医学界新聞

 

連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第9回 どのビザを取得するか?

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


2462号よりつづく

 日本人がアメリカで臨床医として働くためには,アメリカ政府発行のビザが必要となる。ビザといってもその種類は多岐にわたるが,レジデント,クリニカルフェローとして働く場合,J-1ビザ(交換訪問者ビザ)を発行してもらうケースが多い。ところが,これは簡単に発行される分,1つの大きな問題を抱えている。アメリカでのトレーニングの後,母国に最低2年以上帰国しなくてはいけないという制約(俗称,2-Year Rule)を受けるのである。その制約の是非は別にして,それを避けるために,他のビザのオプションがある。
 今回は,アメリカで研修医として働くために必要なビザについて解説したいと思う。ビザに関する法律は常に改正されており,取得の際にはその情報が最新のものであることを常に確認してもらいたい。

J-1ビザ(交換訪問者ビザ)

 このビザは,アメリカ政府が認定した交換訪問プログラムの参加者に発行され,学生,研究者,訪問教授,そして研修医もこのカテゴリーに入る。ビザを取得する際に,必ずスポンサーを必要とするが,このビザのスポンサーは,各プログラムではなく,ECFMG(Educational commission for Foreign Medical Graduates)である。最長7年までの延長が可能である。自分の行くプログラムが決まったら,まずはそのプログラムに連絡をし,J-1ビザを申請する旨を伝え,必要書類を依頼する。
 J-1ビザの利点として,必要な書類を集めれば,弁護士の世話になることなく,安価($140)に短期間で簡単に取得できること,最初の2年間は,アメリカでの税金を払わなくてよいという経済的メリットがあることが挙げられる。一方,欠点として,前述したように,トレーニングの後,2-Year Ruleを受ける。この制約は,極端な話,アメリカ市民と結婚したとしても消えることはなく,永遠についてまわるものである。ECFMGのスポンサーするJ-1ビザの応募方法については,以下のウェブサイトを参考にしてもらいたい。
URL=http://www.ecfmg.org/evsp/index.html

H-1Bビザ(専門職ビザ)

 このビザは,専門職を有する外国人を対象としており,通常アメリカ人の不足している仕事領域に発行される。例えば,カリフォルニア州シリコンバレーで働く多くのインド人は,その卓越したコンピュータに対する技能,知識を買われ,このビザを持つものが多い。2年前には,その発行枠が大きく拡大され,4年前と比べると約3倍の年間19万5,000の発行枠がある。このビザをとるためには,学士以上の学歴と仕事先からの受け入れを示す書類が必要で,最長6年まで延長可能である。
 利点としては,短期間で取得できること(弁護士を雇う場合が多い),2-Year Ruleの制約を受けないことが挙げられる。欠点として,USMLE Step 3に合格していないと取得できないこと,受け入れ先の病院からの手紙が必要なことが挙げられる。このビザは,あくまでアメリカ人の不足している仕事領域に発行されるもので,病院で研修医として働く場合は,その範疇に入らない。しかしながら,特にIMG(外国医学部卒業生)を受け付けているプログラムでは,その発行を簡単に許可してくれるところもあり,インタビューの際に交渉が必要である。

Oビザ(特殊技能保持者へのビザ)

 このビザは,芸術,商業,科学,スポーツなどで卓越した技術を持つ者に与えられる。医学においては,臨床,研究面でのそれなりの業績があれば応募することができるが,仕事の雇用主が必要で,その業績を証明する必要がある。通常3年まで延長可能であるが,それ以降の延長も可能である。
 利点としては,2-Year Ruleを受けないこと,欠点として,それなりの業績がないと応募できないことが挙げられる。私の友人は,アメリカでの研究面での業績が買われ,Oビザで現在,内科のレジデントをしているが,これは特殊なケースであり,その発行は限られていると言わざるを得ない。臨床,研究面で業績のある人には,よいオプションと思われる。

永住許可証(通称グリーンカード)

 永住許可証は,アメリカに永久的に滞在を許可された者に与えられるビザで,更新の必要はなく,その滞在中の活動に制限を持たない。ただ,アメリカ国外に1年以上滞在すると(申請をすれば2年まで),ビザは失効するので,注意が必要である。なお,5年経つと,市民権を得る権利が与えられる。
 その利点はきわめて大きい。まずビザの問題がないことから,レジデントに応募する際,インタビューに呼ばれる可能性や受け入れられる可能性が高い。そして2-Year Ruleを受けない。欠点としては,取得が容易でないことが挙げられる。
 その取得方法としては,大きく2つの方法がある。まずは“Lottery”といういわゆるくじ引きである。世界のほとんどの国にアメリカに住む平等な権利を与えている,まさにアメリカらしい制度である。年間約5万5,000の永住権がこのカテゴリーで発行されるが,当選する確率はきわめて低い。ただ応募するのは簡単で,決められた書類を作成し,郵送するだけで手数料もいらない。今年は,日本から637人の当選者が出ている。具体的な方法は,以下を参考にしてもらいたい。
URL=http://www.ins.usdoj.gov/graphics/services/residency/divvisa.htm
 もう1つは,その人間が科学,商業,芸術面で卓越した技能,知識でアメリカ社会に貢献すると認められた場合に発行されるもので,幾つかのカテゴリーがあるが,“National Interest Waiver(EB-2)”という範疇が,医師,特に研究者として応募する場合には妥当であろう。これに応募するためには,弁護士を雇い,自分のアメリカでの貢献度を証明する手紙を8-10通,各方面から集め,必要書類とともにINS(Immigration and Naturalization Service:移民帰化局)へ送る。それが認可されれば,永住権が通常1年以内に発行されるが,もちろん拒絶される場合もある。その応募には,弁護士に対する手数料として通常$5,000以上が必要となるので,移民専門の弁護士を選定し,綿密な作戦が必要となる。これも臨床,研究面で業績のある人には,よいオプションと思われる。具体的内容は以下を参考にしてもらいたい。
URL=http://www.ins.usdoj.gov/graphics/howdoi/eligibility2.htm

母国に2年間帰ることの制約

 1人の医師を作り上げるには,多くのお金と人手が必要である。自国で育成した医師の頭脳流出を防ぐためにも,J-1ビザを取得したものは,アメリカでのトレーニングの後,母国に2年以上帰らなくてはいけない制約を受ける。インド,フィリピンなどを例にとると,医学部卒業生の半分ほどがアメリカでの卒後研修を希望しており,研修後もアメリカに定住することを望んでいる。彼らは,極端にJ-1ビザを取ることを嫌い,他のビザを所得するために多くの努力と犠牲を払っている。また,J-1ビザを取得したものの,アメリカでの滞在を希望し,2-Year Ruleを解除するための唯一の手段,過疎地域(Undersurved Area)で数年働いているIMGを数名知っている。
 母国に2年間帰ることをどう捉えるかは人それぞれであろう。アメリカの進んだ医学教育制度を学び,母国の医学教育に還元することはすばらしいことである。しかしながら,研修後のアメリカの厳しい競争社会で生き抜く道を選ぶのも,アメリカで研修を終えた者の特権と言える。このオプションを残しておくためにも,2-Year Ruleの制約を持たないビザを取得する可能性を考えてもらいたい。研修後,母国に帰らなくてはいけない制約は,アメリカでの医師としてのキャリアを積む上での弊害となるのは明らかである。

準備は早めに

 最後に,ビザを扱う政府機関INSは,不法移民の問題などで,年々その仕事量が増え,予算もかさみ,その仕事が遅いことで有名である。そのような現状を踏まえ,ビザの手続きはできるだけ早く行なうことを勧める。

 次回は,研修を始める前にあたって,どのようなことを準備すべきかについて述べたいと思う。