医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 「かんごふさん」から「看護師」に

 加納佳代子


 「フッー」,とため息をついた。「保助看法」が改正され,保健婦(士)・助産婦・看護婦(士)はそれぞれ「保健師」「助産師」「看護師」と名称が変わる,と聞いた時のことである。私は,このことを素直に喜ぶ気になれないでいる。
 確かに,男女によって呼称が異なることはおかしいかもしれない。でも患者側からすると,あえてどちらかの性別を指定してサービスを受けたいと思う時には便利だとも言える。個人的には,原稿を書く時など,「看護婦(士)」と書くのはめんどうではあった。しかし,そんな問題は,「保育士」「作業療法士」「理学療法士」「臨床心理士」「精神保健福祉士」と同じように,「看護士」とすればこと足りていたはず。そうは言っても,すでに日本看護協会では「専門看護師」「認定看護師」の名称を公認しているし,現場でも使用されてきている。それなのに,今になって私がいちゃもんをつけたところで,どうなるというわけではないだろう。それでもやっぱり言いたい。「看護師」ってヘン。ところで,国民の皆さんは「看護師」という名称になってほしかったのだろうか?
 そもそもなぜ「看護士」にはならなかったのか。「保母・保父」は「保育士」になったのに,「士」ではなく「師」にこだわったのはなぜなのだろうか。私は,「『士』に誇りを持てないのか」と疑いたくなり,「士」より「師」のほうが上に見える,と感じているような神経にむかつくのである。「士=サムライ」は男で使うものということにすりかえられ(実際に違うことは,他の職種をみれば一目瞭然。「婦」だけを使っていたのは歴史的な問題である),医師や薬剤師と同じにありたいという姿勢が,私はどうも気に入らない。
 そもそも「士」は男子だけではなく,女子の美称にも用いられる。「士」は特別な資格・職業の人を意味し,「弁護士」「公認会計士」「税理士」「栄養士」「消防士」「救急救命士」と使われる。一方,「師」は「教師」「牧師」「絵師」「美容師」から,「勝負師」「ペテン師」「詐欺師」「手品師」「魔術師」とまで使われる。「士」は人々を守る仕事につく人。「師」は人々を導く仕事につく人なのである。「医師」「薬剤師」という名称は,いわば「魔術師」の流れなのである。
 看護職は,人々を導きたいのか,人々を守りたいのか。看護職は人々の健康権を守ることだと考えている私は,「看護師」ではなく「看護士」になりたい。しかし,すでに看護職は人々を導こうとしてしまっているのかもしれない。でも,国民は看護婦に導かれようと思っているのではなく,健康を守ってほしいと期待しているはずだ。
 私の夫は「社会保険労務士」なのだが,このニュースを知った時に,「君たちも,先生と呼ばれる集団になりたかったんだねぇ。まさかお互いに先生なんて呼びあったりしないよね」と,嫌味を言った。これも国民の声だろう。
 患者さんの「かんごふさ~ん」という叫び声や,「ふちょうさ~ん」という呼び声が病棟からなくなるとは思えない。この通称はきっと残っていくだろう。
 私の病院には「看護士長」が3名,「看護婦長」が5名いる。私は彼らを名前でしか呼ばないし,彼らもたいがい名前で呼び合っているから,名称を変更されても困ることはないだろう。しかし,スタッフは「〇〇婦長」「〇〇士長」と呼ぶ。彼らはこれからはどう呼ぶのだろう。「看護長」という役職名をつけているところもあるが,これも「栄養長」や「保育長」がヘンであるのと同じでなんだかヘンだ。
 これを機に,スタッフも上司を名前で呼び,患者さんも私たちを名前で呼べばよいだけかもしれない。そうだ,ため息をついている暇があったら,誰もが名前を呼び合う習慣にしてもらおう。まあ,それで問題が解決するわけではないのだが……。