医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2460号よりつづく

〔第18回〕ストップ・ザ・狂牛病(2)

変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の原因論に戻る

 1599年,シェークスピアは「ヘンリーV」において“There is occasions and causes,why and wherefore in all things”と記しています。病気が発生するには,何らかの原因があるはずです。目の前で車に跳ねられ,地面に頭を強く打った人がいたとします。頭部CTで頭蓋内出血を起こしていれば,交通事故が原因だと誰もが思うでしょう。しかし,狂牛病が変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の原因であるとする根拠は何でしょうか? もう一度,話を振り出しに戻して考えてみましょう。

最初に報告された変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の10人

 1996年,若年発症,行動異常が主訴,特異的脳波の点で典型的なクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)とは全く異なるvCJDの10例が報告されました(Lancet 1996; 347: 921-5)。この変異型の患者脳組織中にみられる異常プリオンは,これまでのCJDで発見された異常プリオンより狂牛病の脳から発見された異常プリオンに近いものであり(Nature 1996; 383: 685-90),狂牛病の牛脳組織をマウス脳に注入した際の病理組織像とvCJDのそれが類似であったこと(Nature 1997; 389: 498-501)より,狂牛病の人への伝染がvCJDの原因とされるに至ったのです。
 そしてイギリス政府は手の平を返したように「牛肉を食することで狂牛病が人間に感染する可能性がある」ことを発表したのでした。皆,唖然としました。
 下に示す表はLancetに報告された10人のクリニカル・エビデンスの一部です。
 一番最初の16歳の少女の場合,1994年3月,顔面や指先が麻痺し,背中に痛みを覚えるようになり,8月には言葉が不明瞭,平衡感覚異常,9月には記憶障害となりました。この少女はイギリスで生まれたイスラム教徒であり,たまにコンビーフやハンバーガーを食べることはあったようですが,普段は羊の肉を食べていました。
 18歳の青年も同年に発症していますが,抑うつ症状から始まり,幻覚をみたり水や尖ったものに異常な恐怖を感じたりしたため洗顔や髭剃りができなくなり,精神病院に入院します。彼は生まれてから11年間に及んで毎年1週間,叔母の牧場で過ごしていました。その牧場から狂牛病は出ていませんが,狂牛病が最初に報告されたのが1986年でしたから,その当時,狂牛病の牛がその牧場にいたかどうかなど誰が正確に言い当てることができましょうか?
 3番目の19歳の青年はハンバーガー好きの大学生でしたが,狂牛病の話を聞き,用心をして菜食主義者に転向しています。にもかかわらず人格変化を来たしてから,わずか13か月で死亡しています。
 29歳の母親は,死の3週間前に2人目の男児を出産しています。29歳の男性の場合,彼が埋葬された墓地ではその奇妙な死に方を聞いて係員があわてて作業員に保護服とゴム手袋を支給したといいます。39歳の主婦はパイ工場で肉を捌いていたことがあります。彼女の死後,その母親はメイジャー首相(当時)に手紙を送っていますが,「人間が狂牛病に罹ることはありません」という返信を受け取りました。
 本人も苦しんだでしょうが,未来ある若者をこのような形で失った家族の悲痛な思いが伝わってきます。10人の犠牲者が症状を呈し始めた時,狂牛病とCJDの関連は否定的でした。しかし,多くの家族はこの関連が頭をよぎったことでしょう。なぜなら誰もCJDのリスク因子である脳外科手術や,下垂体ホルモンの投与,輸血を受けていませんでしたし,家族内にもCJDの患者はおらず,遺伝的な問題もなかったからです。
 しかし,医療機関とリンクを持っていた患者が多かったのは偶然でしょうか?2人が扁桃腺摘出術,1人が足の手術,1人が小手術,1人が帝王切開,1人が大腸鏡,1人が腹腔鏡を受けています。プリオンは通常の消毒法では不活化しないので,メスなどに付着していれば伝染する可能性はあります。しかし,その場合には患者発生が同じ病院で同時期に多発するはずです。
 10人の家畜とのリンクはどうでしょうか?1人は肉屋で2年間働いた経験があり,もう1人は屠殺場を2年間訪れていました。全員が牛肉および牛肉製品を食べていますが,牛の脳を使った料理を食べた人はいません。牛との接点は,平均すれば一般と大きくは違わないととるべきでしょう。考えれば考えるほど異常プリオン伝播経路に関する謎が深まります。
 次回は,「狂牛病プリオンの経口摂取がvCJDの原因である」とする根拠になった動物実験に関して論理的問題点はないかどうか検証してみたいと思います。