医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


〔第12回〕高木兼寛「脚気病栄養説」(12)

2446号よりつづく

変革への挑戦

 医学が急速に進歩する中で,高度専門病院に求められるリーダーとは,政治的権力者でもなければ権威ある専門知識を提供する者でもありません。スタッフを新しい医療にチャレンジさせ,社会のニーズに応えられるように病院機能を変化させることのできる人物です。
 通常の流れに逆らって新しい流れを創りだすことは同時に痛みを伴います。ある組織内で新しいことを展開しようとすると,たちまち他組織より妨害されてしまいます。なぜなら自分らの権威・権力が侵害されるからです。よってリーダーは変革へ挑戦することによって発生し得る摩擦と,その潜在的な原因について予測し理解しなくてはなりません。海軍が行なった一大臨床研究は,現代においても追従し難く,臨床研究を行なう上での戦略として学ぶべきことが多々あります。

リーダーを育てる土壌

 果して今のような病院システムにおいて,兼寛のような臨床研究を積極的に推進できるリーダーが出現し得るでしょうか? 兼寛は,当時イギリス医学の第一人者であり,30歳代にして海軍の衛生を司る最高責任者となります。明治初期の平均寿命と人口からすると当然なのかもしれません。しかし,アメリカの医科大学では,現代においてもなお,40歳前後の研究者が研究室という自分の城を構えて奮闘しています。人間とは,エリートとしての待遇を受けるからこそエリートたる自覚を持ち,高尚な犠牲的精神を発揮できるのではないでしょうか? そして,歳をとればとるほど,地位が高くなればなるほど,人は保守的になる傾向があります。しかし,臨床研究には斬新な洞察力とこれを推進する良識という,時に相反し得る資質を兼ね備えた人物がリーダーとして必要なのです。その年代は40歳前後が適当なのではないでしょうか。

多様性は創造性の原動力である

 ハーバード大学経営学の講義では,最初に「人は皆異なった才能を持つ。人生の時間は限られている。だから共同して1つの仕事を成し遂げなければならない」と習います。彼らは,異なる個性を持つ7人の侍が1つの村を盗賊から守る黒澤明監督「7人の侍」の話を好んでします。1つの仕事を異なった技術のプロフェッショナルが共同で成し遂げる―――この状況には,まさに病院という場が当てはまるのではないでしょうか?
 「多様性」は「創造性」の原動力です。異なるスキルを持ったプロフェッショナルが意見を交わす時,意外な方向に話が進むことがあります。研究にはこの意外性が重要であり,新しい価値を創造する原点になるのです。逆に多様化が進めば摩擦を生じるかもしれません。しかし,この摩擦を創造性の源と考えることも重要です。意見も少なく居眠りする人が多い会議から何が生まれるでしょう? 兼寛の頻回に行なった会議ではさぞ熱い議論が交わされたことでしょう。上下を意識せずブレインストーミングのできる雰囲気が重要です。
 もちろん先のネゴシエーションで述べたように,多様化された意見を最終的には集約しまとめ上げる,あるいは新たな研究に発展させなくてはなりません。兼寛は後ろ向き研究で仮説を十分煮詰めたところで介在研究に移行しています。このパターンは現代の臨床研究においてもしばしば守られている順番です。観察研究で一応の解決をみても,差が小さくバイアスやコンファウンダーの存在を考慮すると結論をくだすことができないような時にのみ介在研究は企画されるべきなのです。

臨床科を超えた病院全体での新しい組織編成が多様性を生む

 臨床研究を円滑に推進するためには,人材と情報が院内の組織的枠組みを超えてヨコ方向に行き交う必要があります。このことによって多様な亜集団を創りだすことができます。しかし,旧来の講座に権力を残したまま臨床研究のための新しいチームを編成してもうまく機能しないでしょう。なぜなら既存組織が「自分らのスタッフや患者,権力をとられてなるものか」と身構えてしまい,新しいチームを妨害するからです。
 これらの障壁を乗り越えるためには,
(1)「われわれにとって重要なのは科を超えたチームワークで患者さんを診療し,かつ患者さんにとって最もよい診断・治療法を開発することである。縄張り意識やヒエラルキーではない」ことを病院文化として浸透させること
(2)臨床研究チームにも従来の組織と対等(時と場合によってはそれ以上)に交渉できるように権限を与えること
(3)業績評価対象を講座(診療部)別だけでなく臨床研究プロジェクト・チームごとにも置くこと(時限つき目標達成型) によって解決の方向性がみえてくることでしょう。そこで,研究内容によっては医師だけでなく,看護婦,薬剤部,検査室,基礎研究室など,広く協力者を募るべきです。「患者さんの診療にベストを尽くす」という目標の前には,皆平等なのですから。
 そして何より大切なことは,タテ方向とヨコ方向に機能する2つのマネジメント構造が単に共存するだけでなく,シンクロすることです。今後,クリニカル・エビデンスを作るためには,世界に通用する組織の構造とスタッフの意識改革が必要となるでしょう。