医学界新聞

 

〔学会印象記〕

第5回国際脳性麻痺学会-こどもと家族の支援に世界的に挑む

今川忠男(旭川児童院副院長・理学療法士)


 第5回国際脳性麻痺学会に参加するため,6月6-10日までの5日間,スロベニアに滞在した。会場はBledという「森と泉に囲まれた」観光地で,私たちの学会終了1週間後にはプーチン・ロシア大統領とブッシュ・アメリカ大統領による初の首脳会談の開催地となったところでもある。
 ところでスロベニアという国がどのあたりに位置するかご存知だろうか。地図の上ではイタリア,オーストリアそしてハンガリーに囲まれ,アドリア海に面した風光明媚な小国である。お隣のクロアチア共々旧ユーゴスラビアに属していた地域が独立してできた民主国家で,国際認知を促すために観光事業や今回のような国際学会の誘致を積極的に行なっている。地中海料理とワインのおいしさ,そして何よりも物価の安さではヨーロッパで有名である。
 私は今回で3度目の訪問であり,招聘された機会を利用して同行を推薦した木下義博(旭川児童院),吉田勇一(佐賀整肢学園こども発達医療センター),浅利敦子,榎勢道彦,須貝京子(南大阪療育園)といった肢体不自由児施設,重症心身障害児施設に勤務する若い理学療法士や作業療法士に市内の案内や文化状況の解説を行なう役も果たした。

病態生理から患者・家族の支援まで

 学会の主要な枠組みを簡単に紹介しておく。国際障害モデルの各次元「病態生理/機能障害/機能的動作の制約/日常生活の履行困難/社会的制約」にのっとり,「脳性麻痺の病態生理から脳性麻痺を持つ人と家族に対する支援まで」という幅広い主題のもと,70か国500名以上の多様な職種からなる参加者による活発な討議が連日続いた。
 まず「さまざまな治療アプローチによる理学療法の実際」,「ボツリヌス毒素およびバクローヘンによる治療」という実際的なワークショップから学会が始まった。続いて「脳性麻痺という広範囲な症状を包含する疾患の歴史」と「脳性麻痺の早期診断を可能にする初期自発運動の異常性」というPrechtl氏の研究成果をまとめた講演で初日が終了した。
 2日目はHagberg氏の「脳性麻痺の疫学」,「脳損傷の病因」,「画像診断」という基礎研究や神経病理学の講演から始まった。次いで,Forssberg氏の「脳性麻痺の運動障害の病態生理学」という新知見の発表があり,「脳性麻痺の鑑別診断」の後,Hadders-Algra女史の「脳性麻痺の境界臨床像としての学習障害児の縦断的研究」の成果が報告された。ここからは「脳性麻痺の認知・知覚障害」,「脳性麻痺の行動・情緒障害」,「脳性麻痺の痙攣」といった障害の各側面についての講演が続いた。

脳性麻痺臨床の立場から

 3日目に入ると,より臨床的,実際的な講演内容になり,Rosenbaum氏の「脳性麻痺に対する臨床研究のあり方」,これまでの長年の功績に対して特別賞が授与されたスイスのKoeng女史による「脳性麻痺に対する世界の理学療法の歴史的考察」,そして「脳性麻痺に対する整形外科手術および薬物療法」,「脳性麻痺に対する作業療法および言語療法」,「脳性麻痺に対する装具」に関する有意義な報告が行なわれた。
 続いて,より広い見地からの「成人に達した脳性麻痺者の問題」,「脳性麻痺の教育問題」という,医療関係者が忘れてはならない課題から,「治療の裏側」と題した療育を取り巻くさまざまな状況因子についての鋭い分析があった。そして最後を飾ったのは,1人の母親による「脳性麻痺児の両親の立場」という感動的な話であった。
 最終日は4つの分科会に分かれ,それぞれ「脳性麻痺児の運動機能の治療効果判定」,「治療アプローチとしてのスポーツとレクリエーション」,「早期治療の時期」,「脳性麻痺者のための装具および福祉機器」が実施された。

新世紀の療育方針・理念を確認

 全体として見た時,筆者が拙著『発達障害児の新しい療育-こどもと家族とその未来のために』(三輪書店,2000年)で8年前から提唱し,実践している療育体系を再確認できた。それらは
(1)障害中心型療育からこども中心,そして家族中心型療育への変換によって理学療法士の役割も変換していることを自覚し,例えば生態相関図や生活史を作成する活動なども実施していく
(2)病院,施設での場面ではなく,家庭生活場面を基盤とした療育を行なう
(3)問題点指摘型ではなく,必要性把握型の療育を実施する
(4)各種訓練法に支配されて,訓練法を用いることを目的として治療を実施するのではなく,こどもと家族の実生活を直視することを第一に考える。治療手技は目的指向療育の手段として位置づける勇気を持つ
(5)相互依存や共助といった当事者の意志を無視した流行語ではなく,ともに能動的に大きな目標に立ち向かっていく共生発達概念に基づいた自立をめざすための療育を実施していく
というものであった。

すべての職種が対等に議論

 日本においては,まだ旧態依然とした状況があり世論となっていないが,国際的に見るとこの正論が堂々と述べられ実践されている事実に,情報の格差を感じてしまった。
 日本から参加を促した若い療法士たちは,さまざまな感動を得たようで,すべての職種が対等で開放的な討議が繰り広げられる雰囲気に,新鮮な驚きと喜びを感じとっていた。さらに興味を惹かれたこととして,歴史を振り返る中で治療の限界や反省点を隠さず直視し,現状の長所短所を把握した上で今後の展望を述べていることだとあげている。これは考えれば当然のことだが,そのような学際的会合の雰囲気が日本には少ないという事実の裏返しでもあった。これを機会に医師だけでなく,私たち療法士も専門家として1人ひとりが自立し,広い視野を持ち,相手を認め合った上で活発に討論しあえるような学会運営を模索すべきだと強く感じたようであり,今後の日本の療育の世界を開拓していくであろう若い力に期待を抱かせてくれた。
 学会としては,「これまで」の障害にのみ焦点を当てた取組みを顧みて,新世紀の「これから」の療育では,こどもおよび家族の生活を支援することに世界的に挑んでいこうとする方針や理念が確認された。