医学界新聞

 

【新春座談会】

再生医学・医療のフロンティア

再生医学・医療は21世紀に何をもたらすか

清水慶彦氏
京都大学再生医科学研究所
教授・臓器再建応用分野
   井村裕夫氏
総合科学技術会議
   筏 義人氏
鈴鹿医療科学大学教授・
医用工学部
《司会》


再生医学とは何か

筏(司会) 最近,再生医学・医療は非常に高い関心を呼んでいます。その理由は,再生医学があらゆる組織・臓器を作り出すことができる可能性を持っている点が大きいと思います。それが現実になると,臓器移植におけるドナー不足が解消され,人工臓器の問題点である生体機能代替性が低すぎる点,生体適合性が不足するという点も解消される可能性が高いことから,本領域に対する期待が大きいのです。
 ところが一方,メディアが報道するように,組織・臓器が再生できるのか,もしできるとしたら一体いつになるのか,また非常に長い時間がかかるなら,どこに問題があるのかという,本領域に関する問題点や課題が,浸透していない感があります。本日は,その点が明確になればよいと考えています。
 今日は,日本の科学技術政策に携わる総合科学技術会議の井村先生と,最近,ヒトのES細胞作製に関する承認が倫理委員会で得られた京大再生医科学研の清水先生にご参加いただき,そのあたりを具体的にお話いただきたいと思います。
 現在,再生医療は英語で,「Regenerative medicine」と呼ばれています。これまでは「tissue engineering」(再生医工学,組織工学と訳される)と呼ばれていました。再生医療は「tissue engineering」から始まり,1998年に初めてヒトのES細胞の分離に成功したことから,一気に広まっていきました。
 現在,最も関心が高いのは,胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)に関してだと思います。総合科学技術会議にも検討委員会がございますね。
井村 ええ。まず最初に,本領域のバックグラウンドからお話ししたいと思います。
 今世紀,日本社会は急速に高齢化が進み,高齢者の健康をどのように維持していくのかが非常に大きな課題です。
 総合科学技術会議でも,今後5年間の重点戦略のトップに「活力ある長寿社会」を掲げています。この実現には,大きく2つの方法があると考えています。
 1つは,病気の「予防」に努めることです。しかし,病気というのは完全に予防することはできません。そこで,病気によって活動性を失った人をいかに回復させるのかが,もう1つの方法です。後者には,再生医学・再生医療が非常に重要になってくるだろうと思います。
 このことは以前から検討されてきました。その流れの中で昨年,亡くなった小渕元総理が提唱された,「ミレニアムプロジェクト」が立ち上がりました。その中には再生医学も含まれています。このプロジェクトにより,神戸に理化研発生再生科学総合研究センターが建設され,さらに研究費もずいぶん増えたという経緯があります。

再生医学の2つの潮流

井村 再生医学には,2つの流れがあります。1つは,先生方が研究されてきた「tissue engineering」の分野で,工学的な視点を用いて組織を再生させる流れです。もう1つは,細胞からのアプローチで,その中心がES細胞です。このES細胞が出てきたことで,一気に関心が高まりましたね。
 ES細胞は,種々の細胞に分化しうるポテンシャルを持っており,マスコミでは「万能細胞」という言い方をしていますね。確かにそれに近い細胞だと思います。しかし,まだいろいろな問題が残されており,今後きちんと検討していかなければいけません。その1つに,ES細胞を作るにあたっては,受精卵を壊さなければいけないという倫理的な問題があり,総合科学技術会議内の「生命倫理専門調査会」で2年ほどかけて議論を重ねて,ようやく日本でもゴーサインを出すことができました。おそらく中辻憲夫先生(京大再生研)が第1号になり,ヒトのES細胞が作られることになるでしょう。
 しかし,ES細胞については,例えばどれほど実用性があるかなど,これから基礎的な研究を積み上げなければならない段階です。人間に使うための基準などについても,まだ決まっておりません。

ES細胞めぐる世界の状況

 ヒトのES細胞作成は認可されましたが,これには受精卵から造る方法と,体細胞の核移植(クローン)という方法があります。日本の場合は,後者のほうはいかがですか?
井村 まだ検討中です。これは,できれば同時にと思っていましたが,倫理的な視点からの批判もありまして,あと1年ぐらいかけて検討していくことになっています。
 現在,世界で正式にクローンによるES細胞による治療を認めているのはイギリスです。クローニングとして,生体の体細胞を採って,その人のためのES細胞を造るという治療法です。もしもこれがうまくいくと,リジェクション(免疫学的な拒絶反応)の心配がありません。しかし問題は,ヒトの未受精卵を使用しなければならない点で,その卵子をどうやって入手するのかは倫理的問題です。
 フランスではES細胞について,大統領府と内閣の意見が対立して進んでいません。ドイツも,今のところ認めていません。両国とも,人胚に関する法律がありまして,今のところはすべて禁止しています。
 このように,ES細胞やクローン胚についての各国の態度はかなり異なります。
編集室註:2001年11月27日,アメリカのベンチャー企業「アドバンスド・セル・テクノロジー社」が,クローン胚作成に成功したと発表し,波紋を呼んだ)
 受精卵からも不可能でしょうか。
井村 ドイツは,ナチスの時代の「優性思想」(ドイツ民族だけが優秀で,他民族はすべて劣等とする考え方)に対する反発がきわめて強く,とても厳しい法律を作っているため,改正はほとんど無理だろうということです。ドイツの研究者は,「輸入して研究するしかない」と言っていますが,それもまだ,認められていません。

ES細胞

 京大では,受精卵からのES細胞が研究されるのであって,体細胞核移植による研究はしていませんね。
清水 クローンによる細胞づくりはまったく考えておりません。将来的にも可能性はないと思います。
 今度,京大再生研の一角に「幹細胞研究センター」が建設されることになりました。そこでは,狭い意味でのES細胞ではなく,もっと広い意味での体性幹細胞の分化・増殖を含めた研究をすることになります。その一部としてES細胞があるという,広い概念の研究センターになります。
 クローン胚は禁じられているのですか?
井村 法律で禁止しているわけではありませんが,生命倫理委員会のゴーサインが出ていませんので,現段階ではやるべきでないでしょう。ガイドラインで禁止しているということです。
清水 われわれの研究所でも,かつてはそういうものをやらなければいけないと思っていましたが,今はそうではないと思います。ES細胞の研究によって得られた新しい知見が,体性幹細胞の研究に応用されることで本領域の研究が加速されますので,ES細胞,体性幹細胞の両方を研究していく必要がありますね。

期待を集める体性幹細胞

井村 体性幹細胞は,今非常に注目されていますね。われわれは長い間,例えば脳の細胞などは生まれた時に数が決まっていて,だんだん減ると思っていました。私はもう70歳ですから,もうずいぶん減っているだろうと思っていたわけです(笑)。ところが,脳の中にも神経幹細胞があって,ある条件で再生し得ることがわかってきたのです。それだけでなく,組織にある幹細胞には可塑性(plasticity)があることがわかり,神経系の細胞から血管細胞に変わることなど,新しい知見がどんどん明らかになっています。
 そこで今度は,体性幹細胞が治療に使えるのではないかと,熱い視線が注がれています。この場合には倫理問題も,リジェクションもありませんので,ある意味では,理想の幹細胞ではないかと考えられます。
 ところが,問題はその細胞の数がきわめて少ないことです。今後は,それをどうやって増やしていくのかを考えていく必要があります。さらに幹細胞の増殖・分化のメカニズム,あるいは1度分化した細胞がもう1度戻るメカニズムを明らかにしないと,なかなか実用化までは難しいのではないでしょうか。
 現在,幹細胞には,ES細胞である胚性幹細胞と,治療クローニングによって作る幹細胞,それから体性幹細胞という,3つの種類があります。当分の間,この3つを並行して研究していかざるを得ないでしょう。どれが最もよいかもなかなかわからないですね。
清水 当初はES細胞への期待が大きかったのですが,いろいろな問題点に気づいてきました。私は現在,主に体性幹細胞を扱っています。研究者は細胞の可塑性の事実を見つけてから,体性幹細胞でも多様な可能性があるのではないかとの考えが世界中に広がってきましたね。われわれの経験でも,骨髄の間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)からニューロンが造れることがわかってきました。
 しかし増殖も,例えば間葉系幹細胞は生体幹細胞のまま増殖させるのならば,さほど難しくはないのですが,可塑性をうまく使って初期化すると,問題点がどうなるか,また分化させた時にあまり寿命が長くない芽細胞がみられるなど,まだまだ問題があります。そのあたりを突破するには,ES細胞のメカニズムに関する情報がもっと明らかになってくると,体性幹細胞にも応用できることから,理想的な材料に育ってくるのではないかと期待しています。
 ES細胞の可塑性について触れられましたが,逆にそれが悪く働く点もあり,うっかりと変なところに移植したら何に変わるかわかりません。癌化するかもしれないという問題がありませんか。
井村 癌よりもむしろテラトーマ(奇形腫)でしょう。これは動物実験だとできてしまいます。ES細胞を使う場合は,未熟な細胞は除いて,ある程度分化して方向が決まったものだけを取り出さなければいけません。未熟な細胞が混じると,奇形腫を作る可能性があります。そのあたりの研究はこれからですね。
 「tissue engineering」とES細胞から始まった細胞移植とは,相対するようにとられる場合があります。しかし決してそうではなく,両方の知識が必要なのです。
 「tissue engineering」では,成熟細胞を使用した場合,十分に増殖しないことが最も大きな問題です。なんとか体性幹細胞を増殖させる研究を,細胞生物学の先生に進めていただきたいです。
 一方,細胞移植では,例えば心筋細胞の細胞移植だけでは治療可能な範囲が限られてしまうので,欠損の大きなものは「tissue engineering」を使っています。ですから,両方の知識が必要なのです。また「tissue engineering」でも,細胞を使うことが大きな特徴ですが,ES細胞はいつ使えるようになるかわかりませんので,早く体性幹細胞を分離・増殖する技術を確立していただきたいですね。

「フィールド・セオリー」

井村 細胞治療だけで治せる病気もいろいろあると思います。例えば骨髄移植は,まさに典型的な細胞治療です。しかし,例えば先生方がやってこられた骨,神経,食道など器官の再生となると,「形態」が必要になります。そうすると,どうしてもその足場を造らないとうまくいきません。そういう意味で,これからも足場をうまく作って臓器を再生させるテクニックが,非常に重要になると思います。それと細胞研究がうまく結びついていくと,新しい展開が起きてくるだろうと思います。
清水 その枠組みを,私は「フィールド・セオリー」と呼んでいます。これが基盤にないと,外科的にも内科的にも再生治療はできません。外科的には,フィールドがなくなった個所に,フィールドを人為的に作ります。一方,内科はフィールドそのものが壊れているので,そこを修理すると考えます。そのフィールドが基本で,どうやって細胞が棲みやすくなり,増殖して,それぞれの臓器の芽細胞や,成熟細胞になれるのかという点が鍵になるでしょうね。
 このような理想は見えているのですが,それに加えて,増殖因子系の選択が非常に大きなファクターになると思います。実際に臨床で使える増殖成長因子は,さほど多くありません。
 あっても,非常に値段が高いですね。
清水 本来,増殖因子の種類は,体内にまだ知られていないものが無数にあると考えられます。これはゲノムが解析されて,次々と見つかると期待しています。そういうものが加わると,問題が解決されて,新しい体系ができていくと思います。
井村 今後の課題は,ある細胞が分化したり,逆に脱分化してもう一度分化するという時の遺伝子発現の研究と,細胞が増える仕組みを明らかにして,増殖因子に関する知識を集積するという,この2つの研究をうまく組み合わせていくことになりますね。

リジェクションを防げるか

 ES細胞の場合はリジェクションの問題があり,一方,体性幹細胞の場合は数が少ないという問題があります。どちらも研究を進めていかなければいけないのでしょうが,特に前者のリジェクションを克服する方法は,見つかるでしょうか。
井村 まだ難しいでしょうね。例えば,ある種の遺伝子を操作してリジェクションができるだけ起こらないようにすることなど考えられているようですが,実用化できるかはわかりません。やはり,リジェクションがあるものと,考えて研究していかなければいけないでしょう。
清水 それに対応するには,例えばリジェクションが起こりにくい個所に使ってみる可能性が1つありますね。例えば,パーキンソン病の治療では,ドーパミン分泌細胞などは,ES細胞で作ってもリジェクションは起こらないかもしれませんね。京大再生研の笹井芳樹先生が研究しておられますが,期待できると思います。それ以外の部分では,そのまま使えばリジェクションは必発でしょう。
 外科系は,それと別の方法が要るでしょうね。細胞だけで間に合うのは,β細胞やドーパミンだと思います。
井村 脳の中は比較的リジェクションが起こりにくいかもしれませんが,それでも起こり得るでしょう。

急速に進む細胞研究

 現在,細胞研究で最も多いのは,骨髄細胞を対象としたものでしょうか。
清水 そうですね。骨髄が最も採取しやすいですから。穿刺して採るのは,医師にしてみたら日常の医療行為です。それに,培養系で簡単に2つの系統を分けられ,それぞれ使えるという,扱いやすさもあります。
 倫理的な問題はありませんしね。
井村 造血幹細胞に関する研究は,これからさらに進むだろうと思います。試験管の中ではまだ十分増やせませんが,それが可能になると,末梢血液から採取して,試験管の中で増やして体内に戻せば,癌の治療などは変わってくるのではないかと思います。
 もう1つは,臍帯血の中の幹細胞をいかにうまく利用するかということも大きいですね。この場合は,拒絶反応が比較的起こりにくいと言われています。
清水 これも大きな期待が持てますね。今,フィーダー細胞(細胞の増殖や分化を起こすために,細胞の培養条件を整えるために用いる細胞種。通常は使用前に,増殖防止のためガンマ線照射や抗生物質などで処理)を使って臍帯血の幹細胞を増やす研究は,実際に成功しています。後は,フィーダー細胞が本当に交じらないようにチェックする,あるいは,フィーダー細胞に異種の細胞を使っていますので,未知のウイルスがいるかいないかが問題で,今はまだ許可が出ていないと思います。しかし,ヒトの細胞をフィーダー細胞に使える技術が進めばこの問題はクリアでき,利用できます。
井村 独立行政法人・産業技術総合研究所や神戸の先端医療センターに「セルプロセシングセンター(CPC)」が建設されます。本施設は厚生労働省のGMP(Good Manufacturing Practice;優れた品質の医療品・医療用具を製造するために必要な構造設備や品質管理等において守られるべき基準)を満足するものとしては,おそらく日本で初めてか2番目ぐらいの施設になると思います。
 そこでヒトの幹細胞増殖の研究を行ないますが,その第1号として,京大小児科の中畑龍俊教授が,造血幹細胞増殖の研究を開始することになっています。臍帯血の造血幹細胞を5倍ほどに増すと,成人にも使えることになります。今のところ,成人でも体の小さい人でないと,臍帯血で骨髄移植に変えることは難しいのです。
 一方では,ゲノム研究が猛烈な勢いで進んでいます。そこから新しい物質が出てきたり,細胞分化のメカニズムが解明されるのでないかと期待しています。
 今,関西地区では,京都・大阪・神戸で1つのコンソーシアム(共同研究体の意。ここでは京大,阪大,神戸市先端医療センター,理化学研究所の発生・再生科学総合研究センター,産業技術総合研究所などが連携。2002年開始)を作ろうとしています。また理化研発生・再生科学総合研究センターで発生学の研究が進みますので,その成果が再生医療に対してどのような示唆を与えてくれるかと期待しております。
 造血系の場合は,in vitroでの増殖はまだ難しいですが,in vivoでは増殖できますね。一方,表皮も骨もその前駆細胞はin vivoでは増えますが,いつかはin vitroでも増えると思います。in vivoで増える場合は,幹細胞から増えるのでしょうか。
井村 そのあたりの研究は,まだこれからだと思います。
 現在,種々の臓器に,普通の体性幹細胞と違って,もっと未熟な,ES細胞に似た細胞が見つかってきています。ですから,臓器の幹細胞といっても,決して1つの段階のものではなく,種々の段階があるのかもしれません。
清水 おっしゃるとおりだと思います。
 以前に,「造血幹細胞はもしかしたらES細胞でないか」という内容の論文がありました。筋肉などいろいろなものができると,むしろES細胞と考えたほうがわかりやすいという説がありましたね。
井村 そうですね。細胞には前駆細胞のような前駆段階もあれば,もっと未熟な段階のものもあって,同じような未熟な幹細胞が種々の組織にあることが,最近見出されています。そうすると,成体もES細胞に近い細胞を持っているのかもしれません。

再生医療・医学で何ができるか

 アメリカのベンチャー会社では,「tissue engineeringは工場で造らないとビジネスにならない」といって,ほとんど完成品に近いところまで作って病院に納品しているそうです。私自身は,それは非常に難しいので,ある程度まで増殖したら,患者さんの体で増やすほうがよいのではないか,と思っています。このあたりは,先生方はどのようにお考えですか。in vitro,つまりex vivoで皮膚ができるからといって,他の臓器もできるというわけにいかないと思っているのですが。
 皮膚以外は,骨,軟骨,血管などのex vivo再生の研究があります。
清水 単純な組織レベルの組織は,工場で作ることは可能だと思いますが,内臓のようなものは難しいと思います。例えば,足場は工場で造って,GMPレベルの医療施設を備えた病院に提供して,細胞処理は病院で行なって使う,という流れにしないと,ビジネスとしても成り立たないし,治療という目的も達せられないのではないかと思います。細胞処理の時間は意外と短時間しかかかりませんし,感染防止や取り違え防止などは病院のほうが熟知しているからです。
 欧米ではビジネスの気運が強くて,皆さん走っていますが,あるところで限界がくると思います。
 ただ,簡単な組織は,どんどん工場製産を進めたらよいと思います。末梢神経などは,枠組みがあれば治ってしまうわけですから,簡単に造って提供できますね。

見えてきた臨床応用

井村 清水先生が最も力を入れておられるのは,末梢神経ですか。
清水 それは研究的にはほぼ終わりまして,もう提供できるようになりました。今,まだできていない分野で最もやりたいのは脊髄ですね。これはようやく少し治せるようになったところです。
 他に,心臓,肺,消化管,肝臓,腎臓などの,移植しなければ治らない病気です。細胞治療,あるいはファクター(増殖因子)で治していくという可能性が広がっていますので,ぜひ続けていきたいと思います。
井村 心臓についてはいかがですか。細胞治療では限界があるように思います。本当に高度に心不全が進行していて移植しか残されていないような例に対して可能性はありますか。
清水 それは病気の種類によります。狭心症ですと,増殖因子で側副血行を作れば簡単に治せます。細胞治療が必要な心疾患では,心筋層が成長して完成するまでの間,補助人工心臓で補助することが可能です。すでに臨床でも進められています。
 私が関心があるのは,拡張型心筋症です。ポリエステルやゴアテックスなどのような非吸収性の人工材料を用いるのではなく,吸収性の足場と心筋細胞を用いて自分の組織を再生していく。そのあたりからいくのがよいのではと考えています。
清水 心臓に関しては,研究者は拡張型心筋症をターゲットにしています。心臓移植の大半が拡張型心筋症ですから。本症の場合は,マトリックスは残って細胞が死ぬということで,細胞治療の格好のターゲットです。それに導入する心筋細胞をどのように作って,長生きしてくれるものを入れるかによると思います。その時に,問題になるのは,心筋細胞がバラバラであっては駄目で,一緒になってジャンクションを作らないとパワーにならないという点です。
 そのあたりで,突破口になりそうなのが,岡野光夫先生(東女医大)の「細胞シート工学」です。これだとジャンクションを作って塊になりますので,期待できると思います。
 心筋の一部が完全に欠損している場合は,モノレイヤーのシートだと薄すぎますね。もっと分厚いのを使わないといけないでしょうか。
清水 ええ。あれは何重にもできますからね。
 血圧に対する強度が必要ですよね?
清水 岡野先生の方法だと,シートを6層ぐらい重ね合わせています。データを見ると成績がかなりよいので,細胞治療の中では,心臓領域はかなり先行するのではないでしょうか。

老人性痴呆症への挑戦

井村 今後の大きなテーマは老人性痴呆だと思いますが,これはいかがですか。
清水 私は治療可能だと思って期待しています。脳細胞の減少した部分を増やせばよいということですね。神経幹細胞の場所がわかっていますし。ただ,痴呆でもアルツハイマー病はまた別で,細胞減少に原因があり,その元を治さないと駄目です。
 一方,動脈硬化性痴呆は,細胞を増やして血管を増やせばよいので,再生医学の格好のターゲットになると思います。血管を増やすのは,ずいぶん進んでいますから,あとは脳の神経細胞を増やす戦略を考える必要があるでしょう。ただ,これも増えたらよいというわけでなく,その部分での機能を有する細胞として増殖しなくてはいけませんから。
 幹細胞を使って,パーキンソン病の治療を目的としている研究は多いですね。アルツハイマー病を目的としている研究はありますか。
清水 再生医療の側からはまだないと思います。病気の元を断つにはどうするかという研究はたくさんあります。
井村 パーキンソン病は,胎児の神経細胞を使ったり,副腎を使うなどの研究の蓄積がありますから,最初のターゲットとしてやりやすいかと思います。ただ,今までの胎児の神経細胞の研究では,よい結果が得られていませんね。ですから,なかなか難しい問題があると思います。
 しかし,それがある程度進めば,その次のターゲットとして老人性痴呆がありますね。本症は数も多いし,非常に大きな社会問題ですし,なんとか対策を考えないといけません。

膵臓-β細胞へのアプローチ

 先ほどの心臓に加えて,細胞医療の有力な候補として,他にはいかがですか。
井村 今,膵臓のβ細胞の研究が非常にさかんですね。β細胞は,内分泌系における最大の問題です。インスリンの治療は難しく,特に I 型糖尿病のようにβ細胞がほとんどなくなりますと,血糖コントロールが大変難しくなります。
 人工ランゲルハンス島(以下,ラ氏島)もかなり研究されましたけど,やはり無理のようですね。
清水 どうもそのようです。
 やっているほうにしてみたら,あっさり「無理」と言われたら困るんですけど(笑)。
清水 先生には悪いですが(笑)。インスリンの吸入剤ができましたので,今後は,本格的にラ氏島を増やす方向を模索したほうがよいのではと思います。
井村 人工ラ氏島の場合は,血糖をどのようにして測るのかという,センサーの部分が非常に問題です。後はアルゴリズムで血糖を測ってインスリンを入れたらよいでしょう。これもある程度の大きさになりますから,1つ問題でしょうね。膵島というのは,まだ完全に発生・再生のメカニズムが解明されていません。腸の中にラ氏島に変わるような細胞があるようです。今,このあたりのメカニズムの研究が行なわれていますので,うまくいくと,そういう形で再生できるかもしれませんね。
 β細胞の場合は,別にシナプスは必要ないですね。
井村 ありません。グルコースの濃度を感知してインスリンを出せば,それでよいのです。ただ,ラ氏島には,グルガゴンを出すα細胞や,ソマトスタチンを出すδ細胞があり,そういうものが1つの塊になっています。その役割が,いま1つ完全にわかっていません。ですから,β細胞だけで本当にすべて済むのかどうかは問題ですが,インスリンがきわめて重大な役割を果たしていることは,間違いありません。
 細胞は,グルコースを投じて応答性メカニズムを持たせるのと,インスリンを分泌させるのとでは,どちらが難しいでしょうか。
井村 β細胞そのものを増やせば,両方もっているから,最もよいと思います。
 インスリン遺伝子を他の細胞に導入して,グルコースのセンサーになるメカニズムを作るという研究もあります。ですが,インスリン分泌のメカニズムも,グルコース・センシングのメカニズムも完全にわかっていないので,現在の部分的な知識で他の細胞をβ細胞に変えようというのはなかなか難しいでしょう。
 それと,インスリンの場合で難しい点は,分泌されすぎると低血糖になり,障害を残す可能性があることです。ですから,本当に限られた狭い範囲で血糖調節しなければいけない難しさがあります。

脊髄損傷治療への可能性

井村 清水先生が研究しておられる脊髄損傷も数が多いですね。これもなんとか治せるようにしてさしあげたいですね。
 中枢系と末梢系と,神経の伸展する機構が違うそうですね。非常におもしろいと思います。
清水 中枢系のほうがはるかに高等ですから,今のシナプス形成の問題なども残っています。
井村 動物実験ではどのくらいまで回復するのですか。
清水 まだラットの段階ですが,現在進めている実験では,5-8mmぐらい脊髄を押しつぶして,完全に脊髄損傷にしたラットは,2か月ぐらいで元に戻ります。
井村 完全にですか?
清水 はい。これは6-8週齢の若いラットを使うせいかもしれませんが,わりと早く回復します。ただし,断裂した場合は,まだ戻りにくいのです。臨床例の脊髄損傷は潰れている例ですので,ゴールデンタイムの間に対応すれば治療が可能となる時代がくると思います。
 ただ,車椅子に乗って何年にもなるという方に,同じようことができるかどうかは,まだやってみないとわかりません。
井村 アメリカでは,映画「スーパーマン」の主役クリストファー・リーブさんが脊髄損傷になり,財団を作って脊髄の再生医療にかなり力を入れています。
 日本には,そういうものはありますか。
清水 日本にも財団はありますが,患者団体でして,資金力も不足しているようです。今後,文部科学省などからサポートがあれば,研究者は増えると思うのですが。

複雑な構造を持つ臓器への戦略

 体性幹細胞は,神経や,造血系,表皮系などにはあると思いますが,腎臓とか膵臓にもあると思われますか。
井村 膵臓に幹細胞はあるだろうと思いますね。
 残っているβ細胞の増殖を考えることも大事かもしれませんね。基となる幹細胞を探したほうが,もっとよいかもしれないということでしょうか。
清水 膵臓は,すでにそのような研究がなされていますね。腎臓は,まだ見つかっていないようです。
井村 腎臓はきわめて複雑な構造なので,再生が難しい組織かもしれません。
清水 尿細管は再生力が旺盛らしくすぐに生えてくるのですが,糸球体は戻りません。
 それでは,腎臓については糸球体を造って,尿細管を別に造るという形になるのでしょうか。
清水 今は無理ですが,将来的には一気に作らないといけないでしょう。例えば肝臓も長い間に種々の研究があって,肝細胞を増やして,いろいろな場所に入れられてきました。しかし,どこに入れても全部駄目でしたからね。このような臓器の場合は,全体として,仕組みとして復元しないと,働かないようです。やはり,oval cellのような前駆細胞から全体を作っていく必要があります。
井村 例えば動物の体を使うなど,少し違った発想でいかないと,腎臓とか肝臓のような複雑な構成を持った臓器は,なかなか作れないかもしれないという気もします。まだこれは,少し先の話ですね。
 今,近畿大の磯貝典孝先生が指の再生をやっておられ,そのお手伝いしています。先生は骨と軟骨と靭帯とを同時に作ってしまおうと試みられていて,とても感心しました。骨だけ,軟骨だけ造ってというわけにいきませんからね。これをなんとか患者に使いたいとやっています。
清水 再生医療は,そのような造り方が案外最も近道かもしれませんし,でき上がったものが本当に働くためには,逆にその方法でないとうまくいかないと思います。
 例えば,そのように腱を作ると,元の細胞から腱と骨とが分化して,一体として繋がった,いわば一種のシステムとして再生できます。別々に造ると,ジャンクションに弱みが出てしまいます。これは,すべての臓器に共通するように感じます

感覚器の再生

井村 聖マリアンナ医大の水島裕先生は,感覚器の再生学をやりたいとおっしゃっていましたね。
 眼については,京大の高橋政代先生が研究していますが,「なかなかシナプスが作れない」という話を聞きました。そのあたりに,1つのブレイクスルーが必要だと思います。このあたりは難しいのですか。
清水 シナプス形成が最も難しい課題だと思いますが,可能性はあると思います。
 脊髄では,圧挫モデル(ラット)で骨髄から採った細胞の中に幹細胞がありまして,骨髄穿刺液を丸ごと入れますと,わりと成績がいいですね。たぶんそこではシナプスを作って修復している感じがします。
 ですから,あまりin vivoで特殊な環境で単純化しないほうがよいのかもしれません。あるいは逆に,外でシナプスを作り上げておくのと,どちらの戦略がいいのかを検討していく必要があると思います。
 高橋先生は遺伝子導入でやろうとしておられますね。
清水 虹彩から神経幹細胞を採って導入して,網膜系を修復するという方法だったと思います。大きなものは難しいとおっしゃっていました。
井村 感覚器系では高齢になるとだんだん耳が聞こえなくなるのではないかという恐怖感があります。神経系を再生させて難聴を治療するのも大切です。それから,この頃,黄斑変性症(マクロパシー)が60歳以上に増えていますので,細胞治療によい適応症でしょう。
清水 そうですね。細胞治療でしか治せないでしょう。
井村 その意味で,感覚器の再生も高齢化社会では重要なテーマになると思います。
 先日,京大の伊藤壽一先生から,幹細胞から聴覚神経の再生の話をお聞きした折りに,「5年以内には臨床にもっていきたい」とおっしゃっており,たいへん驚きました。
井村 構造も複雑ですし。難しいでしょうね。
清水 耳はとても繊細な構造ですし,また,脳の聴覚野との連携をどう取るかは,非常に難しいと思います。
 それは視覚も一緒ですよね。
清水 はい。感覚系では,このあたりが1つの大きな山だと思います。

未来の医療・社会へのインパクト

「活力のある長寿社会」に

 10年後の再生医療はどのようになっていると思いますか。
井村 10年以内に何らかの幹細胞が臨床で使われることになるでしょう。それが,体性幹細胞かES細胞になるのか,またこれらによってどのような病気が解決できるかは,やってみないとわかりませんが,細胞で治療できるものが比較的にやりやすいかと思います。
 そうすると,パーキンソン病のような脳疾患,脊髄損傷,さらに拡張型心筋症,膵β細胞などが早いだろうと思います。それだけでも非常に大きなインパクトを医療にもたらすと思います。
 私はしばらくの間,神戸中央市民病院の院長をしていましたが,脊髄損傷の方は多いんですね。なんとか治してあげたいと,常に思っていました。そのあたりは,先ほどのお話から,10年以内になんとか目途がついてくるのではないかという気がしています。
清水 井村先生がよくおっしゃる「健康寿命」は非常によい言葉ですね。たとえ高齢者が増えても,皆さんが労働力を持てるほど元気であればよいのです。そのために,痴呆に対するチャレンジは,社会に対する大きな貢献になります。痴呆に対してどこまでできるかはわかりませんが,例えば脳梗塞とか脳出血で倒れられた方を,リハビリテーションで普通に動ける段階まで治すというところまでは,今の技術を応用していくと,案外早くできると思っています。それだけでも,かなり医療費の低減にもなりますし,社会の活性化にもつながります。その先に痴呆の治療の可能性が見えてくると思っています。
井村 現在,日本人の65歳の方の平均余命は,男性が約16年,女性が21-22年で,その最後に,平均して男性1.4年,女性は2.7年ほどの期間を,人のお世話にならないといけないそうです。それをいかに短くするかが,医療費・介護費節減のためにも,日本の社会を活性化するためにも必要です。その一部が,再生医療で達成できるだろうと期待しています。
 清水先生がおっしゃったように,脳血管障害で倒れても,自分のことは自分でできる程度に回復すればいいのです。寝たきりにならなければいい。それをどうするかということです。
 また,女性の場合には骨粗鬆症で骨折してしまい,動けなくなることが多いので,それをいかに再生させるかということも大きいですね。
 骨粗鬆症を治すのは,体全体にわたるため,工学的に非常に難しいですね。しかし,骨折のように1か所だけなら,再生も考えやすいです。
清水 骨粗鬆症になると全身の疾患になりますけれども,骨折場所は手首,背骨,腰とだいたい決まっています。その折れやすいところに細胞療法あるいは骨の強化療法を導入すれば,骨粗鬆症の方が骨折しにくくなると思います。そういうことは,近々できるのではないでしょうか。

再生医療は「究極の医療」か?

 工学的な立場から申し上げると,私自身は本領域の10年後についてはかなり楽観的です。私は「足場」を研究しており,今後の見当がつきますので,なんとかなるだろうと思っています。増殖成長因子も必要ですが,これも時間が経てば安くなって手に入りやすくなるだろうと予想しています。
 今のところ,使っている細胞のほとんどは成熟に近い細胞です。繊維芽細胞,骨芽細胞などでもかなりの再生ができています。今後,やはり大きな欠損になると,細胞は増殖してくれないと対応できません。このあたりはなんとか体性幹細胞を増やす,あるいは成熟細胞に近い細胞をもっと増やす方法を考えていただきたいですね。そして10年以内にはそれが可能ではないかと思っています。
清水 基礎生物学では,このあたりのメカニズムの研究がものすごい勢いでなされています。それが再生医療にシフトしてくると,大きな効果が得られると思います。
 よく「再生医療は究極の医療」なんて言い方をされますが,それは事実でしょうか。医療というのは,そんなに簡単なものではないでしょう?
井村 私は,「予防」が究極の医療だと思っていますが(笑)。しかし,予防だけでは済まないことがあるのも事実です。
清水 再生医療が究極だとは思いませんね。これで治せない病気は,まだたくさんあると思います。ただ,今までできなかったことが,ずいぶんできるようになるということです。
井村 同感ですね。すっかり変わると思いますね。特に高齢者社会では,機能が廃絶して寝たきりになる方が非常に多いので,その防止が可能になれば,非常に大きい変革になります。
 すると,医療費の問題も非常に大きく変わる。
清水 社会構造に与えるインパクトも,非常に大きいと思います。
 本日はありがとうございました。