医学界新聞

 

【印象記】
第2回ナラティブ・ベイスト・メディスン・カンファレンス

斎藤清二(富山医科薬科大学助教授・第3内科)


はじめに

 2001年9月3-4日の両日,英国・ケンブリッジ大学において,「ナラティブ・ベイスト・メディスン・カンファレンス:Narrative Based Medicine, A 2day Interdisciplinary Conference:Research, Teaching and Practice」が開催された。
 このカンファレンスは,英国医師会(British Medical Academy: BMA)と,英国医師会雑誌(British Medical Journal: BMJ)が主催するもので,第1回は1999年にロンドンで開催され,今回が2回目である。
 この会の目的は,医療・医学の分野において活動するhealth care professionalsに対して,医療におけるナラティブ(物語り)に関する研究,実践,教育を推進するための機会を提供することであるとされている。
 対象となる参加者は,主として一般診療医〔英国のNHS制度の中心をなす,いわゆるかかりつけ医(GP)〕,病院勤務医,看護婦,医療社会学者,人類学者,作家(文学者),心理療法家,大学教官およびその他の医療従事者一般を含む,たいへん幅広い学際的なメンバーとなっている。
 参加者の国籍は英国が最も多いが,米国,カナダ,ドイツ,フランス,スイス,デンマーク,フィンランドなどの西欧諸国,オーストラリア,南アフリカ共和国,フィリピン,インド,スリランカ,日本などからの合計190名の参加者があり,学際的な国際カンファレンスとして定着している。
 今回,筆者と岸本寛史氏(静岡県立総合病院心療内科)の2名が日本から初めて本カンファレンスに参加する機会を得たので,その経験を報告したい。

「ナラティブ・ベイスト・メディスン」とは?

 昨年10月の本紙(2409号)に掲載されたように1),そもそも「ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)」という言葉が最初に登場したのは,1998年にBMJ Booksから発行された「Narrative Based Medicine-Dialogue and discourse in clinical practice」(Greenhalgh T & Hurwitz B eds, 1998)というモノグラフによってである。この本の内容は,論文,総説,エッセイ,文献の紹介など多彩であるが,共通のテーマは,「ナラティブ:物語り」という観点から,医療・医学のすべての分野を見直そうというたいへん広範なものである。邦訳は今年9月に金剛出版から発行されている2)
 NBMは医療・医学におけるきわめて広範な分野を扱っているだけではなく,医学と他の専門分野(文学,文化人類学,倫理学,哲学,言語学,情報工学,看護学,臨床心理学など)との学際的な交流を特徴としている。また,「ナラティブ」とは,医療人類学的に定義すれば「その中で,出来事が何らかの形で互いに関連づけられている,文章のセット(Young A)」ということになる。ナラティブは医療に人間的な視点を導入し,語り手と聞き手の関係性を作りだし,それ自体が「癒し」に貢献し,学際的な分野間の協力を可能にする。NBMの特徴のいくつかは以下のようにまとめられる。
(1)患者の語る「病いの体験の物語り」をまるごと傾聴し,尊重する
(2)医療におけるあらゆる理論や仮説や病態説明を「構築された物語り」として相対的に理解する。したがって,科学的な説明を唯一の真実であるとはみなさない
(3)異なった複数の物語りの共存や併存を許容し,対話の中から新しい物語りが創造されることを重視する
 今回のカンファレンスにおいても,このような基本姿勢は教育講演やワークショップや一般演題などの至るところにおいて強調されていた。

教育講演-医療・医学と人文諸科学との架け橋

 2日間のカンファレンスでは,英国,および米国,カナダからの専門家による教育講演が多数行なわれた。その多くは,医療・医学と文化人類学,社会学あるいは哲学などを結ぶ学際的なテーマに関するもので,そのうちいくつかは,この領域における研究法にも焦点を当てていた。
 第1日目は,モントリオールのマギル大学のDepartment of Social Studies of MedicineのAllan Young教授による「Twice-told tales: Medical re-narrations of medical narratives」と題された45分間の教育講演で幕を開けた。Young教授は医療人類学と精神医学の専門家で,PTSD(心的外傷後ストレス症候群)研究の大家でもある。最近,中井久夫神戸大学名誉教授の訳によるPTSDに関する著書の邦訳が出版されている。講演の内容は,医療人類学的な観点から,ナラティブの概念や,医療/医学研究における思考課程の分析を,シャーロック・ホームズの推理小説の構造と対比しながら解説したものであり,たいへん興味深かった。
 午後にはロンドンのキングス・カレッジの哲学者であるPeter Goldie博士による「Narrative and Truth」という,きわめて哲学的な内容の講演があり,さらにカルガリー大学Department of SociologyのArthur Frank教授による「Acts of Witness: Forms of engagement in illness」と題し,小説や自身の病いの体験を題材とした,わかりやすい印象的な講演があった。その他にも「精神科とナラティブ」,「音楽とナラティブ」といった内容に関する各々20分間のショートレクチャーがあった。
 第2日目は,「Narrative matters in medicine」と題して,ボストン・カレッジのDepartment of SociologyのCatherine Kohler Riessman教授による,多発性硬化症の患者の語りについての医療社会学的な研究の実際に関する講演,南カリフォルニア大学のDepartment of Anthropology & Occupational ScienceのCheryl Mattingly教授による「Performance narratives in medicine」と題した,「癒しの儀式」に関する医療人類学的なアプローチの実際についての講演が行なわれた。
 カンファレンスの最後は,テキサス大学 Medical BranchのLiterature and Medicineの教授であるAnne Hudson-Jones女史の「Narrative ethics: An overview」と題する,医療倫理に関する講演で締めくくられた。
 以上のように,2日間にわたる盛りだくさんな教育内容であったが,最も中心的なテーマは,医学・医療と文化人類学,社会学,哲学,倫理学などの人文諸科学との架橋であったように思われる。日本では,この分野のアカデミックな発展はまだまだこれからの課題であるように思われた。

体験実習を含むワークショップ

 カンファレンスの午後には,両日とも約1時間半の実践的なワークショップが各々8コース開催され,参加者は2日間で2つのコースに参加することができるようになっていた。
 ここでいうワークショップとは,日本の学会で行なわれているようなミニシンポジウム形式の内容ではなく,講師とグループ参加者による,講義と質疑応答,一部では体験実習を含む実践的なものであった。筆者は,第1日目は,一般診療におけるナラティブ・セラピー的家族療法の実践と教育の専門家である,John Launer博士が講師を務める「New stories for old: Narrative as therapy」に参加し,一般診療の診察室におけるナラティブ・アプローチの実際について学んだ。
 第2日目は,Young教授が講師を務める「Anthropological approaches to medical narratives」に参加し,医療人類学的立場からのナラティブに関係する概念の整理にたいへん役に立った。
 せっかくの機会だからということで,岸本氏と筆者とは別のコースに参加しようということになり,岸本氏は「Discourse analysis」「Biographic-narrative methods」の2コースに参加し,それぞれ有意義な体験をされたとのことであった。

一般演題とポスターセッション

 今回のカンファレンスでは,Free paperの演題も募集され,全世界から56題の応募があり,そのうち7題がプレナリーセッションとして選出され,残りはポスター発表となった。筆者は摂食障害患者のナラティブの質的研究に関する演題を応募し,幸いプレナリーセッションに選ばれた。カンファレンスの初日に190名の聴衆の前で口頭発表を行なうことができ,フロアとの討論も含めてたいへん有意義な経験をすることができた。
 他の発表も,たいへん多岐にわたるテーマに関するものが並んでいたが,やはり主流を占めるのは,医療現場をフィールドとし,医療人類学的,あるいは医療社会学的な研究法を導入し,患者や医療従事者の語るナラティブを共有し,分析することを通じて,新しいナラティブを創造していこうとする,質的な研究法(qualitative research method)を用いたものであった。その中でも,オックスフォード大学の大学院生であるIkumi Okamotoさんが,日本でのフィールドワークに基づいて「Patients' "Hidden Interests". Narrative analysis on Japanese cancer patients」という医療人類学的な研究成果をポスター発表しておられたのが目を引いた。

おわりに

 2泊3日の短い期間ではあったが,会場を兼ねるケンブリッジ大学のホマートン・カレッジに宿泊し,一時のケンブリッジ大学生気分を味わいつつ過ごすという,有意義な経験ができた。カレッジのグレートホールで初日の晩に行なわれたカンファレンス・ディナーにおいては,発表を終えた気楽さも加わって,臨席の方々と大変楽しい会話と情報交換を楽しむことができた。カンファレンスの実際上の運営者であり,前掲のモノグラフの編著者でもある,Trisha Greenhalgh,Brian Hurwitz両教授とも親交を深めることができた。このカンファレンスは2年後にまた開かれることになっており,次回は日本からも多数の発表がなされることを期待したい。

文献
1)河合隼雄,斎藤清二:対談「Narrative Based Medicine,医療における物語と対話」,週刊医学界新聞,2409号(2000年10月23日号)
2)Greenhalgh T, Hurwitz B eds:Narrative based medicine-Dialogue and discourse in clinical practice. BMJ Books, London,1998〔斎藤清二,山本和利,岸本寛史監訳:「ナラティブ・ベイスト・メディスン-臨床における物語りと対話」金剛出版,2001)