医学界新聞

 

連載 MGHのクリニカル・クラークシップ

第22回

[患者列伝その7]「DNR/DNI」(蘇生しないで/挿管しないで)(註)

田中まゆみ(イエール大学ブリッジポート病院・内科小児科レジデント)


2462号よりつづく

 透き通るように白い肌,やせ細った,今にも折れそうな変形した手足,両親の声や痛みに反応して発せられる言葉にならない音声。
 きわめてめずらしい,常染色体劣性遺伝による進行性の代謝性疾患が,10歳までは正常な子どもだった彼をこんな姿に変えてしまったのだった。さらに残酷な事実は,彼の姉も同じ病気で2年前に病死していることであった。両親は,わが子が2人までも,知能も身体機能も徐々に冒されて静かに死を待つさまを,じっと見守ることしかできないのだった。

つらい話

 障害児施設から,嘔吐・発熱で入院してきた17歳の彼には,いつも両親がつきっきりで付き添っていた。幸い抗生物質が奏効して,肺野の影は改善してきていた。
 彼の空腸にはすでに空腸管(J管)が通されていたが,J管そのものは誤嚥性肺炎の発症を減らしはしない(唾液や胃からの逆流液でも誤嚥性肺炎は起こるため)。必要な栄養を摂取するには腸管に負担がかかり過ぎるが,IVH(経静脈高栄養輸液)は,両親との慎重な話し合いの結果,行なわないとの結論が出されていた。次第にやせていき,誤嚥性肺炎を起こすたび入院を繰り返す……。彼の姉もまた,このような経過をたどったのであろう。これ以上つらいことがあろうかと思われるのに,輪をかけてつらいことに,さらに次の段階の話をする時期にさしかかっていた。
 上の子でもう体験しているはずだが,その事実は悲惨さを増しこそすれ,この気の重い話題を親に対して切り出すのをいささかでも容易にするわけでは決してなかった。肺炎が悪化した時に気管内挿管して人工呼吸器につなぐかどうか,心臓が止まった時に蘇生処置をするかどうか,つまり,DNR/DNI(Do Not Resuscitate/ Do Not Intubate)に変更するかどうかを,両親に決めてもらわなければならないのだ。
 教官が静かに切り出すと,両親の体がこわばるのがはっきりとわかった。
 「レスピレーターにつながれたままで生きていたいと本人が思うとは思いませんけれど,J管が詰まったり穿孔したりしたら,その処置のために手術はしてほしいだろうと思うんです。気管内挿管しない,ということにしてしまったら,そういう時に困るでしょう?デイビッド(子供の名前=仮名)には,私たちの声がわかるんです。私たちの声がわかる間は生きていたいと,本人も思っているでしょう」
 低い声で,しかし考え抜いた末のことであることをあらわす毅然とした調子で,母親ははっきりと私たちに告げた。父親は大きな手で固く妻の両手を握り締めている。その言葉づかい,態度には,悲しみの中に威厳さえ漂っていた。

死にゆく患者にわたしたちができること

 教官にも,両親の気持ちは痛切に伝わったらしかった。「では,こうしませんか」穏やかな人柄で研修医から慕われている,そのベテランの小児科教官は,ゆっくりと提案した。「処置や手術などのために予定通り行なう気管内挿管は含めないことにしましょう。突然呼吸や心臓が止まった時だけ,“Do Not Intubate”ということにしましょう」それから,教官と両親は,どういう場合はどのような処置をするか,してほしくないか,細かに1つひとつ検討を始めた。それは,両親にとっては,わが子の墓に土を少しずつかけていくに等しい作業だったに違いない。しかし,何か起こった時に,理不尽な過剰治療でわが子の苦しみを長引かせることもまた,不本意なことに違いなかった。
 結局,患者のカルテには,「DNI」の下に長い説明が付け加えられた紙が張られることになった。翌日,コード変更を申し送りされた研修医は,その長い箇条書に何か言おうとしたが,その言葉を飲み込んで,黙々と目を通して内容を確認していった。7年間の親の思いに対して,われわれができることといったら,死にゆき方の希望に沿うことだけ。これから何かが起こるたびに,そのリストは短くなっていき,ついには「DNR/DNI」だけに収斂していくのであろう。そのあと,初老の夫婦に残された時間の永遠ともいえる長さに,思いをはせずにはいられなかった。
この項つづく

(註)心停止など救急心肺蘇生が必要な事態のことを「コード・ブルー」または略して「コード」と言う(「いやあ,昨晩はコードが3回もあってね,一睡もできなかったよ」)。また,コード・ブルーが起こった時,どこまで治療するかという取り決めのことも「コード」という。ありとあらゆる救命処置を行なう患者は,“Full Code”である。ほとんどの患者はこれにあたる。
 それ以外のコードとして,DNR/DNI(Do Not Resuscitate/ Do Not Intubate;心肺蘇生も挿管もしない。例:末期癌患者など),DNI(Do Not Intubate;電気ショックや薬物治療などの心蘇生はするが,挿管はしない。例:レスピレーターからの離脱困難が予想される高齢COPD患者など)などが用いられる。このほか,経管栄養や抗不整脈剤の使用など,各項目ごとにYesかNoかを指定できる。
 終末期医療に関しては過去の判例などに基づき明確な倫理指針があり,患者に判断能力がある場合は本人の意思表示,ない場合には家族による最善の推量(もし本人が意思表示できたらこう望むであろうという)に沿うよう勧められている。家族の希望ではなく,あくまでも「本人が意思表示できたとしたらどう望むだろうか」という,本人の希望をできるだけ尊重しての推量判断である点に留意していただきたい。