医学界新聞

 

連載 第7回

医療におけるIT革命-Computerized Medicineの到来

(7)看護における情報革命

竹内文生(国立看護大学校教授)

2455号よりつづく

 現在,「IT革命」や「情報革命」と言われているが,よく使われている「IT革命」は,きわめて政策的な用語である。技術史的に見れば,すでにコンピュータが登場した時点から情報革命は始まっている。医療分野での情報化は,40年以前に病院で医療事務の電算化を進めた時点にその端緒を求めることができる。
 その当時の資料を見てみると,コンピュータシステムへの大きな期待が読み取れる。その中には,現在われわれが目にする多くの病院情報システムのコンセプトや原型を見出すことができる。また,情報システムを活用していくための基盤としてのデータの標準化やシソーラスなど,現在も継続して議論されている課題もすでに行なわれていた。しかしながら,当時の情報システムに関する技術は,現在から見ればまだまだ未成熟なものであり,期待とは裏腹に,現実の情報システムにはおのずから限界もあった。

病院におけるコンピュータ化と看護

 しかし,この間に情報システムに関する技術は格段に進歩し,コンピュータ利用の考え方にも変化が起こり,当時はアイデアだけであった情報システムも現実のものとなってきている。ところが看護情報システムに関する限りは,40年前には現在を予見するような情報システムのアイデアを求めることは難しい。
 このような看護分野での情報システム化への対応の遅れは,主として取り扱う情報の特性および看護職員のコンピュータに対する消極的な態度などによるものと考えられる。しかしこうした遅れは,反面で先行する他の領域での情報システム化の試みや経験を参考とすることができるという条件をも提供するわけで,「看護情報システムの開発」という観点からはかえって幸いしたようにも思われる。
 看護分野で取り扱う情報の中心は,周知の通り「看護記録」である。一般に看護記録は文章で構成されコード化されにくいため,従来のコンピュータシステムでの処理にはなじまないものであった。しかし,業務の標準化や看護記録用語の標準化などの検討が進む一方,コンピュータの処理能力が向上し,多様な看護記録をコンピュータで十分に処理できる時代になってきた。
 こうした状況を反映し,先端的な取り組みをしている病院では,電子カルテシステムの導入に際し,それと連携して看護計画などにもコンピュータを利用できるようになってきている。もちろん,一般的な病院では,まだまだ情報のシステム化が進んでいるとは言えないが,いわゆるオーダーシステムの普及にともない,医師からのオーダーや病棟からのオーダーにコンピュータが利用されるようになっており,病棟にコンピュータが設置されているのもめずらしくなくなってきている。

現在の看護情報システム

 看護部門での情報システムの利用は,勤務表の作成システムから始まったと言える。病棟内の看護婦の勤務スケジュールを月単位で作成するのは,経験のある婦長でも容易なことではない。限られた条件に基づき論理的な組み合わせでスケジュールが作成できることを前提に,勤務表作成システムは,最もコンピュータになじむ作業としてシステム化が試みられた。ただ,勤務表作成のためのルールは予想以上に複雑で,現在でも完全に自動化されたシステムは存在せず,開発の途上にあるといってよい。
 次いで,開発が進められた看護システムは,患者に対する処置などの一覧表を作成するもので,それぞれに異なる病態,ニーズを持つ患者に適切に看護を行なう上で有用なシステムである。患者のケアに関する情報を患者ごとにワークシートに作成し,ケアや処置に漏れがないように点検記録する機能を持っている。このシステムを開発するには,看護業務の類型化や標準化などが必要であり,それぞれの病院ごとにさまざまな試みがなされたが,多様な看護業務が完全に網羅されることはなく,現在でも検討が続けられている。

目的は最適な患者ケアの提供

 これまでの看護情報システムは,主として業務に伴う事務処理を円滑に行なうことが目的であったと言えよう。事務処理のシステム化も重要であるが,コンピュータの性能の飛躍的な向上および利用技術の洗練は,看護分野の情報システム化においても,看護そのものの質の向上に向けた利用を期待させるものとなってきている。事実,最近の看護情報システムがめざすものは,看護婦が患者に対し最適なケアを提供するのを支援し,実施したケアの内容を評価できるようなシステムとして構想されている。 このような指向が可能になった背景には,技術的な進歩も重要であったが,情報システムを利用する看護職の情報リテラシーの向上があげられる。情報システム化を推進する動因としては,当事者のインセンティブが不可欠である。そのためには,看護領域における情報システム化を担うことのできる看護職員の養成が不可欠であると言えよう。
 実際,多くの看護婦養成施設では情報処理技術の教育がなされ,いわゆるコンピュータ・リテラシー,情報リテラシーの向上は目を見張るものがある。私どもの国立看護大学校においても,情報教育には多くの時間を割き,講義および実習を行なっている。最近の学生は,インターネットやEメールを日常的に利用していることもあり,コンピュータの操作には何も不安はない。コンピュータをはじめとする情報機器を業務に活かしていくための方策を,自ら考え出していける能力の育成こそが,これから情報革命を推進していく人材に期待される能力と言える。これからは,病院をはじめとする医療現場では,より高度に情報システムを使いこなせる人材が,新人として参入することとなろう。

この項つづく