医学界新聞

 

【ルポ】

看護学教育におけるカリキュラム改革

平成13年度看護学教育ワークショップより

 文部科学省の主催による平成13年度看護学教育ワークショップが,昨(2001)年11月26-28日の3日間,千葉市・幕張のホテルグリーンタワー幕張において開催された。
 本ワークショップ(以下,WS)は,同省が昨年6月に発足させた「看護学教育のあり方に関する検討会」(座長=岐阜県立看護大学長 平山朝子氏)で検討されている,看護学の大学教育の改革に向けた考え方を紹介し,看護学教育における「コア・カリキュラム等のカリキュラムのあり方(学生評価のあり方を含む)」,および「臨地実習のあり方」を中心に,参加者から幅広い意見を求めることを目的としたもの。
 なお参加者は,北海道から沖縄までの大学・病院等67機関から92名。内訳は,大学における看護学教育のカリキュラム責任者(学部長または教務委員長等)57名,病院ならびに地域の看護管理者(看護部長または副看護部長等)35名であった。
 医学教育においては,昨年3月に,すべての学生が履修すべき必須の教育内容を精選し,基本事項から臨床実習まで,従来のカリキュラム全体の6割程度に絞り込んだ「医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン」が策定されている。
 本号では,WSの内容を報告するとともに,検討委員へのインタビューを交え,検討事項とされた看護版の「モデル・コア・カリキュラム」のあり方を探った。

〔取材協力〕文部科学省・医学教育課/千葉大学・看護学部   


看護学の大学教育改革をめざして

 「看護学教育のあり方に関する検討会」(委員名簿を別掲)は,2001年7月2日に第1回を開催。その後,(1)カリキュラムのあり方,(2)学生の看護実践能力の到達度評価方法,(3)臨地実習の指導体制ならびに新卒者の支援,(4)看護学教育の質の不断の向上,(5)教える側の能力および機能向上のあり方の5つを骨子として,検討を重ねている。検討会報告書は,本年3月にまとめられる予定だが,上記課題の内容を諮るために,「コア・カリキュラム(以下,コアカリ)」「臨地実習」の2つのワーキンググループ(以下,WG)も設置された。
 今回開催された看護学教育WSでは,同検討会およびWGの中間報告を討議資料として提示。これらの資料をもとに,看護学の大学教育改革・充実・発展のための方策を考えるべく,主体的な討論が行なわれた。なお,8つのグループに分かれた参加者らは,共通課題に「現状の課題と改革の方策」を据え,グループ別課題として「コアカリ:看護学の学士課程で最低限保証すべきカリキュラムのコア(核となる教育内容)」,「臨地実習:卒業時に獲得すべき看護実践能力のレベルと効果的な臨地実習のあり方」を討議,意見をまとめ,全体討議の場で発表した。

「看護学教育のあり方に関する検討会」委員名簿

平山朝子(岐阜県立看護大学長)=座長
新道幸惠(青森県立保健大学長・日本看護系大学協議会長)=副座長・臨地実習WG
鶴田恵子(東医歯大病院看護部長)=臨地実習WG
佐藤禮子(千葉大看護学部長)=コアカリWG
飯田裕子(虎の門病院看護部長)=コアカリWG
赤津晴子(前スタンフォード大)
隈本邦彦(NHK名古屋放送局報道部)
佐治重豊(岐阜大病院長)
佐藤美穂子(日本訪問看護振興財団)
鈴木良子(神奈川県立衛生短大附属二俣川高校教頭)
田島桂子(広島県立保健福祉大副学長・日本看護学教育学会理事長)
辻本好子(ささえあい医療人権センター COML代表)
濱田悦子(日本赤十字看護大看護学部長)
廣川勝いく(東医歯大医学部長)
見藤隆子(長野県看護大学長)
南 裕子(兵庫県立看護大学長・日本看護協会長)
山本雅司(損保ジャパンリスクエンジニアリング(株))
米本恭三(東京都立保健科学大学長)

※敬称略。WG表記は担当を示す。原則50音順

看護学教育への期待

 WSの初日には,開会式,特別講演「看護学の学士教育:世界的視点に立った日本-未来を見据えて今を語る(山口県立大教授 マーシャ・ペトリーニ氏)に引き続き,「看護学教育のあり方に関する検討会」報告が,平山座長,新道幸惠副座長,佐藤禮子委員より行なわれた。
 開会式では,主催者側から村田貴司氏(文部科学省医学教育課長)が,21世紀の看護教育に関して,「社会に対して,自らの活動をわかりやすく説明する責任の完遂が求められる。基礎を固め,世界に目を向けた学生指導を行なってほしい」と述べた上で,コアカリの必要性を説いた。
 また,同じく挨拶に立った磯野可一氏(千葉大学長)は,「看護は診療の質を高める役を担っており,医療における看護の存在は非常に重要。看護・医療を実践するにあたっては,考えて行動することの大切さを教育する必要がある」と述べた。
 さらに,特別講演を行なったペトリーニ氏は,タイや中国で看護大学設立にかかわった経緯から,「タイにおける看護教育は学士教育1本。中国では看護婦免許が毎年の更新制である」と紹介。また,医師への依存から看護職としての自立,など看護の成熟過程を提示し,看護学教育の発展段階を解説した。さらに,専門職としての看護職の役割に関し,患者教育,研究への参加,政策参画の必要性を説くとともに,価値観,コアとなる能力,知識から役割開発など,日本の看護界の現状を把握した上で,幅広く示唆に富む講演を行なった。
 なお,2日目のグループワーク・全体討議には,検討委員のメンバーである辻本好子氏らも参加。辻本氏は,市民の立場から参加者に向け,「患者の不安な気持ちに寄りそう看護職者の教育。心に壁を持たない学生を育ててほしい」と訴えた。

  

看護学教育の現状とその克服のために

 2-3日目に行なわれたグループワークに先立ち平山座長は,「大卒の看護職が,卒業時に獲得しておくべき水準を明らかにすることは,教育に携わる者の社会的責任。現在,看護の教育現場が抱えている問題を把握・検討した上で,今私たちは何をしなければならないかを明確にし,カリキュラムという形で出すべく討論をしていただきたい」とWSの意義を述べた。
 なお,WSを行なうにあたって,資料として提示された検討会の中間報告は,看護教育のコアの部分を,カリキュラム全体の立場と,臨地実習の立場の2つの側面から検討したもので,結論ではないことを強調。本年3月までにまとめられる予定の報告書には,今回のWSの意見を取り入れ,さらなる検討がなされるとした。
 また,今後の看護学大学教育の中では,看護実践能力の向上の視点から,従来の学問体系にとらわれない,新たな方向性を明らかにすることが求められている,との考えが示された。

グループワークでの討議

 検討会では,(1)急速に変化している社会動向,(2)看護学教育の成り立ちの特徴,(3)大学における看護学教育の現状を踏まえた検討であり,(4)大学における看護人材育成像と基本的な教育内容の社会的表現をめざす検討が留意点とされた。これに対し,グループワーク(下写真3点,以下GW)後の全体会(写真)では,あるGWから「看護学教育は,医療の担い手として責務を果す人材を育成するという点を踏まえた検討であること」を上記留意点に加えるよう,提案もされた。
 また配布資料では,「大学教育における看護人材育成像」として,「人間存在への深い理解とそれに伴なう行動力を備える,国際的視野に立って社会・科学・医療の変化に対応できる基本的能力を有する看護専門職者を育成する」を掲げ,(1)人間関係形成能力,(2)判断・問題解決能力,(3)看護実践能力,(4)責務・役割遂行能力を指摘。
 なお,コアカリWGが提示した「基本的考え」では,コアカリとは,「標準を示すものではなく,ミニマムエッセンスを示す考えで,大学における看護学教育のコアとして各大学が共有するもの」と定義している。コアカリにおける「大学における看護学教育の理念と目標」と「大学卒業時に期待される能力」の関連については,教育理念として,「基本的能力を具備する看護専門職を育成する」とある一方,「育成する人材として,看護専門職・指導者をあげているが,指導者までの育成は困難であろう」と指摘するGWもあった。
 資料では,大学卒業時に期待される能力について,「具体的に獲得可能な能力レベル」として,(1)多様な文化や価値観などの背景を持つ人々を理解し,尊重,擁護する能力,(2)コミュニケーション能力,(3)発達段階・健康レベルおよび生活状態に応じた対象理解とアセスメント能力,(4)看護上の問題の解決能力,(5)基本的な看護技術能力,(6)根拠に基づいて実践・改善する能力,(7)課題探求能力,(8)マネジメント能力,など11項目をあげている。
 また,大学卒業時に期待される能力は,「大学教育の中で最低限取得する必要のある」ものとし,その能力を知識(knowledge),技能(skill),態度(attitude)を含むものと定義。それぞれ「説明ができる」,「1人でできる」,「援助があればできる」の到達レベルを規準に評価するとした。これらに関しては,「最低限保証すべきカリキュラムのコア」を「看護技術教育の課題と解決方策の要素図」を作成し,表とともにを用いて検討するGWもみられ,注目を集めた。
 「看護実践能力修得のためのコアとなる臨地実習」を検討した臨地実習WGの中間報告では,看護教育における臨地実習の意義として,(1)看護現象を通じて,「知る」から「わかる」,そして「できる」レベルに到達することができる,(2)看護職に必要な人間関係能力・専門職としての役割や責務を果たす能力は,看護現象に身を置くことによって獲得できる,などを定義。
 また,「臨地実習での指導体制ガイドラインの開発」も示され,「看護系大学は,臨地実習の拠点となる附属施設を持つことが義務化されていない。そのために,多くは近隣の施設に実習を依頼しているのが現状。実習施設の看護や指導体制には質的差があり,学生に一定レベルの実習施設を提供できていない」,さらに「実習指導教員の臨床能力に問題がある場合が多く,十分な実習指導ができていない」と分析。これに対し,「解決のための方略」として,実習前OSCE(客観的臨床能力試験)の導入によって学生の準備性を整え,一定の習得レベルに達した学生が実習に出ることができるシステムを作る,などが提言された。
 「臨地実習で獲得すべき能力とそのレベル」では,看護実践能力,コミュニケーション・ケアリングなどの人間関係能力,臨床判断・問題解決能力・マネジメント能力,などが指摘されている。この能力レベルをめぐっては,「臨地実習到達能力ラダー」として5段階の評価基準を提言するGWや,4段階の考えを示すGWもあった。
 また,コアカリと臨地実習の整合性を問うGWや,用語の定義を明確にする必要性を指摘するGW,「シュミレーションで体験できる教材」の開発を提言するGWもあるなど,短い日程ではあったが,有意義な検討が行なわれた。なお,WSは修了証書の授与をもって閉会した。


■平山朝子氏(「看護学教育のあり方に関する検討会」座長)に聞く

 大学教育のカリキュラムは,独自の目標を定め,自由裁量としてきたが,教育の質の保証という点では,かなり幅がある。看護職には,医療職として最低限責任がとれる実践能力がなければならないが,そのための教育基準が現在はない。91校にまで増えた看護大学だが,卒業生を出しているところはまだ少なく,歴史も浅い。カリキュラムの標準を出すところまでの議論ができないままでいたが,医学教育では「コアカリ」による教育体制が進んでおり,看護学でも大学教育の充実を確実に促す議論が不可欠。
 そのような視点から,検討会では2つのWGが内容の充実を図っている。また,今回のWSは,コアカリの基本を作ろうと,動き出したものと理解いただきたい。
 医学教育のコアカリ検討と,看護の違いは,「人間関係の育成」にあると考える。看護の実習においては,人間関係が成立して初めて技術を提供できるという前提があり,臨地で患者,対象から学ぶという大きな特徴がある。
 また,大卒看護職は「技術が乏しい」という指摘があるが,これは大学だけでなく,病院組織も,ともに考えていくことが必要な課題。実習においては,患者側からの「拒否」という抵抗もあろうが,その病院・施設のいわゆる先輩方が,どのように受け入れてくれるか,にも問題がある。
 医学教育は,医学部附属の病院があり,そこを卒業した人たちが現場にいて,その中で教育実習,後輩教育ができている。しかし,看護大学には附属病院はなく,また実習施設の看護職は,大学教育を受けていない集団であり,今は「育てる」環境を創り出していく段階にある。
 これからは,そこを重視して対策を考えていかなければ,いつまでたっても臨地現場と教育現場の乖離は解消されず,相互の不満があるところでは国民に理解を得るのも難しい。検討会では,その部分に関して何らかの方向性を示す必要があるだろう。また,相互の距離を縮めるためにも,大学の教員は実践の改革を研究テーマとしていく必要もあるだろう。
 今回のWSをきっかけに,それぞれの大学が教育の充実に取り組み,コアをきちんと定め,卒業時にはある程度の保証ができているという基準を作る。そこを就職する施設につなげ,育てていくことに期待したい。医学教育が築いてきたコアカリの努力を,今度は看護がしていかなければならないと考える。


■新道幸惠氏(臨地実習WGリーダー)に聞く

 臨地実習WGのメンバーは20名で,大卒のナースも,「ナースとして求められる実践力を身につけるのは当然」との共通のコンセンサスのもと,(1)臨地実習で獲得すべき能力とそのレベルを明らかにする,(2)能力を達成するための指導方法,(3)そこで学習した学生新卒者の支援体制,を検討してきた。
 卒業時までに,どのような技術・実践力のレベルに到達すべきかを明確にしていこうと,グループ討議が始まった。
 まず,「看護実践能力とは何か」との定義づけを行ない,臨地実習での教育的意義について,「知る」から「わかる」レベルに,そしてものによっては「できる」レベルまでになるなど,6項目をあげた。
 また,臨地実習で獲得すべき5つの能力を,実習でなければ獲得できないもの,実習においてよりよく修得できるもの,それらが含まれたものとして,到達レベルにあげた。この中には,研究能力も実習の中で獲得することによって,卒後の自己啓発につながるものとなるよう組み入れた。
 今回のWSによって,参加者が10-20年先という将来を見通して,よい人材を育成するためには,どのような臨地実習をすればよいのか,そしてどのレベルまで到達して,卒後に結びつけるのかを考え,教育現場に反映することを願っている。
 臨地実習の場は,施設側が患者の安全責任を担っているが,そこに資格のない学生が入ることでのトラブルもあった。患者や学生のためにも,実践能力のある教員が,患者のケアの責任を持てるようなシステムの開発が今後の課題である。


■佐藤禮子氏(コアカリWGリーダー)に聞く

 コアカリのWGは,大学教員13名,病院・市役所の現場の管理者8名の21名で構成。コアというのは決して標準・スタンダードではなく,ミニマムエッセンシャルとして考えるという共通認識のもと,看護学教育の学士課程の教育目標とコアの設定,卒業時に期待される能力の到達レベルの明示,教授学習方法の明示,といったカリキュラムのあり方を検討してきた。
 自分たちが保証できるものは何なのかを明らかにし,教育を評価するということが重要。また,市民の立場,利用する側の視点で対応する事項を決めようと中間報告書を作成した。この中には,「倫理は重要」ととらえるとともに,行為者責任の完遂要求が強く求められているということも押さえた。
 一方で,大学教育はジェネラリストの育成であり,かつ国際的視野を持って活動できる看護専門職者であり,指導者となり得る存在を育成する。しかしながら,研究者養成を学士教育のレベルにおくことはないとの考えも確認している。卒業時の能力に11項目をあげ,能力の評価は,「確かな知識を説明できる」,「1人でできる」,「援助があればできる」という3規準で行なうとした。また,今回のWSに臨み,参加者間でより幅広く検討する必要があるとの姿勢で,討議の叩き台にすべく,この中間報告を提示した。
 これまで,日本の看護学士教育に関し,どのような人材を輩出していくのかに関するディスカッションはされたことがなかったと思う。その意味でもこのWSの意義は大きい。今後は,教育環境を整えていくことが重要な要素となると考える。


■鶴田恵子氏(臨地実習WGリーダー)に聞く

 臨地実習WGでは,基礎教育での臨地実習の指導体制のあり方をディスカッションしてきた。これまでの臨地実習では,病院附属の看護学校が主であったため,教員も臨地の看護職も同一組織という背景があったが,教育と臨床が分かれたところから学生指導でのさまざまな問題が起こってきた。役割の違いは,ずっと平行線のままにきている状況がある。今は,双方に不満があるわけだが,今回のWGがその解決の一歩に位置づけられる。
 また,病院は「今の資源の中で実習を受け入れていくのは難しい」と言うが,実習を受ける施設の責任者は,看護部長ではなく病院長。それを看護部という単位で,業務の合間に実習を引き受けることに問題がある。実習の受け入れは,病院が組織的に取り組むものであり,病院としての責任を持って体制を整える必要がある。それを踏まえて,教育側と受け入れ側はともに臨床実習の意義を明確にしていかなければならないだろう。
 一方で,大卒の新人看護者に対し,「技術がない」という評判は風評なのか実態なのか定かでないが,出身大学によって発生する違いが,個人差を上回る要因となっている可能性がある。コアカリが導入されれば,そこはクリアできるだろう。学生の客観的評価は,例えばOSCEの導入によっても可能。また,学生が主体的に学べる支援のツールも必要になろう。
 検討会で明らかにされたことを,今後どのように活用するかは,教育の責任者の問題であり組織の役割。これから看護を志す人たちに対して,その人たちが学習をしていける環境を整えていくことが重要。それが先輩としての役割,使命だと思う。