医学界新聞

 

【学会長インタビュー】

世紀の節目に,改めて「看護の倫理性」を問う

第21回日本看護科学学会学術集会長

片田範子氏(兵庫県立看護大・前ICN副会長)に聞く

 第21回日本看護科学学会が,きたる12月1-2日の両日,片田範子会長(兵庫県立看護大)のもと,「21世紀に問う看護の倫理性」をメインテーマに,神戸市の神戸国際会議場において開催される。氏は1993年より8年間,ICN(国際看護婦協会)の理事・副会長として活躍。本年6月にデンマーク・コペンハーゲンで開かれたICN4年毎大会で任期満了となり,その任を終えた。本紙では,片田会長に「看護の倫理性」について,またICNにおける日本の役割などについて話をうかがった。


●実践の場で問われる看護の倫理性

―― それでは最初に,今学会のメインテーマとも関連します「看護の倫理性」についてお話しいただけますでしょうか。
片田 私たち看護職は実践,つまり現実と教育研究のすべてを結びつけているものが倫理ではないかと思っているところがあります。私たちが看護計画を立て,実践をする時は,机上の空論ではなくて,本当にその人に役立つものなのか,本当にこの行為をしてよいのだろうかと考える必要があるわけで,そこに倫理性が問われます。
 それが20世紀の終わり頃になって,生命倫理的な側面ですとか,社会倫理的,あるいは環境倫理的な部分について,一般市民が意識しはじめたわけです。ですから,それに看護がどのように取組むのかということを明確にしていくことは,学会として大切なことだととらえました。そういうことから,この世紀の節目に,もう1度「倫理」というものをきちんと押さえておいたほうがよいだろうと考え,メインテーマを「21世紀に問う看護の倫理性」としました。

倫理性を問うシンポジウム

片田 「看護における倫理性」を考える場合に,在宅医療など実践の場での倫理的な問題も考慮に入れなければなりませんが,今学会では,遺伝子診断・治療と看護について考えてみようと,シンポジウムに取りあげました。遺伝子治療・診断,代理母,遺伝子操作,クローンといった問題は,一般社会の中で普通のニュースとして大きく取りあげられており,むしろ社会のほうが進んでいる分野です。しかし,それを看護は離れたところで見ているのではなく,どう取組むのかを現実的に考え,発言をしていく姿勢が求められる時代だと思います。
 遺伝的問題を抱えている人,治療を選択しようとしている人たちに看護職は接するわけですが,そこでの課題をどうとらえるのかも,私たち看護職は準備しておかなければいけません。遅きに失しているかもしれませんが,ディスカッションの中から方向性が示されればよいと思っています。
 もう1つのシンポジウムでは,「看護研究の方法論と倫理」を取りあげます。学会の役割としては,実践を意識しながら研究や教育をどう進めるのか,といったことを発表,論議することも重要です。そこで,研究を行なっていく上で,方法論の中に内在する倫理性とはどういうものなのか,それもまた問われなければいけないことだろうと考えてのテーマです。
 看護の研究方法というのは,いわゆる自然科学の研究方法だけではなく,社会心理学的なアプローチをも用います。今までの学会発表は,発表時間が短いために十分に結果を聞くことができないという批判もありましたし,それぞれの研究方法に適した発表形態があってもよいのかもしれない,という疑問も感じていました。
 そこで,シンポジウムとは別に,一般演題発表の場であえて30分セッションという試みをします。より綿密なディスカッションをすべく,今回は2群3題を取りあげます。今学会のプログラムでは少しですが,「これから」という部分を意識しながら,企画しました。

さまざまな工夫を凝らして

片田 それから,今回は示説での研究発表を重視しました。研究者を前にして,至近距離でディスカッションができるというよさがありますので,隣のセッションの声が聞こえないようにするなど,ディスカッションを盛りあげる場の設定を工夫します。
 それから,さまざまな学会で,「こんな研究が発表されてよいのか」という批判も耳にするところです。ですが,どうして発表原稿に違和感があるのか,現状にあてはまらないのかということも,その場の意見交換の中で問われてよいのだと思います。「ごもっとも」と聞くだけではなくて,本当に研究法として十分なのか,倫理的な考慮を十分にしたのかと,いうことを議論することに学会の成長があると思うのです。ですから,参加される方,発表される方も,お1人1回はどこかで発言するという場になればよいと思いますし,学会はお互いが建設的に研鑚し合う場ですから,その環境づくりには配慮しているつもりです。
 それともう1つ,本学会プログラムの1企画として,「市民フォーラム」を初めて開催します。これは,看護は何をしているのかのメッセージを,市民に向けて発信する必要があるだろうとの考えからです。
 今回はメインテーマに合わせ,「遺伝子診断とは」をテーマに取りあげます。演者のウィリアムズ氏は,看護職であり,実際にカウンセリングも行ない,その分野の研究を行なっている方で,市民だけでなく,多くの看護職の方,学会参加の方々が聞くに値するものと思っています。
 また,交流集会は13セッション,一般演題発表は300題です。「学び合う」つもりで参加いただけるとうれしいですね。

●ICNの活動と日本の役割について

―― 片田会長は,日本の代表としてICNの理事・副会長を8年にわたり務められてきました。その任を終えられての思いや,ICNにおける日本の役割などについてお聞かせいただけますか。
片田 「国際は難しいなぁ」と思うのが正直なところです。それぞれの国の価値観,生活習慣,文化をわかり合うことの難しさを実感しました。
 私は,長年ICNという場におりましたけれども,それでもまだ十分に消化したという感覚がないのが実際の思いです。
 会議の場では,意見が絶対的に平行線をたどることが何度もあり,どこで折り合いを見つけるということ,一方で主張をすることの必要性も学ばされました。
 またそのような場では,「日本だったら,こういう決め方はしないのに」という決め方をすることもあり,その場に合った行動や態度を取らざるを得ないということもあります。そういう難しさはありましたね。
 日本はICNの中で最も多くの会員を有している国です。ということは,費用も一番多く出しています。それもあってか,日本側が公の場でより多く発言し,論理を展開し,提言していく姿勢が期待をされ,求められている気がします。今までは本当に静かでした。それでも,最近になってアジアの人たちも発言し始めたところです。

まずはアジアからの発信を

片田 今,日本看護協会を中心に,東アジア,アジア圏での看護のあり方を検討するフォーラムが,昨年は日本で,今年は台湾でと開催されるようになりました。アジアの人たちが,話し合い,理解をし合う中からその声をまとめていくということも日本の役割であると思います。
 ICNの課題としては「看護職の地位の向上」があげられますが,「看護婦不足」が大きな問題となっています。これは日本に限らずアメリカをはじめ世界に共通する問題です。雇用形態の向上ですとか,医療改革に看護の声を十分に反映させるということも大きな意味がありますが,すさまじい看護婦不足があって雇用が安定していません。その原因ともなっているのがマイグレーション,移動という問題です。国の間の移動,EUなどは国が陸つながりですから切実な問題ですし,自国で教育したナースが資格を持って他国へ流出してしまうという現象が各国で起きています。例えば,フィリピン,エジプト,インドネシア,フィジーといった国は看護教育もしっかりしているのですが,根こそぎ他のお金持ちの国に流れていきます。発展国に行って高い教育を受けたいという理由もあるでしょうし,職業選択の自由という問題もあります。しかし,ある程度の量を超えますと,その国での看護を脅かすものになります。
 ICNは一方で,さまざまな国のエクスパティーズの知識を集め,そして会員各国に発信させていくというテーマもあります。現在日本看護協会にもお願いをし,ICNが抱えている問題に関するエキスパートの名前をあげてもらっています。つまり世界的な規模で,例えば看護倫理,クローン問題,ジェネティクス,あるいは災害の問題などが起こった時に,それをサポートできる世界的なエキスパート・バンクを構築しようとしているのです。まだまだ難しい問題はありますが,この仕組みが有機的に活用され始めると,看護は大きな転換を図れるようになるかもしれませんね。
―― ありがとうございました。


●第21回日本看護科学学会学術集会プログラム

【メインテーマ】21世紀に問う看護の倫理性
◆開催日:12月1-2日
◆会場:神戸国際展示場・国際会議場
【プログラム】
◆シンポジウム I:看護実践における倫理性-遺伝子診断・治療における看護の役割(座長=神戸市看護大 高田早苗,兵庫県立看護大 内布敦子/シンポジスト=岩手県立大 安藤広子,慶大 武田祐子,アイオワ大 ジャネット・ウィリアムズ)
◆シンポジウム II:看護研究の方法論と倫理(座長=高知女子大 野嶋佐由美,兵庫県立看護大 近澤範子/シンポジスト=慶大 太田喜久子,東大 村嶋幸代,広島大 横尾京子)
◆交流集会:(1)日本学術会議における看護学研究連絡委員会の意義と役割,(2)検査・処置を受ける子どもへの発達年齢別ケアモデルについての検討,(3)看護研究におけるグループインタビュー法の活用,(4)災害看護教育モデルの検討,(5)精神専門看護師の用いるスキル,(6)看護教育におけるCAIの実践動向,(7)遺伝看護教育に向けての課題,(8)質的研究に関する車座集会,(9)再びアクションリサーチについて,(10)看護経済評価,(11)看護基礎研究における看護倫理教育方法の検討,(12)日本における女性の健康を考える,(13)看護におけるクリティカルシンキングの定義・教育方法についての紹介
◆市民フォーラム:遺伝子診断ってなんだろう?(司会=兵庫県立看護大 野並葉子,講師=ジャネット・ウィリアムズ)
◆連絡先:〒530-0001 大阪市北区鶴野町3-10 (株)インターグループ内 「JANS21」事務局
 TEL(06)6372-9345/FAX(06)6376-2362
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