医学界新聞

 

第60回日本癌学会開催

「がん研究新世紀-健康科学の挑戦」


 さる9月26-28日の3日間,第60回日本癌学会が,寺田雅昭会長(国立がんセンター総長)のもと,横浜市のパシフィコ横浜において開催された(2452号に関連記事既報)。
 21世紀最初の学会のメインテーマは,「がん研究新世紀-健康科学の挑戦」。今学会では,第一線の研究者によりレクチャー12題,シンポジウム17題,モーニングセッション15題,パネルディスカッション1題が企画され,多数の参加者を集めた。
 28日に行なわれた総会では,優れたがん研究者に贈られる吉田富三賞は関谷剛男氏(医薬品副作用被害救済研究振興調査機構)に,がんの臨床および社会医学に優れた業績をあげた研究者に贈られる長與又郎賞は高久史麿氏(自治医大学長)に,また学会奨励賞として9名にそれぞれ授与された。
 また,29日には,同学会と日本対がん協会,朝日新聞社の主催による市民公開講座「がん克服新世紀-なんでもわかる3時間」が開催された(2459号に続報予定)。


■日本のがん対策の方向性を探る

 メインテーマを掲げたパネルディスカッション「がん研究新世紀-健康科学の挑戦」(司会=寺田会長)では,日本の基礎研究,政策,がん研究を主導する4名が登壇し,新しい世紀のがん研究のあり方が議論される場となった。
 司会の寺田会長は,「国民の第1の関心は健康だが,がんにより3人に1人が亡くなっている。その一方で,生命科学とコンピュータサイエンスの劇的な発展に伴い,がん研究も新たな時代を迎えつつある」との前提に立ち,会場に集まった第一線の研究者たちに,「健康科学の視点からみたがん対策を検討し,自分の研究のスタンスを考える機会にしてほしい」とパネルに込めた意図を述べて,議論の糸口とした。

日本における科学技術政策

 最初に,本年1月に改組された総合科学技術会議で科学技術政策に携る井村裕夫氏(総合科学技術会議)が登壇。氏は日本における科学技術政策を解説。「科学は今後,産業・経済・社会の牽引車となる」と述べたが,その背景となるサイエンス・リンケージ(認可された特許における科学論文の引用数)では,日本は米国に比べその増加率が大幅に下回ることを示し,今後の検討課題とした。
 そのような状況の中で同会議では現在,第2期「科学技術基本計画」(2001-05年)における戦略的重点化に,「基礎研究」と「国家的・社会的課題に対応した研究」として4分野(ライフサイエンス,情報通信,環境,ナノテクノロジー・材料)を掲げているが,その中にがん研究も含まれることを紹介した。
 また氏は,21世紀のがん研究は,科学的インパクトと社会的・経済的インパクトから考える必要があるとし,前者はポストゲノム研究を基盤として,SNPs(遺伝子多型),組織の遺伝子解析,プロテオーム解析,エピジェネティクスに加えて,がんのシステム生物学や,進化の立場からみたがん研究などが,がんの理解に重要になるのではないか,との私見を述べた。さらに後者として,基礎と臨床の橋渡し研究「Translational Research」の早急な整備と,エビデンスに基づいた治療と個人のテーラーメード医療を融合させた新しいEBMの確立がこれからの課題とした。
 続いて,がん研究者の立場から杉村隆氏(国立がんセンター)が「がん予防をめぐって」と題して,1次・2次予防と分けて講演。現在,がん患者の大部分は,最初に適切な医療を受ける時期が遅すぎたために発生しており,2次予防においては社会的側面が大きいことを指摘。また,「がん予防にβカロチンがよい」という研究報告がある一方で,喫煙者にβカロチンを投与すると発癌率が上昇することなどが報告され,「がんには説明できないことがたくさんあり,また研究が進むほどわからないことが増えてくる」と強調。「研究者がこの不思議さにのめり込んで,自身の研究を発展させることが健康科学につながる」と結んだ。

求められる研究の基盤整備

 一方,坪井栄孝氏(日本医師会長)は,まず最初におりしもパネル前日に公表された「医療制度改革試案」に触れ,「行政・財政主導型の医療政策が先行しているが,これは誤った方向」と指摘。学会がどのようなスタンスをもって討議すべきかについて,(1)学際的根拠を持ったがん行政への介入,(2)医療における医師の倫理観と人類愛,(3)プロフェッショナル・フリーダム,(4)国際社会に対する使命感,と4つの方向性を提示した。特に(3)については「医師の裁量権」と訳され,悪しき言葉として登場するが,「本来はプロはその能力を人類のために行使する責任があり,それを果たすための自由が必要,という意味であり,医療従事者はこのことを主張すべき」と述べた。
 さらに日本の医療の課題として「政策決定過程の改革」,「社会保障概念の再構築」,「財政論」の3点を示し,官僚専制から脱皮し,消費概念から投資概念へと社会保障を再編し,実利を求める市場原理と一線を画した政策を進めるべきと提言した。
 続いて豊島久真男氏(住友病院長・理化研遺伝子多型研究センター長)は,がんの早期発見・治療の重要性を強調。日本のがん治療は,がん以前の「がんもどき」を治療していると批判され話題にもなったが,早期肺癌と診断されたうち,治療群とがんもどきと呼ばれる状態で治療拒否群の生存率を比較した結果,後者の死亡率が高いとのデータを示した。氏は「がん治療を拒否した人の自然史を追跡調査して,どのような転帰をたどられたのかをきちんと示してほしい」と訴えた。さらに膵臓癌などの難治がんについても,今後は早期発見が非常に重要になるとした。これには新たなツールとしてDNAチップ(マイクロアレー)を用いた個別診断や,将来的にはSNPsなどにより,がんの診断レベルの向上が期待できるとした。
 一方,治療においては,「免疫療法」はこれまでがん治療に不適と言われてきたが,樹状細胞を用いた免疫療法による治療効果が報告されてきたことから,新しいがん治療の可能性を示した。
 すべての演題の終了後,壇上に登った4名の演者に,「SNPsが本当に個人のがん予防に役立つか」「がんと過形成のボーダーラインは」,がん研究と国家政策とのスタンス,がん診療における人手不足の問題などに対する考えが議論された。
 その中で,日本における学術研究のあり方について,井村氏は「日本に欠けているのは研究の基盤整備」と指摘。また,「日本政府の研究投資はGDPの0.06%だが,欧米では1%。日本では研究への理解が必要」とし,そのためには科学研究のあり方そのものを検討すべきであると述べた。特に,日本の論文全体の20%は1度も引用されず,書いた本人すら引用しないという現状に危惧を示し,その大きな原因は学位制度にあるとした。これらの議論を踏まえてフロアからは,「がん専門医(オンコロジスト)」や「がん科標榜」の必要性を訴える声があがった。