医学界新聞

 

Vol.16 No.8 for Students & Residents

医学生・研修医版 2001. Sep

座談会

子どもを診られる医師になろう

大北恵子氏
久留米大学5年生
草場 岳氏
久留米大学5年生

武谷 茂氏
たけや小児科医院
院長

橋本剛太郎氏
はしもと小児科クリニック
院長

山中龍宏氏
緑園こどもクリニック
院長

五十嵐隆氏
東大教授・小児科学


■小児プライマリ・ケア実習

小児救急現場で求められる臨床能力

橋本 本日は「子どもを診られる医師になろう」というテーマで,お話を伺いしたいと思います。
 最初に,あるエピソードから紹介します。ある夜,発疹の出た子どもが救急病院を受診しました。担当は若い外科系の先生で,医学書を見比べて,「みずぼうそうだと思いますが,はっきり言えません。明日,小児科へ行ってください」と言われたそうです。翌朝,お母さんが私のところに来られて,「お医者さんならば,みずぼうそうくらいわかりそうなものですが」と苦笑しておられました。考えようによっては,大変誠実な先生ですが,これは現代の医学教育の一面を端的に示すエピソードではないかと思いました。
 武谷先生や山中先生は開業されていて,これと似たような経験はございますか。
武谷 私のところでも同様のケースがありました。今春,救急病院外来で小児科の当直医に「みずぼうそうと思うが,明日かかりつけ医に診てもらいなさい」と言われたそうです。こちらのケースはかかりつけ医の顔を立ててくれたのかもしれませんね。百日咳は咳の音を聞いただけでわかることがあります。首のリンパ節が腫れていると,「おたふく風邪」と誤診したり,流行してない時期の麻疹(はしか)の見落としがあったりします。ご指摘のように,ありふれた疾患の初期診断,つまりプライマリ・ケア(以下,PC)」の臨床能力は,医学教育上欠かすことのできない事項だと思います。
山中 私にも似たような経験はたくさんあります。医師の研修スタイルもだいぶ変わり,現在はほとんど専門教育しか受けていない人が一般診療もやります。それに,知らないことはすぐに「知らない」とか「診たことがないからわかりません」と言う傾向があるようです。これを聞いた親たちはますます不安になるでしょう。
 「トータルに診てほしい」との患者側のニーズにもかかわらず,現場ではそういう教育をあまりしていません。診察机の脇に教科書を山ほど積んで,何か聞かれると見比べている先生がいますが,そういう姿を見れば,親だって「大丈夫だろうか」と思いますね。本人は真面目にきちんと対応していると思っていても,そこには大きなギャップが生じます。
 今後,卒後臨床研修が義務となりますので,そういう中できちんとPCを教えるシステムを作らないと,親が不安に陥るような現在の診療体制を変えることはできないのではないかと思います。
橋本 五十嵐先生,小児科医でなく外科や内科に進んだ医師も,当直などで小児のPCをせざるを得ないと思うのですが,学生の間に十分な医学教育を受ける機会がないのが現状なのでしょうか。
五十嵐 特に小児に限って言えば,おそらくPC教育はまったくないのではないかと思います。私どもの大学でもそのようなプログラムはありません。今年度から小児救急医学の講義を始めましたが,なかなか細かなところまで教えられないのが現状です。
 小児のPCをすべて学生に教えるには相当時間もかかります。現在の講義の枠ではおそらく無理だと思いますが,小児に限らず,PCの重要性を学生に教えることは大事なことなので,今後はそういう点も配慮して,講義に加えなければいけないと思います。

臨床の第一線で実習

橋本 学生の方にPCの現場を見てもらおうと,日本外来小児科学会(以下,学会)が「小児プライマリ・ケア実習」を企画しました。武谷先生,その経緯をご説明願えますか。
武谷 1994年から「医療科学」という科目ができ,その中で「患者さんとの接し方をテーマに,毎年,複数の科の開業医がクリニックでの実習を受け入れています。学生さんの反応は予想以上によく,新しいものを見て感動したり,医学部志望の動機を自覚するなど,こちらも気持ちが高められます。お互いに有益であることがわかりました。
 そこで,1998年秋,学会の会員764名全員に「外来小児科学の教育に関する意識調査」というアンケート調査を行ないました。その結果をもとに指導医を募集したところ,全国の開業小児科医の方から応募いただきました。1999年に,医学生へのPRのためにポスターや案内書を用意して,全国の大学で学生さんに配ってもらいました。初めての試みでしたが,夏休みに53名の学生さんが実習を済ませ,その報告書は,「大学にない小児科学を学んだ」,「小児科の明るさがわかった」など,以前に久留米大学の実習でみたものとまったく同じ反応でした。
 それから,学会の中でこの実習を単なる「体験の案内」ではなく「教育」と言えるものにしようという気運が高まり,橋本先生が中心となって,昨年,指導の参考基準となる冊子「医学生のための小児科クリニック実習・指導のてびき」(病院版もあり,以下てびき)が作られ,各大学小児科教授や実習指導医の方々にお配りしました。
 今後は教育カリキュラムに組込まれた実習を検討する必要あります。すでに福井医大では開業医参加型の大学カリキュラムの中での小児科クリニック実習が実践されています。これをモデルとして,全国に広げていかなければならないと思っています。
橋本 ありがとうございました。山中先生,この企画の反響はどうですか。
山中 われわれは当たり前だと思っていることでも,学生にとっては初めて経験することばかりですので,驚くほどよい評価を受けます。また学会としての取り組みであり,指導のガイドラインができているので,やりやすかったですね。
 最近は少子化が進んでいますので,子どもと接する機会が少ないのでしょうか,「赤ちゃんがとてもかわいかった」という学生の報告が印象的でした。組織的に行ない,きちんと評価すれば,教育効果として期待できると思います。

BSLでは学べないコモン・ディジーズを

橋本 今日は,クリニック実習を受けた学生さんに来ていただいていますので,その感想を伺いたいと思います。
大北 私はBSL(Bed Side Learning)の最中に,このクリニック実習を受けました。1日だけでしたが,あらかじめファックスでやり取りをして,自分の希望に沿ってプログラムを組んでいただいたので,とても効率のよい実習ができました。
 ちなみにその時にお願いしたのは,(1)小児の診療技術を学ぶ,(2)大学で診る機会の少ないコモン・ディジーズについて学ぶ,という2点でした。実際の実習の内容についてですが,午前中は先生の外来に同席させていただき,その頃流行していた手足口病,みずぼうそう,突発性発疹症や中耳炎などをしっかり見させていただきました。当たり前のことなのですが,教科書を読むよりも,実際に目にするほうがはるかに印象として残るんですよね。
 また,午後には赤ちゃんの4か月健診に同席させていただき,たくさんの健康な赤ちゃんとお母さんに囲まれ,とても楽しかったです。もちろんさまざまな正常反応,病的反応を診ることができ,実際の勉強にもなりました。
草場 僕も大学のBSLで学んだ以上に,「世間で本当にこういう病気が多いのか」と実感しました。例えば,僕の大学では「川崎病」の患者さんが多いので詳しくなるのですが,麻疹や手足口病,みずぼうそうなどはあまり経験できません。現場に出てみないと経験できない疾患が大変多いことに気づかされました。

臨床実習のカリキュラムとして

橋本 これまでは学生が自発的に受けたPC実習の話ですが,これを臨床実習のカリキュラムに取り入れようとしている大学が出ています。東大でも計画中と聞きましたが,現状と今後の計画についてお聞かせいただけますか。
五十嵐 すでに10校ほどの大学で始められていると伺っていますが,私どもも来年から週に2日間ほど組込もうと考えています。
 東大では6年時の外来実習の中で小児科が1週間振り分けられていますが,PC的な疾患が非常に少ないですね。特に東大は重症の紹介患者さんや,診断がついてから紹介されてこられる患者さんが多いのが実状です。大学病院でPC的なことを求めようとしても,どうしても制限があります。
 そこで来年から,開業されている先生や診療所の先生に非常勤講師になっていただこうと計画しております。
橋本 「小児PC実習」が,学会と大学のカリキュラムという,2つの形で広がりつつありますが,山中先生,学会としてのPC実習に対する今後の取り組みについてお話しいただけますか。
山中 数年前から武谷先生や橋本先生を中心として,ガイドラインを作って学生を受け入れ,実施後の学生側や診療所側の評価も行なうようになりました。
 次の課題は,期間をもう少し延ばすことです。今後,研修が義務化されますので,それを視野に入れて,もう少し体系だったガイドラインが必要になると思います。それから,現在,指導医はボランティアですが,質を向上し維持するためにも,きちんとしたシステムを作ることが必要です。
 今,学会の「教育検討委員会」の中に,教材を集めるグループやカリキュラム担当など7つのグループができ,積極的に活動していただいています。
橋本 教える側の質の問題ですが,それに対して学会はどのような対策を立てているのですか。
武谷 実習の内容と指導方法にある基準を設けて,よいものに改めていかねばなりません。今,実行可能な対応策は,実習指導者研修会の定期開催と,ガイドラインとなるてびきの充実の2つがあります。

指導のてびき

武谷 このてびきは,実際に指導を経験した方々が書いたもので,内容は,医のアートやサイエンス,待合室や受付の役目,ナースの役割,検査や調剤,乳児健診や予防接種との実際,先輩の姿を見て医のあり方や,自分の将来を考えるといった項目を,わかりやすく説明した50頁ほどの冊子です。病院版はこれにER,病棟,研究室の見学も紹介されています。編集長の橋本先生のアイデアで,楽しいガイドブックになっていて,しかも対象は指導者だけではなく,学生さんにも親しみやすい内容になっています。
 現在,小児PC実習はボランティアを中心に活動していますが,まず,そうした形で指導してくださる先生の数を増やし,その中で質を向上させるのが要領ではないかと思っております。また最近,てびきの解説書,『小児プライマリ・ケア虎の巻-医学生・研修医実習のために』(医学書院)が出版されました。本書の中でも,おもしろい指導内容が紹介されています。

「医療の原点」として

橋本 こうしたPC実習などの教育内容に対して,大学側からのご意見をお伺いできますか。
五十嵐 何と言っても,大学病院の外来では経験することができない疾患を学生に診せてあげられることは重要だと思います。また,開業医の先生方,特に人気のある外来は,大学病院の外来とは違った,一種独特の温かい雰囲気があります。先ほども申したように,大学の小児科病棟では重症な患者が多く,また先天異常や白血病など,小児科に対して暗いイメージを持つ学生が少なくありません。もちろん,それは大学病院の重要な使命ですが,特にPCの場では,小児科は「楽しい」ものだと知らせるべきだと思います。
 それから,大学病院の小児科医は多くの重症な患者さんを診ており,PCにはあまり時間をかけないこともあります。また,すぐに検査となりがちですが,検査機器に頼ることのない,いわゆる「医療の原点」で小児科診療は成り立っていることも,このような実習を通して学生に教えられると思います。
 さらに,小児科は子どもだけではなく,お母さんを相手にしています。お母さんの不安をどのように取り除いてあげるか,ということも学べますし,大学で経験することが少ない予防接種や健診といった予防医学,広く言うと育児支援の重要性も教えたいと思います。
 ただ,当然フィードバックが必要です。教官からの学生の評価,あるいは学生からの教官の評価は必要ですので,クリニック実習を行なった時に,委員会などを作って行ないたいと思います。

子どもを診るということ

橋本 さて,先ほど実習を経験された学生の方に感想をお聞きしましたが,具体的に印象に残ったことがありましたらお聞かせ願えますか。
大北 印象に残ったことはたくさんあります。私は子どもに泣かれると動揺してしまうのですが,クリニックの先生が「子どもが泣く時は,吸気の異常な呼吸音が聞けるチャンスだ」とおっしゃったのが非常に印象的でした。その時,「子どもは泣くものなのだから,動揺することはない。むしろ,泣いている子どもに対してどういう工夫をすれば,的確に診てあげられるのだろうか」ということを考えさせられました。それが私にとっては最も印象的な体験でした。
 もう1つ印象に残ったのは,ある男の子の例です。まっさおな顔をしてお母さんと一緒に病院に来て,「気分が悪いから学校に行きたくない」というのです。お母さんのほうは,子どもの熱も高くないし,特に悪いところもなく,ひょっとして登校拒否なんじゃないかと,恨めしい顔をしている。先生は男の子の腹部を触診して,「ここに便塊を触れるから,きっと便秘だろう」とおっしゃって,浣腸してしばらくしたら,その子はすごく元気になったのです。触って便秘がわかったこともすごいのですが,お母さんだけを呼んで,心配ないことと,「こういう時にお母さんが子どもを疑うと子どもは萎縮してしまうから,どんと構えて,『お母さんはあなたの味方だ』と子どもに教えてあげなさいよ」と,静かに(怒るでもなく)おっしゃっていたことが,強く印象に残りました。
 小児科は子どもだけを診るところではない,とよく言われることが,目の当たりにすると,本当にすごいなあ,すばらしいなあと思いました。
橋本 草場君はいかがですか。
草場 大学病院の先生と比べると,PCの先生は根本的に患者さんに対する感覚が少し違うように感じました。例えば,患者である子どもさんの誕生日がカルテに書かれていたりと,そういう日常的なところを非常に大切にされて配慮していることに,大変魅力を感じました。
 また,五十嵐先生がおっしゃるように,大学病院に来られる患者さんは,重症と診断されて来られる方が多いです。しかし,PCの現場ですと,健診で来られて,「よかったですね。心配することはありません。まったく健康です」と言われて帰られる方が多いのです。そういう姿を見ていると,先ほど言われように「小児科は暗くて嫌だ」と思っていたのが,実際はそうではないことがわかりました。そういう意味でも大変よい経験になりました。

■臨床研修で小児プライマリ・ケアを学ぶ

卒後教育との関わり

橋本 これまでは主に「卒前教育」の話でしたが,「卒後教育」に関しても,小児のPC教育が必要になると思います。卒後教育に関する実践についてお聞かせいただけますか。
武谷 現在,研修医の教育は大学が中心で,学会の開業医会員で研修医を指導しておられる方は10名ほどではないでしょうか。近く始まる新しい指導医教育制度に沿ったPCの指導体制はゼロに近いですね。
 久留米大小児科の場合は,13年前から新入局医を対象に「外来総合小児科学入門講座」というプログラムを作って指導しています。内容は,入局初日に(1)小児科医のマナー,(2)医療過誤とトラブル防止を話し,翌日には(3)小児プライマリケアの概念と重要性,(4)救急医療研修の要領とその魅力,病診連携について解説しています。その後,診療所でPC実習を行ないます。医学生と違って,より実際的なことを手を添えて指導しなくてはなりません。小児科医の夢や救急医療研修の魅力を体験をもとに話し,モチベーションを高めるようにしています。
 入局初日に始動するのには理由があり,研修医は病棟での勤務が始まると受け持ちの子どものことで頭が一杯で,大変なことが起きるまで,マナーや医療事故防止の話など耳を貸す余裕がないからです。
 また,研修医には,これから大学で学ぶ小児科学は限られた分野の専門医学であって,その裾野にあるPCはとても広く,社会のニーズが高いことを認識させ,「この分野を学んではじめて総合小児科医と言える」と話しています。

臨床研修制度との関わり

橋本 卒後教育に関しては,臨床研修制度が2004年から義務化されます。これは研修を受ける側にとっても大きな問題ですし,受け入れて教える側にとっての負担も大きいと思います。大学側としての今後の対策などをお聞かせいただけますか。
五十嵐 おそらく2年間のスーパーローテートが義務化されると思いますが,現時点では,スーパーローテートの財源や研修医の報酬などがまだ決まっていません。そういう状況ですので,具体的なところまでは進んでいません。
 東大病院ではすでに毎年2百数十人の研修医が入ってきます。今後,小児科に入局する人はもちろんですが,それ以外にも多数の人が大学の小児科に来ることになり,従来の研修のやり方では対応できないと思います。ですから,おそらく関連病院に協力をお願いして,研修医を派遣しなければならないと思います。
 私は可能ならば開業の先生のところに1か月ぐらい研修することもよいのではないかと考えています。1か月間ごとに研修医が入れ代わり来るのは,開業されている先生にとっても大変な負担になります。しかも,報酬を支払わなければならないことになると,ますます大変です。そういうことまで考えないと,小児科の全体像を研修医にきちんと教育できないのではないかと考えていますが,制度的な問題もありますので,現時点では何とも言えません。
 さらに,現在の小児科医の研修にも,本来はそういう開業の先生方のところで受ける教育があってもよいのかもしれません。大学小児科では,非常に重症な患者さんたちの患者さんのケアにまで研修医が当たっているわけです。順番から考えると,一般的な病気を診てから重症な患者さんを診るのならわかるのですが,逆になっているのが現状です。しかも,研修医は外来を担当する機会はあまりなく,病棟の当直で時々救急を診ている程度にすぎません。教育のシステム自体が大変矛盾を抱えている状況ではないかと思います。

子どもの健康問題をサポート

橋本 これからは開業医も臨床研修に関わってくることになると思います。しかし,研修医を教えるとなるとレベルも上がりますし,時間的にも相当ハードな問題になってくると思います。今後,開業医は卒後教育にどう関わっていけるでしょうか。
山中 なかなか難しい問題です。小児科医の仕事全体のことを考えますと,最近までは疾患だけを診て,それを治していればよかったのですが,今後は子どもの健康問題すべてに対するサポーターの役目をしなければいけない時代だと思います。
 しかしながら,現在の大学病院では,健康問題よりもDNAの世界の比重が多く,系統だった臨床教育を研修医たちに教えていません。子どもの問題は山積しており,問題が起こるたびにマスコミでいろいろな意見が報道されていますが,小児科医はほとんど意見を述べていません。その理由は,子どもの総体をみる教育もシステムもないからだと思います。
 「小児科医は国の未来を背負っている」,「米国では,大統領の隣に座るのは小児科医だ」などと言っていても仕方がありません。子どもたちのために代弁者として発言するためには,家族,地域の中で子どもたちをみて,その中から問題を提示しなければならないと思います。「子どもの健康問題すべてを担うのが小児科医」と言っている以上,PCの場も大変重要な意味を持っていると思います。
 研修医の教育,開業医の生涯教育として,今後はグループ診療(複数の医師で協力して開業するスタイル)など,新たな診療形態を模索することも必要でしょう。アメリカではソロ・プラクティス(医師が1人で開業するスタイル)から,ほとんどグループ診療にシフトしています。グループであれば,教育だけでなく,夜間の救急の問題なども解決できるかもしれません。
 いずれは,グループ診療についても学会で検討していただきたいと思います。

小児科プライマリ・ケア実習がめざすもの

橋本 この小児PC実習がめざすべきことについて皆さんのご意見をお伺いし,その後で学生の方からこの小児PC実習を経験されたことから,全国の医学生に向けてメッセージをいただきたいと思います。
武谷 「小児PCの卒前教育」には,大きな目標が2つあります。1つは,今日のテーマである「すべての医師が子どもを診られるように」ということです。
 もう1つは地域や社会,あるいは国における子どもの健康,環境,教育,福祉,遊び,それに人間同士のコミュニケーションをよりよいものにするための社会的原動力となるように,他科に進む医学生にも,子どものプライマリ・ヘルスケアをよく知っておいてほしいということです。
 現在の日本でできることは,いくつかの大学でモデルを作って動きだすのが早道だと思います。全国の大学を一斉に動かそうとしても無理でしょう。それに向けて当学会の教育活動が貢献できるとよいですね。
山中 いろいろな動きが今始まっているところです。ただ,これはバラバラですと力にならないので,そういうものを集めることが大事だと思います。
 そういう意味で,1つのグループとして学会の教育検討委員会があり,できれば日本小児科学会の教育委員会と一緒になって進めていただきたいと思います。これから数年の間にそういうシステムを軌道に乗せないと,また昔のパターンに陥る恐れが十分あると思います。極端に言えば,医学生の半分ぐらいがクリニック実習を受けるぐらいになればと思います。
五十嵐 医学生の方に言いたいのは,大学病院の重症患児の多い病棟での実習だけで,小児科の全体像を判断してほしくない,ということです。
 小児科は実に広い領域を含んでいる科です。その1つが外来小児科学だと思います。その外来小児科の温かな,アットホームな雰囲気を学生に教えることはとても重要なことだと思います。ぜひこのプログラムを学会からだけではなく,大学からも盛り上げていきたいと思います。

全国の医学生へのメッセージ

橋本 それでは,学生のお二人から全国の学生諸君に向けてメッセージをお願いします。
大北 大学では経験できないコモン・ディジーズを診るという点でも,小児に対する診断の技法を学ぶという点でも,このプログラムに参加することは,とてもよい機会になると思います。
 特にこの実習には,将来の進路に小児科を考えていない人が参加するとよいと思います。専門に進むと,小児のコモン・ディジーズを診る機会は一部の科を除いて皆無と言っていいでしょうから,例えばアルバイトに地方の病院で1人当直をする時などにきっと役立つことと思います。
 そうでなくても,健康な子どもたちをたくさん診ることで,小児科に対するイメージがまったく違ってくることでしょう。
草場 実は,昨日まで東京の大学での研修に参加していたのですが,皆さんはスペシャリストをめざしているようで,5年生で欧文の論文を書いていたりする人が結構いました。そういう人たちを見ていると,何か違和感を感じます。例えば,「肺炎は,歯をきちんと磨くほうが,ノーベル賞級の抗生物質よりすぐれている」というデータがあります。そういうエキサイティングなPCの研究をすることにも魅力を感じます。それを踏まえた後でスペシャリストになることもあると思いますが,実際にPCを見ることは,もう少し視野を広げる意味でも,大変重要なことではないかと思います。
橋本 本日は,小児科というフィールドで活躍する先生方と,実習に参加した学生さんから貴重なご意見をいただきました。ありがとうございました。
◆日本外来小児科学会
http://plaza4.mbn.or.jp/~shimada_chc/gairai-index.html


武谷 茂氏
1963年久留米大医学部卒。同大小児科研修後,72-81年聖マリア病院小児科で救急&時間外診療に従事。81年に開業。「腸重積が年間100例集まる病院」を看板に,小児プライマリ・ケアや,2次救急研修の魅力を訴えてきた

山中龍宏氏
1974年東大医学部卒。米国・アインシュタイン医科大学,大学病院,病院小児科に勤務の後,99年4月より開業。第10回(2000年)日本外来小児科学会会長。十数年前から小児の事故予防への取組みはじめ,現在,科学的な事故予防活動を模索中。

五十嵐隆氏
1978年東大医学部卒。都立清瀬小児病院腎内科,東大病院小児科助手,東大分院小児科講師を経て,2000年に東大小児科教授。日本小児腎臓病学会理事,国際小児腎臓学会評議員,日本小児感染症学会評議員

橋本剛太郎氏
1973年東大医学部卒。80年より米国・バンダービルト大学,86年に郷里の福井県武生市で開業。福井医大で93年から臨床講義を,2000年からは自院で臨床実習をも指導している。同大小児科臨床教授。日本外来小児科学会理事

大北恵子氏
久留米大医学部5年生。特技は剣道と水泳。「実習中の4か月健診では,健康な赤ちゃんたちの元気のよさに驚きました。赤ちゃんを抱かせてもらって写真を撮ったのも,よい記念になりました」

草場 岳氏
久留米大医学部5年生。ジャーナリストに憧れ渡米するも地元医学部に進学。その後,記者として情報紙の企画や取材に携わる。芸能界などで虚構性を感じ,自分の足場を固める重要性を知る。「幅広い視野を持つスペシャリスト」をめざす。剣道部所属