医学界新聞

 

寄稿 アメリカの病理学レジデントとは?

―――「Doctor's Doctor」になるために

笹田寛子(ハワイ大学・病理学レジデント)


はじめに

 私は本(2001)年の3月に大阪医科大学を卒業し,現在ハワイ大学で病理学レジデントとして研修中です。アメリカの病理学レジデントは一般にあまり知られていないと思いますが,その紹介も兼ねて,私が現在の道を選択した理由などを書かせていただきたいと思います。

米国病理レジデンシーについて

 まず最初に,アメリカで病理学が包含する分野と,日本で一般的に捉えられているそれとの相違点について述べなくてはなりません。アメリカの病理学はClinical PathologyとAnatomic Pathologyという2つの分野に分けられています。Clinical Pathologyは,血液学,輸血学,免疫学,生化学,中毒学,微生物学を含み,一方,Anatomic Pathologyは剖検,外科病理,法医学,細胞遺伝学,細胞学(細胞診の診断),電子顕微鏡学を含みます。
 私の属するハワイ大学では3年かけてこれらすべての分野を学び,4-5年はElectiveとして希望のローテーションを組むことができます。日本で一般的にイメージされる病理は主に剖検,外科病理ではないかと思います。実際アメリカでも病理医の多くが外科病理の診断を主に仕事としていますが,レジデントでこれだけの広い分野の勉強が必要とされるのには,病理医が「Doctor's Doctor」という立場であるべきだという理念に基づいています。
 つまり臨床医からの検査や診断に関するあらゆる質問に対して常に答えられる態勢をとっておくことが必要ですし,実際レジデント時代からon callで臨床医の質問に答えるトレーニングを積みます。私自身はまだレジデントになって日が浅いので実際のon callの経験は大量輸血の許可や,外科からの迅速診断の依頼などでしたが,先輩のレジデントによると,臨床医から診断を確定するための必要な検査についての相談を受けることも多いようです。
 私が実際に研修を始めて強く感じたことは,アメリカの病理医はこれら広い分野の知識を統合して臨床医をback upしているということで,常に論文に目を通し勉強することで,新たな知識をとり入れています。
 私が今研修しているKaiser Foundation Hospitalでは月に一回程度の割合でほぼ全臨床科とそれぞれ合同カンファレンスが開かれ,診断基準や診断法に関しての最新の情報や,教育を兼ねた症例報告,また生検組織を提供する外科系の科との会議では,複雑な症例について,その場でスライドを提示して解説を行なっています。このようなプレゼンテーションの多くはレジデントの仕事で,そのための文献や資料の検索,臨床医を納得させる明快な発表方法の工夫などにおいてかなりのエネルギー投入が要求されます。指導医はこれをサポートしてくれますが,成否はあくまでもレジデントの主体性にかかっています。
 毎週1回欠かさずあるのは,「Tumor board」というカンファレンスで,これは臨床医が腫瘍疾患で特殊な例,治療に抵抗する例などを持ち寄り,各科の医師に意見を聞くことでよりよい治療をめざすことを目的にしたものです。これにはほぼすべての臨床科,放射線医,病理医が一堂に会し意見を交換します。ここで病理のレジデントとしての役割は,事前に生検組織のスライドに目を通してそれをビデオに撮り,カンファレンス中に説明することです。
 指導医からは,あまり病理を詳しく言うのはよくない,臨床医にとって何が重要なのかをよく考え簡潔にまとめなさいと言われます。つまり,病理医だけの会議では細胞の変化,組織構築の変化など形態学的な点についても詳しく述べなくてはなりませんが,こうした臨床との合同の会議では細かい病理学的表現は必要最低限におさえ,臨床にとって必要と思われる病状のステージ,鑑別診断,予後などをいかにわかりやすく表現するかが必要となります。こうしたことなどを通じても,病理医が臨床医にどうやって関わっていくべきかを学んでいきます。
 認定医試験受験資格には病理レジデントとして5年間のトレーニングが必要ですが,その中の1年は,内科や外科系,また各科を短期間ずつまわるスーパーローテンションをすることも認められています。これは,病理医が臨床を実際に体験し,これをよく理解した上で臨床と関わっていくことが重要と考えられているからで,すなわち臨床重視の表われだと思います。

私が米国で病理レジデントの道を選んだ理由

 私が,特にアメリカで,病理レジデントとしてのトレーニングを選択した理由は,上記に述べたような広い分野に関して学んでみたいと思ったからです。
 またそれは元をただせば,臨床医として研修する前に,病気のメカニズムについてもっと詳しく学んでみたいと思ったことに遡ります。今現在,医療は進歩し高度な治療が可能になってきています。しかし,そんな現在でさえ,メカニズムすらわからない疾患は存在しており,このような疾患は治療法すら確立されていません。ですから,これらの疾患に対して何らかの糸口を見出すためにも,病気のメカニズムを全体的に理解することは大切なことだと考えています。
 アメリカの病理医は自分で細胞診をし,骨髄穿刺をすることも要求されるなど,手技的な観点からも,日本より臨床に近い位置にいると思います。そうした環境で,診断医として臨床に接しながら病気のメカニズムを熟考し,将来は,ここで学んだ知識を活かしつつ,より適切な診断と治療選択が行なえる臨床医になることが私の今の目標です。

実際に米国でレジデンシーに入って感じたこと

 私がハワイで研修を初めてから,5か月が瞬く間に過ぎ,仕事にも新たな環境にも慣れることができました。今現在で米国のレジデンシーを選択してよかったと一番強く感じることは,特にハワイ大学の病理学教授が国際性を重視して世界中から研修医を採用していることにもよりますが,いろいろな国からの人とともに学べることです。英語という共通の言語でコミュニケーションをとっていく中で気付いたのは,どの国の出身であっても同じことに共感し合えるというごく当たり前のことでしたが,今まで日本以外で暮らしたことがなかった私にとって何よりも新鮮なことでした。
 プログラムに関しては,米国のどの科のレジデンシーにも言えることだと思いますが,レジデントは教育を受ける段階にいるという基本概念が徹底しているので,指導医がこと細かに教育してくれます。もちろん,私たちレジデントはローテーションごとに評価を受けますが,同時に私たちも指導医を,1人ひとり評価して,その評価表をハワイ大学に提出することが求められます。このような過程で指導医も自分の教育面でフィードバックを受けることができ,よりよい教育の場が生まれていくのだと思います。まだ今はClinical Pathology, Anatomic Pathology1つひとつを各2か月ずつローテーションした段階ですが,私が求めていた病気のメカニズムを学ぶという意味での研修の場に,ここはかなった場所だと感じ,充実した日々を送っています。