医学界新聞

 

報告

ジンバブエの医療の現状

板東 浩(日本プライマリ・ケア学会国際交流委員会/徳島大学・第1内科)


■世界家庭医学会(WONCA)に参加して

はじめに

 日本プライマリ・ケア学会が所属する世界家庭医学会(WONCA)の世界大会が,2001年5月13-17日に南アフリカ共和国(RSA)で開催され,18-20日にはサテライト学会が,RSAに隣接するジンバブエで行なわれた。
 筆者は以前RSAの医療について報告しており(「南アフリカ共和国の医療をかいまみて」,日本医事新報No.3819:73~75,1997),今回はジンバブエの医療について,同国プライマリ・ケア医学会の先生方と議論を重ねた中から,ポイントと思われる事項について報告したい。

ビクトリア・フォールズ

 以前,英国領であった北ローデシアがザンビアに,南ローデシアが1980年にジンバブエとなった。ジンバブエはRSAの北東に接して位置している。両国の境界には,世界3大滝の1つとして知られるビクトリア・フォールズがある。1855年イギリスの探検家リビングストンが発見し,当時のイギリス女王の名をとって命名したもので,現地では「雷鳴のとどろく水煙」という意味の言葉であり,1年中水煙があがっている。国内の主要な観光地であり,ここで今回の学会が開催された。

WONCAサテライト会議

 本会議は,ジンバブエのプライマリ・ケア医学会および同国の薬学学会の共催で行なわれた。テーマは「熱帯医学および僻地における医療」。アフリカという地域性もあり,感染症に関する講演が多かった。マラリアや吸虫などの寄生虫学,熱帯で見られる皮膚疾患,下痢の治療と保健衛生,発熱に対するマネジメント,などのレクチャーがあった。興味深く感じたのが,エイズの問題と,地域における保健衛生の問題であった。

エイズの実態

 ショッキングな事実がある。同国では,毎週1000人以上のエイズ患者が死亡している。予防パンフレットには,「毎週3機のジャンボジェットが墜落しているのと同じ」とある。毎週1000人は,年間5万人に相当する。ただし,この数字は公式発表のもので,実際にはこの5-10倍だと,あるGP(general practitioner;家庭医,統合医)が教えてくれた。すると,概算で年間約25-50万人と推測される。国の人口は1200万人であるため,1年間に国民の24-48人に1人がエイズによって命を落としているという計算になる。
 なお,HIVに感染した新生児の出生は,1年間に約1万6千人にのぼる。毎年,約6万人の子どもがHIVに感染し,その多くは母体からの感染や哺乳によるとされる。これらは,小児の存在に対して非常な脅威となる。先進国では,薬剤投与によって小児科のHIVは激減している。同様の薬剤が使えるようになるように,同国のGPは願っている。

sugar daddyの問題

 当然ながら,国はエイズの予防運動や教育活動を従来から行なってきた。理解しやすい標語として,頭文字がLから始まる単語を用いた「Listen,Learn,Live」というものがある。
 現在,エイズ患者の年齢分布には,16-24歳と35-40歳の2つの山が見られる。したがって,今後は16歳以下の女性に対する教育がポイントだ。
 ところが,実際には成果があがりにくい状況がある。理由は,経済・教育レベルが不十分であることに加えて,「sugar daddy」の存在だ。直訳は「砂糖のように甘い父親」だが,中年の男性が金品などで甘く誘惑することで,10歳代の女性を性的対象とすることである。男性はすでにエイズに感染していることが多く,通常コンドームも使わず,女性はその誘惑を断れず,ますます患者が増えてしまう。

医療の前に,まず衣食住

 アフリカの現実を知り,何をめざし,何をどのように行なうか。「地域医療において,状況にいかに工夫し対応していくか」という講義が行なわれた。医療の前にまず食事と生活がポイントだ。
 食生活では,クワシオルコールやマラスムスと呼ばれる栄養障害が問題である。農作物や果実の栽培法や,タンパク質の摂取として,魚を釣る方法やピーナッツバターの作成法を教えたりする。子どもの低栄養については,成長曲線が大切だが,上腕部の筋肉の周囲を計測すると簡単にわかる。
 衛生の教育が重要で,清潔と不潔の違いを教え,衛生観念を身につけさせる。きれいな水の確保,水の洗浄ボトル器を簡易に作る方法,水を引く工事,ポンプとパイプの接続,田畑に水を入れる方法,水道を引く方法など,インフラ整備までの知識と指導が必要だ。下痢の場合の考え方と対処法を教育しておく。
 毎日の生活では,裸足の歩行を控え,皮膚の傷,皮膚からの吸虫の感染などについて教育することが大切である。

■ジンバブエの医療の特徴

アフリカの医療の特徴

 アフリカの医療には特徴がある。マラリアのライフサイクルを熟知し,伝達を防いでいる。風土病をはじめ,感染症が多く,予防接種が必要である。また,HIV,ヘルペス感染,口内炎,扁平がん,カポジ肉腫など性感染症(sex-transmitted disease;STD)と,HIVやB型・C型肝炎ウイルスなどの重複感染をいつも念頭に置く。さまざまな病原体による皮膚疾患が多い。
 外傷については,生活の違いから,皮膚には絶えず小さな傷があり,ここからまた感染が引き起こされる。また,大きな外傷には,蛇やワニに噛まれた場合がある。さらに,戦争がある国では,ミサイルや地雷によって受けた外傷は,特異な特徴があることを知っていなければならない。

国民は医療を受けられない

 現在ジンバブエの経済状況は非常に厳しく,病気になっても多くの国民は医師にかかれない。一例として,上気道感染症で医師を受診した場合を示す。診察には650Z$(1ジンバブエドルは約2円,約1300円)がかかり,抗炎症剤と抗生物質3日分を処方したとして,合計約800Z$かかるという。以上は私立の診療所の場合であり,公的な病院でも合計500-600Z$という。ここで特記すべきことは,国民の大多数は豊かではなく,平均月収が約3000-4000Z$ほどしかないことである。
 国民皆保険はない。私的な保険に入るには高額の掛け金が必要で,開業医と妻と子ども3人の合わせて5人の保険で,1か月に5000Z$かかるという。

平均寿命は42歳

 同国の医療システムは危機に瀕している。薬剤を処方する医師よりも,薬剤を処方しない医師が多くなった。1人当たりの診療時間は,前者が3分で,後者が9分との統計がある。処方箋について,年間あたり国民1人が薬剤に使う費用は,26US$から10US$まで減少した。
 これら経済的な問題に加えて,ジンバブエにはエイズという大きな問題がある。最近の統計では,平均寿命は42歳まで低下してしまった。

おわりに

 ジンバブエの医療は,英国の統治を含めた複雑な歴史に,苦しい経済状況を加えて考えなければならない。GPは都市でも僻地でも,重要なプライマリ・ケア医療を担っているが,国民に医療が供給できない状況をいかに改善していくかが問題である。
 多くのGPと議論することができ,特に,ジンバブエ・プライマリ・ケア医学会会長であるRob Burness氏には,深謝の意を表したい。アフリカの医療を紹介させていただいた本稿が,今後の本邦および諸外国のプライマリ・ケア医学の発展に何らかの参考になれば幸いである。

◆著者連絡先http://www3.ocn.ne.jp/~biomusic/

〔写真上〕アフリカで繁用されている薬剤の紹介コーナー
〔写真下〕同国で診療しているGPと一緒に(左がMike Norton氏,中央が著者,右が同国プライマリ・ケア学会会長の Rob Burness氏)