医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2467号よりつづく

〔第21回〕ストップ・ザ・狂牛病(5)

狂牛病はなぜイギリスで多発したのか?

 狂牛病の原因は肉骨粉であり,変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の原因は狂牛病の異常プリオン摂取であることが現在定説となっています。1950年代より世界で肉骨粉は,家畜飼料として用いられていました。しかし,なぜイギリスを中心にこのような流行がみられたのでしょうか? 一説にはイギリスには羊が多く,羊にはスクレイピーという狂牛病の羊版の病気があるから,と説明されています。肉骨粉にはこのスクレイピーの羊の脳脊髄も含まれており,当然それが狂牛病の原因と考えられたのです。
 しかし,スクレイピーはイギリスだけにみられるものではありません。それなのに狂牛病の発生は桁違いにイギリスで多くなっています。当時,世界では肉骨粉は主に大人の牛に与えられてきました。ところがイギリスにおいてだけは非常に幼弱な子牛の時期から肉骨粉を与えていました。もしも,狂牛病が牛の幼児期に感染するものだとすると「狂牛病がイギリスで多くみられる理由」にはなります。
 年齢は疫学では非常に重要な役割を演じるわけですが,例えば乳児期1年のドラマティックな変化は,大人の数十年分にも匹敵するかもしれません。クリニカル・エビデンスを構築する際,年齢と性別は最も強力なエフェクト・モディファイアーであり,社会経済階層は最もよくあるコンファウンダーです。
 またスクレイピーの羊の肉を食べても人はvCJDには罹りません。これに対していくつかの説があります。通常羊が食肉として解体される時,脳は取り出されず,頭蓋骨の中のままです。そのために人が羊肉を食べても大丈夫だったという説。あるいは,「スクレイピーのプリオンが牛の体内で変化し,人に伝播し得るプリオンに変化するためだろう」とする説もあります。事実,狂牛病プリオンはマウスに移植されてはじめてハムスターに伝播しますし,vCJDもマウスを経て山羊に病気を引き起こします。この仮説が真実だとすると,脳に蓄積した異常プリオンが類似していなくても因果関係を否定することはできなくなります。つまり,vCJDにみられる異常プリオンと狂牛病にみられる異常プリオンの一致をもって因果関係を論じる説と矛盾を生じます。すなわち,vCJDの原因は狂牛病だけではないかもしれないのです。

牛肉を食べることだけがvCJDの原因か?

 先に述べたとおり,狂牛病とvCJDの因果関係を説明するものは異常プリオンの類似性でしかありません。つまり,疫学調査によるクリニカル・エビデンスはまだ十分得られてないのです。
 イギリスでは2000年11月で85人,2001年前半で100人を超え,vCJD患者数は増え続けています。そのほとんどがイギリスです。現在増えつつあるものの,ヨーロッパ大陸各地での患者発生は,イギリスと比較して必ずしも多くありません。そして多くの人々が牛肉を食べるにもかかわらず,今までのvCJD発症率は100万人当たり1.94人と決して多くはありません。ですから異常プリオンを摂取することがvCJDの発生に必要な原因であるとしても,何か他に条件がそろわないと発症しないことになります。

鹿肉でもvCJD?

 鹿肉もvCJDの原因となり得ることがアメリカで注目を集めています。1960年代よりコロラドやワイオミング州の鹿の1-5%に慢性疲労症候群があることが知られていました。徐々にやせ,変な動きをするようになります。1970年代に入って,この症候群の原因が狂牛病やスクレイピーと同様のものであることがわかりました。慢性疲労症候群の鹿の脳を牛の脳に注入すると一部で狂牛病になります。
 しかし,これを牛が経口摂取しても狂牛病にはなりません。この病気の伝播経路や他の動物種に対する影響はいまだよくわかっていないのが現状です。さらに人との関係もミステリアスです。1999年には3人が30歳以下であるにもかかわらずCJDで死亡しました。1人の女性の場合,父親がメイン州のハンターで鹿の肉を小さい頃によく食べた経緯があり,他の2人はそれぞれオクラホマとユタのハンターでした。かといって,vCJDにみられる脳病理を示しているわけではありませんでした。また,3人とも鹿の慢性疲労症候群が多くみられる地域でないことから,鹿の問題とCJDを結びつけるにはエビデンスが弱いのが現状です。しかし,CJD,vCJDの原因が必ずしも1つではないかもしれないことを示唆する点で興味深いエビデンスと言えましょう。
 多くの豚や鳥にも動物性飼料が与えられています。しかし,牛と比較して早期に畜殺してしまうため,狂牛病と同様の病理を呈するかどうかはわかっていません。イギリスでは肉骨粉を食べた動物園のさまざまな動物たちが狂牛病様の症状を呈して死亡したことがありました。1990年代,イギリスでペットフードが原因で4年間に数十匹の猫がスポンジ状脳症を併発して死亡しています。よって,牛肉以外が安全かという問いに対して,まだ何も正確なことを言えないのが現状です。重ねて,「エビデンスがない」ことと,「安全である」ことはイコールではないのです。