医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


質的研究の概念を知るためにうってつけのガイド書

質的研究実践ガイド 保健・医療サービス向上のために
キャサリン・ポープ,ニコラス・メイズ 編集/大滝純司 監訳

《書 評》田久浩志(中部学院大教授・健康福祉学)

質的研究とは何かを解説

 この書評を書いている評者の専門は,病院管理学である。病院の業務や,患者の苦情をいかに改善するかのヒントを得るため「患者満足度分析」などを行なってきた。しかし,満足度分析に代表されるアンケートのみの解析では限界があると,うすうす感じていた。「病院での待ち時間を聞けば,皆,『短いほうがいい』と言うのは当たり前。本当の問題をアンケートだけで抽出できるのだろうか」
 見方を変えれば,病院管理などの医療サービスの改善は,新商品の開発である。某自動車会社のマーケティングの専門家は,「新商品の開発は,アンケートには頼りません。感度の悪い人に聞いても何も出てきません。他の方法を使います」と言い切った。
 そう,ここに1つのヒントがある。医学における研究では,統計学などを駆使した定量的な研究が多かった。しかし,社会学などでは,それとは異なる方法を駆使した流れが存在した。本書は,今までなじみの深い量的研究とは異なる,質的な研究とは何かを解説したガイド書である。

量的研究の限界と質的研究

 以前,私は仲間と「論文とは何か」を議論したことがある。最終的には研究はoriginal articleなのだから,自分のオリジナルな考えを客観的に証明すれば,それは論文と言えるだろうという結論に至った。単なる事例紹介は,事実のみを述べて,自分の考えを客観的に証明していない。統計解析に代表される量的研究方法は,当然,自分の考えを客観的に証明している。それと同様に,すでに,質的面接法,フォーカスグループ,観察法,Delphi process,nominal group,事例検討,アクションリサーチなどが質的研究方法として確立されている。そして,これらを用いても自分の考えを客観的に証明できるのである。
 例えば,「何をアンケートで聞いたらよいかわからない」,「調査対象がなかなか本音を言わない」,「将来予測をしたい」などの場合は,量的方法では対処できない問題がある。そうした時に,質的研究が威力を発揮する。つまり,質的研究は量的研究とお互いに補うものであるのだ。
 本書の最初にある,主任研究者と社会学者の対話を想定した「ブラックボックスを開く-保健・医療サービス調査研究部門の廊下での議論」の章では,質的研究を行なう社会学者が,従来の方法になじんだ研究者からうさんくさい目で見られているが,それなりにきちんとしたプロセスを踏んで研究を行なう立場を明確に描いている。もし,この章を読んで,量的研究の限界が理解できただけでも,本書を読む価値はあるだろう。
 本書は,質的研究における各手法の詳細までは書いておらず,質的研究の手法を身につけることはできない。しかし,記述されている分量が少なく,質的研究の概念を知るのにうってつけの本である。従来の量的研究での限界を感じている方は,一度,本書で新たなヒントを探られることをお勧めする。
B5・頁116 定価(本体2,200円+税)医学書院


待望の保健活動評価に関する実践本,保健関係者必見

事例から学ぶ保健活動の評価
平野かよ子,尾崎米厚 編集

《書 評》星 旦二(都立大大学院教授・都市科学)

 保健関係者が望んでいた,待望の評価に関する実践本の出版です。編者の1人尾崎先生があとがきで述べているように,「公衆衛生活動に関する,事例から学ぶ評価に関する」本書は,わが国初なのだと思います。「やっと今頃になって……」なのかもしれませんが,事業の実施量を主な評価指標とする時代が過ぎ去り,実施事業によってもたらされた効果を明確にする評価事例が数多く提示されている意味でも,保健関係者必見の本だと思います。
 全体は,大きく分けて3章から構成されています。第1章は,実践の場で実施された評価事例が紹介され,第2章は編者の平野先生らが国立公衆衛生院で開発した評価の枠組みが示されています。第3章では,新しい評価手法が紹介されています。ここでは,質的評価,人類学的方法を活用した評価,経済評価も提示されていますが,その実践事例に基づいて体系化するのは,今後の課題なのでしょう。また,WHOが示した新しいヘルス・プロモーションに関する評価システムも紹介しているのも本書の特徴です。
 書評するように原稿依頼を受けたものの,事例に対する書評と個別の詳細なコメントは,今後の課題を含めて「EBMと公衆衛生活動の限界-保健活動の評価の事例を読んで」(本書172頁)で林謙治先生が,総括的にわかりやすく述べられていました。

必要な「評価」の概念整理

 今後の課題でしょうが,全体的に見て,執筆者1人ひとりがとらえる「評価」の意味するところは,多少なりとも異なっているように思われました。これからも保健活動の場での評価を進展させていくためにも,編者が示した「評価」の概念整理を共有して活用する必要があるように思います。具体的には,事例そのものが,事前なのか事後評価なのか,評価する主体は誰なのか,評価の対象が企画や計画策定ないし実践,成果,基盤,はたまたプロセスなのか,評価の主なねらいをどこにおいたのか,評価指標が理念なのか指標なのか,評価した結果を踏まえた改善につなげる事例なのかその寄与度などを区分してまとめることです。もちろん,調査研究との関連が明確になるともっと理想的なのでしょう。
 ところで,評価する真の目的は何だろうか。Stephan Isaacは,「The purpose of evaluation is not to prove, to improve」と紹介しています。評価の最終的な目的は,課題を実際に解決することであって,効果や効率を明らかにする(to prove)調査研究それ自体は,1つの手段にすぎないと述べています。
 保健活動現場における実践的な評価事例を体系的にまとめあげたこの本は,狭義の評価と広義の評価のシステム改善事例がともに示されていましたが,その類型化はされていないように思いました。また評価のねらいが改善にあるのですから,改善につながった事例とともに,うまくいかなかった事例も取りあげてほしかったと思いました。このほうが,事例提供者と事例をメタ評価する当事者との協働での学びが多くなるに違いないからです。また編者の平野先生も,はじめにの中で,「評価する主体と客体との双方向やりとりのある評価を探りたい」と述べられています。

数々の優れた事例の紹介

 評価の対象は,「Plan Do See」だけでなく,「Show Publish」との関連でとらえたり,システム改善である「Integration」「Version Up」レベル,つまり評価計画段階レベルも含まれますが,1章の牧野由美子先生らの事例は,活動効果を含めてその改善プロセスを示した公衆衛生学的にみて優れた事例だと思います。
 初期の評価計画段階である企画計画立案レベルの評価指標例としては,「住民参画度」,「目的の共有度」があり,実施段階レベルと活動効果レベルでの評価指標とともに,情報提示・出版の評価指標例としては,「学会報告度」,「情報公開度」がありますが,尾崎先生らは,母子保健の事例で,上記の住民への情報提供を含めた評価指標を体系的に紹介していました。
 本書で示された各事例には,公衆衛生学 の視点からみた公的責任は,「組織連携度」,「環境改善度」,「精度管理度」,「モデル開発度」など評価尺度の開発を含む,意欲的で優れた個別の事例も数多く報告されていますが,次の改訂では,実践例を増やした考察によって,より体系化されることを大いに期待したいと思います。
 いずれにしても,保健活動に関わり,計画や評価や調査研究に関心のある皆さんには必見の書であると考え,より多くの方に推薦したいと思います。
B5・頁208 定価(本体2,800円+税)医学書院


EBMに初心者を楽に導くガイダンスの本

一目でわかる医科統計学
Aviva Petrie,Caroline Sabin 著/吉田勝美 監訳

《書 評》日野原重明(聖路加国際病院名誉院長)

 今般,聖マリアンナ医科大学の吉田勝美教授の監訳,同教室員の分担で,『一目でわかる医科統計学』が出版された。A4変型サイズで146頁の統計学の学習書である。
 この実用的な統計学のテキストは,ロンドン大学のAviva Petrie講師とロイヤル・フリー大学医学校のCaroline Sabin講師の2人の執筆によるものである。
 将来に医師,看護婦,その他医療関係の専門職を志す人のために書かれたこの本は,従来の型通りの統計学のテキストではなく,臨床医学や公衆衛生上のデータを正しい統計学的手法で理解し,その正しい評価ができるように2-3頁ごとに読みきれる形式で書かれており,医科統計のさまざまな問題が取り扱われている。

味のある統計学入門書

 本書は在来の味のない統計学の入門書ではなく,2-3頁ごとに読み切れる形式で,さまざまな医科統計上の言葉を説明した上で書かれている。多くの情報源の中から適切な情報を評価して入手することにより,EBM(科学的根拠に基づく医療)を理解することができるのである。それには評価の物差しが必要であるが,その物差しを正しく示し,多くの図表を用いて一目で各章の内容が説明されている。
 本書は,全体が42の小さな章に分けられている。各章で統計手法を説明する際には,その使用法がわかるように,実例を示して説明されている。その例は,著者らの取り組んできた共同研究から得られたものと,その他公表された論文から得られた実際的データである。本書では,統計上の一般的な手法が説明された上で,症例の取り組み方に読者を誘うスタイルで学習材料が構成されている。
 学生や研究者が医学的文献を読んだり,自分の採取した臨床または公衆衛生上のデータを統計学的な有意性をもってまとめるための必要なノウハウが,本書にはわかりやすく説明されている。今日流行しているEBMに,初心者を楽に導くガイダンスの本として,医学や看護学をめざす学生だけでなく,広く生物学を専攻する方にも大いに推薦される本である。
A4変・頁146 定価(本体3,000円+税)MEDSi