医学界新聞

 

〔座談会〕

利用者が満足する社会資源調整とは何か?


柳沢愛子氏
東京大学医学部附属病院
医療社会福祉部看護婦長

若林浩司氏
東京大学医学部附属病院
医療社会福祉部医療
ソーシャルワーカー

島津 淳氏
北星学園大学助教授
前厚生労働省老人福祉専門官

村上須賀子氏
広島国際大学助教授
<司会>


■東大病院における実践

「退院支援」について

村上〈司会〉 ご存知のように,2000年4月に実施された介護保険制度によって,医療福祉の現場は大変厳しい状況に直面しておりますが,この度「日本医療ソーシャルワーク研究会」が中心になって,『介護保険時代の医療福祉総合ガイドブック』(医学書院刊)を上梓しました。
 そこで本日は,東大病院から退院支援の専門部署である医療社会福祉部の看護婦長の柳沢さんと医療ソーシャルワーカー(以下,MSW)の若林さん,それから前厚生労働省福祉専門官の島津さんにご出席いただきまして,「利用者が満足する社会資源調整とは何か?」というテーマで,社会資源の調整に際する問題点,留意点,また今後の課題に関してご意見をお伺いしたいと思います。
 最初に,東大病院における実践についてお聞かせいただけますか。
柳沢 東大病院では1997年4月に「医療社会福祉部」を立ち上げました。私とMSWの若林さん,それから専任の医師1名と事務職が2名,合計5名で仕事をしています。
村上 「退院計画」とか「退院援助」ではなく,「退院支援」という言葉を使っておられますが,何か特別な意図がおありになったのですか?
柳沢 1995年に,看護部が「継続看護」という視点からアンケートをとりましたところ,入院患者さんが退院後も当院の外来に通院されている比率は全退院患者さんの79.2%で,継続看護という形での援助を必要とする比率は31.8%でした。
 その結果を踏まえ,当時の松下正明病院長が「社会は急激に変化しているのに,在宅医療にしても転院にしても,サポートなしに暮らしていくことはできない」という考えを打ち出され,最初は退院する方への援助を目的に,「退院援助」という言葉を用いていました。
 ところが,地域看護学教室のスタッフと事例検討を行なう機会がありまして,「当事者が主体という考え方に立つと援助ではなく,支援のほうが適切だろう」ということで,「退院支援」という言葉を使い始めることになりました。
村上 「退院支援」ということになりますと,急性期の患者さんもいる総合病院では生活を支える立場のMSWとしては大変だと思いますが,若林さん,いかがですか。
若林 私は1997年9月に入職し,柳沢婦長と退院支援に関して役割分担をして活動しています。婦長は看護の専門家ですので,医療依存度の高い患者さんの退院支援,いわゆる在宅への橋渡しを中心に,一方,私は社会的入院,社会的な意味での施設入所を中心に活動を行なっています。

「訪問看護」と「かかりつけ医」と「後方支援病院」

村上 退院後の患者さんのうち約32%の方が問題を抱えているというお話ですが,どのように対応なさったのですか。
柳沢 東大病院には,その当時も現在も,近隣の県から通院している方がたくさんいらっしゃいますが,はたして東大病院との結びつきだけで地域で生きていけるのだろうかと考えました。
 そこで,家でも安心して暮らせるために, まず訪問看護婦さんに出向いてもらおうと思いました。それから,地域のかかりつけの医師を探すのです。そして,後方支援病院という立場での地域の病院を選択します。何か緊急事態が起こればそこに入院させていただけるように,あらかじめ手配しておく。その3つの機関の連携を組んでいるのです。
村上 地域との連携という点では,医療分野とともに,生活面での連携が必要と思いますが。
若林 生活面ではホームヘルプサービスを使わせていただいていますが,介護保険施行前後ではだいぶ異なります。
 ヘルパーさんは,最近メジャーになりましたが,以前は「ヘルパーサービスを頼みますか?」と言うと,「家政婦さんを紹介するのですか?」と質問されました。高齢者福祉のヘルパー派遣事業の理解が少なかったです。相談窓口も福祉事務所があったり,区役所に高齢福祉課があったりして,どこに行けばよいのかわからないので,利用することに躊躇した方も見られました。
 ケアプランは当時もありましたが,例えば週何回で費用がどれほどかかるのかが目に見える形で示されておらず,よくわからなかったからでしょう。しかし,介護保険でそれらのことも一般の人々にも見える形で表示され,利用する側にもよかったのではないかと思います。

「社会資源」に対する認識

村上 介護保険がスタートして,サービスをケアプランという形で住民の手元に届ける役割の「ケアマネジャー(介護支援専門員)」にはさまざまな職種の方が担うことになりましたが,社会資源に関して強い認識を持っている方と,そうでない方がいらっしゃると思います。いかがでしょうか。
柳沢 私は看護者として30年の経験がありますが,実は医療社会福祉部に籍をおくまで,社会資源の紹介にはほとんど携わってきませんでした。
 ところが,医療社会福祉部で退院支援に携わり始め,また介護保険という問題に遭遇してケアマネジャーの資格を取り,そういう立場に立って初めて患者さんにとっては,医療面以外に生活面での社会的サポートがなければ生きていけない,ということを認識できたわけです。
 介護保険の制度開始後に介護保険を活用するために,ケアマネジャーの方と連携する機会が53件ほどありました。しかし,実は半数の方とは連携がとれないのです。「私はこの方のケアマネジャーとして守秘義務がありますので,プライバシーに関することは看護婦さんにも言えません」というお答えが返ってくるのです。
 それぞれの職種の方が患者さんや家族から直接情報を収集する以外に方法はないのかというのが,私の感想です。ご本人や家族から直接情報を得るしかないということになりますと,関係するすべての職種が直接情報を得ることになって,ご本人たちの負担も大きいものがあります。今まで私は退院支援専門の看護婦長として直接ステーションの看護婦と連携し,情報も交換してきました。ところが,介護保険が始まって,このコミュニケーションをケアマネジャーがむしろ阻害するような行動を取られることが多いのです。

誰がケアプランを立てるのか

柳沢 それから,介護保険の主体はいったい誰なのか,ということを常に考えています。やはり,ケアプランを立てるのは患者さんや家族であるべきだと思います。
村上 おっしゃる通りです。利用者がケアプランを立てて,自分で選ぶべきですが,そのためには選択肢がどのようにその地域にあるのかを利用者自身が知っていなければなりません。しかし,これまではそういった社会資源情報が届いていなかったのではないでしょうか。
若林 そうですね。利用する側はもちろんのことですが,患者さんに対してケアプランを提供するケアマネジャーが社会資源を知らないと話にならないと思います。
 ケアマネジャーの研修会で自分の患者さんを対象者として模擬的にケアプランを立てるプログラムがありましたが,「社会資源」という言葉がわからない人がかなりいました。教科書で勉強をして試験には合格したものの,患者さんを想定しながらケアプランを立てる段になると,どうすればよいのかわからないのですね。
村上 『介護保険時代の医療福祉総合ガイドブック』を編集した動機は,ケアマネジャーであれ,在宅介護に訪れた方であれ,最初に患者さんに関わってその状況を知った人が優秀な人材としての資源であれば,そのような不足部分を補っていけるのではないかと考えたからです。
 若林さんがおっしゃったように,最初に関わった人が知らないと,その方の生活保障が部分的にしかなされません。それによって長い間苦しんでいる多くの人に私は現場で出会っていましたので,利用者に橋渡しをするさまざまな職種の方が社会資源に触れることになれば,利用者に届く確率が高くなると思います。介護保険はそういう意味ではとても意味があると思いますが,ただ届ける中身がどうだろうかという疑問がありました。
 そういうことから,MSWを中心に,医療,福祉,年金や社会保障など,患者さんのニーズに応じて集積してきた知識を,他の職種の人たちに「どうぞお使いください」という形でこの本を編集したのです,その点はどうでしょうか。
柳沢 おっしゃるように,この本は利用者である患者さんと医療者の橋渡しのためだけのガイドブックではないと思います。MSW,および地域に働く訪問看護婦は社会資源の知識は豊富ですが,病棟に働く看護職は社会資源については疎いことも多いですので,その意味でもこのガイドブックは,看護職にとっても活用可能であると思います。
若林 そうですね。この本を読んでよいと思ったことは,身体障害者や精神障害者福祉,さらには民間の生命保険など介護保険サービス以外の社会資源が入っていることで,これは大事なことだと思います。

社会資源に結びつける際の留意点

村上 MSWの視点から,若林さんに社会資源を結びつけていく際の留意点をお聞きしたいのですが。
若林 私は患者さんは生き物であること,つまり,「1つのケアプランが永続的に続くものではないこと」を看護学校などの講義で強調しています。
村上 柳沢さん,看護職の視点からは,いかがですか。
柳沢 例えば難病の患者さんの場合,介護保険に行く前に,医療保険でどれだけサポートできるかをまず考えます。
 その次に,生活上で介護者の介護力がどうなのか,周囲のサポートは何ができるか。また医療依存度という観点から言えば,依存度が高い方の介護者を含めた生活を守るためにどの社会資源が使えるかということになります。
 介護保険が該当する人はその認定を受けるということで,ケアマネジャーがつき,私どももアドバイスしてケアプランができます。しかし,そうでない方々にも社会資源をスムーズに使うためには,看護者もそういう知識と知恵を持ち合わせていることが必要でしょう。
 そういう点から,「介護保険のみならず」というところがこの本のよい点ではないかと思いました。
村上 重要なご指摘をいただきました。

■現時点における問題点

介護保険に基づく保険給付サービス

村上 ところで,東大病院における実践をお聞きになって,行政サイドから島津さんはどのようにお感じになりましたか。
島津 その前に,そもそも介護保険制度に基づく保険給付サービスとは何かということをお話ししたいと思います。
 いま厚生労働省は,介護タクシーの問題を抱えており,「訪問介護として認めない」と言っているわけです。なぜかと言うと,保険給付サービスはあくまでも専門性のあるサービスに対するものですから,「運転」を加えるわけにいかないのです。通院介助の中で運転のところは抜いていただくことになります。
 つまり通院介助というのは,玄関から移乗介助して車に乗ります。それから病院に行って車椅子に移乗して,病院内を移動して一連の院内の介助がありますね。そういったところは通院介助として認められますが,運転中は認められません。
村上 運転中の時間がオミットされるのですか。矛盾しているように思いますが。
島津 そうです。それは国土交通省の判断です。そこを切り崩すと,保険給付サービスそのものが崩れてしまうのです。
 つまり訪問介護が,家政婦さんの領域から専門性のあるサービスとして位置づけられた。それに対する対価として介護報酬があるのであって,これは制度上大きいと思います。それから,通院介助しかやらないタクシー会社は,訪問介護の事業所としては認められません。市町村が判断する基準該当ではよい,ということになりました。 基準該当というのは,法人格を持たないNPO等がサービスを提供して,市町村がそれを認めれば保険給付サービスとして認められるというものです。
 それは,先ほどからお話がありますように,訪問介護はまず生命を,それから継続的な生活を支えていき,自立支援に結びつくサービスですので,通院介助だけではないのです。
 ですから,訪問看護の事業者は通院介助のみではいけないということが指定要件の1つの原則です。保険給付サービスは,訪問看護においても専門性に裏づけられたものということです。

ケアマネジャー

島津 次にケアマネジャーについてですが,給付管理が複雑で,サービス担当者会議がなかなか開けないという声は厚生労働省にも届いています。
 ただ,注文をつけるならば,ケアマネジメント(居宅介護支援)を給付管理と一緒に考えた先生はどれだけいたのでしょうか。措置制度上のケアマネジメントとしては福祉系の研究者の間で議論がありました。しかし,保険制度の上に立ったケアマネジメントは給付管理も入ります。そこをきちんと押さえられた福祉系研究者はどのぐらいいらしたのでしょうか。
 いずれにしても多くのケアマネジャーが,試験を通り実務研修を受けて現場へ出て,給付管理で面食らったようでしたが,最近は事務補助員を始めさまざまな形でサポートが入り,また慣れもあるのでしょう。国保連(国民健康保険組合連合会)も細かいところまで対応できるようになったということもあって,かなり落ちついてきてはいるように感じます。
 今後,ケアマネジャーの専門性をどうするかというところが大きな課題です。当然医療専門職は,この『介護保険時代の医療福祉総合ガイドブック』や看護やリハビリテーションも勉強しているでしょう。しかし,それがうまく機能しているかと言うと,そこにはまだ課題があります。一応国レベルで研修をしていますし,フォローアップ形式の方法についても検討されています。
 ケアマネジャーの専門性をどう捉えるかという段階では,ケアマネジメントは給付管理も入るという考え方をぜひとらなくてはいけません。また,医学・医療・保健・看護・福祉・介護・リハビリテーション,さらには福祉機器など多岐にわたるサービス提供の担当者会議,いわゆる「ケアカンファレンス」も重要です。そこではお互いに意見交換できるように,まず専門用語を理解していただくということが大事です。
 そういう点で,このガイドブックの役割は大きいと思います。

「共通言語」について

村上 ご指摘のように,医療領域の人は福祉領域を学んで新しく自分のスキルとして取り込む必要があり,一方,福祉領域の人も看護領域やリハビリテーション領域で使われている言葉を理解しなければいけません。お互いに共通の言語を通して,オーバーラップしていくことが必要ですね。
島津 おっしゃる通りです。「サービス担当者会議」を充実させていけば,共通言語の問題も解決されると思います。ケアマネジャーは,まず「居宅介護支援事業者の基準」をお読みになってから,なおかつ専門知識を勉強していただき,そして給付管理もきちっと体系化することが不可欠でしょう。そういう点では,都道府県で医療・保健・福祉それぞれの専門職の入った「介護支援専門員連絡協議会」が現在20-30ほどできています。市町村レベルではケアマネ連絡会が数多くできています。
 このケアマネ連絡会で事例研究をして,それを通して医療・保健・福祉の専門職の方々が,共通言語を共有していただくことはぜひとも必要でしょう。そこでお互いの役割を理解し合い,どのように利用者の方の生活を支えるかということを考えていくことが,今後の福祉の学問領域の課題ではないかと思います。そういう面では,この本が架け橋となって大きな役割を果たすのではないかと思いますし,でき得れば福祉専門職のためのガイドブックを作られたらいかがかと思います。
村上 相互乗り入れが必要な時代ですね。
柳沢 現在,若林さんと一緒にわれわれ東大病院からの退院支援の仕事をまとめて出版する作業をしていますが,そこでMSWである若林さんが日頃言っていたことが言語になると「こういう意味で言っていたのか。こういう位置づけだったのか」ということが見えてくるのです。
 やはり医療者もMSWも1人の患者さんに対して共通言語を持って,同じことが考えられるような立体感のあるネットワークがないといけないと感じるようになりました。そういう点からも,モデルのようなものを望みたいです。
村上 両職種が絡まって実践している現場から,ぜひ発信していただきたいですね。
柳沢 私どもの試みに対して文部科学省も着目してくださって,多くの大学病院の方が見学や研修に見えます。
 現実に福祉支援センターのような形でいろいろな職種が合同して,村上さんがおっしゃった「共通言語」の中で,専門性を互いに認め合い,手を携えて1人の患者さんへのサポート体制を作る動きが出てきております。これは大変喜ばしいことで,今後は社会に目を向けた,開かれた大学病院という形を作っていかなくてはいけないと考えています。

「連携」について

村上 そうした看護職間の連携は有効で重要ですね。でも「連携」とひと言で言われますが,実践することはさまざまな配慮と努力が必要だと思います。病院の中の連携に関して,若林さんはどのようにお感じですか。
若林 1つのキーワードは,先ほどお話にありました「共通言語」ではないかと思います。もちろん,患者さんや家族のために何ができるかというテーマがまずあって,その上に共通言語があるわけですが,その共通言語となるのはやはり社会資源だと思います。そういう意味で,島津さんがおっしゃったように,看護職など医療職の人は福祉系のサービスを知らなければいけないでしょうし,逆に社会福祉の人間も保健・医療・介護の社会資源を知っていなければならないと思います。
村上 今日のテーマは「利用者が満足する社会資源調整とは何か?」ですが,私は共通言語として社会資源を単に知っていることと,連携の輪の中で社会資源を活用していく方法論の視点とは異なると思います。その点に関して,もう少しお話しいただければと思いますが。
若林 要するに「効果的な社会資源の利用の仕方」ということになると思います。お腹が一杯の時に,どんな御馳走を食べても美味しくないわけです。患者さんや家族が欲しているものをまず提示していくことですね。そのタイミングを見極めることが専門職種の力だと思います。

「ニーズ・アセスメント」について

島津 ところで,ご存知のように看護領域には「クリティカルパス」がありますし,福祉領域では「MDS」などがありますが,ニーズ・アセスメントはどうなさっているのですか。
柳沢 方法論的には,私はアセスメントでは面接を重視しています。看護の視点からその人の基礎情報を取った後に,まず患者さんと家族に面接します。その方々が何を必要としているか。家へ帰って家族と安心して暮らせるにはどうすればよいかということを看護職のセンスから吟味します。
 その部分で「この人たちに今これがあれば,おそらく大丈夫だろう」というプランを立て,MSWとカンファレンスをして,患者さんや家族にとって必要と思われるような方法をすべて提示します。それからもう1つは提示するだけではなく,具体的にその方々が自分のものとして使えるようなサービスになるための道をつけます。ここまでしないと,本当の意味のサービス,社会資源を使っているとは言えないと思います。そういう個別の積み重ねが患者さんや家族の満足度につながると考えています。
若林 私はまず表面に出ているニーズから取り掛かります。例えば,癌患者の方が家に帰りたいと言っている時に,いきなりヘルパーさんを紹介してもしかたがありません。「訪問看護を使う」「ヘルパーさんを使う」「往診医を使う」というのではなく,最初に一番必要なニーズを確認します。
 東大病院の場合,医療依存度の高い患者さんが多いので,往診医や訪問看護というところから入って,ある程度落ちついた段階で,「それでは,日常生活についてどうしますか? ヘルパーさんも頼めますよ」というように小出しに出していくようなタイミングが大切です。
村上 先ほど柳沢さんが「看護者のセンス」とおっしゃいましたが,「MSWのセンス」が競合することはないのでしょうか。
若林 おそらく,社会資源の出し方だと思います。先ほど「小出しに出す」と言いましたが,分量があるわけではないですからかなり抽象的ですね。方法論や出し方が違ったりする時にぶつかることがあります。
柳沢 種類はわかっても,分量でぶつかることがあります。
 例えば,私はかなり具体的に患者さんと話し合います。時間で言えば,平均時間90分程度,長い人では回数を分けて4-5時間もかけて,その人に何が必要かを本人・ご家族と話します。これが看護者のセンスだと思います。その人がこちらを信頼し「自分たちには味方がいる」という気持ちを持ってもらって,本音を話してもらう。そういう会話の中で「こういうサービスがありますが」と訊くところから始まります。
若林 私の場合は社会福祉学の「エンパワーメント」,つまり「してあげる」のではなく,「できるようにする」という発想が強いと思います。「やれる力があるのだから,まずそれを評価したほうがよいのではないですか」と言うことはあります。そうすると,婦長さんも賛成されることが多いのです。

■今後の展望と課題

医療におけるMSWの位置づけ

島津 ところで,教育者やスーパーバイザーがMSWという専門職を育てていくためには,何をしたらよいのでしょうか。この課題はすべての介護支援専門員に共通している問題だと思いますし,直接今日のテーマにつながる議論だと思います。
 東大病院のMSWは非常に高く評価されていますが,すべてのMSWが高く評価さているわけではありません。ぜひ皆さん方から,MSWはただ入退院の調整だけではないことを強調していただきたいと思います。
村上 NSWの役割は,療養も含めて患者さんがその人らしい,その人の個別性に見合った生活を獲得する過程を支えることだと思うのです。ですから,入退院の問題も,どこで,どのような生活を営むことを望んでおられるのか,つまり入院療養生活なのか,在宅療養生活なのか,また長期入院生活なのか,リハビリテーション目的の入院なのか,といった問題と言えます。
 入院退院は重要な選択のポイントではありますが,あくまでその人の生活環境の重要なファクターの一部だと考えるのです。その人らしい,生き生きした生活の再構築のために,何が障害になっているのか,何が欠落しているのかを見定めることが大切になるでしょうね。専門性を考える際には,生活をどう見るか,その人の本音をどう引き出すかということになると思います。それが「看護職とどう違うのか」ということになると思います。
 看護職の方と一緒に働いた経験がありますが,看護職は命を守るためにはまず何をしなければならないのか,という訓練がなされています。しかし,MSWはその人が本当に望んでいる,その人らしい自己主張があれば,むしろそちらを優先していくところがあります。その辺りが,社会資源の活用という点でも少しずれるところがありました。

医療・保健・福祉の専門職連携

島津 ケアマネジャーに対しては,私には「赤ひげ先生」というイメージがあります。大酒飲みの旦那さんを叱り飛ばしたり,精神疾患の人を支えていく。私はケアマネジャーはそうあるべきだと思いますし,そうでないと国民の信頼を得られないと思います。その点は,MSWも同じではないでしょうか。ただ,利用者や患者さんに寄り添うのはMSWだけでなく,医師も看護婦も寄り添っているわけです。それでは,そういうところでどのような専門領域があるのか。そこにニーズ・アセスメントがあり,さまざまなプロセスがあると思います。
 そういうことを体系化するのは研究者の仕事ですが,村上さんのように現場出身の方が切り込んでいくとよいかと思いますが,いかがでしょうか。
柳沢 大事な仕事ですね。
若林 私もそう思います。
村上 大きな宿題をいただきました。現場の実践者の方々とともに取り組みたいですね。
島津 そこで初めて,医療・保健・福祉の専門職の連携ができるのですね。
柳沢 一般論として申し上げますと,看護者は入院中は最高の看護を提供しようと考えますが,退院ということになった時に,どのような生活がその人の周りを取り巻くかが見えていないことが多いのです。これからは介護保険の時代ですから,病院にいようが,病院の外のどのような環境にあろうが,その人をトータルに見て,安心して暮らせるために何をすべきか,ということを考えるべきでしょう。
 そのためにも,社会資源を十分理解し,介護保険制度の何たるかを認識し,患者さんのよい味方にならなければいけないと思います。そういうメッセージを私は看護者に送りたいですね。
島津 訪問看護ステーションの方は大変生き生きしていますが,このガイドブックは訪問看護ステーションでも役に立つのではないでしょうか。
柳沢 そう思います。私も多くの訪問看護婦さんと連携していますが,その中で言われている「広く奥行きのある看護」というのは,「社会資源を効果的に取り入れ,そこで満足のいく生活が成り立つための医療者としての関わり」ということでした。
村上 私は病棟業務の看護婦さんも,目の前のパジャマ姿ではなく,背広を着た社会人としての患者さんをイメージすると,その方の生活が少しずつ見えてくると思います。その生活の中での患者さんの姿に歪みがあると感じた時,そうした問題をキャッチすることを経て社会資源に至るのだと思います。
柳沢 私たちの部では「入院と同時に退院計画を立てましょう」と呼びかけています。
 週に1度ですが,入院時に,退院した時にこの方がどうなるかということをイメージするカンファレンスを持っています。看護者も医師もMSWも,もちろん私も参加して,1人の患者さんに対していろいろ意見を出し合っています。
村上 そういう意味では,訪問看護婦が生き生きしているのは,いろいろな生活場面が総合的に見えてくるからでしょうか。
島津 地域や生活と密着しているということでしょうね。
柳沢 訪問看護婦が退院のカンファレンスのために東大病院にみえますが,医師も担当ナースも婦長もたじたじになります。質問の中身が実に的を射ているからで,例えば,心不全疾患の方を看る場合,「この方はどの程度なのか,どういうところに問題があるのか,どれぐらいの労作が可能なのか,こういうことは心臓にどれぐらいの影響力があると思うか」など,どんどん詰めていかれます。やはり「生活を担っているのは私たち」という強い自負を感じますね。

利用者が満足する社会資源調整とは何か?

村上 最後になりますが,社会資源の情報を入院医療機関から在宅医療につないで利用する時に,これだけは留意しているという点をまとめていただきたいと思います。
柳沢 私どもの退院支援の半数以上が在宅療養ですが,患者さんに対応をする時にまず考えることは,看護・介護と生活,医療依存度と生活,ターミナル期の3点です。
 若林さんとほぼ4年間一緒に仕事をしてきて多くのことを学び,今は1つの事例に出会った時に,看護者なりの吟味もできるようになりました。看護者として社会資源を利用する際の助言をする場合,総合的に最善のものを選び取っていける能力を,看護者自身が身につけていかなければならないと思います。しかし,これは看護教育だけでできることではありません。社会資源のことは私自身もこの部署に勤め始めた時が初体験でした。ですから,退院支援や社会資源の活用といったことが病院の活動の中に組み込まれ,実際に使うまで私たちが関わり合う。そういうことを看護者に望みたいと思います。
若林 きわめて当たり前のことですが,私はクライアントのニーズを大事にしたいと思います。
 若い頃,先輩から「アンテナを伸ばしていなさい」と忠告されました。つまり「教科書にあるような公になっている制度や法律以外にも,インフォーマルな制度や社会資源もあるから,患者さんが言っているニーズをきちんと自分の中でまとめて,患者さんに提示できるようになりなさい」と言われました。
 その点で,社会資源と言っても,単に名称だけでなく,具体的にどのようなことを提供するサービスなのか。さらに言えば,その法的根拠は何かというところまで知って情報を提供しないと,情報を提供された患者さんにとって害になり迷惑になると思います。
島津 いずれにしても,介護支援専門員という制度が入って,介護支援専門員の仕事に対しても国保連や消費者生活センター等にいろいろ苦情が来ています。そうした中で,どのように介護支援の専門性を作っていくのか。それから,医療専門職も福祉専門職も一緒に学びながら,事例研究・症例研究を通して,この辺りの専門性を作っていくことが必要でしょう。そうした点では,ケアカンファレンスは重要だと思います。
 もう1つは国民とともに寄り添うケアマネジャーです。先ほど言いました「赤ひげ先生」のような方がモデルですね。そういうところが求められているのではないでしょうか。
 この辺りをきちんと作り上げていかないと,国民からケアマネジャーの制度そのものが見離されこともあり得るのではないでしょうか。もちろん行政や政策サイドもサポートしますが,それを作るのは1人ひとりのケアマネジャーだと思います。
村上 社会資源をいかに活用していくかということを考える時に重要なことは,先ほど申し上げました想像力ですね。「科学ではない」と言われるかもしれませんが,その方の生活の場面全体を想像できる力です。例えば,どういう地域なのか,交通アクセスはどうなのか。家の中の生活環境はどうなのか。そういうこともイメージできなければいけないでしょう。生活者のイメージがまず必要ではないでしょうか。
 そして,社会資源を提供する人間としては,多くの引出しを持ち,その方に合った引出しから必要なものを取り出して提供する。いつも引出しの整理をしておいて,新しい情報をどしどし入れておくことも必要だと思います。そしてさらに,社会資源の引き出しをひっくり返して探しても,患者さんのニーズに合ったものが見つからなければ,新しく社会資源を創り出す活動や,既存の社会資源を改善して,より使いやすい制度にしていく取り組みも大切ですね。
 今日は長時間,熱のこもったお話をどうもありがとうございました。
(おわり)