医学界新聞

 

連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第10回 研修前に知っておくべきこと(前編)

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


2465号よりつづく


筆者の職場の1つであるカリフォルニア大学サンディエゴ校スタイン臨床研究所。世界的に有名な研究者がここに研究室を持つ
 私は日本での4年間の臨床研修後,アメリカでの臨床に携わった。日本では,小児科医として一通りの仕事をこなせた自信があったが,アメリカでレジデントを始めた際,その自信は大きく揺らいだ。なぜなら,アメリカで医師として働く上での基本的なことをほとんど知らなかったからである。アメリカでは医学生でも知っているアメリカの標準的入院オーダー,処方箋,チャート(日本でいうカルテのこと)の書き方はレジデントを始めてから教わったことであった。また,レジデンシーがどのような形で進められていくのかも,始めてみてわかったことがたくさんあった。
 今回から2回にわたって,アメリカでレジデントとして働く上で,最低限の予備知識をあげてみたい。レジデントを始めてからの何かの助けになれば幸いである。

入院オーダーの書き方“ADC-VAN-DIMEL”

 アメリカの医学生は自分の担当の患者が入院するとその病歴,診察所見をまとめるだけでなく,入院オーダーも書く。これはトレーニングの1つであり,決められたフォーマットに従いながらオーダーを完成させ,上級レジデントにその指示を仰ぐ。当然,レジデントとして働く場合,それを知らなくては,医学生の指導すらできない。日本のオーダーと特に大きな差があるわけではないが,書き方に一定の決まりがあるのでそれに慣れなくてはいけない。
 “ADC-VAN-DIMEL”,これがそのフォーマットを覚える方法である。これは,オーダーの頭文字を順番に取ったもので,どう発音するかは別にして,アメリカのレジデントの常識の1つである。その頭文字の内容は以下の通りである。

“A” Admission:入院
どこに入院するのか,チームの名前(各病院でさまざまな名前がつけられている),担当医を記載する。“Admit to 6E, Team Blue, Dr. A/B/C(6Eに入院,青チーム,担当医A/B/C)”というふうに書く。

“D” Diagnosis:診断
入院の理由となった診断を最初にあげ,基礎疾患がある場合はそれも付記する。疑い の診断の場合は,例えば,“R/O(Rule Out) Meningitis(髄膜炎の疑い)”と書く。

“C” Condition:患者の状態
患者の状態がどうなのかを記載する。安定していれば“Stable”,ICUに入院するような症例であれば“Critical”,その中間ならば,“Fair”とする。

“V” Vital Signs(V/S):バイタルサイン
体温(T),血圧(BP),脈拍数(PR),呼吸数(RR)などを何時間おきにチェックするか,モニターをつけるかなどを記載する。患者の状態が落ち着いているならば,“Per routine”と記載しておく。病院,病棟にもよるが,通常このオーダーでは,1日2-3回,V/Sをチェックすることになっている。また,頻回のV/Sのチェックが必要な場合はその頻度を記載する(例えば3時間おきならば“q3h”)。

“A”Activity:活動
患者の活動に制限をつけるかどうかである。“bed rest”,“free”などと記載する。“bed rest”ではあるが,トイレには行ってよいというような場合は,“BR(Bathroom)Privileges(トイレは特別)”と記載する。

“N” Nursing:ナーシング
ベッドのポジション,創傷のケアなど,ナースに何をしてもらいたいかを記載する。また,V/Sが異常の場合,医師に伝えるために,“Notify MD if T>102F,systolic BP >160,<80. diastolic BP>100,<30. PR>120,<40. RR>25,<5”というようにV/Sの基準を書く。その数値の幅は個人にもよるが,通常成人,小児の正常値を基準に記載する。

“D” Diet:食事
食事の内容を記載する。“Regular”だと通常の食事,“Clear”だと水分のみ,“NPO”とすれば絶食となる。

“I” In's and Out's(I/O):水分バランス
点滴,経口で体に入るInと,尿量,排便などによる体から出るOutをどうチェックするかを記載する。“Strict I/O's”とすれば,通常ナースのシフトの変わる時間にI/Oが確実に計算される。ICUでは,頻回のチェックが必要なことがあるが,その場合は,“q1h(1時間おき)”とすると,1時間ごとにI/Oの計算が行なわれる。

“M” Medications:薬剤
処方する薬を記載する。その記載方法については,書き方が日本と異なるので「処方箋の書き方」の項を参考にしてもらいたい。

“E” Extra-Laboratory:特別の検査
心電図,X線,CTスキャンなどの病棟外での検査が必要な場合はここに記載する。いつ行なわれるのかが重要なので日時を記載する。

“L” Laboratory:検査
通常,血液,尿検査など病棟での検査を,いつ行なうかを記載する。“CBC,Chemistry 7 in AM”と書いておくと,次の日の朝に血算,生化学が行なわれる。

 このフォーマットは,どの病院に行ってもほぼ同じで,覚えると非常に便利である。また,病棟,科によって“Per Routine”の意味が異なることがあるので,確認するべきである。また,各科によってオーダーの書き方に差があるので,その科のルールに沿った書き方が必要となる。

処方箋の書き方

 アメリカでの処方箋の書き方は,日本と大きく異なる。日本では,1日量を書いてからそれを「分2,3(2,3回に分ける)」というように書くが,アメリカでは,あくまで1回量を記載し,それを1日何回飲むかを後に添える。例えば,抗生物質のアモキシシリンを1回量500mgを1日3回経口服用,計7日間,計21錠処方する場合, “Amoxicillin 500mg po TID × 7days Disp. #21” “po”は経口投与,“TID”は1日3回の意味,“Disp. #21”とは,Dispense(調剤する)の訳で,“#”は通常数を表し,“#21”は21錠処方するの意味である。
 投与方法の略語として,po(per os,経口),I.V.(intravenous,静注),NG(nasogastric,経鼻管投与),投与回数の略語として,QD(quaque die,1日1回),BID(bis in die,1日2回),TID(ter in die,1日3回),QID(quater in die,1日4回),また時間で投与する場合には,q(quaque)の後に時間を記載する。例えば,8時間おきならばq8h(hour)と示す。hs(hora somni,就寝前),qAM(毎朝),qod(1日おき)などもよく使われる。
 薬の期間は,7日間ならば“× 7days”,あるいは“for 7 days”と書く。
 Dispの後には,薬の総数,あるいは総量(シロップなどの場合)を記載する。また,Refill(再補充)可能にする場合は,処方箋の欄に可能な回数を記載する(通常3回まで)。また,処方箋の空欄は,必ず横線を引いたりして,患者が薬を付け足して書けないようにしておくこともルーチンに行なわれている。
 処方箋の書き方が違うこともさることながら,アメリカでは学生や医師免許のないレジデントでも,処方箋を書く。そして最終的な確認とサインを上級レジデントにしてもらうだけの状態にしておく。従って,レジデントを始めた初日から処方箋を書く可能性があるわけで,以上のことは是非とも知っておいてもらいたい。
 処方箋には医師のサイン,州の医師免許番号が必要で,麻薬を処方する場合は,DEA(Drug Enforcement Administration)Numberという番号も必要となるが,通常,レジデントのプログラム側で州免許取得後,まとめて手続きをしてくれる。