医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2463号よりつづく

〔第8回〕ディザスターの看護(3)

爆発でよくある聴力障害

 災害時などに発生する,ある程度の爆発によっても鼓膜に小さな穴があくか,亀裂が入ることがあります。さらにひどくなると,鼓膜がすべて破れてしまいます。特に爆発場所に近いか,壁からの反射があった場合には,より多く発生します。そうすると,ひどい場合は鼓膜の再生術が必要になり,回復に相当の時間を必要とします。
 めまいや耳鳴りを合併することも多く,このような場合には頭部外傷も考慮します。よって聴力障害は,必ずしも鼓膜のみではないことを銘記するべきです。

見落としやすい肺損傷

 肺に損傷を受けると,咳,呼吸困難,チアノーゼなど一般的な呼吸不全の症状を示します。爆発の熱風を吸い込んでしまった場合には,事故後早い段階では軽い症状のみで済みますが,24-48時間後に呼吸不全に陥ることもあります。また24-48時間後はスタッフの疲労も出てくる頃ですので,気を緩めてはいけません。
 特に初期症状はごく軽いのですが,ちょっとでも咳があったら,呼吸数を測ってみましょう。肺がやられると,そこから出血することもあれば,逆に血液に空気が混ざり,塞栓症を起こすことがあるからです。ベイルート爆破事件では,外傷のほとんどなかった死者の死因の2.6%は空気塞栓でした。また,呼吸状態が少し悪いからといって酸素投与と自発呼吸のみで問題なければ,人工呼吸器の使用はできるだけ避けるべきです。なぜなら肺が傷んでいますから,無理に機械で空気を押し込むとかえって肺が破れることになり,空気が血液に混入するおそれがあるからです。
 爆発事故の際には,空気を多く含む消化管,すなわち胃,十二指腸,大腸が破裂するという可能性があります。また肝臓,脾臓,横隔膜の破裂も考慮しなくてはなりません。もちろん,破片が突き刺さる場合もあるでしょう。破裂までいかなくても,肺損傷と同じ原理で生じた粘膜損傷は消化管出血につながります。つまり,外傷はなくても臓器が爆風によって傷ついていることがあるのです。

精神的な問題

 事故は終わっても,ディザスターとしては始まりにすぎません。大きな爆破事件では60-80%の被害者に精神的問題が発生します。また,事故のニュースを聞き多くの身内がかけつけます。その際も,無造作に死体安置所に連れていくことは避け,死体の特徴を示す写真を見せるなどして,非医療者への死体の暴露を最小化する必要があります。
 さらに,死体処理を行なう人たちに関しても,できるだけ地元のスタッフを避けるべきです。なぜなら,死体が知り合いに見え,仮に身内に犠牲者がいなくても,長期に渡り,こころの傷を残し得るからです。
 本連載第4回(2450号)では,飛行機事故(シオックス空港)におけるトリアージのすばらしかったことを述べましたが,精神サポートもしっかりしていました。南ダコタ大学病院スタッフを中心とするカウンセラーは事故後4日半,遺族あるいは生存者に対する精神的ケアに献身的でした。特にかけつけた遺族に身内の死を告げ,死体を確認してもらうプロセスは重要であり,カウンセラーとしても熟練を必要とします。
 シオックス空港は,飛行機事故に対してよく準備していたと言えますが,カウンセラーを含むメンタルケアの専門家までは訓練に参加させていませんでした。しかし受付デスクをどこに置くか,腕章の色によって医療関係者,事務,カウンセラーなどを分類するか等,普段から実地訓練していればいろいろなアイデアも浮かぶことでしょう。特に生存者は,後々までフラッシュバックが続くこともあるでしょうし,遺族は精神的に死を受け入れ難いことです。ですから,カウンセラーによる長期の経過観察とサポートが必要となってくるのです。
 災害発生時には,事故の規模にもよりますが,相当数のカウンセラーが必要であり,飛行場などの事故の発生が予測される場所の責任者は,有事に備えて緊急時のカウンセラーをあらかじめ確保しておくべきです。またカウンセラーのリーダ-を決め,その人の経験に応じて担当を決めます。死の告知に関してはベテランにお願いするなどの配慮も必要でしょう。
 加えて,スタッフのメンタルケアも忘れてはいけません。スタッフの努力もむなしく犠牲者が増えたとしたら,スタッフの多くは自責の念にかられ,うつ状態に陥り,その後何もやる気がしなくなってしまうかもしれません。シオックスの各施設は同じような体験者を集い,自由な会話を促すことによりストレスを発散させる会を,事故直後より何度も持ちました。つまり,犠牲者,遺族のケアだけでなく,スタッフのケアも同時に配慮する必要があるのです。

忘れてはならないその後の精神的ケア

 キューブラー・ロスが『死の瞬間』で解説したように,ディザスター後,人々の感情と行動はいくつかの特徴あるステージを経ます。爆発直後,当事者や関係者はあまりのショックで何が起こったか,どうしてよいのかがわからなくなります。
 今回のニューヨーク世界貿易センタービルの爆発崩壊後も,多くの人は呆然としながら自宅まで歩いて帰りました。そして,人々の心は一端陽性に振れ,高揚した状態となります。そして「見ず知らずの人でも誰かが困っていればこれを助けようとする」と,誰もがヒーローを演ずる時期です。
 阪神・淡路大震災の際,「日本人もこれだけ善意に満ちた民族だったのか!」と思うほど全国から多くの人々がかけつけました。人間の本能的な美徳かもしれません。そして,我に帰った人々の強い怒りと憎しみはテロリストに向けられます。しかし,これを実行できるのは,政府や軍です。被害状況の全貌が見え,また自分の置かれた立場,失業など将来の不安が出てくると困惑期に入ります。そのような時に,政府はタイミングよく過分な経済援助を犠牲者にするべきなのです。
 被害に遭われた方々は,時間とともに回復期に入りますが,その道筋は決して単純なものではありません。1年後,2年後といった記念日には,つらい思い出から再び落ち込むこともあるでしょう。またディザスターの質と大きさによっては,十分に回復できないことも多いのです。
 私たちは,被害者やその遺族に対する精神的ケアも忘れてはいけません。