います。無理やりがんばるのではなく,誠意を持って患者さんに接したり,よく話を聞くとか,呼ばれたらすぐに行くとか,そういった当たり前のことをきちんとやっていると,時間はかかっても信頼は勝ち取れますよ。女医というだけで,少し損をしているな,と感じることは,初めはあるかもしれませんが,それはすぐにはねのけられます。
また女医にしかできないこともたくさんあります。患者さんの半分は女の人ですし,特に若い女性の患者さんの場合は,女でないと理解できないこともあったり,女医を希望されることもありますしね。また,普段家事をやっているからこそ,生活に根づいたアドバイスもできます。慢性疾患が増えてきている今,生活に関するアドバイスは重要ですよね。
目先のこと考えず好きなことを選べば周囲の理解は後からついてくる
―――医学生・研修医にアドバイスをお願いします。向井 確かに男の人と比べて女の人は,将来のことを考えて,科の選択で悩むことがあるでしょうが,どの科を選んでも,仕事がおもしろくなったり,一生懸命にやっていれば,結局忙しくなります。ですから,目先のことで科を選択しないで,本当に自分がおもしろいと思うことをやってほしいと思います。どんなに忙しくても,自分がやりたいと思うことを誇りを持ってやっていれば,必ず周囲は理解してくれます。
子どもたちの母親である自分も,夫の妻である自分も,医師である自分も,全部合わせて私という人間なのです。どれが欠けても私という人間は成り立たないと思います。家事や育児をしないですむ人と比べたら,物理的に仕事に割ける時間ではかなうわけがありません。同じ土俵で戦おうとしてイライラするのではなく,自分にしかできないことを一生懸命やっていってほしいと思います。大変な時は,大変だと周りに言えば,必ず手を差し伸べてもらえますよ。
外来をしていると,熱を出した若いお母さんが小さな子どもを連れてきます。その時に,「寝たいのに小さい子どもがいるとゆっくりできないよね。お父さんはなかなか手伝ってくれないしね」と言ってあげられれば,そのお母さんは「わかってくれる人がいるんだ」と気が楽になるかもしれません。そのような台詞は経験した人でなければ言えませんね。それでいいと思いませんか?
女医との結婚を考えている男性へのメッセージ
―――最後に,これから女医との結婚を考えている男性へメッセージをお願いします。向井 私も「奥さん」がほしいです。「奥さん」という意味が,家事や育児をする人という意味ならば……。「奥さん」がほしいのは男性だけではありません。仕事を一生懸命にしたいと思う気持ちも,男性と変わりありません。女医との結婚を考えるのであれば,その人とパートナーとして一緒に人生を歩みたいから結婚するのか,あるいは,「奥さん」がほしいから結婚するのかよく考えてください。両方は無理です。前者であるなら,家事や育児についてどんな考えを持っているのか,お互いの意見を交換してすり合わせてください。また,他人に頼むこと(家政婦さんなど)によって,お互いの身体的・精神的な負担を軽減することは可能です。
―――本日はありがとうございました。
●インタビューを終えて
小林美和子さん 「仕事と子育て(家庭)はトレード・オフ(一方を取れば,他方は多かれ少なかれ犠牲になる)」そう考えると,仕事と家庭の両立は働く女性の多くにとって課題になっていると思います。今回のインタビューを通して印象に残ったのは「同じ土俵で戦おうとするのではなく,自分にしかできないことを一生懸命にやる」という先生のお言葉です。「子どもたちの母親である自分も,夫の妻である自分も,医師である自分も,全部合わせて私という人間なのです」とおっしゃるように,自分の人生経験すべてをプラスに捉えられ,活かされる先生の姿勢には非常に励まされました。今後の先生のますますのご活躍を,心よりお祈りしたいと思います。寺澤富久恵さん 「家事も育児もこなしバリバリと……」というのは,優れた少数のスーパーウーマンだけにできることなのではないか,結局は自分の夢はあきらめなくてはならないのではないか,と不安に思うことがありましたが,向井先生の前向きな素敵な姿を拝見し,がんばれば何とかなる,という気持ちを強く持ちました。私らしく自分のやりたいことをやる,という姿勢でよいのだと思えました。等身大の先生の様子を聞かせていただき,とても有意義な体験でした。このような機会が増えて,より多くの学生が自分のロールモデルを発見できるとよいと思います。