医学界新聞

 

救急医学の科学的根拠を求めて

第29回日本救急医学会が開催される


 さる11月7-9日,第29回日本救急医学会が,相川直樹会長(慶大)のもと,東京・港区のホテルパシフィック東京において開催された。
 今回のメインテーマは「21世紀の救急医療の科学的根拠を求めて」。
 今学会では,会長講演「救急医のidentityと求められる能力」の他,Judith E. Tintinalli氏(ノースカリフォルニア大)による「米国のemergency medicineの現状と将来」,John F. Burke氏(ハーバード・メディカルスクール)による「人工皮膚の組織工学とその臨床応用」などの招待講演3題,真栄城優夫氏(沖縄県立中部病院)による「これからの救急医療を考える」などの特別講演3題,さらに教育講演7題,シンポジウム3題,「小児救急医療の現状と将来構想」「救急領域におけるfunctional genomics」などパネルディスカッション4題や,精神医療の関与などをテーマとするワークショップ3題などが企画され,多数の参加者を集めた。
 また,同会場では,第16回日本救命医療学会(会長=相川氏)が同時開催され,日本救急医学会との合同パネルディスカッション「救急救命センターのクリニカルパス」などが行なわれた。


救急医のidentityと求められる能力

 学会初日に行なわれた会長講演では,今後の日本における救急医療のあり方を模索することを目的に,救急医のidentityと社会に求められる救急医の役割を提示した。
 救急医療は現在,臓器別診療区分が該当しない,救急科が標榜診療科ではない,などの理由からidentityの基盤が脆弱であることを指摘した上で,「急性傷病患者を最初に診察し,生命危機,臓器機能障害,重症化,苦痛などから患者を救う専門的能力を有する医師を社会は求めている」として,「この専門的職能を基盤とした救急医のidentityは近年急速に確立されてきている」と示した。
 現在,日本の初期・2次救急医療は非救急医が担っている点に触れ,特に地域救急医療は,これらの医師の尽力がなければ成り立たないことを前提としながらも,これらの医師の本業は救急ではなく,現在行なわれているのは「彼らのできる範囲の救急医療」であり,今後検討すべき課題とした。
 このような中,救急医療体制の新しい形として,都立墨東病院で11月から開始される「東京(墨東)ER」を紹介。同病院は救命救急センターを有しているが,「救急診療科」を新たに設置。ここでは当直業務から独立して機能し,いわゆる初期・2次救急患者の初療に対応する部門で,一方センターではこれまで通りに3次救急を担うというものである。また来年度から他の2都立病院でも同様の試みが開始されることを明らかにした。
 さらに氏は,救急医のあり方として,「認定医資格をすべての救急医に求められる『共通能力』部分として,その基盤の上に種々の異なる専門能力(サブスペシャリティ)を有する,多様な救急医からなるモザイク集団こそが,21世紀に存続できる専門的職能集団となる」と述べた。
 さらに,「社会が求めている質の高い救急医療は,救急専従の専門的職能集団によってのみ可能である。今後は救急医がFirst Doctorとなったほうが,他の診療科医師より治療効果がよい,という治療のエビデンスを示すことが必要。このことから『救急医こそが患者のニーズに最も適切に対応できる』と社会に認められた時,救急医のidentityは堅固となる」と強調して,講演を結んだ。

●卒前救急医学教育の現状と理想像

 最終日に開催されたシンポ3「卒前救急医学教育の現状と理想像」(司会=川崎医大 小濱啓次氏,福井医大 寺澤秀一氏)では,7名の演者が登壇し,救急医学実習のあり方を中心に議論が進められた。
 最初に,「卒前救急医学教育の現状と問題点」と題して,木村昭夫氏(国立国際医療センター)が,ACLSコースの習得や,シミュレーション教材などを用いた在学中の初期診療教育の充実について提言。臨床研修必修化に向けて,受け入れ側となる研修病院としての要望を明らかにした。

救急実習の問題点

 続いて,全国の医学部・医科大80校を対象に行なわれた救急医学に関するアンケート調査の結果を,青木克憲氏(慶大)が報告。問題点として,国立大学と私立大学間におけるマンパワー格差をどうするか,教育環境として,3次救急医療は適切かなどを指摘した。さらに,医学生の立場からみた救急医学教育については,実習に訪れた学生にアンケート調査を行なった加藤博之氏(佐賀医大)が解説。同大実習は(1)救急車同乗,(2)救急外来での当直,(3)学生が患者と医師役を演じるClinical simulation study(CSS),(4)心肺トレーニングなどで構成されているが,「患者の症候から問診などで診断を絞りこむ,診断過程の重要性に意義を感じた」,「((1)について)将来の救急隊員とのスムーズな連携を形成するのに有意義」との回答が多数得られたことを明らかにした。
 さらに臨床実習の問題点について,瀧野昌也氏(金沢医大)は,学生が経験する症例数や重要症候にバラツキがあることを指摘。これには,救急患者の来院の様子を時間的・空間的に分析した結果,実習に夜間・休日にシフトし,市中病院での実習を検討することなどが必要とし,「大学病院だけで実習を行なうのは限界がある」と示した。
 次いで猪口貞樹氏(東海大)は,研修医・教員10名のチーム診療体制の中に,3名程度の学生を配属し,外来当直や入院患者の診療に実際に参加するという,クリニカル・クラークシップを導入した救急医学教育の有効性を示唆。特に「若手教員の教育への参加が大きな鍵を握る」と強調した。

シミュレーションを用いた卒前救急実習

 野手洋治氏(日医大)は,同大で展開する卒前救急教育を,(1)教育目標,(2)使用テキスト,(3)臨床実習のありかた,(4)教育効果の評価,(5)「ベッドサイド教育指導医」の養成,(6)コストの6つの側面から解説。今後の課題として,教育内容の標準化とsimulation-based trainingの導入を掲げた。
 一方,工廣紀斗司氏(日医大千葉北総病院救急センター)は,dynamic simulationを用いた救急医学教育の有効性を示唆。そのメリットとして,失敗の許されない危機的状況における判断能力・治療技術を養うことが可能で,習得までに何度も繰り返して学べることから,侵襲的な手技を要する救急医学教育に適している点を強調した。
 すべての講演が終了後,司会の寺澤氏から,(1)救急車の同乗実習は必須か,(2)重症のクリティカルケア実習は必須にすべきか,(3)1-2次救急の中で,危険を含む症例の経験は必須か,(4)ACLS,ATCSトレーニングや外傷シミュレーションは必須か,と4つの質問を投げかけ,壇上に登った演者とフロアを交えて議論がなされた。司会の寺澤氏は,最後に,「今後は日本型の救急医療に,北米型救急(ER)を取り入れていく必要がある」として,シンポジウムを結んだ。