医学界新聞

 

〔鼎談〕緑内障点眼薬の新しい展開


桑山泰明氏
大阪厚生年金病院・眼科部長

山本哲也氏
岐阜大学医学部教授・眼科

白土城照氏
東京医科大学八王子医療
センター教授・眼科
<司会>


■最近の緑内障点眼薬開発による薬物療法の変化

眼圧下降治療と副作用の軽減

白土〈司会〉 ご存知のように近年,緑内障に関する報道が増加しています。これは緑内障発見の方法として,従来は眼圧検査が主であったのに対して,最近は眼圧よりも視神経所見から診断を行なうことの重要性が認識されて,緑内障発見率が高まったことがあると思います。また,ここ数年で多数の緑内障治療薬が開発され,緑内障治療への期待が高まっていることなどが影響していると思います。
 そこで本日は,「緑内障点眼薬の新しい展開」と題しまして,最近増えてまいりました点眼薬によって緑内障治療がどのように変化したか,また今後どのような展開が期待されるかについて,先生方のご意見をうかがいたいと思います。
 緑内障薬物療法は,1970年代まではピロカルピン点眼,エピネフリンと炭酸脱水酵素阻害内服薬ぐらいしかなかったのですが,80年代にβ遮断薬が加わり,つい5年ほど前にプロスタグランジン関連点眼薬ウノプロストンが発売されて,治療法が大きく変わってきました。
 またこの2年間で,さらに炭酸脱水酵素阻害点眼薬ドルゾラミド,交感神経α/β遮断薬ニプラジロール,α遮断薬ブナゾシン,そしてより強力なプロスタグランジン関連薬ラタノプロスト,さらにはβ遮断薬のゲル化剤と多数の点眼薬が発売されてきましたが,これらの新しい薬物による治療法の変化について,山本先生,いかがでしょうか。
山本 大事なことは,新しい薬物によって,眼圧を十分に下げることができるようになってきたことです。
 緑内障治療には,神経保護や循環の改善という別系統の治療も提唱されていますが,やはり眼圧下降治療が基本になりますから,それが確実に達成できるようになったことが,患者さんにとって最大のメリットだと思います。
白土 桑山先生はいかがでしょうか。
桑山 山本先生がご指摘のように,薬物により眼圧コントロールできる症例が増加したことは大きなメリットだと思います。
 さらに,選択の幅が増えたことによって,副作用が軽減できるようになったことも,患者さんにとっては福音だと思います。

臨床における問題点

白土 緑内障の基本である眼圧下降を達成しやすくなった反面,副作用の多様化という問題もあり,処方面での複雑さが出てきたと思います。その点に関してはいかがですか。
山本 先ほど申しましたように,眼圧下降効果が強い薬物が開発された分,実際に併用される薬の種類は少なくなりました。
 もう1点は点眼回数が少なくなりました。従来は1日2-4回,状況によっては6回も要していましたが,最近は1-2回が主体になりました。
白土 桑山先生はいかがですか。
桑山 もの事にはすべて「表と裏」があるように,選択肢の増加は福音をもたらしましたが,一方ではどれを使えばよいかという混乱が生まれたと思います。さらには,効果的に点眼するためには,点眼後5分ほどの閉眼が必要ですが,種類が多くなると点眼に要する時間が増え,患者さんのQOL上のデメリットともなります。
 従来,緑内障治療には「最大耐容薬物量」,つまり副作用がなく,患者さんが点眼できる範囲までは薬物治療を行ない,それでも駄目ならば手術治療でという考え方がありました。薬理作用や作用機序の異なる薬物が使用可能になりましたので,今は薬物の効果を十分に把握して選択する,言い換えると「最小必要薬物量」を考えなければいけない時代になったと思います。
 薬剤の種類が増えたと言っても,1剤で済む人は約半数ですので,いかに上手に組み合わせを選んでいくかは,今後大きな課題になると思います。

眼圧下降効果から考えた第一選択薬

白土 眼圧下降効果という面で考えると,β遮断薬とプロスタグランジン関連薬が基本になると思いますが,最初に何を選択しますか。
山本 現時点では,欧米でもまたわが国でも,さまざまな臨床研究によってプロスタグランジン関連薬のラタノプロストが最も眼圧下降効果が強いことが証明されていますから,ラタノプロストを選択します。
 それに対するもう1つの第一選択になり得る重要な薬物として,β遮断薬があります。β遮断薬の眼圧下降効果は,ラタノプロストに比べると若干弱いですが定評があります。問題は緑内障の患者さんにはご高齢の方が多いことです。
 後ほどお話に出てくると思いますが,β遮断薬はご存知のように局所的な副作用のない薬ですが,喘息の誘発,心血管,心臓への影響などの全身的な副作用のために使えない症例があります。そのため,現段階ではプロスタグランジン関連薬が第一選択になることが多いと思います。
白土 桑山先生はどのように考えていらっしゃいますか。
桑山 山本先生がおっしゃったことに尽きます。β遮断薬はすでに20年の歴史があり,副作用に関してよく知られていますが,その一方で,全身的な副作用に関してはあまり知られておらず,患者さんも眼科医も点眼薬による副作用だと気がつかないことがあります。
 どの緑内障病型でも使用可能という点で,β遮断薬は現在も重要な第一選択薬の1つですが,これらに注意を払うことが必要です。

「切り替え」か「増量」か

白土 プロスタグランジン関連薬でそれほど眼圧が下がらない症例に対して,β遮断薬に「切り替える」のか,あるいは「追加」するのかという問題があります。この問題についてはいかがでしょうか。
山本 難しい問題です。視神経に余裕のある症例の場合,1-2か月の単位なら,眼圧を下げなくても患者さんに大きな不利益は起こりません。そういう状況のもとでは切り替えて様子を見ますが,実際には2剤併用になることが多いです。
 基本的には両者の眼圧下降機序がまったく異なり,1+1=2になる可能性が高い薬物ですので,眼圧下降を要求されている状況では,追加投与,併用投与になることが多いと思います。
白土 桑山先生はいかがですか。
桑山 薬剤の選択肢が増えましたが,その効果には個人差があります。また,緑内障はきわめて慢性に経過する疾患で,場合によっては5-10年,極端な時には一生同じ薬剤を使うことになりますので,選択肢を有効に使うという意味で,まず切り替えることが基本だと思います。
 山本先生がご指摘なさった,切り替える余裕がない症例もありますが,全体的に考えれば,十分な時間的余裕のある患者さんが多いですから,私は切り替えを薦めます。
 日本人にはもともと眼圧レベルがあまり高くない緑内障が多く,有効であっても薬物の眼圧下降幅は狭いです。また,眼圧には日内変動もあります。
 そういう点では,片方の目の治療効果を確認して,両眼に使う「片眼トライアル」が重要だと考えています。
山本 私もそれには大賛成で,多くの症例で行なっています。

その次には,何を選択薬とするか

白土 プロスタグランジン関連薬,β遮断薬のいずれか,あるいは併用が治療の基本ということです。
 ところで,β遮断薬とプロスタグランジン関連薬の併用でも,効果が不十分と考えられる症例に対する第3薬としての選択については,どのように考えたらよろしいのでしょうか。
山本 以前でしたらピロカルピンでしたが,眼圧下降機序から考えて,房水産生を別の系統で落とすという意味で,私は炭酸脱水酵素阻害薬を選択するケースが多いですね。
桑山 私も炭酸脱水酵素阻害薬トルソプトを選ぶことが多いですが,他の「セカンドライン」の薬剤を含めて,年齢や病型に応じて選択するように努めています。
 例えば,最近発売された塩酸ブナゾシンは,房水流出を増やすという点ではプロスタグランジン関連薬と作用機序が競合しますが,相加的な眼圧下降効果が得られた症例がありましたので,試みる価値はあると思います。
 今後はどのような病型にどの組み合わせがよいのかを,一般医の方に示していく役割が,われわれ専門医にあると思います。
白土 ブナゾシンとプロスタグランジン関連薬は同じブドウ膜流促進薬ですが,薬理作用が異なりますから,併用効果について今後検討しなければいけませんが,β遮断薬,プロスタグランジン関連薬と薬理学的に最も拮抗しないのは炭酸脱水酵素阻害薬ですね。

「点眼薬」か「内服薬」か

白土 従来,点眼薬の眼圧下降効果は炭酸脱水酵素阻害薬の内服ほど強くないと言われていました。最近の薬剤の開発によって,もはや内服の役割はなくなってきたとお考えでしょうか。
 手術成績が向上すれば,全身副作用の多い薬剤は減ってくるわけですが,内服薬を点眼薬に置き換えることができるのでしょうか。
桑山 内服薬の効果が点眼薬より強いことは間違いありません。しかし,内服薬には全身倦怠感,手のしびれ,食嗜不振というような日常生活に直結する副作用がありますので,私は緊急的な短期間の使用に努めています。使用する場合には,常に手術の選択を頭の中に置いています。
白土 多種の点眼薬が出てきたことによって,従来,緑内障治療薬剤の1つとして採用していた炭酸脱水酵素阻害薬の内服薬は,短期以外は使わなくなったと考えていらっしゃるわけですね。
山本 そういう側面は否定できません。現実にはメタゾラミド(ネプタザン)は使えなくなったので,アセタゾラミド(ダイアモックス)がほとんどです。桑山先生がご指摘のように,手術までのつなぎに使うことが増えています。
 問題は手術がうまくいかなかった症例です。炭酸脱水酵素阻害薬の内服薬は,全身的副作用が強いですが,私はあえてそのリスクを選択することもあります。そういう患者さんですと,残念ながら視野の残存部分を保つことが最大の目標になります。
白土 炭酸脱水酵素阻害薬の内服薬は,緊急避難的な部分があるわけですね。

「緑内障治療基準」の枠組みの変化

白土 ところで,歴史的に緑内障治療の主役であった副交感神経作動薬ピロカルピンや,交感神経作動薬エピネフリンの役割についてはいかがでしょうか。
山本 単剤あるいは2剤に追加した時に,ピロカルピンやジピベフリンでよく下がる症例がありますので,そうした症例には今後も使われるでしょう。
 しかし,ピロカルピンは長期に使用すると,白内障の手術がしにくくなることもあり,時には近視化や暗黒感があるので,効果が少ない場合は早めに手術すべきだと思います。ジピベフリンも長期に使うと,濾胞性結膜炎になります。従来型の治療薬は何種類も残っていますが,その中で私が使わなくなったのはジピベフリンです。
桑山 私も山本先生と同意見です。ピロカルピンは他の薬剤と比べてもユニークな眼圧下降機序を持っており,閉塞隅角緑内障など症例によっては非常に有効です。古い薬ですが,今でも十分に存在価値があります。
 それに対してジピベフリンは,交感神経遮断薬との併用効果や薬剤耐性,それから,薬剤アレルギーの問題があるので使わなくなりました。
白土 新しい薬剤が増えたことによって,緑内障治療の基準となる枠組みが変わってきたと考えなければいけないようですね。
桑山 そう思います。点眼薬の選択は単剤から併用ということではなく,単剤で切り替えるという考えが出てきました。
 また,「点眼」,「内服」,「手術」という順番も変わりました。場合によっては内服までいかず,点眼で駄目な場合はすぐに手術というように,選択の基準が変わってきたと思います。
白土 薬物療法を考える視点が変わってきたわけですね。
 選択肢が増えただけではなく,治療の枠組みそのものを考え直さなければいけないのではないかというご意見だと思います。

「正常眼圧緑内障」について

白土 もう1つ,眼圧の高い,いわゆる「高眼圧緑内障」に対して,「正常眼圧緑内障」という問題があります。わが国ではきわめて高い頻度を示し,緑内障の7割を占めています。
 正常眼圧緑内障に対しても,薬物の新しい展開は有用なのでしょうか。
山本 薬理作用を考えれば当然のことですが,正常眼圧緑内障では高眼圧緑内障と同じ薬物治療をした場合に,眼圧下降効果が少ない可能性があります。それを除けば,正常眼圧緑内障に対して眼圧下降を図る薬物療法を行なうことに否定的な見解は少ないと思います。
 欧米の共同研究でも証明されていますし,わが国の臨床研究においても有効というデータが出ています。
 問題になるのは,眼圧下降だけでは視野進行が止まらないタイプの正常眼圧緑内障があることです。これはもともと眼圧が低い例や,近視型の正常眼圧緑内障など明らかにわかる例もありますが,治療によってある程度眼圧を下げ,何年か経過しなければわからない症例もありますので不確実です。
 しかし,少なくとも大多数の正常眼圧緑内障に対しては,降圧を図る治療を行なうことは合理的だと思います。現在は正常眼圧緑内障に対しても,眼圧下降効果のある治療薬が開発されてきたことは事実だと思います。
桑山 エビデンスとして治療効果が確実であるのは,正常眼圧緑内障においても眼圧下降治療です。やはりメインの治療として行なうべきだと思います。眼圧下降の下降幅はわずかでも,十分な下降率があれば,神経に対する保護効果が十分にあると考えます。
白土 わが国の正常眼圧緑内障の発見率が増えていますので,新薬の開発が行なわれたことは,大変タイムリーなことだと思います。

「循環改善療法」と「神経保護療法」

白土 正常眼圧緑内障は,必ずしも眼圧が単一因子ではないだろうという考え方があります。また,山本先生がおっしゃったように,眼圧を下げても進行する症例があります。
 そういう症例に対して,「循環改善」や「神経保護効果」が眼圧下降薬に付随した効果として報告されています。こういうことに関してはいかがでしょうか。
山本 大変,難しいご質問ですね。
 「今世紀の緑内障治療」という大きな視点に立てば,神経保護的な治療は考えなければならないでしょう。神経生理学や周辺科学の進歩によって,今まで考えもしなかったような神経保護に有用な薬剤が出てくるはずです。
 それから,もう1つの「循環改善」についてですが,「循環改善」という言い方は非常に漠然としています。
 循環の異常が緑内障の病態にどれだけ関与しているかは,かなり議論の多いところですが,少なくとも正常眼圧緑内障では,カルシウムチャンネルブロッカーによる循環改善治療は多くの症例で視野の進行に差が見られます。
 ただ,私自身は現在の眼圧下降薬の「神経保護効果」や「循環改善効果」には疑問を持っています。われわれが治療しなければならないのは,視神経乳頭のレベルですから,点眼という手法によってそこまで薬物が達するのか。そうしたことに関するエビデンスが少ないように思います。
 確かに「人眼においても,薬物が後極部まで達する」というデータが一部出ていますが,それだけでは少し弱いように感じています。神経保護や循環改善をめざすのであれば,それをメインにした全身投与,あるいは現在の点眼とは異なる投与法に頼るべきではないかと思います。
桑山 カルシウムチャンネルブロッカーについては,今後検討すべき治療薬だと思います。
 神経保護治療については,山本先生と同意見です。眼圧下降治療によってほとんどの症例は進行を緩徐,停止できますが,それでも進行する症例が必ず存在しますので,神経保護治療は今世紀の緑内障診療がめざすべき重要な治療法だと思います。
白土 正常眼圧緑内障を含めて,新しい緑内障治療薬は,眼圧下降という面では恩恵をもたらしましたが,神経保護作用についてはエビデンスがあまりなく,将来の目標ということですね。

「長時間作用型薬剤」について-「日内変動」との関係

白土 話が前後しますが,最近の緑内障点眼薬の特徴として,長時間作用という点があります。従来の眼圧降下という治療目標も長期予後の観点から,診察時だけの眼圧で眼圧を判断してよいのか,という問題もあげられます。
 桑山先生は「日内変動と緑内障の関係」というテーマを研究なさっていますが,この点に関して新しい薬剤の果たす役割をおうかがいたいのですが。
桑山 緑内障は慢性疾患で24時間,眼圧が視神経に対して影響しているわけです。慢性疾患である心臓病,全身高血圧などは24時間のパターンを見て,個別化した治療を行なったり,「24時間コントロール」の概念でコントロールされていますが,同じ慢性疾患でありながら緑内障はその点が欠如していると思います。
 神経保護治療にはまだ少し時間がかかる状況で,現在,唯一エビデンスに基づいた治療である眼圧治療効果をより上げるのは,「24時間コントロール」だと思います。眼圧がコントロールされているのに進行した症例の中には,24時間にわたってコントロールすることにより,進行が止まる例も含まれていると考えます。
 私が治療中の眼圧日内変動を測定した結果では,3分の2の症例が通常の診療時間外である夜間や早朝に最高眼圧を示しました。そこを個別化して24時間コントロールすれば,治療の精度がさらに向上すると思います。
 日内変動の検討から,個々の薬剤効果にも日内変動があることが明らかになってきました。同じように点眼しても,また有効な濃度が眼内にあっても,点眼薬によって眼圧が下がる時刻と下がらない時刻があります。
 β遮断薬は非常にシャープな眼圧下降効果がありますが,効果のある時間と効果のない時間が比較的はっきりしています。一方,プロスタグランジン関連薬は24時間いつでも有意な効果があり,平均的に眼圧を下げます。
 緑内障治療においては,最高眼圧を下げるだけでよいのか,それとも平均的に下げたほうがよいのか,あるいは変動幅を減らせばよいのかは,残念ながらわかっておりません。それを解明していくことは,緑内障の病因解明にもつながる重要なことだと思います。
白土 単回点眼で,しかも長期間に渡って,眼圧を下げられる薬物が出たことは大きな恩恵ですね。
桑山 24時間下げられる薬剤が出たことは,大きな恩恵だと思います。
山本 対象は正常眼圧緑内障ですか。
桑山 はい。現在は正常眼圧緑内障を対象にしています。
白土 逆に,正常眼圧緑内障ですら,24時間という長時間にわたって下げられる新しい薬剤が出てきたことに意味がありますね。
桑山 ええ。そう思います。

■緑内障点眼薬の副作用と今後の展望

「ラタノプロスト」について

白土 ところで,点眼薬に限りませんが,副作用という問題があります。緑内障点眼薬の副作用に関してはいかがでしょうか。
 例えば,先ほど山本先生が第一選択と言われたラタノプロストの場合は,虹彩の色素沈着,皮膚の色素沈着,あるいは睫毛の多毛化が知られています。患者さんのコンプライアンスを悪くすることはないでしょうか。
山本 最近出てきた薬物では,われわれが数年前には予想もしていなかったような副作用が出てきました。
 ただ概して,そうした副作用は緑内障という疾患の重大性から考えると軽微で,多くは患者さんに認識していただけば,それほど不快感もなく,十分に耐えられるものだと思います。
白土 いわゆる「病識」ということですね。
山本 はい。ラタノプロストの場合,白土先生がご指摘のように虹彩の色素沈着や下眼瞼の皮膚が多少黒くなったり,睫毛の多毛化や剛毛化などがあって,特に女性の場合,気にされる方が多いです。
 虹彩の色素沈着は,日本人の場合は幸いもともと茶色で濃い虹彩ですので,ほとんど患者さんは気がつきません。皮膚の色の変化,あるいは睫毛の変化は多くの症例で気がつきますが,不快感を持つ人は多くないようです。
 この副作用は,2-3か月使用しなければほとんど軽快していきますので,患者さんに点眼前に知らせておいて,起こった時にそれに耐えてそのまま使っていただくか,あるいは他の薬物に切り替えてもう一度試させていただいて,その副作用をもとに戻すという選択を,患者さんと共に考えるということで対応できると思います。
 それよりも眼科医として認識しなければいけないことは,ブドウ膜炎の増悪や無水晶体眼,あるいは偽水晶体眼の患者さんで,CME(cystoid macular edema:嚢胞様黄斑浮腫)を起こすかどうかということで,この点については議論があります。私の見解は,ブドウ膜炎の増悪については,それほど神経質になる必要はないのではないかと思います。CMEについては,起こる確率の高い人には第一選択として使わないように対応します。
 しかし,ラタノプロストの眼圧下降効果を期待して,使わなければいけない症例は出てきますので,そうした症例の場合は視力に気をつけながら使いますが,CMEを起こすことは少ないので,それによって視力が落ちたという経験はありません。
白土 桑山先生はいかがですか。
桑山 眼瞼色素沈着については,白土先生がご指摘のように,患者さんに病識があり,投与前に医師が患者さんに副作用について十分に説明すれば,あわてて中止をするという症例はまずないと思います。
白土 自治医大の原先生のデータでも,色素沈着等によって患者さんが中止を希望した例は,ほとんどなかったということでしたね。

他に考えられる副作用

白土 黄斑浮腫やブドウ膜炎を増悪させるのではないか,またヘルペスが再発増悪するのではないか,という問題に関してはいかがでしょうか
桑山 確かに,ブドウ膜炎の症例に点眼して,炎症が増加しなかったというデータはありますが,一方で,ブドウ膜炎が増悪した症例も報告されています。私はブドウ膜炎既往の症例には,第一選択薬とはしていません。
 CMEをきたした報告例は,ほとんどが合併症のある白内障手術後や,昔の嚢内水晶体摘出手術後のような症例です。しかし,通常の白内障手術後に,CMEが起こったという報告はありますし,白内障術後はラタノプロストを投与しなくてもCMEを起こす症例があることが知られています。
 私は術後1か月はプロスタグランジン関連薬は使わないようにしています。
白土 眼圧が上がった場合には,β遮断剤を使うわけですか?
桑山 はい。術後1-3か月までに使う場合も,CME予防のために,非ステロイド系消炎剤を併用するようにしています。

長時間作用型β遮断薬の副作用

白土 もう1つ,先ほど桑山先生がおっしゃったように,24時間眼圧コントロールができ,コンプライアンスをよくするために1回点眼で長時間作用型のβ遮断薬がでてきましたが,その副作用,特に全身に対する影響に関してはどのようにお考えですか。
桑山 1日1回の点眼では,副作用の機会が減ります。
 しかし,β遮断効果は点眼薬であっても,全身のβ受容体占有率は案外高いことがわかっていますから,β遮断薬を使う上では1日1回の点眼であろうと2回であろうと,あるいはβ1選択性のものであろうとも,全身副作用が起こり得ることを念頭に置かなければいけないと思います。
 β遮断薬の全身副作用で一番問題になるのは,気管支に対する作用です。気管支喘息は確実に悪化します。それから,ご高齢の方では,subclinicalな息切れのような症状にも注意が必要です。
 心臓については,心筋梗塞後にはβ遮断薬の投与が,生命予後を改善することがわかっていますから,心臓疾患があるからといって,必ずしも使えないわけではなく,かえってよい場合もあると思います。ただ,循環器専門医に相談しながら使うことが大切だと思います。

ゲル化剤配合薬の副作用

白土 β遮断薬を長時間型にするためにゲル化剤となっているため,「視朦」という面で,逆にコンプライアンスが落ちるのではないかという心配がありました。
 山本先生はその面の研究をなさっていますが,いかがでしょうか。
山本 ゲル化剤配合のβ遮断薬の場合,われわれの研究結果ではコンプライアンスはかなりよくなります。視朦,つまり見えにくさは,ゲル化剤による副作用として出てくるわけです。それが重大でないことは,1日1回になった点眼回数の減少がコンプライアンスの改善に結びついていることで明らかと思います。
 最近発売されましたレボブノロールやラタノプロストの場合も1日1回です。コンプライアンスの改善という意味で,1日1回で済む薬剤は,重要な役目を果たしていると思います。
白土 長時間型作用型β遮断薬で危惧された粘性によるものは,コンプライアンスの低下につながらず,むしろ回数の減少がその向上につながったと考えていいわけですね。
山本 そうですね。

α1遮断薬の副作用

白土 α1β遮断薬の副作用については,従来のものと比べて少し弱いですが,β遮断作用を持っているので,副作用は同様と考えてよろしいのでしょうか。
桑山 そうです。
白土 それがα1というものを負荷してもっているわけですね。
 ブナゾシンもそうですが,α1遮断薬の副作用という面では,どういう点が問題になりますか。
桑山 α1遮断薬は全身的にも副作用の少ない薬剤として知られています。眼局所では,α1作用によって充血することがありますが,重篤ではありません。
白土 ニプラジロールもブナゾシンも,α1β遮断薬は本来高血圧の薬として使われていますが,点眼薬のレベルでは血圧下降はあまり気にしなくてよろしいのですね。
桑山 ええ,そうです。
白土 高齢の患者さんの中には,降圧剤を使用している方が多くいますが,α1遮断薬を点眼しても眼圧下降が得られるのでしょうか。
 β遮断薬に関しては,β遮断薬内服中の患者さんに点眼すると眼圧下降効果が減る,というデータがあります。
山本 多少減ります。
桑山 α1遮断薬に関しては,まだ検討されていません。
 α1遮断薬は全身高血圧薬ですが,現時点では内服薬としてほとんど使われていませんので,そういう意味ではあまり心配ないと思います。
白土 そうしますと,局所的という意味での副作用が気になるだけで,それは患者さんにあらかじめ伝えておけば,あまり問題がないと考えてよろしいわけですね。

炭酸脱水酵素阻害剤の副作用

白土 最後に炭酸脱水酵素阻害剤,トルソプトの全身副作用についてデータがありますか。
桑山 点眼後の血中濃度は,検出限界以下です。
 そういう点では,全身副作用が出る可能性は非常に低いと思います。ただし,それは血中では,赤血球の炭酸脱水酵素と結合するために,血漿中に出てこないということです。幸いに炭酸脱水酵素はアクティビティが高く,少しぐらい赤血球の酵素を阻害しても臨床症状は現われません。
 しかし,炭酸脱水酵素阻害薬の内服薬では,血液系の副作用が報告されていることは,念頭に置く必要はあるのではないかと考えています。
白土 そうしますと,副作用に関して言えば,β遮断薬系の薬理作用を持っている薬剤以外で最近出てきた薬剤は,全身副作用についてはあまり懸念する必要はないと考えてよろしいわけですね。
山本 全体としてはそうですね。
桑山 そうですね。特に,プロスタグランジン関連薬は,血中半減期が短いですからね。

今後の展望

白土 新しく出てきた薬剤の中で,最近発売されたβ遮断薬は,従来のβ遮断薬と眼圧下降効果においてはほぼ同じで,回数が減ったということがあげられます。一方,それ以外の薬剤に関しては新しいメカニズムで,従来の薬剤に近い眼圧下降効果が得られ,かつ全身副作用が少ない薬剤が出てきたと言えると思います。
 そういう中で,最初にお話が出たように,緑内障の薬物治療の枠組みが変わってきて,視点を変えなければいけなくなってきたわけです。従来のようにアドオンしていく薬剤治療ではなく,それをスイッチングするという発想です。薬効はそれぞれ違うものを組み合わせて選択できる,という意味での展望が開けてきたと考えてよろしいと思います。
 また,循環作用や神経保護作用に関しては,点眼薬のそういう作用は言われているものの,まだ研究段階にあって,今後の研究に期待するものが多いと考えられると思います。
 最後になりますが,これまでのお話を踏まえて,21世紀を迎えて緑内障点眼薬治療は今後いかに進むべきか,先生方のご意見をおうかがいしたいと思います。
山本 眼圧下降をめざす点眼薬の場合,基本は眼圧下降効果の強さ,副作用の少ないこと,コンプライアンスのよさです。この3点を併せ持った薬物の開発が今後も進むと思います。加えて,神経保護的に作用する薬物が臨床応用される方向に進むのではないでしょうか。
桑山 緑内障の発症には,眼圧因子と眼圧非依存性因子が関与していると考えられていますが,高眼圧緑内障においても,正常眼圧緑内障においても,眼圧が最も重要な因子です。
 したがって,私はまず眼圧の24時間コントロールをめざすべきであると考えています。点眼薬の種類が増えて,治療の個別化も現実的になってきました。われわれは自宅で測定できる「自己測定眼圧計」も開発中です。眼圧は,血圧などに比べて変動が少ないので,24時間コントロールを行なえば,その効果は大きいと考えます。
 眼圧非依存性因子に対しては,神経保護治療をめざすべきだと考えます。実際に臨床応用に至るには,まだまだ多くのハードルを越える必要がありますが,大いに期待される療法です。
白土 本日はお忙しいところをどうもありがとうございました。