医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


2450号よりつづく

〔第5回〕患者を,数値でなく質的にとらえる

 従来,臨床研究は治療効果,予後等を数値として割り出すことに時間を割いてきました。しかし,これを社会現象に適応しようとした時に,しばしば壁に突当たります。「感冒に対する抗生剤処方」がよい例で,抗生剤が有効とするエビデンスが弱いのですが,患者さんが暗黙のうちにこれを求め,開業医も暗黙のうちに処方しています。
 この現象は,医療保険システムの影響を受けながらも,世界で共通している点で興味深いものがあります。コンピュータと違って,人は自分の感情と経験を頼りに行動します。しかも,その感情・経験は意識の深いところにあり,自分でさえも自らの行動の起源に気づかず,あるいは気づこうとしていません。EBM(Evidence-Based Medicine)などの,純粋な科学と人間の行動との間を埋めるための研究方法として質的研究(qualitative study)が注目されています。

感冒に抗生剤は有効か

Quantitative Study(量的研究)
 Littleらは,ランダム化試験により,意外なところでの抗生剤治療の効果を見出しています(BMJ,314;22-7,1997)。
 4歳以上の咽頭炎患者716人を,「抗生剤を処方する群」,「処方しない群」,「3日経っても症状が改善しない場合に抗生剤を処方する群」の3群に振り分け経過観察したところ,症状改善率や休学・休業期間に関しては3群間でほとんど差を認めませんでした。
 この研究の特徴は,患者さんは自分が抗生剤あるいはプラシーボのどちらに振り分けられたかを知っている点を逆手にとっています。そして,抗生剤使用による症状改善率に客観的差を認めなかったにもかかわらず,抗生剤使用患者の8割以上が「抗生剤が有効であった」と主観的有効性を訴えているのです。しかも,最初から抗生剤を投与された群では,次に同様の症状を持った時の再診率が高かったのです。

クスリはほしくはないのだけれど

Qualitative Study(質的研究)
 Bulterらは,イギリス南ウェールズの開業医21人と,咽頭痛あるいは上気道炎症状を訴えて医院を受診した17人の患者さんにインタビューを行なっています(BMJ,317;637-12,1998)。
 インタビューした開業医の多くは,抗生剤が咽頭痛を含む感冒症状にはほとんど効かないというエビデンスを知っており,かつ自分より他の開業医のほうが不必要に抗生剤を処方していると認識していました。そして,「エビデンスは認めるが,ある患者には確実に抗生剤が有効である」とする意見もありました。それに,「ウイルス性か細菌性の区別もつかないことが多い」ことも理由としてあげています。
 ある開業医は,「扁桃腺に膿がついている,状態が悪そうだ」と抗生剤を処方していました。抗生剤過剰使用は耐性菌の問題につながり得ますが,「開業医は目の前にいる患者を治すことを第1に考えなくてはならない」という少数意見もありました。しかも,「もしも抗生剤を投与せずに重症感染症に進展したら大変」という意識も働いていました。
 ほとんどの開業医が,「患者とのよい関係を保つために抗生剤を処方せざるを得ない」と語っています。ある開業医は,「患者さんは開業医が何かをしてくれることを望んでいる。なのに,『これはウイルス性だから処方する薬はない。帰りなさい』とは言えない。期待は裏切れないよ」と語っています。エビデンスに反して患者さんの期待に応えて抗生剤を処方することに後ろめたさを感じる開業医もいます。他の開業医は,「15分もかけて抗生剤不必要を説明して,その患者さんが翌日別の医院を受診するんじゃ意味ないよ」とも言います。
 一方,「抗生剤を処方すれば患者さんはうれしそうだけど,でもどうして抗生剤が不必要かを十分説明すると,それと同じか,それ以上にうれしそうにしている」と患者さんへの説明の重要性を説く開業医もいます。しかしながら,「ウイルスと細菌の違いなど説明しても,患者さんや患児の親は理解しない」と,説明の無意味さを説く開業医もいるのです。
 次に,患者さん側へのインタビューの結果を見てみましょう。確かに,過去の経験から抗生剤処方を望む患者さんは,全体の1/3もいます。でも実際には,「痛みをとってもらう」,「より多くの情報を得る」,「心配する病気ではない」,と開業医からの言葉を聞いて安心したいために受診する患者さんのほうがむしろ多い(2/3)ということが判明しました。特に,多くの母親は「あまり抗生剤を使用してほしくない」と主張しています。つまり,開業医が想像するほど,患者さんたちは抗生剤の処方を望んでいないことになります。

クスリよりは「癒し」の言葉

 量的研究の論文からは,患者さん側には,抗生剤に対する依存心が強く,抗生剤を処方されることによって心理的に安心し,その結果として症状の軽快速度が同じであっても,「早くよくなった」と感じていることが多い,と読み取れます。
 しかし,一方の質的研究の論文からは,患者さん側は抗生剤に依存するというよりは,「何かに依存したいという気持ち」,そして「2-3日でよくなりますよ」という開業医のお墨つきをもらいたいのだ,ということが示唆されます。今患っている症状が,何か「重大な病気ではない」と否定をしてもらいたいのです。その依存心は,抗生剤で代償されただけで,本当はわかりやすい説明を望んでいるのです。つまり,開業医からの「癒し」の言葉を欲しているのではないでしょうか。
 よって,最初の研究は抗生剤とプラシーボではなく,「抗生剤を処方するがほとんど開業医が説明しない群」と「抗生剤は処方しないが開業医の十分な説明を受ける群」とで比較するべきだということになるでしょう。
 その昔,高木兼寛(慈恵医大の創始者,本紙医学版連載の「How to make クリニカル・エビデンス」参照)が,ある患者さんを見舞った時に,その症状から胃癌とわかっていながらも,「夏になれば治りますよ」,「秋風が吹くころには治りますよ」と説明していました。でも,なかなかよくならないその患者さんは,別の高名な開業医に往診に来てもらいます。そして「癌」と宣告されると,またたく間に亡くなってしまいました。  名医とは,患者さんの状況を客観的に捉え,エビデンスだけではなく,これをもって上手に患者さんとコミュニケーションできる人を指すのではないでしょうか。これはナースにも言えることです。人は数値だけで表せるものではありません。