医学界新聞

 

がん予防の実践に向けて

第60回日本癌学会シンポジウムより


 さる9月26-28日の3日間,第60回日本癌学会が,寺田雅昭会長(国立がんセンター総長)のもと,横浜市のパシフィコ横浜において開催された(2457号にて既報)。今学会は,「がんは21世紀には克服可能であり,がん研究に対する社会の期待は大きい。有効ながん予防法と診療法を開発していくことは,学問的にも社会的にもきわめて挑戦的で,魅力的な21世紀の健康科学の研究分野である」(寺田会長)との意図から,「がん研究新世紀-健康科学の挑戦」を基本テーマに掲げ,同テーマのパネルディスカッションをはじめ,シンポジウム17テーマ,12題のレクチャー,15題のモーニングセッション,一般演題発表は口演806題,ポスター1498題に上った。
 本号では,これらの中から,多くの参加者を集めたシンポジウム「がん予防の実践に向けて」の概要を報告する。

がん予防の実践に向けて

 富永祐民氏(愛知県がんセンター),若林敬二氏(国立がんセンター研究所)を座長に開かれた同シンポジウムには,福島昭治氏(阪市大),岡田周市氏(国立がんセンター中央病院),徳留信寛氏(名市大),久道茂氏(東北大),濃沼信夫氏(東北大),小出五郎氏(NHK解説委員)の6名が登壇。
 福島氏は,「がんの1次予防,2次予防はがん研究において必須の事項」とした上で,新しいがんの治療技術開発の課題とし,急増するがん患者数に対処するためには(1)がんにかからない予防法の実践,(2)がんの早期発見が必要,と述べた。また,がんの予防物質の開発手順として,ヒト介入試験(臨床治験)に至る前介入試験として,物理化学的試験,安全性確認試験,薬理学試験などの手順を踏むことになるが,高額な費用,長期間(10年単位),人体実験であることを問題にあげ,「一般市民にもっとがん予防の啓蒙をすべき」と強調した。
 岡田氏は,臨床研究の立場から,がん化学予防とがん治療を比較するなど,がん予防の実践を考察。臨床試験における現状と問題点を指摘するとともに,より有効は中間的バイオマーカーの開発をあげ,質の高い試験実施のためには,臨床研究者の育成と研究組織の確立が必要と述べた。その上で,今後の課題として(1)各分野の専門家間の緊密な連携,(2)試験時における基礎的データの集積,(3)治験あるいはそれに準じた試験の実施をあげ,「研究者,治療者,学会が一体となって,これらの課題を社会に訴え,保険診療下での臨床治験が行なえるよう行政に働きかける必要がある」と提言した。

がん検診の有効性

 一方久道氏は,平成12年度老人保健事業推進費等補助金によるがん検診の適正化に関する調査研究「新たながん検診手法の有効性の評価」の結果を報告。本調査は,公的施策として実施されている「がん検診」に関し,死亡率減少効果を中心とする有効性を,統一的な方法と基準によって評価することを目的としたもの。その結果から,胃がん・ペプシノゲン法について,「胃がん死亡率減少効果に関する研究がなされていないため評価は保留」とし,超音波検査による乳がん検診は,「現時点では死亡率減少効果の有無について判断する適切な根拠がなく,今後その妥当性を明らかにする必要がある」と報告。また,現行の肺がん検診(胸部X線検査,喀痰細胞診の併用)については,「適切に行なうならば,死亡率減少に寄与する可能性が高く,継続して実施する相応の根拠がある」とするなど,さまざまな検診法に関しての評価判定を行なうとともに,これからのがん検診について,「科学的根拠に基づく計画・実施・評価を」と述べ,(1)新しい検診方法(技術)の開発,(2)適切な対象者,受診間隔の設定,(3)費用効果分析と費用負担の明確化,(4)評価研究の重要性などを課題にあげた。
 また濃沼氏は,がん予防の経済効果を算出。胃・大腸・肺・乳房など主要部位がんにおける「救命に寄与できた費用とできなかった費用」や「がん医療にかかわる財政規模は,治療93:予防7」など具体的な数字を提示した。その上で,(1)予防薬・食品にがん発症遅延効果が認められ,予防の費用が高額でない場合,予防費用を上回る経済効果が得られる,(2)莫大な予防研究の費用を確保するには,経済的利点が明示される必要があると,がん予防の意義を医療経済の観点から論じた。
 なお,まとめにあたり富永氏は「がん予防が市民権を得るためには,経済効果などの視点を含めた有用性を情報発信し,社会に訴えていくことが課題となろう」と述べた。